ソードアート・オンライン・リターン
第三十五話
「MHCP02」
「ええ!? ストレアに会った!?」
MHCP02ストレアに会った日の夜、キリトはログハウスでアスナ達にストレアと会った事を話していた。
間違いなくストレアと名乗った事、ハイディングのスキルを使った事、両手剣を装備していた事、気に掛かる点は全て話した。
「でも装備は不思議じゃないよね? ユイちゃんやルイちゃんだって装備は出来るし」
「ああ、そっか……」
そう、ユイとルイはステータスウインドウこそプレイヤーの物と違うが、きちんと服などの装備が可能であり、やろうと思えば武器だって装備出来るのだ。ただ、それはキリトとアスナが子供に武器を持たせるのは危ないからと禁止しているだけ。
だが、流石のユイとルイでもスキルを使う事は出来ない。スキルに関しては完全にプレイヤー専用の物であり、メンタルヘルスカウンセリングプログラムがスキルを使うというのは不可能なのだ。
「パパ、もしかしたらストレアは未使用のアカウントを使用しているのではないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「SAO初回購入者1万人の内、デスゲーム開始時にアカウントを取得していてもプレイしなかったプレイヤーが若干名……その中のアカウントを一つ使用してバグによって破損した箇所を補っている可能性がある」
ルイが言うには、ストレアはユイやルイ同様にバグの蓄積により大きくデータが破損している可能性が高い。
それを補う為に未使用のプレイヤーアカウントに自身のデータをインストールし、メンタルヘルスカウンセリングプログラムでありながらプレイヤーとして、この世界に顕現したのではないか、との事だ。
「じゃ、じゃあ……もしストレアのHPが0になったら」
「パパの想像通りです。ストレアという存在が永遠に失われてしまいます」
相当やばい状況だという事だ。
76層に居たという事はそれなりに腕が立つのかもしれないが、油断したが最後、待っているのは死の世界なのだから、急ぎストレアを保護しなければこの先に待ち受けているストレアを必要とする何かに対処出来なくなってしまう。
「明日、もう一度アークソフィアに行こうと思う……また会おうって言ってたから、もしかしたら会えるかもしれない」
「その時は私も一緒に行くよ、キリト君一人だと不安だし」
「って、おいおい酷いなぁ」
だが、アスナが一緒に来てくれるのは正直助かる。いくら相手がMHCPだからと言っても元来キリトはコミュ障なのだ。
一人では上手く話を出来るか不安だったので、アスナが一緒なら心強い。
「パパ、私も一緒に行きます」
「私、も……」
「ユイ、ルイ……」
「同じMHCPとして、お姉ちゃんとして放ってはおけませんから」
「うん……」
キリトが見たストレアは、おそらく自分がメンタルヘルスカウンセリングプログラムであるという自覚が無かった。ユイの時と同様に記憶が欠落してしまっている可能性が高い。
だからこそ、同じ境遇だったユイは絶対にストレアを救いたいという気持ちが強いのかもしれない。自分が嘗てMHCPだったという記憶を失っていたから、だからこそ。
「わかった、ユイとルイも一緒に行こう」
「ありがとうございます! パパ!」
「ん……お父さん、好き」
愛娘達の笑顔が何よりも嬉しいキリトと、それを見て呆れ顔しつつも同じ様な感情を浮かべているアスナ。誰がどう見ても間違い無く、親馬鹿此処に極まれり、である。
翌日、キリトはアスナとユイ、ルイを連れて76層のアークソフィアに来ていた。
昨日ストレアと会った場所に来てみたのだが、そうそう上手く出会える訳も無く、2~3時間くらいはぶらぶらと歩き回っていただろうか。
やがてユイとルイが疲れたと言ったので、近くのオープンテラスの喫茶店に入り、休憩をしていたのだが、ふとキリトの視界に見覚えのある人影が映った。
「居た!」
「え!? どこどこ!?」
「お~い! ストレア!!」
キリトが見つけた薄紫色の髪の少女、間違いなくストレアだ。
大声でストレアを呼ぶと、彼女もそれに気付いたのかこちらを振り向き、キリトの姿を見つけると笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「こんにちはキリト! 今日はどうしたの?」
「やぁストレア、今日はちょっとストレアを探してたんだよ」
「へぇ、アタシを……」
ストレアがちらりとアスナ、ユイ、ルイに視線を向けたので、キリトはストレアに空いている席に座らせて改めて自己紹介とアスナ達の紹介をする事にした。
「改めて、ストレア……知ってるとは思うけど、俺はキリト。ギルド黒閃騎士団で団長をしてる」
「初めましてストレアさん、アスナです。黒閃騎士団の副団長で、キリト君の妻です」
「ユイです! パパとママのプライベートチャイルドです」
「ルイ……同じくプライベートチャイルド」
「あはは、よろしくね~。アタシはストレア! 見ての通り大剣使いだよ」
アスナから見てもストレアは普通のプレイヤーと何も変わらない様に見えた。見た目の年齢もアスナとほとんど変わらないくらいか。とてもではないがユイやルイと同じMHCPには見えない。
だが、ストレアという名はルイの言葉を信じるのであれば間違いなくMHCP02、ユイとルイの妹なのだ。
「ストレア、ストレアは何処かのギルドで活動してるのか?」
「ギルド? ううん、アタシはソロで活動してるかな」
「ずっとソロで? ソロプレイヤーは珍しく無いけど、これだけの高層になると危険じゃない?」
「そうだねぇ、でもアタシ強いし、今の所は大丈夫だよ」
ソロでこんな高層に居るという事は彼女もそれなりに戦えるのだろう。ただ、いつからこの世界に具現化したのか、どれだけの実戦経験があるのかまでは流石に判らないが。
「それでキリト達は何かアタシに聞きたい事が他にあるんじゃない?」
「「っ!」」
「何か隠してるっぽいもんね」
流石、メンタルヘルスカウンセリングを行うプログラムというだけあり、ユイやルイ並みに鋭い。
流石に隠し切れないだろうと予想して、早速だがアスナが本題を切り出す事になった。
「ねぇストレアさん……貴女、いつからフィールドで活動するようになったか、覚えてる?」
「え? いつからってそれは……あ、あれ?」
アスナの質問に、ストレアは答えられなかった。当然だろう、少なくとも第1層からずっと活動していた訳ではない筈なのだから。
「あのね、さっきはルイちゃんの事をプライベートチャイルドって紹介したけど、この子……実はメンタルヘルスカウンセリングプログラム……MHCP01‐RUIって言うの。聞き覚えあるわよね? MHCP02である貴女なら」
「っ!? MHCP……あぁ……そう、そうよ。確かにアタシ……」
MHCPという言葉でストレアの失われた記憶が蘇ろうとしている。いや、記憶が蘇るというのは彼女にとっては語弊があるだろう。正確にはバグによってロックが掛かっていた記憶が解凍され、思い出せなかった記憶が思い出せるようになったというのが正しいだろうか。
「ストレア、辛いことを思い出させると思うけど……いつ、カーディナルの呪縛から離れたのか、思い出して欲しい」
「カーディナル……そう、確かあれは……攻略が75層フロアボス終了後直ぐ、ゲームマスターとプレイヤーが戦ってた時に起きたエラーが原因で、カーディナルの監視が一時的にダウンしたから、余っていたアカウントにアタシのデータをロードして……会いたかった、絶望ばかりが支配していた筈のアインクラッドで唯一、最初から愛情や幸福といった感情を持っていた二人のプレイヤーに……」
ユイやルイの時と同じだ。
彼女もまた、カーディナルによってプレイヤーとの接触を禁じられ、蓄積していくプレイヤーの負の感情によるバグやエラーに耐えていた中で目にした幸福という感情を持つキリトとアスナに、会おうとしていたのだ。
「思い出した……そっか、アタシってプレイヤーじゃなかったんだ」
「そうだな。でもプレイヤーじゃないからって、そんなの関係無い」
「キリト……?」
「ストレア……私は、お父さんと……お母さんに会って、カーディナルに、操られるだけの存在じゃないって事……教えてもらった」
「私達AIであっても、パパとママは娘だって言ってくれて、目一杯愛してもらっています。ストレアも、きっとわたし達みたいな生き方が出来ますよ!」
「カーディナルに、操られるだけの存在じゃ、ない……そう、なのかな?」
「ああ、もし君が望むのなら、俺はストレアをカーディナルから切り離す事が出来る」
ユイやルイの時と同じ。システムコンソールを操作してストレアのシステムをカーディナルから切り離せば良い。
今ならユイとルイのGM権限とキリトのカウンターアカウントがあれば前よりも容易に行えるだろう。システムに弾き飛ばされる事も、妨害される事も無いはずだ。
「ねぇキリト君、ストレアさんのデータは何処に保存するの? ユイちゃんはキリト君の、ルイちゃんはわたしのナーブギアにあるローカルメモリに保存してあるよね? 余裕、ある?」
「ああ、ナーブギアのローカルメモリ自体の容量はそれなりに大きいからな。二人分くらいならギリギリ大丈夫なはずだ」
だからストレアのデータはキリトのナーブギアにあるローカルメモリに保存するつもりだ。
「ストレア、どうかな? 俺達はストレアを家族として迎え入れる用意がある。君が望めば、俺はストレアの父親になっても良い」
「わたしも、お母さんになってあげるよー」
「わたしはお姉ちゃんです!」
「私、も……お姉ちゃん」
「良いの……? アタシ、まだ皆に会ったばかりなのに、いきなり家族に迎え入れて」
そんな事を気にするキリトやアスナではない。むしろ、ユイとルイの妹なのであればキリトとアスナにとってはストレアとて娘である事に違いは無いのだ。
「なら、よろしく、お願いするね……父さん、母さん、ユイ姉さん、ルイ姉さん」
こうして、黒の剣士一家にまた一人、家族が増えた。
メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作2号にして、黒閃騎士団の一員となった大剣使いストレア。
また新たな幸せを掴んだ彼らに、黒い魔の手が忍び寄っている事に、まだ気付く事は無かった。
「いやぁあああああああ!!!!! 助けてぇえええええええ!!!!!」
「出してくれ! 此処から出してくれぇええええ!!」
いくつかの叫び声が響き渡るとある場所で、幾人かのプレイヤーが機械らしき物に繋がれ悲鳴を上げている。
そんなプレイヤー達の前で、金髪の青年が下卑た笑みを浮かべながら何かを操作しては悲鳴が更に大きくなった。
「ククク……いやぁ、最高の環境じゃないか。此処なら向こうでやってた研究の続きが出来るし、披検体なんて腐るほど居る。正に僕の為に用意された世界と言っても良いねぇ」
迫り来る悪意は、直ぐそこまで来ていた。
次回は再び出ますよ、みんなの嫌われ者。