「落ち着いたか?」
しばらくして金剛から手を離すと
「すみませんデシタ。テートク、びっくりシマシタ?」
顔を赤らめながら上目遣いに問うてきた。彼女らしいと言えば彼女らしい。いつもこうして持ち前の明るさで艦隊を支えていた。その姿はまるで変わっていない。
「いや、逆に安心したよ。やはりお前はお前だな。ただ・・・」
そう言って後ろに目をやる。そこには金剛以上に赤くなっている大和と舞鶴の提督がいた。
「うぅ・・恥ずかしいデース」
彼は金剛の性格をよく知っているのでそこまで驚かなかったが二人はそうでもないらしい。大和など明らかに狼狽している。
「は、は、博士が・・・女性を抱き締めるなんて・・・」
顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている大和に金剛は
「安心して下サイ大和。私とテートクは全然いかがわしい仲じゃナイネ」
「そ、そうなんですか。良かっ・・」
「純粋なバーニングラヴデース!」
「全然安心できません!」
彼はそんな二人のやり取りを苦笑しながら見ていたが大和の
「そもそも金剛さんは博士とどう言う関係なんですか!?」
という言葉にそう言えば大和に金剛のことは詳しく話してなかったことを思い出した。
「大和、この金剛は舞鶴以前から私と共に戦い続けたベテランだ。ずっと第一艦隊に所属していたんだ」
彼の紹介に舞鶴の提督が補足する。
「今の舞鶴は決して層が厚いわけではないから、彼女には今でも第一艦隊を引っ張ってもらってるの」
二人の説明を受けほんの少し誇らしげな金剛。対照的にどこか煮え切らない大和であった。
今まで彼に好意的に接する者など、それこそ呉の提督くらいしか見てこなかった大和にとって、いきなり美少女に抱き着かれ、それを抱き締め返す彼の姿は奇異に映ったし、自分の中の何かが警鐘を鳴らしていた。
「と、とにかく!博士が困ってらしたじゃないですか!あんな勢い良く抱きつくなんて、そう言うのはもっと・・・」
「もっと、何デスカー?」
「え!?あ、いや、その・・・うぅ・・・」
口ごもる大和と頭の上に?マークを浮かべる金剛。二人を見ていた彼も状況が掴めていない。唯一舞鶴の提督が何か気がついたような表情を浮かべながら
「まあまあ、二人共。せっかく来たんだし金剛は紅茶でも出してあげたら?」
と仲裁に入った。
「そーですネ。テートクが来てくれたんだしティータイムにするネ!」
「そうだ、それで思い出した」
彼は荷物から何か取り出し金剛に手渡す。それは黒い筒だった。
「これは・・・?」
「舞鶴に来る前に買っておいたんだ。まあ、つまらないものだが私からの土産だ」
「お茶っ葉、ですか」
金剛の手元を覗きなら大和が確認する。金剛の好みの紅茶である。
「Oh!マルコポーロデスカ!」
金剛の表情が一目見て明るくなるのがわかる。マルコポーロ、独特の香りが特徴のフレーバーティーだ。
イギリスが発祥ではないため金剛は当初それほどこの紅茶に注目してはいなかったが、たまたま彼が飲んでいるのを見て少し分けてもらい飲んだところ、ハマったというわけである。
「美味しいんですか?」
「Of Corse!大和も一度飲めばわかりマース!」
「なら早速それを淹れてあげなさいな。入渠した娘達は私が間宮に行かせておくわ」
「大佐、Thank youネ!さ、テートクも行きまショー!」
そう言って彼を引っ張っていく金剛。だが大和はふと疑問に思った。
(そう言えば金剛さん、午前の演習に出てたみたいだけど・・・一人だけ入渠しなくていいのかな?)
だがそんな疑念は彼を引っ張ってどんどん進む金剛を追いかけるため、すぐに頭の片隅に追いやってしまった。
「ン〜!この香りとまろやかな舌触りが最高ネ!」
「た、確かにこれは美味しいですね」
金剛と大和、それに比叡も加わって四人でテーブルを囲んだ。比叡も付き合いの長い艦娘である。
「お姉様、あと皆さんもスコーン焼きたてなので気をつけてくださいね」
「わぁ、美味しそうですね」
「おい待て、それ誰が焼いたんだ」
比叡が皿に盛られたスコーンを配ろうとしているのを彼が既のところで止める。返答によっては食べるのは控えたほうが良さそうな気がした。
「司令、なにか失礼なこと考えてませんか?」
「いや?別に。それより誰が焼いたスコーンなんだ」
「大佐がさっき焼いてくれてたんデス。比叡はそれを運んでくれただけネ」
金剛の言葉でようやく安心して口に持っていくことができた。横で比叡が心外そうにしているが特に気にしないほうが良いだろう。
「はふはふ、サクサクしてて美味しいですね」
早速スコーンを手に取った大和がその味に満足して顔を綻ばせる。研究所ではスコーンなんて小洒落たものはおそらく食べてなかったはずだ。いや、たとえ食べていたとしても他の艦娘達とテーブルを囲みながら食べた時の美味しさとは比較できないだろう。
「はい、博士もどうぞ」
「ああ、ありがとう」
大和が手渡してくれたスコーンを受け取ろうとするとサッ、と引っ込められる。
「?」
「博士、どうぞ」
再び受け取ろうとすると
「口、開けてください。大和が食べさせてあげますから」
どうやら彼に『あ〜ん』とやらせたいようである。微妙な顔をしていると金剛まで乗ってきた。
「それはNice ideaネ!ほら、テートクッ!」
「んっ!?むぐぐっ」
「ちょ、金剛さん!?」
半ば強引にスコーンを押し込まれ、焦った大和も彼の唇にスコーンを押し当てる。
「クスッ」
その様子を見ていた比叡が笑みを漏らす。何事かと振り返った彼に
「司令、それだとフグかリスみたいですね」
そう言ってまたクスクス笑った。
「
口が塞がれているためわけの分からない声が出る。その声に金剛も比叡も大和も笑いを堪えられず、三人の艦娘の笑い声がテーブルを包んだ。
やがて話題はそれぞれの最近の生活についてになった。この間作戦中に起きた出来事や舞鶴に新しくできたショッピングセンターのことなどを話した後、比叡が彼に尋ねてきた。
「司令は今はどんなお仕事をなさってるんですか?」
「あぁ、研究所で主に艦娘の装備開発やそれに付随する実験のデータ取りなんかをしてるよ」
スコーンを片手に今の生活や研究所での話なんかをしていると彼の方も今の舞鶴について聞きたくなってくる。
「そう言えば他の娘達はどうしてる?」
いつもこう言った場にいた者が見当たらない。金剛、比叡以外にも舞鶴に残った艦娘達のことも気になる。
やがて比叡が口を開いた。
「半々、と言ったところでしょうか」
「半々?」
「テートクが舞鶴を離れてから、残った艦娘のうち半分は閉じこもったり、周りとの接触を避けるようになってしまいマシタ・・・」
「もう半分はどうされたんです?」
大和も気になったらしい。話の雰囲気に違和感を感じながらも金剛に尋ねた。
「もう半分、と言うとさすがに言い過ぎかも知れナイケド、テートクの解任に反対して舞鶴を出てったネ」
(!)
金剛の言葉に棒で頭を叩かれたような衝撃を受けた。そんなことは露知らず、今までのうのうと過ごしてきた自分が情けなくなってくる。
「脱走、と言うことか?」
だとすると罪艦扱いになり下手をすると捕縛の末解体処分が待っている。自然、彼の口調にも不安の色が現れていた。
「無断で脱走した娘はいまセン。転属願いや退役届けを大佐に叩きつけて出ていったネ」
先程の舞鶴の提督の自嘲気味の笑みはそんな事情を物語っていたのか。次第に舞鶴をまとめようとしている提督のことも、舞鶴を離れた艦娘のことも心配になってきた。
「そうか・・・残った娘達は今はどこに?」
出来れば一目だけでも顔を見ておきたい、そう思ったのだが彼の意図を察した二人が難しい表情を浮かべる。
「サミー達は長期遠征に出ちゃったんでたぶん今回は会えないと思いマス。他の娘達は・・・」
「あ、あの、司令が来たと先程伝えるには伝えたんですが・・・」
それ以上は言葉を濁してしまったが彼女の言いたいことは凡そ理解できた。彼に会いたくないのだ。
「あの時の作戦で、鎮守府の防衛に当たった娘達か?」
「・・・はい」
かつての作戦で犠牲となった艦娘の多くは鎮守府の防衛に当たった者達だった。その生き残りである彼女らの目に作戦を主導した彼がどう映るのか、想像に難くない。
「そうか・・・・それもこれも、悪いのはあの作戦を立てた私だ。彼女達の怒りはもっともだな」
そう言いながら手元のティーカップの中に映る己の顔を眺めると随分くたびれた表情をしている。舞鶴に来て、本格的に過去の記憶に引きずられ始めているようだ。
「司令、そんなにご自身を責めないでください」
「お前達だって、私が怨めしくないのか・・?」
「テートク一人の責任じゃないデス。あの時ワタシ達がもっと、もっと・・・」
それきり沈黙が続いた。程度の差こそあれ、この三人は未だ過去を引きずっている。痛みを乗り越えるための時間としては三年と言う時間はあまりに短いのだ。
「あ、でもそう言えば舞鶴には物凄く強い方達が揃ってるんですよね?たしか、剣を使って戦艦も圧倒する方もいるとか」
暗くなってきた雰囲気を感じ取り、大和が話を切り出す。彼がふと顔を上げた時、金剛の表情が一瞬固まったように見えた。
「・・・どうして、大和がそんなことを知ってるんデスカ?」
ティーカップをゆっくり置き、金剛は真っすぐに大和の目を見た。