第一話 「二度目の初めまして」
ソードアート・オンライン・リターン
第一話
「二度目の初めまして」
フルダイブ型VRMMORPG、ソードアートオンラインは初回ロットが一万人に販売され、即完売。誰もがスタートを待ち望み、全一万人のユーザーがログインされた時、同じくログインした桐ヶ谷和人ことキリトと結城明日奈ことアスナは未来から人格データがインストールされ、上書きされる。
キリトはゆっくりと目を開ければ懐かしい始まりの街の街並みが目の前に広がっており、更に自身の記憶が間違いなく未来の、75層攻略後の記憶も持っている事を確認して小さくガッツポーズをした。
「よし、問題なく戻ってきた…っと、アイテムは」
今の自分の装備は初期装備の片手剣と小さな胸当ての鎧だけ。未来での自分と比べて余りにも貧相な装備だが、全てが初期化されるという言葉を聞いていたので納得は出来る。
だが、直ぐに確認しなければならないアイテムがあるので、ウインドウを開いてアイテム欄を確認、そこに“魔剣エンシュミオン”の文字があった事に安堵した。
「げっ、要求値75って…エリュシデータよりも高いのかよ」
流石は魔剣と名の付く剣だけはある。魔剣クラスの剣だったエリュシデータやダークリパルサーも要求値は高かったが、本物の魔剣ともなればその上を行くのも当然か。
「さてと、今後の方針は…アスナと合流してユイの復活だろ…一層攻略までは前回と同じで良いとして……二刀流だよな、やっぱ」
正直、要求値を前回より早いスピードで上げてエンシュミオンを装備出来る様にするのは必須としても、二刀流は必ず手に入れておきたい。
幸いにもあの時、ヒースクリフが二刀流の取得条件をご丁寧にも教えてくれたので、反応速度を優先的に上げていけば問題は無いだろう。
だけど、もう一つの問題としてエンシュミオンに並ぶもう一本の剣をどうするか、なのだ。
「エリュシデータは50層のフロアボスのドロップだけど…う~ん」
使い慣れたエリュシデータを入手しても良いのだが、正直に言えばエンシュミオンを持つ自分がエリュシデータまで独占して良いものかと悩む。
「ダークリパルサーは運に左右されるしなぁ」
エリュシデータかダークリパルサーか、どちらかを入手して二刀流にするか、それともその二本を越える剣を入手するか、二つに一つだ。
「アスナと相談、だな」
自分一人で考え込むよりは、アスナと相談して決めた方が良い。そう思いキリトは周囲を見渡すと懐かしい顔が見えた。
まだ手鏡を使う前の、あの野武士顔ではない時からの兄貴分で、本人には言わないが、どこか親友の様にも想っていた男の顔。
「クライン…」
前回、ゲームクリアで開放された筈が、茅場晶彦すらも予測出来なかった外部からの横槍で命を落とした男。
初めての弟子、みたいな存在で、最後までキリトを心配してくれた優しいお節介焼き。
「あはは…そう言えばクラインって、SAOが初めてのフルダイブ経験なんだって言ってたな」
今のクラインは正に素人だと言わんばかりにキョロキョロと辺りを見渡し、自分の手を握っては開いて、また握っては開いてを繰り返している。
それが妙に懐かしくて、微笑ましくて……嬉しい。
「…ねぇアンタ、もしかしてフルダイブ初体験?」
「ん? お、おお! そうなんだよ、だから勝手が判らなくてなぁ」
「良かったら、レクチャーしようか? 俺、βテスターだったから色々と教えられるけど」
「マジか!? そりゃ助かる!! 是非教えてくれ!」
「任せろ…俺はキリト、宜しく」
「あ、おお! 俺はクライン、宜しくなキリト!」
二度目の、初めまして…クライン。口には出さなかったが、キリトはクラインを前に心の中で、そう呟いた。
始まりの街を出て直ぐにある草原のフィールド、そこでキリトはクラインに序盤に覚えておかなければならないコツやスキルの使い方、戦闘方法などのレクチャーを行っていた。
最初のフィールドに出てくる敵、フレンジーボアという猪型の敵を相手にクラインと一時的にパーティーを組み、先ずはキリトが戦って見せて、倒したら説明をするという方法を数度行うと、いよいよクラインが実際に戦闘を行う番になる。
「よ、よし!」
「良いか、重要なのは初動のモーションだ。初動を起こし、スキルを発動させる事でシステムが技を命中させてくれる」
「おう! おらぁああああ!!」
既にスキル発動の方法は教えている。クラインは気合と共にソードスキルを発動、右手に持つ片手用曲剣の刀身がライトエフェクトによって光り輝く。
「だりゃああああ!!」
クラインがフレンジーボアに突撃して、その胴体を斬りつける。片手用曲剣基本ソードスキル“リーパー”、初期装備、初期スキルに必ず登録される基本スキルの一つだ。
リーパーの一撃により、フレンジーボアのHPが0になり、ポリゴンの粒子となって消える。当然、倒したクラインには経験値と賞金であるコルが与えられた。
「お、おお! 倒した! 倒したぜキリト!」
「ああ、おめでとうクライン、初めての戦闘にしては上出来だ」
「へへ…サンキューなキリト、お前の教えた方が解り易かったから初めてなのに上手く出来たぜ」
「そっか…まぁ、今のフレンジーボアって、ド○クエで言うスライム相当だけどな」
クラインが固まった。前回同様、中ボス相当だと思っていたらしいが、まさか始まりの街を出て直ぐに中ボスが出てきたら誰もクリアなんて出来ない。
「なぁキリト、スキルってよ、ソードスキル以外にもあるんだろ?」
「そうだな、ソードスキル以外にも鍛冶や料理、裁縫や釣り、建築、様々なスキルが無数にあるって言われている。ただし、SAOは従来のRPGみたいな魔法だけは無いけど」
「へぇ、大胆な設定だよな、RPGで魔法が無いなんてよ」
確かにその通りだが、寧ろそれがSAOの魅力でもある。
魔法無しに己の剣とソードスキルによる剣技のみで敵と戦う、前時代的な戦闘方法ではあるが、それこそがキリトも含むβテスターがSAOに魅了された理由の一つでもあるのだ。
「自分の身体を動かして戦う、魔法で敵を倒すよりも達成感が違うんだ…その方が面白い」
「確かにな!」
呪文とか覚えらんねぇや、と笑うクラインに、キリトも釣られて笑ってしまう。
まだデスゲームが始まる前の、こんな穏やかな時間は久しぶりで、これから先に待ち受ける命懸けの戦いの日々が始まる前に、心温まる時間があっても、罰は当たらないだろう。
あれから夕方になるまでフレンジーボアとの戦闘を続け、いつの間にか経験値が溜まりキリトはレベル3に、クラインはレベル2に上がっていた。
今は休憩も兼ねて敵が出現しないポイントに座って夕日を眺めながら吹き抜ける風を身体に感じながら二人は雑談に耽っている。
「しかしよ、まだ信じられねぇよ。こんなリアルな光景や感触がゲームの中、仮想空間だなんて」
「俺も最初はそう思ったさ…でも、だから良いんじゃないか」
「だな、創ったのは茅場晶彦だっけ? マジで天才だぜ」
前は、クラインの言葉を大げさだと言った覚えがある。だけど、こうして改めて見るとキリトも同じ気持ちだ。
SAOの世界もそうだが、何よりも茅場晶彦が天才だと思わざるを得ないのは、パラレルシードの事だろう。まさかこうして、過去へと来る事が出来るなんて、想像すらしていなかった。
「キリトはβテスト版では何処まで行ったんだ?」
「ん? 二ヶ月で8層まで、だけど前は少し急ぎすぎたからなぁ…今度はじっくりと慎重に攻略しようと思ってる。βテスト版はあくまでテスト版だから、正式版のSAOはβテスト版とは若干でも違いが出てくる筈だし」
「へぇ…」
勿論、今の言葉は建前でも何でもない。前回は急ぎすぎた、急ぎすぎたからこそ、余計な被害を出してしまったのだ。
だから今回はもっと慎重に、被害を最小限に留める事が出来る様に、動かなければいけない。
「キリトはこの後どうする?」
「俺は後何回か狩りを続けてレベル上げするけど」
「そっか、んじゃあ俺は先に落ちるわ、腹減ってよ」
「わかった」
「へへ、5時半から熱々のピザを予約してんだぜ?」
「抜け目無いなぁ」
だけど、クラインがそのピザを食べるのは、2年後の話になりそうだ。
クラインがログアウトしようとシステムメニューを開いたのだが、異変に気付いた。
「あれ? おかしいな…ログアウト画面が出ねぇ?」
「…(ついに、始まるのか)」
キリトの鋭い視線が、始まりの街に向けられた。
まだ、大きな変化は何も無い。だが、確実にログイン出来ない現象は他のプレーヤー達も気付き始めている頃だろう。
「おいキリト、変だぜ、ログアウトのポップが出ねぇんだ」
「GMコールしたか?」
「へ?」
「GMコール」
「あ、ああ試したんだけどな…反応が無ぇんだよ。サービス初日のバグか何かか?」
とうとう、始まる。
殺伐とした、己の命を賭けた、戦いの日々が。
「いや、バグじゃない…もしバグならログアウト出来ない、GMコールも反応しないなんて今後のゲーム運営としては致命的だし、こんなに長時間のバグならGM側で気付いて全プレーヤーの強制ログアウトも行う筈だ……つまり」
「バグじゃなくて、GM側の仕業だってのか?」
「そう考えるのが、自然だ」
そうしている内に、時間は17時30分を向かえた。
その瞬間、第一層全域に響き渡る始まりの街の鐘が鳴り響き、キリトやクラインを含む全プレーヤーが始まりの街の中央広場に強制テレポートされる。
「クライン、あれ」
「あん? なんじゃありゃ」
誰もが困惑する中、キリトが指差した先に目を向けたクラインが見たのは、空の一部に赤い警告表示で『WARNING』と出ている光景だった。
その警告が、空一杯に広がり、始まりの街は夕焼けとは別の赤に包まれてしまう。
「…(茅場っ!)」
未来の茅場晶彦は過去のヒースクリフと一体化しないと言っていた。ならば、この時代のヒースクリフはこの時代の茅場晶彦という事になる。
赤い警告の空から溢れ出た赤いスライムの様な物体が形作った赤いローブの人物、彼こそがこの時代の茅場晶彦なのだ。
『プレーヤーの諸君、私の世界へようこそ』
ついに語られる。この世界の真実・・・否、SAO本来の仕様と、デスゲームの開始宣言。
プレーヤーのHPが0になる、または外部の人間がナーブギアを外すと、ナーブギア内部の7割を占める大容量バッテリーから高出力マイクロウェーブが流れ、脳を破壊し……現実での死を迎えるという、最悪のゲーム。
既に、一万人のプレーヤーの内、213名が外部からナーブギアを外され、命を落としてしまった。
その事に怒りを感じるキリトだが、過去へと来る前、茅場晶彦が言っていたではないか、外部での事は、ログインしている自分達では如何する事も出来ないと。
「俺達が開放される条件は、SAO100層の最終ボスを倒し、ゲームクリアする事だけ…」
「おいおいマジかよ…ありえねぇぜ」
「だけど、これは現実だ」
呆然と呟くクラインにキリトは言い聞かせた。そして、偶然か必然か、キリトと茅場晶彦の言葉は同時に発せられる。
『「これはゲームであっても、遊びではない」』
最後に、茅場晶彦から全プレーヤーのアイテムストレージにプレゼントを贈られた。アイテム名“手鏡”、それを全てのプレーヤーが取り出して覗き込んだ瞬間、皆の身体が光輝き、その輝きが消えると、誰もがゲーム内のアバターの姿ではない、現実の姿に変化していた。
「大丈夫か、キリト」
「ああ…っ」
クラインの方を振り向けば、懐かしい…最後の瞬間までずっと世話になった野武士顔がそこにはあった。
「クライン…なんだよな?」
「そういうお前は…まさかキリトか?」
涙が、溢れそうになった。だけど、それを堪えて未だにプレーヤー達を見下ろす茅場晶彦を睨み付けた。
もはや、殺気すら滲み出るのは無理からぬ事、必ず殺すと、決めている相手だからこそ、殺気を向ける事に遠慮が無い。
「茅場…っ」
このSAOを開発した段階で、茅場晶彦の目的は達せられている。と、彼は言う。それにてSAO正式サービスのチュートリアルが終わった。
茅場晶彦の姿は消え、空を覆っていた警告表示も消えて元の夕焼けの空に戻った。ならば、もう此処に居る理由は何も無い。
「クライン…俺は行く」
「行くってキリト、お前…」
クラインの手を引っ張って人気の無い路地裏に行くと、向かい合ってキリトはこの後の予定をクラインに説明した。
「俺は直ぐに次の村へ行く、お前はどうする?」
「お、俺は…その、他のゲームでダチだった奴らが広場に居る筈なんだよ…俺は、あいつ等を見捨てられねぇ」
「そうか…ならクラインは、そいつ等と行動するんだ、お前には最初に教えられる限りの攻略テクやコツを教えてある、この世界で得られるコルや経験の限り、様々な知識は教えたから、仲間と一緒に強くなって先に来い……俺は一足先に、お前達を待っているから」
「キリト…」
念のため、フレンド登録は済ませてある。これなら互いの無事を確認出来るから安心だし、何かあればメッセージを飛ばしてくれれば駆けつける。
だから、キリトは頼れる兄貴分と、もう一度別れる事にした。
「また、先の何処かで、会おうなクライン…必ず」
「…ああ、必ずな」
キリトが差し出した手を、クラインは確りと、握り締めてくれた。キリトにはそれだけで十分だった。
クラインは強い、前の世界でもギルド風林火山のリーダーを務めていたほどの、前線組みで戦えるだけの強豪になったのだから。
「じゃあ…またなクライン」
「キリトも、気をつけろよ」
互いに拳をぶつけて、それで別れる。
振り返る事無く走り去ろうとするキリトの後ろ姿を見て、クラインはあの時にも言った台詞を、キリトにとっては本当に懐かしい台詞を、言ってくれた。
「キリト! おめぇ、案外可愛い顔してんな! 結構、好みだぜ!」
「っ! お前も、その野武士面の方が10倍似合ってるよ!」
だから、キリトもあの時と全く同じ台詞で、返すのだった。
因みに原作コピーはしてませんよ? だって原作って立ち読みしかしてませんから持ってませんもん。