とある仮定の破綻論理 作:無法松
俺は先程の黒服の男に連れられて、近く
のコーヒーショップにいた。わざわざパーテーションで仕切られた奥まった席に座るように促した男は、無言でコーヒーを啜っている。焦れた俺は聞いてみることにした。
「それで?いったいどんな思惑があって風紀委員にしてやるなんて考えたんだ?」
「風紀委員であるのが一番好都合なんですよ。自由にとはいいませんが、ある程度の裁量で能力を振るう機会が多い。年齢などは気にしないでください。我々が特例で通しますので。」
「俺が言ってんのはそういうことじゃねぇ。それをする理由、お前のメリットはなんなんだ、それがわからなきゃあ、怪しすぎてとてもじゃねぇが乗れねえな。」
「ふむ…」
男の目が怪しい光を帯びる。見下すような、見透かすような、暗い瞳。
「あなたにはそれほど選択肢が残されているとは思えませんがね。」
「…何の事だ。」
「惚ける必要はありません。我々はあなたがおかれている状況を知り、あなたの能力を知り、あなたと言う人間を調査した上で声をかけたのです。」
「お前の話に乗ることで、おれの問題が解消されると?」
「ええ、その通りです。風紀委員になることで、まず直接的な手出しをすることは難しくなるでしょう。それと、金銭的なトラブルもおありでしょうし、こちら、手付け金と言った形になります。お納めください。」
そう言って、どこから取り出したのか銀のアタッシュケースをテーブルの上に置く。ロックをパチリと外し、ぎっしりとつまった札束が少しだけ顔を覗かせる。
「…っ!?」
「これはほんの気持ちです。契約してくださるならば、更なる報酬をお約束しましょう。」
正直、願ってもない話だ。今すぐにでも飛び付きたいほどに魅力的な提案は、しかし怪しすぎる。だが言われた通り、俺に残された選択肢は無いに等しい。組織から追われるか、内容の不明瞭な契約とやらに身をまかせるかだ。
「俺の能力にどれ程価値を見出だしてるかは分からねぇが……」
覚悟を決めよう。
「契約しよう、あんたらと。」
男はニタリと笑うと、書類を取り出した。ずらずらと文面が連なっているが、そこには軽く目を通したのみだった。。あとから思えば軽率な行動だが、このときの俺はそれほどまでに逼迫した状況だった。
「契約完了、ですね。契約金は口座の方に振り込んでおきます。」
「ああ…それで、おれはなにをすればいい?」
「これをお渡ししておきます。連絡が入れば、必ず出るようにしてください。」
それは黒い携帯電話だった。ストラップなどもなく、地味で目立たない形をしている。
「どんなことをさせられるんだ、一体?」
「それは私の口からは答えられません。ただ…」
「生命の危険がある場合もあるかもしれません。」
男は言うかどうか迷ったようだが、一応言っておくという風に忠告した。
「そいつはどういう…」
「それでは。」
男は一万円札をテーブルの上に置くと、席を立つ。追おうと俺も席を立ったが、なぜかすでに店内に男の姿はなかった。
「やべぇことに足を踏み入れちまったかも知れねぇな…くそ。」
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「面白い男だ。」
学園都市、窓のないビルの内部。男とも女とも老人とも少年とも取れる「人間」アレイスターは、写し出される光景にそう呟いた。
アンダーラインを通して写し出されるのは、銀行強盗に立ち向かう一人の男。だが、アレイスターは彼の善行に対して感想を漏らしたのではない。ツリーダイアグラムの演算結果とは違う結果を産み出したイレギュラーな行動に対してだ。本来ならば、彼自身がこの銀行強盗であり、取り押さえられる側であったはずだ。しかし、完全に立場が違う。ある程度の差異はあれど、彼は確実に強盗を行うはずだった。
「ツリーダイアグラムの計算によれば、彼が強盗を行わず、ジャッジメントに協力する可能性は…」
0.00026%。
それが、学園都市最高のスーパーコンピュータが示した結果だ。言葉にすれば、「可能性は無いわけではないが、理論的にはあり得ない」というレベルだ。
「これほどのイレギュラー…プランにうまく組み込むことができれば、手順を大幅に短縮できる。」
そうでなくても、手元においておけば、プランの邪魔をされることもない。そう判断したアレイスターは、あるものたちに連絡をいれる。学園都市のもっとも深い闇へ。
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受け取った携帯を弄びながら、考えをまとめていく。命の危険という言葉、その信憑性、これから起きるであろう出来事。総合して得た結論は…
「確実に道を誤ったな…考えうる限り最悪の方向に全力疾走している気がする。はぁ…やっちまった、かな。」
「何を『やっちまった』のですか?」
「そりゃ勿論、このけいや…」
そこではっとして隣を見る。いつの間にか、頭に花の飾りをつけた少女がたっていた。
「な、何でここにいるんだ?怪我は大丈夫なのか?」
「元々私の怪我は軽かったですし、あとは指定された病院に向かうだけです。軽いカウンセリングを受けて終わりでしょうけど。」
そんなことよりも、と少女は身を乗り出す。興味津々といった目をしている。この手のタイプの人間は、聞き出すまで決して諦めない。過去の経験からそう判断した彼は、古来より使われていた窮地脱出の手段を講じる。すなわち…
「逃げるんだよォォォォ!」
「あっ、待ってください!せめてお礼を…」
何か言っていたようだが、耳に入らない。全力疾走だ。
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「はぁ、はぁ、ふっ、オッケーかな…。」
何も彼は、絡まれるのが面倒だから振り払ったわけではない。万が一、危険なことに巻き込んでしまわないようにだ。能力を使った研究には、危険が伴うものも多い。今回など、破格の報酬の時点で怪しさ爆発だ。「あの研究所は非人道的な研究を行っている」などの噂はあげればキリがない。そしてそれは真実だ。学園都市には、確かに人の道を外れたことを平気で行う外道が存在する。
「だから本当は、こういう話にはできるだけ乗りたく無かったんだがな…」
そう呟くと同時、携帯が鳴る。何故か番号すら表示されていない。少し迷ったが、意を決して電話に出ることにした。
「…もしもし。」
「君がぁ、絶対等速だねぇ。」
相手の声は加工されているらしく、機械的な音声になっている。語尾を伸ばす癖があるのか、加工もあいまって非常に聞き取りづらい。
「ああ、そうだ。」
「今回の指令はぁ、敵性グループ全員の殺害だぁ。なにぃ、心配しなくてもいいぃ。相手はスキルアウト10人程度だぁ。ろくな武器すら持っちゃいないぃ。携帯の方に座標データを送っておくからぁ、能力を使用して彼らを殺してくれぇ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、殺害だと?」
聞き間違いだろう。そう思った。だがそのあとに羅列される物騒な文言と、「殺せ」という一言。間違いなく、電話相手は俺に殺人をしろといっている。
「冗談じゃない!電話一本で人を殺せだと!?」
「そう言っているんだがぁ。」
「なっ…何考えてやがる!俺がやると思ってるのか!?」
「拒否する気なのかぁ?」
「当たり前だ!」
「そうかぁ…ところで君ぃ、従妹がいるそうだねぇ?那木原檍、といったかなぁ。可愛い女の子じゃないかぁ。」
「ッ!?何故それを、」
「言っただろうぅ?君と言う人間を調査させてもらったとねぇ。君の家族関係、交遊関係もチェック済みだよぉ。拒否する気なら彼女の安全は保証できないなあぁ。」
「なに言ってやがる!?」
「しかしぃ、君の家族関係も随分拗れているねぇ。従妹と一緒に学園都市に放り出されるなんて、随分ご両親に大事にされてたみたいだねぇ。まあぁ、開発するまでもなく不可思議な現象を起こす赤子なんて手放したくなるよねぇ。」
「………。」
「しかし檍ちゃんも大変だねえぇ。不出来な兄貴の身勝手のお陰でヤられちゃうなんてねえぇ。風体が良くないのを雇ったからなあぁ。散々楽しんでボロ布みたいにされたあとに殺されちゃうだろうねえぇ。」
「ふ、ざけるなよ、クソがァ…テメェグッチャグチャのミンチ決定だ!」
「いい殺意だぁぁぁあ。それが君の地なんだねぇ。大丈夫さぁ、君が実験をこなせばぁ、妹さんは何も知らず幸せに過ごせるよぉぉぉぉお。」
妹…那木原檍は、今はチャイルドエラーの施設にいるはず。学区はここからそう遠くはないが、今から向かってどこにいるかもわからない敵と交戦し、安全な場所に移すというのは現実的ではない。妹の動きが監視できるほどの近距離にいられては、手の打ちようがない。電話相手の言葉が嘘で、本当はそんな準備をしていないかもしれないが、不確定な情報だよりは危険だ。まして、相手は俺の従妹の存在や名前まで割り出す相手だ。そんな甘い相手ではないだろう。
「…送れ。」
「なにぃ?何か言ったかなぁ?」
「さっさと座標データを送れっていってんだよ!」
「やる気が出てきたみたいでうれしいよぉ。それじゃ、ちゃんとコロシてよぉ?君の行動も監視しているからねえ。」
ブツリと電話が切られる。
そして同時に、地図データが添付されたメールが届く。そう遠くはない。能力で飛べば一分もかからないだろう。
(心を殺せ。)
上空に鉄球を思いきり放り投げ、自身と鉄球の速度を等速にすることで、空へと飛び上がる。
(名も知らないクズ10人と、可愛い妹。どちらをとるかなんて、考える意味すらない。)
方角と位置が分かっていれば、そこに着くように速度を調整して投げるなど造作もない。どの距離で能力を切って降りるかも演算済みだ。
(自分でこんな窮地に追い込んでおいて、守るもクソもない。だが、あのとき決めたんだ。何があっても守るって。)
能力適用を切り、今まで落ちることのなかった速度が徐々に落ちていく。裏路地の廃ビルの屋上。そこに降り立ち、座標データとの齟齬がないことを確認する。
(これっきりだ。こいつが終わったら、檍を安全な場所に移す。カエル先生を頼れば何とかなるかもしれない。)
今だけだ。移し終わったら、自首する。
(そのために、生け贄になってくれ。許せとは言わない。黙って殺されろ。)
武器と言えば、精々が鉄パイプや折り畳みナイフ。そこに、人体を軽々と貫通する鉄球を操り、触れられただけで地面の染みになるまで潰される、そんな怪物が送り込まれたら?
問いにすらならない、ページの下に答えが書いてあるようなみえみえの結果が起こった。それだけだった。
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もっと、何かあると思った。
人を殺した罪悪感とか、死体を見た嫌悪感とか、そういうのが生まれて、自分のしでかした事態の重さに愕然とするとか、そういうことが起こると思っていた。
実際は、淡々と殺し、「死んだ」という事実以外には何も感じなくて、自分自身に戸惑った。
手慣れた手つきで急所を潰す自分の手が恐ろしかった。
「ク、ヒ」
何故だろう。
「クヒャハハハハハハハハハハ!」
とってもたのしいんだ。
実はぶっ壊れてた彼のお話はまた後程。