ソードアート・オンライン・リターン
第二十六話
「決着、そして…」
誰もが目を見張った。
アインクラッド最強の剣士と名高き最強ギルド黒閃騎士団団長にして黒の剣士の異名を持つキリトが、唯の一撃を持ってHPがレッドゾーンに突入し、身動きとれないほどのダメージを負うなんて、とてもではないが信じられない光景だったのだ。
そして、無慈悲にもキリトにトドメを刺すべくスカル・リーパーは弾き飛ばされたキリトの所まで走り、巨大な鎌を振り下ろそうとしている。
「キリト君!!」
その光景を見たアスナが、悲鳴のような声でキリトの名を叫んだ。
あの鎌が振り下ろされればキリトは死ぬ。アインクラッドの希望とも言われているキリトの死は、攻略組だけではなく、アインクラッドに居る全てのプレイヤーに絶望を与える大事になる。
それに何より、アスナにとってはこの世で最も愛する夫、キリトが死ぬのだけは耐えられない。だからこそ叫んだ、身動き出来ないキリトに届くよう、目一杯、大声で。
「…あ」
振り下ろされた鎌は、アスナの声が届いたキリトがギリギリで避けて何とか無事に生還できた。
転がりながら体制を整え、立ち上がったキリトは懐から取り出したポーションを一気飲みしてから目を閉じると深呼吸をして、キリトの方をスカル・リーパーが向いた瞬間、その閉じていた目を見開くと同時に、大きく口を開く。
「っ! うおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
咆哮、その一言が当て嵌まるキリトの叫び。フロア全体に響き渡ったキリトの咆哮は誰もが動きを止めてしまい、スカル・リーパーすらも止まるというアルゴリズムから外れているのではないかと思わず考えてしまう事態を引き起こした。
「っ!!」
瞬間、キリトが動いた。
両手に握ったエンシュミオンとエクセリオンを構え、一気にスカル・リーパーの懐まで踏み込み、右手のエンシュミオンをライトエフェクトで輝かせると片手剣上位スキル、ヴォーパルストライクを発動、零距離からの強烈な刺突技は強大なダメージと大きなノックバックを引き起こす。
「はぁあああああああっ!!!」
まだヴォーパルストライクの硬直があるというのに、キリトは無意識なのだろう、無理やり身体を動かして左手のエクセリオンで更にスキルを発動させた。
発動させたのは片手剣スキル、バーチカル・スクエア。垂直4連撃の連撃技が決まり、そこからどんどんキリトは斬り掛かって行く。
唐突に始まったキリトの猛攻に、暫し唖然としていた面々だったが、いち早く我を取り戻したヒースクリフが剣と盾を構えて全員を鼓舞した。
「呆っとするな! キリト君に続けぇ!!」
『お、おおおおっ!!』
キリトだけで倒せる相手ではない、だからこそキリトが猛攻を続けるのならば、付き合えば良い。
ヒースクリフを先頭に、全てのプレイヤーが背後から、側面から、正面から、真下から、真上から次々と攻撃を仕掛けていく。
中々減らないHPだって、塵も積もれば何とやら、少しずつだが減って行くのを誰もが確認して勢いは更に増した。
だけど、中でもやはり一番勢いが物凄いのはキリトだろう。振り下ろされる鎌を避けて、弾いて、逸らして、兎に角攻撃を受けずに次々と両手の刃を叩き込んでいる。
「っ! せああああああっ!!」
危なく直撃するところだった鎌をエンシュミオンでギリギリ逸らし、弾き返しながらキリトは両手の剣をライトエフェクトによって輝かせる。
その二つの剣が纏う蒼白い輝きは誰もが知る黒の剣士キリトの代名詞、二刀流上位スキル、スターバースト・ストリームの星屑の如き輝きだ。
「キリト君、合わせて!!」
「っ!」
キリトが斬り掛かろうとした時、神速の移動速度で瞬時に隣に移動してきたアスナが同じくエクシードを純白のライトエフェクトによって輝かせ、キリトの動きに合わせてきた。
そしてキリトは、ほぼ無意識のままに、それでも確かにアスナと動きをシンクロさせ、同時にソードスキルを発動させる。
二刀流上位スキル、スターバースト・ストリームと、神速最上位スキル、ネージュ・ドゥ・ローロル。高速の16連斬撃と神速の30連面制圧撃、二つのスキルは確実にスカル・リーパーからHPを大きく奪い去り、同時に両手の鎌に罅を入れた。
「っ! チャンスだ、逃がさんぞ!!」
「くらええええっ!!」
鎌に罅が入ったのを、ヒースクリフとエギルが見逃さなかった。
ヒースクリフのゴスペル・スクエアによる4連撃と、エギルの両手斧最上位スキル、ダイナミック・ヴァイオレンスによる4連撃がスカル・リ-パーから武器を奪い去る。
「行け、キリト!!」
「とどめだキリト!」
「行って、キリト君!」
「最後の一撃、決めて見せたまえ!」
「キリトさん!」
『団長!!』
『キリト!!』
『キリト君!!』
『キリトさん!!』
「っ!!! おおおおおおああああああああああっ!!!」
スカル・リーパーのHPが遂に残り僅かになった瞬間、全員が最後の一撃をキリトに託した。
エギルが、クラインが、アスナが、ヒースクリフが、シリカが、黒閃騎士団の皆が、聖竜連合、アインクラッド解放軍、風林火山、月夜の黒猫団、黄金林檎、ソロプレイヤー達、皆がキリトの名を叫ぶ。
この場に居る全員の想いを託されたキリトは、両手の剣を深蒼のライトエフェクトによって輝かせ、二刀流最上位スキル、ジ・イクリプスを発動する。
『いっけええええええええええっ!!!』
武器を失ったスカル・リーパーに反撃の手段は無い。
胴にある足や尻尾を叩きつけようにも正面から攻撃してくるキリトには届かず、結果として無抵抗のまま27連撃目を受けたスカル・リーパーはポリゴンの粒子となって、アインクラッドから消え去るのだった。
「はぁ……はぁ…はぁ、はぁあああ……やった、のか」
「キリト君!」
「って、うおあっ!?」
剣を下ろして呆然とスカル・リーパーが居た所を見ていたキリトは真横から突然アスナに抱きつかれて押し倒されてしまった。
それなりにHPが減っていたところに頭をぶつけてしまい、更に少し減ってしまったのだが、同時に感じる愛しい温もりを抱きしめ、ゆっくりと目を閉じる。
「勝ったよ、アスナ」
「うん…すごく、すごく心配したよ、キリト君」
「ごめん、油断してた俺が悪い」
「もうー、あまり心配させないでよ。キリト君が死んだらわたし、自殺するんだからね?」
「それは怖いな…尚更死ぬわけにいかないじゃないか」
ボス戦の直後で何をイチャイチャしているんだリア充爆発しろ、という視線に気付いていないのか、床に倒れたまま抱き合っていた二人は至近距離で見つめ合いながら笑っていた。
最近はアインクラッドで需要が高くなって入手も少し困難になってきた珈琲は、こんな時でも攻略組御用達のようで、全員アイテムストレージから珈琲をオブジェクト化しながら、もはやツッコミは諦めているご様子。
「はぁ、っと…それよりアスナ、ヒースクリフは?」
「あ、あそこ…」
何かを思い出したのかキリトはアスナにヒースクリフの居場所を聞くと、指差された方にヒースクリフが立って珈琲片手にメニューを開きながら何か作業をしていた。
「ちょっと、行ってくる」
「…うん、気をつけてね?」
「ああ」
アスナの額に口付けしてから離れると、キリトはヒースクリフの下に歩み寄り声を掛ける。
「ヒースクリフ」
「おや、キリト君、何かな?」
「…何人死んだ?」
「……11名だ」
「そっか」
前回は14人が死んだ。だけど、今回は11人、3人は生き延びる事が出来たのだろうが、それでも犠牲者としては多すぎる数だった。
もう少し、犠牲は減らしたかった。否、もう少し早く計画を実行するべきだったと、悔やむキリトだが、だからこそこの後の事は絶対に成功させなければならない。
二人の会話を聞いていた全員が、その事実に唖然とし、この先25層もあるのに、こんな所で11人もの犠牲者が出た事への不安が滲み出ている。
「……」
キリトは、周囲の様子を気にした風でもなく黙ったまま作業を続けるヒースクリフを眺めながら、その頭上にあるカーソルに目を向けた。
キリトも含め、この場に居る全プレイヤーはHPがイエローゾーン、もしくはレッドゾーンに突入している者ばかりだ。
だけど、キリトが見ているヒースクリフのHPバーは丁度半分、グリーンからイエローに変わる直前の所までしか減っていない。
つまり、ヒースクリフは現在この場で唯一、HPグリーンゾーンで保ったプレイヤーという事になる。
「なぁ、ヒースクリフ」
「まだ何かある…っ」
「っ!」
既に剣を鞘に納めて自由になっている右手にピックを握り、投げるのではなく、そのままヒースクリフの顔面に突き刺そうとしたキリトだが、そのピックは紫色のカーソルによって阻まれてしまった。
破壊不能オブジェクト、システム的不死、不死属性、名前を挙げるならいくらでも言い方はあるが、それはあくまで建物であったり、置物だったり、オブジェクトに対して備わっている機能だ。決して、プレイヤーに備わっていて良い機能ではない。
「ど、どういう事だ? なんでヒースクリフの野郎に破壊不能オブジェクトのカーソルが…」
唖然とする皆を代表してクラインが疑問を口にした。
その答えは、これからキリトが明かす事になるので、クラインではなく、ヒースクリフへと確認を込めた問いかけを投げかける。
「やっぱり、思った通りだな」
「ふむ、思った通りとはどういう意味か聞かせてもらえるかな?」
「あんたの噂、随分と腑に落ちないんだよ。今まで一度もHPカーソルがイエローになった事のない最硬のプレイヤー……ああ、神聖剣の防御力なら納得も出来るさ、Mob相手なら全然おかしくない」
「……」
「だけどな、アンタはボス相手でもイエローになった事が無いんだよな。それだけならレベルが高いとか、色々と言い訳は出来るけどさ、アンタのレベルって俺より1つか2つ低いぐらいだろ? なのに俺も含めた攻略組の全プレイヤーがボス戦では絶対にHPがイエローゾーン、もしくはレッドゾーンに行くのに、何であんたは神聖剣を持っているとは言え、イエローに落ちないんだ? しかも、HPが減ったとしても絶対にイエローの手前までしかならないのは、何だ?」
「よく観察しているね、随分と早期から私を疑っていたように聞こえるが?」
「ああ、疑ってたさ…初めてアンタと会ったボス戦からずっと、アンタは涼しい顔してボス戦に挑んでた、レベルが高くて余裕なんだと思うだろうけど、安全マージンが確りしていても涼しい顔してボスに挑むプレイヤーなんて一人も居ない……そう、死ぬ事は決してありえない人間以外はな…そうだろ? ヒースクリフ…いや、茅場晶彦!」
ヒースクリフは愉快気に口元を歪めた。それは正体を見破られた事への焦燥感ではなく、少ない情報から自身の正体を見破ったキリトへの賞賛故に。
「他人がやってるRPGゲームを、傍らから眺める事ほどつまらないものはない、アンタもそういう性質だろ?」
「そうだね、確かに私は昔から友人がRPGゲームをやっているのを傍らから眺めるのが嫌いで、必ず自分で買ってプレイする事に拘っていた。恐らくゲーマーなら誰もが同じだろう、私もそんなゲーマーの端くれだったという事だ」
「お、おいキリト、どういうことだよ…ヒースクリフの野郎が、茅場晶彦だって? 嘘だろ?」
「いや、クライン君…確かに私はキリト君の言う通り、茅場晶彦本人で間違い無いよ。この姿はアバターのもので、君達とは違い鏡を使っていないのさ」
どよめきが広がった。
キリト、アスナと並びアインクラッド最強の剣士に数えられる一人、ヒースクリフの正体が、このデスゲームを引き起こした元凶、茅場晶彦だったなど、信じられない、信じたくもない悪夢だ。
「どうだった? 自分が始めたデスゲームを自分でプレイする感想は」
「いや、中々に有意義な2年だったよ、血盟騎士団という仲間にも恵まれ、君達、他のギルド団長との交流や食事会、クライン君としたラーメン談義、全て良い思い出だ」
「クライン…お前……」
「い、いや! 俺もラーメン好きだからよ…ヒースクリフがラーメン好きって知ってから色々と、その…美味い店の情報とか交換したり」
空気を読んで欲しかった。こんな所で呆れる事になるなんて思ってもいなかったキリトだが、気を取り直して改めてヒースクリフと向き直る。
「アンタ、俺の娘のルイを見た事あるよな?」
「うむ、まさかあんなところにMHCP試作1号が居るとは思わなかったよ」
「知ってて見逃したんだな」
「君とアスナ君がはじまりの街の地下迷宮でコンソール操作によるカーディナルからの切り離しも知ってるよ、特に支障があるわけでもないから見逃したがね」
やはり、全てを知っていてこの男は見逃したらしい。だが、そんな彼にも知らないこと、気付けなかった事がある。
「ユイ君だったね、君とアスナ君のプライベートチャイルド、彼女は何者か聞かせてもらっても?」
「…知りたいなら、実力で聞いてみろ、簡単に情報を与えるつもりは無いぜ?」
「…ほう?」
面白いとばかりに肩をすくめたヒースクリフだが、真っ直ぐキリトと向き合い、挑発的な笑みを浮かべた。
「よかろう、君には私の正体を看破した報酬も与えようと思っていたのでね、キリト君と私、1対1の勝負だ。君が勝てばそうだな…ゲームクリアにする事を約束しよう。勝てばデスゲームは終了、全員ログアウトさせる事を約束する…ただし、負けた時は彼女の秘密…いや、君の秘密と命を頂く」
ついに、この時が来た。
前のようにヒースクリフとのデュエルがあったわけではないので、正直賭けとも言える行動だったが、上手くこの展開に持っていけたようだ。
「良いぜ、勝ってこのゲームを終わらせてやる!」
改めて魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを抜いたキリトは真っ直ぐヒースクリフをにらみ付けた。
後ろで心配そうに見つめるアスナに目を向け、少しだけ微笑んで安心させると、止めようとするクラインやエギル、ディアベルやブルーノ、ケイタ、グリセルダ達、黒閃騎士団や他のギルドの皆にも、キリトは微笑みかけた。
「皆、もう少しだけ待っていてくれ…もう直ぐ、帰れるから」
今ここに、アインクラッド史上最大の戦いが始まろうとしていた。
黒の剣士キリトと、聖騎士ヒースクリフ、アインクラッド最強の剣士二人の、最初にして最後かもしれない戦いが、幕を下ろす。
次回はヒースクリフとの戦い。
このまま原作通りに、前回の通りに終わるのか、それとも……。