ソードアート・オンライン・リターン   作:剣の舞姫

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第一層ボス戦です。


第三話 「βとも前回とも違う」

ソードアート・オンライン・リターン

 

第三話

「βとも前回とも違う」

 

 全員、パーティーを組み終えた。ディアベルが様子を見て大丈夫だろうと判断し、対策会議の続きに入ろうとした時だった。

 一人の男がそれを止め、ディアベルの前まで階段の上から飛び降りてきたのだ。

 

「キリト君…あの人」

「ああ、前回は軍のNO.2だったキバオウだ、シンカーを罠に嵌めた張本人」

 

 ビーターという呼び名を積極的に広めた人物でもあるのだが、そちらは特に気にしていない。

 問題なのはやはり前回、シンカーを罠に嵌めた事、今回はまだまともなのだろうが、正直キリトもアスナも彼には良い感情が持てないでいた。

 

「ボスと戦う前に言わせてもらいたい事がある。こん中に今までの一ヶ月で死んでいった1000人に詫び入れなあかんやつがおる筈や!」

 

 やはり、前回同様にβテスターを批難してきた。前は、バッシングが怖くて名乗り出なかったキリトだが、今回は違う。

 何故なら、キリトが今パーティーを組んだメンバーでエギル以外は全員がキリトがβテスターだという事を知っていて、他にもキリトが助けた人間は皆が知っている。

 

「あんたの言うβテスターなら、此処に居るぜ」

 

 だから、キリトは名乗り出た。

 その瞬間から、周囲から疑惑と侮蔑の視線が向けられてきたが、2年も死闘を続けてきたキリトには何も怖くない。

 

「ほぉ、随分といさぎ良いやないか。ほな、今すぐこの場で土下座して、アイテムや金を出してもらおか」

「ふざけんな! キリトさんがてめぇみたいな糞にんな事する必要は無ぇぜ!」

 

 キバオウの言葉にモスキートが立ち上がって反論する。それに続くようにベルや他のキリトが助けてきた者達も立ち上がって反論を述べ始めた。

 

「キリトさんはお前が言うような人じゃない!」

「そうだ! キリトさんは俺達ビギナーを助けてくれて、レベル上げまで手伝ってくれたんだ!」

「キリトの坊やを締め上げようってんなら、あたし等が相手になるよ、オッサン」

 

 本当に、随分と慕われたものだ。その多くは皆がキリトを命の恩人とも師匠とも思っている者ばかりで、βテスターだからと自分可愛さに隠れてビギナーを見捨てた他のβテスターと一緒にされるのが我慢ならないのだ。

 勿論、キリト自身は自分が皆の言うような立派な人間ではないという思いもあり、少し居心地悪いような、くすぐったい様な、微妙な表情をしている。

 

「なぁキバオウさん」

「な、なんやあんた」

「俺の名はエギル、キバオウさん…あんたはこのガイドブックを知っているか?」

 

 エギルは懐から取り出したガイドブックを見せると、キバオウも知っているし、持っていると言葉少なに言うが、それならそのガイドブックが何なのか知っている筈だ。

 キリト以外のβテスターが無料配布している情報を書き記したガイドブック、βテスト時代の情報を細かく書いて多くの一般プレーヤーに配布している。

 

「βテスターも、皆が皆、あんたの言うような人間ばかりじゃないって事だ。キリトも、随分と慕われているのを見るに、沢山のビギナーを助けていたみたいじゃないか」

 

 そこまで言われて、キバオウは押し黙るしか無い。不貞腐れたように席に座ると、エギルもキリトたちの所に戻ってくる。

 

「エギル…」

「お前さんの目を見れば、凡その人となりは把握出来る。俺は、お前さんを信じる事にしただけさ」

「…ありがとう」

 

 やはり、エギルは人が出来ている。前回にチラッと聞いた話だが、彼はリアルでは既に結婚しているとの事で、その辺りが人としての器が他より大きく感じられる要因になっているのだろう。

 

「みんな、落ち着いてくれ。会議を進めようと思う。キリト君に思うところは皆あるかもしれないが、彼がβテスターだというなら、今回のボス攻略戦でも頼りになる戦力になってくれる筈だ」

 

 ディアベルの言葉で、とりあえず落ち着きを取り戻した。

 漸く会議の続きに入る事になり、先ずはディアベルが最新版のガイドブックを取り出して、今回戦う事になる第一層ボスの情報を公開する。

 相手は前回と変わらず、ボスがイルファング・ザ・コボルト・ロード、それから取り巻きにルイン・コボルト・センチネルが居る。

 コボルト・ロードの武器は斧とバックラーで、HPゲージがレッドゾーンに入るとタルアールに持ち替えて強力な攻撃を仕掛けてくるとの事だが、前回はβテスト版と正式版の違いからか、タルアールではなく野太刀を装備してきた事があるので、ディアベルを死なせない為にもキリトは此処で行動しなければならない。

 

「ちょっと待ってもらえるか?」

「ん? キリト君か、どうした?」

「そのボスの武器情報だけど、あくまでβテスト版での話だ。だけど、俺達が今いるこの世界は正式版のSAOだから、βテスト版との違いが出てくる筈。もし、ボスの武器もそれに習って別の武器だったら? 最初は同じでもタルアールではなくて別の武器だったらどうする?」

「なるほど…それは失念していた。確かにβテスト版と正式版の違いが出て来た場合、何も考えずに行けば下手をすると…」

「返り討ちに遭って、最悪は死ぬ」

 

 静まり返った。

 そう、忘れてはいけないのだ、このゲームでの敗北は現実での死を意味する事を、今ある情報はあくまでβテスト版での情報でしかなく、正式版との違いがある可能性だって十分にあり得るのだから。

 

「ではキリト君、君ならどんな武器を予想する?」

「…俺ならプレーヤーはこの一層では入手不可能の武器、刀系を予想する」

「なるほど…しかし、刀系の武器だとスキルが判らんな」

「刀系のスキルなら、俺が知ってる。会議が少し長引くけど良いか?」

「ああ、構わない。皆も、キリト君から刀系のスキルについてと対策を教わるんだ! それと、他にはどんな武器が予想できるか、皆で考えてみよう!」

 

 結局、キリトの出した刀系の他に、ランス、槍、両手剣、片手剣、様々な予想が出てきて、そのスキルや対策についてはキリトが説明していくと、気がつけば夜になってしまっていた。

 

「よし、今日の会議はこの辺でお開きにしよう。明日は朝10時に広場に集合して、全員で迷宮区へ行く! 以上!」

 

 会議が終わり、キリトとアスナ、ユイはパーティーメンバーに誘われて近くのレストランに入って夕食という事になった。

 レストランに入ると、キリト達以外にも何名か来ていて、一様に会釈して、思い思いの時間を過ごしている。

 

「明日はいよいよ攻略戦ッスね、キリトさんもアスナさんも余裕ッスよね?」

「ううん、油断は出来ない、ボス戦では何が起きるのか判らないもの」

「ああ、俺の知っている知識が通用する相手なら良いんだけどな」

 

 この場の誰よりも圧倒的にレベルの高いキリトとアスナが慎重になってる。それだけでもボス戦への緊張感という物が増した気がした。

 決して油断はしない。レベルが高いから余裕などと言っていれば即座に死が待っているのだと、ベルもモスキートもクルミも、エギルも息を呑む。

 

「それにしてもキリトと、アスナ・・・だったか? その子は…」

「?」

「ああ、この子はユイ…そうだな、俺とアスナにとっては娘だ」

「む、娘…!?」

 

 質問して、その回答にエギルが固まった。だが、直ぐに持ち直して首を傾げているユイを見る。

 口元に付いたケチャップをアスナに拭き取ってもらって、キリトに頭を撫でられている姿は、何の違和感を感じさせない仲の良い親子そのもので、自然とエギルもその穏やかな雰囲気に微笑みを浮かべた。

 

「お嬢ちゃん…ユイ、だったか? パパとママは好きか?」

「はい! パパもママも大好きです!」

「そうか…」

 

 エギルが満面の笑みを浮かべてユイの頭を撫でた。少し驚いたユイも、直ぐに笑顔になり、エギルの大きな手の感触を楽しんでいる。

 

「ユイ、明日はいつもの様に宿で留守番、頼むな」

「はい…」

 

 キリトがそう言うと、いつもの如くユイは少し寂しそうな表情をしながら頷く。

 正直、心苦しいし、一人でユイを待たせる事に罪悪感はあるのだが、これは暫く先に進み、仲間を増やしていけば何とかなるだろう。

 

 

 翌日、ユイを宿で待たせてキリトとアスナは広場に向かった。

 広場には既に何名かのメンバーが揃っており、ベルやクルミ、モスキート、エギルも揃っている。ディアベルやキバオウも居るので、そろそろ全員揃うだろう。

 そして、10時になり、全員が揃っているのを確認してディアベルを戦闘に迷宮区へと向かう。その途中でキリトはパーティーメンバーを集めてボス戦の作戦会議を行っていた。

 

「俺達のパーティーはディアベルのパーティーと一緒にボスと戦う事になっている。前衛は俺とモスキートが務めるから俺とモスキートの後ろから速度のあるアスナとクルミちゃんが遊撃、エギルとベルはボスの背後に回って斧と両手剣で兎に角大ダメージを与えて欲しい」

「了解ッス」

「任されました」

「頑張ります!」

「OK」

 

 皆、自分達の役割を確認し、頷いた。基本的に二人一組で動き、全員がそれぞれにスイッチしながら戦う戦法だ。

 

「それから、ボスのHPがレッドゾーンに入ったらモスキートとクルミちゃんが組んで、アスナは俺と組む」

「うん」

 

 最後のトドメはキリトとアスナがペアで切り込む。これは一重にキリトとアスナのペアが恐らくはこのパーティー…否、このボス攻略メンバーで最強と言っても良い実力、コンビネーションを誇っているからだ。

 

「最後に、俺から言えるのは一つだけ…絶対に死ぬな」

 

 真剣な表情で言うキリトに、他のメンバーも真剣な表情で頷いた。アスナも、そっとキリトに寄り添う。

 

「大丈夫、キリト君は絶対にわたしが守るから」

「ああ、俺もだよ…必ず、アスナを守る」

 

 急にイチャイチャしだした二人に、全員が苦笑…否、クルミだけは何処から取り出したのかハンカチを噛み締め、噛み千切ってしまってハンカチがポリゴンの粒子になって消えた。

 

 

 ついに、ボスの部屋の前に到着した。

 途中の雑魚敵との戦いで若干消費したHPは全員既に回復済みで、武器もボスとの戦いを前に万全の状態であることを確認、誰もが準備万端といった様子を見せる。

 ディアベルは全員の顔を見渡し、自分も含めて準備が整った事を確認すると、一つ頷く。

 

「聞いてくれ、皆…俺から言う事は一つだけだ。勝とうぜ!」

 

 勿論、全員そのつもりだ。

 皆が頷いたのを確認し、ディアベルはボスの部屋の扉を開き、盾と剣を構えながら中に進み、その後ろをキリト達が続く。

 真っ暗な部屋の中、奥で二つの紅い光が見えた。同時に部屋に明かりが点いてボスの姿が顕となり、その真っ赤な巨体を全員捉えた。

 

『ガァアアアアアアアアアア!!!!!』

 

 右手に斧、左手にバックラーを持ってキリト達の前に飛び出してきたイルファング・ザ・コボルト・ロード、その傍らにHPゲージが表示され、周囲にルイン・コボルト・センチネルが・・・6体、現れた。

 

「っ!?(6体!? “前回”と違う!?)」

「キリト君!」

「ああ! 兎に角、俺達はボスを!!」

 

 敵が走ってくるのを見て、ディアベルが攻撃開始の合図を出す。

 同時に、キリトとアスナが先行して飛び出すと一気にコボルト・センチネルの懐に飛び込み二人とも同時に蹴り飛ばして後ろから続くメンバーの道を切り開いた。

 

「アスナ!」

「ええ!」

 

 キリトの合図でアスナはその場を飛び退きキリトはコボルト・ロードの斧を受け流しつつ後ろから来たモスキートに指示を出す。

 

「スイッチ!」

「了解でさぁ!! ゼリャアア!!」

 

 コボルトロードの腹をモスキートが斬りつけると、同時にキリトもその場でジャンプしてコボルト・ロードの腕に着地、そのまま走ってコボルトロードの片目を貫いた。

 

『グゲァアアア!!?』

「ディアベル! アスナ! クルミちゃん!」

「任せろ!」

「うん!」

「はい!」

 

 左右から挟みこむ様にレイピアと槍がコボルト・ロードの両脇腹に突き刺さり、更にバックラーをディアベルが弾き隙を突いてキバオウがスイッチで切り込む。

 同じく、ベルとエギルもコボルトロードの後ろから斬り掛かり、両手剣と斧による大ダメージを与えた。

 キリトはコボルト・ロードの肩から飛び降りてそのまま立ち上がり様に斧を持った腕を斬りつけて二撃目で斧を弾き上げる。

 

「スイッチ!」

「はいよ!」

 

 丁度キリトの後ろに移動していたエギルがキリトの前に出て斧を振り上げるとソードスキルが発動してコボルト・ロードを何歩か後ろに下がらせた。

 

「今だ! 畳み込むぞキリト君!」

「よし!」

 

 ディアベルの合図でキリトもそれに続き、二人同時に斬り掛かった。

 イルファング・ザ・コボルト・ロードとの戦い、開幕早々にイレギュラーはあったものの、順調に事は進んでいると見て良い。

 休む間も無く攻撃が与えられ、どんどんボスのHPが減っていくのが見えたので、この調子で攻撃を続け、レッドゾーンになった瞬間に下がらせれば勝てる。

 

『ギィガアアア!! グルルルルルッ!!』

 

 ついに、HPゲージがレッドゾーンに入ったコボルト・ロードは両手の斧とバックラーを投げ捨てて、腰にあった武器を抜いた。

 βテスト版であればタルアールであり、“前回”は野太刀だったそれだが・・・引き抜かれたのは、どちらでも無かった。

 

「なっ!?」

「嘘!? 斬馬刀!?」

 

 不味い、β版とも前回とも違う武器を持っていた。しかも、前回の野太刀よりも更に長く、肉厚の刀、斬馬刀という凶悪極まりない代物だ。

 

「皆下がれ!! アレのソードスキルは一撃必殺技がある!!!」

 

 キリトの叫びは、ギリギリで間に合った。

 一撃必殺、たった一発食らうだけでHPを全て奪う凶悪なソードスキルがあると聞いて、全員が慌ててその場から離脱したのだが、その直後だった。斬馬刀一撃必殺ソードスキル“斬首刑”が発動して、振るわれたのは。

 幸いにもキリトの叫びが早かった為、死者こそ出なかったものの、誰もが一撃必殺の恐ろしさに二の足を踏む状態になってしまっていた。

 

「ディアベル! 皆を下がらせるんだ!!」

「あ、ああ! 皆下がれ!!」

「アスナ!」

「うん!」

 

 皆が下がって、アスナ一人が突撃したのを確認し、キリトは隣に居たモスキートの片手剣に目を向けた。

 

「モスキート、ちょっと借りるぞ」

「え、あ、キリトさん!?」

 

 呆然としているモスキートの返事を聞かないまま片手剣を借りたキリトは右手にアニールブレード、左手にモスキートの剣を持ってアスナの後を追う。

 

「まだ二刀流を取得してないから、完全に自力技になるけど・・・!」

 

 アスナが斬馬刀を弾いた直後、キリトはスイッチしてコボルト・ロードの懐に飛び込み、ソードスキルが発動しないのは判っているが、何となく言葉を口にしていた。

 

「スターバースト・ストリーム!!」

 

 ソードスキルが発動しないので、モドキでしかないが、二刀流上位スキルのスターバースト・ストリームの動きを再現、一気に高速の16連撃を叩き込んだ。

 

「やらせない!」

 

 スターバースト・ストリームの弱点、攻撃特化の為に相手の攻撃を非常に受けやすいというものがあるのだが、それは全てアスナがコボルト・ロードの攻撃を防いでくれるので、安心して最後の16連撃目を叩き込む。

 

「セァアアアア!!!!」

 

 そして、ソードスキルではないが故に即座に別のソードスキルを発動する。

 

「バーチカル・アーク!!!!」

 

 片手剣用ソードスキル、バーチカル・アークによる二連撃が決まり、イルファング・ザ・コボルト・ロードのHPが0になり、ポリゴンの粒子になって消えるのだった。




ディアベル生存。
そしてβテスターだったキリト君にも頼もしい仲間が、理解してくれる仲間が大勢です。

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