ソードアート・オンライン・リターン
第三十七話
「正体を現した非道の権化」
行方不明事件の対策会議が行われてから一週間、同時進行で行われていた89層攻略も残すところ迷宮区のみになって、攻略の方は順調に進んでいると言えるだろう。
だが、行方不明事件の方は変わらず進展が無く、今もまだ犠牲者が増え続けているのだ。
「一週間で更に4人か……」
黒閃騎士団の団長室で資料を読んでいたキリトは進展どころか犠牲者が増えるだけの行方不明事件について考えを巡らせていた。
行方不明者の捜索についても依然として難航していて、手掛かりらしいものすら何も見つからないというのは流石に困ってしまう。
「キリト君、入るよ」
「アスナ、どうした?」
「ちょっと、本部に相談を持ちかけてきたプレイヤーが居てね」
何やら気になる情報も口にしていたとの事で、現在は黒閃騎士団の会議室で待たせているとの事だ。
その情報というのに興味を持ったキリトは席を立ち上がると、アスナと共に会議室に向かった。
会議室にはリーファとシノンが待っており、二人の間に座るキリトと同い年くらいの女性プレイヤーがキリトの姿を見て安心したような表情を見せる。
「あの、初めまして……私、ミーネって言います。50層のアルゲードで小さいですが衣服を作って販売する店を経営してるんですが」
「キリトです。知ってるとは思うけど、黒閃騎士団の団長だ」
「存じてます。黒の剣士様の噂は私達中層以下のプレイヤーの希望ですから」
少し照れてしまった。
一息吐いて、話を戻す事にしたキリトは改めてミーネと向き合い、今回ここまで来た理由と、情報についてを聞くことにする。
「あの、皆さんはティターニアってギルドをご存知ですか?」
「ティターニアって前にキリト君が言ってた攻略組に参加しようとしていたギルドだよね?」
「試験を受けさせて落ちたって聞いたわ」
リーファとシノンの言う通り、ティターニアは攻略組になれなかったハイレベルプレイヤー集団。キリトが怪しいと睨んでいるアルベリヒをリーダーとする小規模ギルドだ。
「実は、私もそうですが、私の友人がティターニアにその……何度かセクハラを受けてまして」
「セクハラですって!?」
「あ、はい……その、強引にお茶に誘われて、断ろうとしたら腕を掴まれたり、身体を触られたりして」
「変だな、普通そういう場合はハラスメント警告が出て女性側がOKボタンをタッチしたら強制的にセクハラ行為を行ったプレイヤーを黒鉄宮の牢獄へ転送させる仕様になってるけど、あそこを管理してる軍からティターニアのメンバーが牢獄へ転送されてきたなんて報告は受けてないぞ」
SAOではプレイヤーがNPCに抱きつく、抱き上げるなどの行為を行った場合や、女性プレイヤーに男性プレイヤーがセクハラ行為を行った際、ハラスメント警告が出る仕様になっている。
女性プレイヤーへのセクハラを行った場合は女性プレイヤー側にのみ見える形でセクハラを行ったプレイヤーを牢獄へ転送するかどうかの選択項目が出現するようになっているのだ。
そして、そのOKをタッチした場合、セクハラを行ったプレイヤーは強制転送され、はじまりの街の黒鉄宮にある牢獄へ入れられる仕組みだ。
「それが、出なかったんです……ハラスメント警告」
「何!?」
そんな馬鹿な、と思ってしまった。ハラスメント警告が出ないなどこんな世界では致命的な欠陥とも言える。
だが、今までハラスメント警告が出なかったなどという話は聞いた事が無い。
「ちょっと待ってくれ……リーファ、ちょい悪い」
「え?」
キリトが立ち上がってリーファの後ろに立つと、その両肩に手を置いて少し揉んでみた。
「きゃあああああ!? ちょ! キリト君!?」
「リーファ、ハラスメント警告は出たか?」
「え!? えっと……うん、出てるね」
どうやらカーディナルに出たバグによる異常ではないようだ。こうしてハラスメント警告はちゃんとリーファに見える形で出ているらしいのだから、間違い無い。
「ちょっとキリト君! 触るなら妻であるわたしにしなさいよ!」
「いや、結婚してたらハラスメント警告出ないじゃん、暴力振るうとかしない限り……俺、アスナに暴力を振るうなんて絶対にしたくないし」
「も、もう! そ、そんな事、言われても……その、誤魔化されないんだからね?」
赤くなった頬と、ニヤケきった顔で言われても説得力皆無だ。
「システムのバグじゃないとなると、何が原因だ……? 確かにティターニアのメンバーはハラスメント警告が出るような行為をしていたんだ?」
「はい、友達はお尻や胸を触られたとも」
「でも、ハラスメント警告は出なかった……と」
「はい……」
お尻や胸を触るなど、今キリトがリーファにした事よりももっと明らかなセクハラ行為だ。なのに、それでハラスメント警告が出ないなど、普通ではない。
「わかった、その事については俺の方でも調べてみる。情報、ありがとう」
「いえ、その……お願いします」
ミーネが帰った後、キリトは団長室に戻り、一緒に来たアスナと、一応と呼んでおいたユイ、ルイ、ストレアの4人と共に先ほどのハラスメント警告が出なかったという話を整理していた。
システムに関してはユイやルイ、ストレアのようにカーディナルと密接な関係にあった3人なら何か判るかもしれないと思ったのだ。
「それで、ユイたちで何か思い当たる事はあるか?」
「一つだけ……あります」
「マスターアカウント、スーパーアカウント、どっちか……使った可能性」
ルイの言ったアカウント名についてはキリトも知っている。マスターアカウントとは即ちゲームマスター、ヒースクリフが持つアカウントの事だ。
スーパーアカウントについては詳しい事までは知らないが、キリトの持つカウンターアカウントが唯一の抵抗策だという事のみ。
「でもさ、マスターアカウントは無いんじゃない? あれはGMである創造主……茅場晶彦だけが持ってるアカウントだし、調べたけど他へ譲渡された痕跡は無いよ?」
「となるとスーパーアカウントの可能性か……茅場の言ってた通りなら、ティターニアの誰かがこの世界に入り込んだ悪意という事になるな」
ユイが言うには、スーパーアカウントはマスターアカウントのようにプレイヤーを強制ログアウトさせる権限は持たないが、それ以外はほぼ同じ事が可能な権限を持つらしい。
プレイヤーを強制麻痺させたり、自身にシステム的不死の属性を付加したり、レベルを弄ったり、この世界で手に入る武装を呼び出したり。
「一番怪しいのはアルベリヒさん、だよね?」
「ああ、奴が一番怪しい。もしかしたら、あいつが悪意の可能性がある」
少し探りを入れる必要がありそうだ。そう思っていた矢先だった。
「ん? メール?」
メールが届いたので開いてみると、差出人はクラインだ。
「何々……? なっ!?」
「どうしたの?」
「アルベリヒが、プレイヤーを短剣みたいなので刺して、強制転送させたのを見たって、クラインが」
「強制転送!?」
「今、87層のフィールドでアルベリヒを追ってるらしい! 俺達も直ぐに行くぞ!」
ユイとルイは危険なので残し、アスナとストレアを連れてキリトは転移結晶を使用、87層主街区であるスクジンに転移し、そこから一気にフィールドに出る。
フレンド登録してあるクラインの現在位置は少し離れているが、此処からならキリトとアスナ、ストレアの筋力パラメーター、敏捷値なら全力で飛ばせば追いつけるだろう。
「行くぞ!」
全速力で走り、クラインの居る方角を真っ直ぐ突き進む。
途中で出現したMobに関しては一切無視してひたすら前に進むと、漸くクラインの後姿を発見する事が出来た。
「クライン!」
「おうキリト! っと、テメェ! 待ちやがれってんだ!!」
クラインの前方には確かにアルベリヒの姿があり、その右手には歪な形をした短剣が握られている。
どうやら、クラインが見たというプレイヤーを強制転移させた短剣とはあれの事なのだろう。
「アスナ!」
「うん!」
腰の鞘からランベントライトを抜いたアスナはスキルを発動、彼女の異名である閃光の名の通り、文字通り閃光となってキリトを、クラインを、そしてアルベリヒをも追い抜いて彼の前に立つ。
「わお! 流石母さんのフラッシングペネトレイター、キレが違うね」
アスナが行く手を塞いだことで漸く足を止めたアルベリヒと、追い付いたキリト、クライン、ストレアの3人。
キリトもクラインもストレアも剣を抜いて、何があっても対処出来るように用心深くアルベリヒを睨み付けている。
「これは黒の剣士様、それにアスナ様、如何されたんですか? そんなに怖い顔をされて」
「てめぇ! とぼけんじゃねぇ! 俺ははっきりと見たんだぜ、お前がその短剣をプレイヤーに刺した途端、そのプレイヤーが強制転移されたのをよ!」
「クラインはこう言ってるけど、どうなんだ?」
「まさか、彼の言いがかりですよ。私はこの剣がレアな剣で、偶然ゲット出来たから彼が言うプレイヤーに見せていたところ、用事が出来たとかで転移しただけですよ」
嘘だ。明らかに嘘を言っている。
クラインが出鱈目を言う男ではないというのはキリトとアスナが一番よく判っている。だからこそ、この男の言っている事は全て出鱈目だと判断した。
「なら聞くが、お前のギルドのメンバーが女性プレイヤーにセクハラをして、その時にハラスメントコードが出なかったのは、何故だ?」
「さぁ……システムの異常ではありませんか?」
「いや、システムに異常は無いよ。それは確認済みだ」
「……チッ」
小さく舌打したつもりなのだろうが、こんな静かな場所では大きく響いた。
もう、言い逃れは出来ないだろう。今回の行方不明事件に、この男は関わりがあるというのも、クラインが見た強制転移から裏づけ出来る。
「アルベリヒ、お前が今回の行方不明事件の犯人だな? 方法はその短剣を使って強制転移させた……場所は多分、システム的に保護された一般人では普通は知ることが出来ない場所でもあるんだろう。そんな場所、簡単に作れるもんな、スーパーアカウントを持っているお前なら」
「……あ~あ、そこまでバレてたのか。餓鬼が小賢しい知恵付けやがって、生意気な」
これまでの好青年の仮面を脱ぎ捨てたアルベリヒは残忍な表情を浮かべてキリトとクラインを見下すような目で睨み付けて来た。
どうやら、これがこの男の本性なのだろう。
「ああそうだよ! 僕が行方不明事件の犯人さ! いや、そもそも事件ですらないね、今回の件は! 何せ、彼らは僕の栄光ある研究の被験体になってもらったんだ、寧ろ光栄に思ってほしいねぇ」
「ふざてんじゃねぇぞテメェ! 何が栄光ある研究だ! そんなの人体実験じゃねぇか! 現実世界じゃ犯罪だぞ!」
「ハン! 現実世界ではそうなのだろうけど、ここはゲームの中だ。誰が僕を裁くって? 僕はこの世界では何をしても許される存在なんだよ! お前等みたいなゲーム廃人如きには理解出来ないだろうけどね」
何をしても許される? それは違う。スーパーアカウントを持ったからと言って、それが何をしても許される事の証明にはならない。
寧ろ、そんなアカウントを持つのであれば、当然だが相応の責任を持たねばならないのだ。
「それと、お前達は誰に向かって偉そうな口を利いてると思ってるんだ? 僕はお前達の命を握っていると言っても過言ではない存在だ!」
「どういう意味ですか?」
「ふん、こんな顔では気付けないでしょうけど……貴女とはお会いした事があるんですよ? 結城明日奈さん」
「なっ!?」
アルベリヒが口にした名前、それはアスナのリアルでの名前だ。アスナの本名を知る者など、キリトとユイ、ルイ、ストレアしか居ないはずなのに、何故この男がアスナの本名を知っているのか。
「あなた、なんでわたしの名前を……」
「ひどいなぁ、もう忘れたんですか? 貴女のお父上の会社に務めて、よく貴女のご実家にも窺っていたでしょうに」
「ま、まさか……! あなた、須郷……さん?」
アインクラッドに降り立った悪意、須郷伸之が、その悪意と欲望に塗れた正体を現した瞬間だった。
次回は対アルベリヒ戦です。
まぁ、決着はもう少しだけ先になりますが。
だって、簡単に終わらせたら納得出来ないですよね?
この男には絶望と屈辱を与えてから退場してもらわないと、皆さんに叩かれそうw