「それで、博士には甘えてしまってたのかも知れません・・・・・・」
いつしか二人は並んで海を眺めながら腰掛けていた。大和は話し終えると俯き足元の一点を凝視している。
(この娘にとって私や周囲がどんな存在なのか、わかっていたつもりだったが・・・とんだ勘違いをしていたのか)
彼は以前大和と話をした時彼女の孤独は傍に自分以外の艦娘がいないことが原因だと思っていた。だが彼女の孤独の元はもっと根深かったようだ。
「周りがお前をどう思うかは私にはどうしようもない。ただ誰が何と言おうと私のお前に対する気持ちは変わらないぞ」
「え?」
その言葉に俯いていた顔を上げる大和。今はもう瞳に涙は無かったが赤く腫れている。
「私にとっても、この研究所でお前といる時間は自然体でいられると言うのか、体が軽く感じられたんだ」
「でも、博士は舞鶴に行くのは・・・」
「それとこれは全く関係ない。それは断言できる」
あの室長とのやり取りが大和の心に大きく影響しているのは疑いようもない。とは言え舞鶴行きを躊躇う理由を今は大和に打ち明ける気にもなれなかった。
「どうせ室長のことだ。口ではああ言いながら結局私に行かせるだろう」
大和を安心させるために言ったのだが却って彼女はその言葉で室長に不満を抱いたようである。
「そんな、行きたくない博士を無理矢理なんて、室長は酷いですよ・・・・」
「そんなものさ。組織の意向なんて簡単に捻じ曲げられてしまう」
「・・・・」
「さっきまであんなに泣いてたのに今度は私の心配をしてくれるのか」
「ッ〜〜!や、大和は泣いてなんかいません!」
赤くなってプイッと顔をそらした大和の様子を見て彼の口元も自然と緩くなった。軽口やジョークは使いどころを間違えなければ重くなりがちな空気を変えてくれるものだ。
「泣いたり人の心配をしたり怒ったり、忙しいやつだなあ、お前は」
「うっ〜!博士も酷いですっ!大和は博士のこと本当に心配して」
「だが、お前は優しい娘だな」
頬をぷうっと膨らませ抗議してくる大和を遮り、そっと彼女の頭に手を乗せると聞こえるか聞こえないか程度の声で言った。軽口でもジョークでもなく、心の底からそう思った。彼が大和を人並み以上に気に掛けていたからかも知れないが大和は大和なりに彼を気遣ってくれていたのだ。
「博士」
自然と目が合う。どこか浮世離れしたような、純真無垢な目。だがその目には年頃の女の子相応の脆さも、愛する者を想う気持ちも内包しているようだった。
(この娘を、知っている者が殆どいない所へ行かせるのは酷だな)
彼は立ち上がると大和を見下ろしながらボソッと言った。
「行くか」
「どこへですか?」
その問いには答えずわずかに微笑みながら彼は研究棟のほうへ戻って行った。
ーーコンコン
「どうぞ」
今度は上司の許可を得てから部屋に入る。どうやら室長は書見していたらしくチラッと彼の方に目をやると再び文献のほうへ目を戻した。
「一つ、ご報告しなくてはならなくなりまして」
「何かな?」
「先程の件ですが、失礼致しました。宜しければ私に舞鶴に行かせていただきたいと思います」
そこまで言ってようやく室長はこちらに目を向けてきた。
「そうかい。まあ私は金剛対大和に興味はあるがとても向こうさんの陣地に行く気にはなれなかったからね。君がそう言ってくれるなら助かるよ」
室長が言っているのは研究サイドと現場の艦隊サイドの対立から来るお互いの不仲のことだろう。鎮守府に赴くとなれば当然現地での行動は制限されるだろうし現場の人間が嫌いな研究サイドの人間が提督の干渉を受けたくないと思うのも無理はない。
(勝負が見たいなどとのたまっておきながら妙な所で小心者だな)
「ところで、君の見解はどうなんだい?大和は勝てるかな?」
彼の考えていることなど露知らず未だに大和と金剛の力量を想像しながら比較して楽しんでいる上司に腹が立ったが、彼も頭の中で両者について考えていた。
「そうですね・・・」
純粋にその比較には彼も興味があった。今まで舞鶴のエースとして活躍してきた金剛へは提督としての彼が、今日に至るまで傍でその性能を見てきた大和へは研究者としての彼が。
「断言は出来ませんがおそらくーーー」
その後一言二言言葉を交わすと彼は室長室を後にした。
「ふぅ」
「あっ、博士。どうでしたか?」
部屋を出ると大和が待ち構えていた。外から戻る時、気になって付いてきたようだ。
「ああ、許可が下りたよ」
「本当ですか!?」
ぱあっと今日見た中で一番の笑顔を浮かべる大和を見ているとこれで良かったのだと彼も思う。本当は自分に再びあの場を訪れる資格などあるものかと思っていたがこの時だけは彼の心も少しだけ晴れていた。