問題児たちと不死身の少年が異世界から来るそうですよ? 作:桐原聖
「おい、飛鳥」
「悪いけど、その頼みは受けかねるわね」
小林は飛鳥を追いかけていた。
あの後、小林は飛鳥を再び発見。そして追跡している訳だが、やはり人込みを避けなければならず、どうしてもペースが悪い。
「おい、だから待て」
「嫌よ。だって捕まったらお仕置き確定じゃない!」
飛鳥が金切り声を上げる。小林は、更に走る速度を上げる。
「まずい、このままじゃ・・・・」
十六夜のような超人とは違い、飛鳥は只の人間並みのスピードしか出せない。このままでは、いつか追いつかれてしまうだろう。
「そうだわ、こうすれば・・・・」
飛鳥は近くの店にあった商品を掴むと、小林に向かって叫んだ。
「小林君! 食べ物が欲しければ、止まりなさい!」
飛鳥の言葉に、小林の身体がぴたりと停止する。とはいえ、それは飛鳥のギフトによるものではない。
食べ物、という言葉に反応したのだ。
そもそも、小林は飛鳥が逃げるから追いかけていただけで、捕まえる気は毛頭なかった。飛鳥が黒ウサギの放った刺客と勝手に勘違いしていただけだ。
「分かった。止まるから、早くくれ。僕は走り過ぎて腹が減った」
小林のブレのない台詞に、飛鳥が微笑む。
「それでこそ小林君ね」
――――数分後
小林と飛鳥は、並んで歩いていた。
小林の手には、飛鳥に買ってもらったフランクフルトがある。
「こんなことの為に、へそくりを持っておいて良かったわ」
美味しそうにフランクフルトを食べる小林に、飛鳥は嬉しそうな顔をする。
「そうか」
小林は素っ気ない返事をすると、フランクフルトを食べ終わる。そして、次の食べ物を探そうと辺りをきょろきょろと見回した。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ。まだ、デートは始まったばかりなのだから」
飛鳥の言葉に、小林は首を捻る。
「デート? 何だそれ」
小林の質問に、飛鳥は言葉に詰まる。
「え、えっとね、デートっていうのは―――――」
その時、どこからか爆発音が聞こえてきた。音に驚いて小林が上を見あげると、そこには小林と飛鳥に向けて落下してくる瓦礫があった。
「チッ!」
小林は舌打ちすると、〝TRICKSTAR″のギフトを発動。瓦礫を切り裂き、無数の破片に返る。だがそれだけではまだ駄目だ。
「クソッ!」
小林は一言毒づくと、飛鳥に体当たりした。〝TRICKSTAR″が発動し、飛鳥の身体を吹き飛ばす。
「ちょっと、小林君!?」
飛鳥が驚いた声を上げ、10mほど離れた位置に吹き飛ばされる。その瞬間、飛鳥が一秒前まで居た場所に破片が落下する。小林にも破片が降りかかるが、そんな物で怪我が出来るなら苦労はしない。全て〝TRICKSTAR″で文字通り粉砕してやる。
「おい、大丈夫か」
瓦礫が収まると、小林は飛鳥に駆け寄った。飛鳥は尻餅をついたのか尻を抑えていたが、やがて顔をしかめながら立ち上がった。
「痛た・・・ちょっと小林君、助けてくれたのはありがたいけれど、そういう事なら一言行ってほしかったわ」
「間に合わなかったんだから仕方ないだろ。それより―――」
小林が上を向くのにつられて、飛鳥も上を向いた。そこには、崩壊の元凶達が戦っていた。
「ヤハハ! 射程距離だぜ、黒ウサギ!」
「い、十六夜さん! やりすぎなのデスよ!」
どうやら十六夜と黒ウサギのようだ。何があったかは知らないしどうでもいいが、仲間がこれ以上周りに迷惑をかけるのを見ているわけにもいかない。小林はため息を吐くと、〝TRICKSTAR″に意識を集中させた。小林の体を中心に不可視の風が渦巻き、小林を包み込む。渦がある程度溜まった所で小林は力を解放。圧縮された〝TRICKSTAR″の斬撃が、10メートル以上離れた2人の元へ飛んでいく。
「やめろ。迷惑だろ」
「「ッ‼」」
十六夜と黒ウサギが同時に気が付き、斬撃を避ける。標的を外した斬撃は壁に激突し、壁を大きく削り取った。
「・・・あ」
これでは本末転倒だと思ったが、仕方ない。今はあの2人を止める方が先だ。小林がもう一度〝TRICKSTER″を圧縮しようとした、その時だ。
「そこまでだ貴様ら!」
激しい声音が歩廊に響く。十六夜と黒ウサギの周りには炎の龍紋を掲げ、蜥蜴の鱗を肌に持つ集団が集まっていた。皆、十六夜と黒ウサギを険しい目つきで睨んでいる。まあ自業自得だと思い、小林は突然の出来事に呆然としている飛鳥に言う。
「おい、逃げるぞ」
「えっ?」
「だから逃げるんだよ。ここにいると僕たちまでやったことにされる。それに、今回のはあいつらが悪い。あいつらは怒られて当然だ」
そう、今回のは完全に十六夜たちが悪い。そこに小林が巻き込まれる道理などどこにもない。それに彼らと戦っても、死ねない気がする。ならば時間の無駄だ。小林は飛鳥を連れて去ろうと踵を返した、その時だ。
「おい、あそこにももう一人共犯者がいるぞ!」
十六夜が叫んだ。その指は小林を指さしている。どうやら小林が死なないのをいい事に、とことん巻き込むつもりらしい。十六夜たちを囲っていた集団から数人が離れ、小林に向かってくる。
「おい飛鳥。お前は逃げろ。お前は狙われてない。ここは僕が止めておくから、さっさと逃げろ」
「わ、分かったわ!」
小林の言葉に飛鳥は頷くと、逃げ出した。それと同時、小林に槍の穂先が向けられる。
「お前も同罪だそうだな、一緒に来てもらおうか」
「分かった」
小林は了承した。ここで暴れてもいいが、そんな事をしても意味がないし、死なない事を再認識してしまうだけだろう。それに、コミュニティのメンバーに迷惑はかけたくない。
「さあ、来い大罪人」
衛兵に連れられ、小林は歩き出した。
「随分と派手にやったようじゃの、おんしら」
「ああ。ご要望通り祭りを盛り上げてやったぜ」
「胸を張って言わないで下さいこのお馬鹿様!」
スパァーン! と黒ウサギのハリセンが奔る。その後ろでは小林が「僕はやってない」と連呼し、ジンが痛い頭を抱えていた。
三人は連行された後、運営本陣営の謁見の間まで連れて来られたのだ。
白夜叉は必死に笑いを噛み殺しつつ、なるべく真面目な姿勢を見せる。日頃の白夜叉らしからぬ態度に小林は違和感を覚えるが、今はそんな事どうでもよかったので、黙っておくことにした。代わりに、白夜叉に言う。
「おい白夜叉。僕はやってない。それに僕は面倒なのが嫌いだ。さっさと話してくれ」
「うむ。おんしはそういう人間じゃったの」
白夜叉は何もかも分かっているような顔をすると、蜥蜴のような部下達に命じた。
「誰か、そこの白髪の相手をしてやってくれぬか? 奴は面倒な会話が嫌いでの。ただ死ぬことしか眼中にないのだ。少し遊んでやってはくれないか?」
その言葉に反応したのは部下でも十六夜達でもなく、マンドラと呼ばれていた男だった。
「死にたいだと⁉ なら今すぐ死なせてやる!」
そしてツカツカと小林の元まで歩み寄ると、剣を抜いた。そのまま、勢いのままに振り下ろす。だがもう分かりすぎている事実だが、小林にその程度の攻撃は通じない。マンドラの剣が根元から切断され、床に落ちる。その様子を、衛兵たちは驚きの表情で、白夜叉たちは白い目で見ていた。
「残念じゃったの、マンドラ。まあそれも仕方ない、なにせ奴はこの私ですら傷一つ付けられなかったのだからな」
その言葉に、十六夜と小林を除く全員が驚愕した。
「う、嘘ですよね、白夜叉様⁉」
「本当だ。私の攻撃は奴に当たるどころか、かすりもしなかった。――――いや、防がれた、と言った方が正確かな。とにかく、私の全力ですら、奴の前では無力化された」
「そ、そんな・・・・」
黒ウサギが膝から崩れ落ちる。それを見て小林は思う、どうして自分の仲間の強さが証明されたのに、この女は嘆いているのだろう、と。というか普通に失礼だ。
「ま、まさか、そんな事が・・・・・」
ジンも驚愕している。小林は首を捻った。そんなに自分は凄い事をしただろうか? ただ立って白夜叉の攻撃を受けただけだというのに。
そんな中助け船を出してくれたのは、十六夜だった。
「おい白夜叉。小林が困ってるぞ。早くこの状況を何とかしろ」
十六夜の一喝に、白夜叉は頷く。そして、もう一度部下達に言った。
「これを言った後で言うのもなんだが、誰かそこの白髪の相手をしてやってくれぬか? 奴は面倒な会話が嫌いでの。ただ死ぬことしか眼中にないのだ。少し遊んでやってはくれないか?」
しかし、流石にタイミングが悪すぎた。部下たちは静かに動くと、扉を開けて出て行ってしまった。後の全員(十六夜と白夜叉除く)は未だに驚きが収まっていないのか、文字通り開いた口が塞がっていない。白夜叉はため息を吐いた。
「誰かおらんかの? 奴の遊び相手になって、かつ怪我をしない人材が。まあとはいっても、そんなの居るわけ――――いや、待てよ。別に一対一でなくてもいいのか」
そこで白夜叉はバッと顔を上げると、小林の方に向き直った。
「おい小林。実はあと十五分後に、闘技場で制限なしのバトルロワイヤルが行われる。本当はおんしらには別の仕事を受ける力を温存してもらうためにあえて言わなかったのだが、おんしだけは別だ。おんしのギフトは基本、防御。いくら使っても疲れることはないからな。どうだ、受けてみるか? 死ねるかもしれない上に、仮に死ななかったとしても報酬が手に入る。おんしにとって損はないが」
確かに、悪くない話だ。小林は頷いた。
「分かった。じゃあ行ってくる」
「ああ。頑張れよ、小林」
十六夜に見送られ、小林は謁見の間を後にした。