ソードアート・オンライン・リターン
第三十三話
「不審な男」
アインクラッド攻略も順調に進んでいるとある日、新たに攻略組へと加入を希望してきた新興ギルドのリーダーとキリト、アスナ、ディアベルが面談を行う事になった。
面談場所は76層の主街区、アークソフィアの転移門広場だ。既にキリト達は転移門広場に来ていて、ギルド“ティターニア”のリーダーであるアルベリヒを待っている。
「それにしても、昨日一日で軍を使ってティターニアなるギルドについて調べてみたんだけど、知っているプレイヤーが皆無なのは気になるな」
「だな、いくら新興ギルドだからって、攻略組に行けるようになるほどレベル上げしてたなら、必ず誰かしらが情報を持っているはずなんだけど」
各自、ソロで攻略組レベルまで上げてからギルドを組んだのなら、話は別だろうが、態々そんな事をする意味は無い。
「二人とも、そろそろ時間だよ」
「そうだね、時間は……丁度、待ち合わせ時間だ」
「来たみたいだぜ」
見れば転移門の所に転移反応があった。転移してくる人数は一人、面談はアルベリヒ一人で行うとのことなので、人数は合ってる。
そして、転移してきた人物の姿が顕になり、その人物もキリト達に気付いたのか爽やかな笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきた。
「初めまして、僕がギルド“ティターニア”のリーダーを務めてますアルベリヒと申します」
金髪の青年、豪華絢爛な純白に金の装飾を施した防具と見るからに高価で高性能そうな細剣を腰に差した彼がアルベリヒだった。
まず最初に面談相手となるアスナが挨拶をし、次に補佐としてこの場に居るディアベルが挨拶を終わらせる。
「いやぁ、高名な黒閃騎士団の副団長様に、アインクラッド解放軍の2大リーダーの一角にお会いできるとは、光栄の極みです」
「いえ、それで彼がキリト君、わたしが副団長を務めてます黒閃騎士団団長です」
「これはこれは! 噂に名高き黒の剣士様にまで面談していただけるとは、武者震いがしてきますな」
一見、普通の好青年に見える。だけど、何故だろうか……キリトの目には彼、アルベリヒの爽やかな笑みも、穏やかそうな雰囲気も、何もかもに違和感を感じて映るのだ。
「まず、お聞きしたいのはティターニアの構成人数と、その中で攻略に参加可能な人数です」
「僕を入れて6人のギルドですが、全員参加可能ですよ。皆、攻略組でもトップクラスに引けを取らないレベルだと自負しております」
事実上の攻略組トップを目の前にして、随分と強気な発言だが、これくらいの気概が無ければ攻略組としてはやっていけないので、この辺りは合格だろう。
勿論、それがただの強がりではなく、純然たる事実であり、それだけの自信があるというのはアルベリヒの表情からも窺えた。
「もし仮に攻略に参加するとなると、6人構成なら他のギルド…風林火山、月夜の黒猫団、黄金林檎の3つのギルド、またはソロの方々とも組んで戦ってもらう事になりますが、その辺りは問題ありませんか?」
「ええ、同じ攻略を志す同志と共に戦うのですから、それについては問題ありませんよ」
態度、姿勢、全てが何一つ欠点の無い好青年、しかしそれ故に感じる違和感に、キリトだけでなくアスナもディアベルも気付き始めたようだ。
「それじゃあ、最後だけど、僕たちの誰かとアルベリヒさん、デュエルをしてもらえるかな? 一応、試験という形で実力を見ておきたい」
「構いませんよ、そうですね……ではお相手に黒の剣士様をご指名してもよろしいですか?」
随分な自信家なのか、ただの馬鹿なのか。攻略組最強を誇るキリトを指名してきた。勿論、キリトの方に異存は無い。
剣を交える事で見えてくるものもあるし、実際にこの男の本性を見るのであれば、戦ってみるのが一番だ。
「じゃあ、デュエルは初撃決着モードで」
「いや、アスナ、半減決着モードでやらせてくれ」
「え? でもそれだと……」
「僕は構わないですよ、初撃決着で早々に終わってしまっては流石に面白くない」
キリトの提案に案の定と言うべきか、アルベリヒも乗ってきたので、アスナも文句を言えず許可を出した。
直にキリトはアルベリヒへデュエル申請を出すと、アルベリヒもそれにOKを出し、半減決着モードを選択する。
デュエル開始のカウントダウンが始まればキリトは背中からエリュシデータとダークリパルサーを抜き、アルベリヒも腰に差していた高スペックだと一目で分かる細剣を抜いて構えた。
「……ふふん」
「……(やっぱりな)」
アルベリヒの構えを見て、キリトだけではない、アスナもディアベルも完全に気付いた。彼はレベルこそ攻略組トップクラスのレベルだろうが、その本人の腕前は素人丸出しだったのだ。
構え自体も実に教科書どおりというか、現実でのフェンシングの基本的な構えで、隙だらけで気迫など欠片も持ち合わせていない。
「デュエル、始め!」
アスナの号令と共にカウントが0になり、アルベリヒが先手必勝とばかりに突っ込んできた。
思っていたより素早い動きに驚きながらアルベリヒの刺突をエリュシデータで反らしながら後方へ下がり、追ってくるアルベリヒの細剣をダークリパルサーで弾き返す。
「(ステータスは、中々高い…下手したら俺やアスナよりもだ。でも、システムアシストの無い動きは完全に素人、動きが完全に読めてしまう)」
「ふん! せい! どうです? 僕の実力、中々のものでしょう? 流石の黒の剣士様といえど、防戦一方になってしまいますかな?」
アルベリヒの猛攻を反らし、弾きながらデュエルを見ているアスナとディアベルの様子を窺う。すると、二人もキリトと同じ感想を抱いたのだろう。少し険しい表情でアルベリヒの動きを追っている。
「なぁアルベリヒさん、あんた…今が全力か?」
「なっ! そ、それは僕が、弱いとでもいうつもりか!?」
「……」
簡単な挑発に面白いくらいに引っ掛かった。今までは余裕の表情だった顔も、屈辱に塗れた歪んだ表情へと一変しており、剣筋も元々鈍かったのが更に鈍さを増してしまう。
「い、いいだろう……僕が本当の戦いというものを教えてやる!」
「っ!?」
言うや否やアルベリヒがつま先を地面に深く抉りこませて思いっきり蹴り上げると砂埃のエフェクトが舞い、キリトの視界が0になった。
「(古典的過ぎる…子供騙しの戦術じゃないか)」
だけど、この程度でキリトが焦るはずも無く、細剣が迫り来る風切り音と直感を頼りに地面を転がると、丁度キリトの顔を狙っていた細剣を余裕で避けてしまう。
「くそ、運よく転んだか」
「どうした? 本当の戦いというのを見せてくれるんじゃなかったのか?」
「くっ…っ!」
今度は少し後退したアルベリヒは深く腰を沈めて細剣の切っ先をキリトに向けて構える。
ソードスキルでも発動させるのだろうと予想し、キリトも両手の剣にライトエフェクトを発動させてソードスキルをスタンバイした。
「これが僕の最高の攻撃だ! てあああああ!!」
呆気に取られるとはこのことなのだろうか。アルベリヒはソードスキルを使う事も無く、ただそのまま突っ込んできただけだ。
突き出してきた細剣を弾きながらキリトはソードスキル、ダブルサーキュラーを発動し、無防備な胴体に剣を当て、その突進力をそのままに背後へ移動すると、シャインサーキュラーによる15連撃を叩き込む事でデュエルに勝利するのだった。
「ば、ばかな…僕が負けるなんてありえない! どこかおかしいんじゃないのか!? このクソゲー!」
呆れた。まさか自分の未熟、実力不足をゲームの所為にしてしまうとは、本当にこの男は2年もアインクラッドで生きてきた戦士なのだろうか。
「アルベリヒさん、申し訳ないんですが、攻略組への参加は、もう少し見送りということで……」
アスナがそう持ちかけるのも無理は無い。アルベリヒの実力はレベルやステータスこそキリトやアスナを上回るほどなのだろうが、その中身……アルベリヒ本人の戦闘経験がまるで無いのだ。
ただ素人が高レベルアバターを動かしているかのような違和感、ソードスキルの存在を知らないのではないかと言いたくなる自称:最高の攻撃、何もかもが攻略組に通用するものではない。
「能力的に、問題は無いかと思うのですが……」
「いや、アルベリヒさんはまだ攻略というものを実際には知らないだろうけど、最前線というのはレベルやステータスが高いから通用するというものではないんだ。それに伴うプレイヤー本人の経験も必要になってくる」
引き下がろうとしないアルベリヒだったが、ディアベルの言葉に反論しようにも出来ず、ただただ屈辱だという表情を浮かべ、直ぐに爽やかな笑みを浮かべてアスナの方を向いた。
「わかりました、ですが…きっとその内、僕の力が必要になる日が来ると思いますよ……では、これで」
転移門から去って行ったアルベリヒを見送り、キリト達は改めてアルベリヒという男について話し合う事になった。
「どう思う?」
「う~ん、とてもじゃないけど、あの腕で攻略組クラスのレベルになったなんて、思えない」
「ああ、僕も同意見だ。あの腕前は明らかに素人だ。素人の腕前で攻略組クラスのレベルになるなんて不可能、つまり……」
「あの男、何かあるな…」
それに、実際に戦ってみてキリトが気付いたのは、アルベリヒは素人でも戦いをするのが今回初めてだと言っても過言ではない事だ。
彼の戦い方はまるで教科書でも読んだだけのような基本的な動き方、構え方で、戦術のせの字も無い。
あまりにも戦いというものを知らなさ過ぎるのだ。その彼が2年もアインクラッドで生きてきたとはとても思えなかった。
「(まさか…あの男が? 少し、詳しく調べるべきか)」
アインクラッドに侵入した悪意、もしかしたらもしかするかもしれない。キリトは早速だが鼠のアルゴへメールを送り、アルベリヒについて調べてもらう事にするのだった。
次回は、恐らく彼女が出てきますよ……両手剣を持った彼女が。