カチャ
ゆっくりとティーカップを置きながら金剛は真っ直ぐ大和の目を見る。
「どうして、大和がそんなことを知ってるんデスカ?」
彼女のトーンがやや上ずったものに変わったのに気がついたのは比叡、次いで彼だけだった。
「はい、博士から舞鶴の皆さんについて色々とお話を聞いてまして、いつかお会いしたいなぁと思ってたんです」
大和の言葉に嘘はない。今まで彼女が抱えていた思い、他の艦娘にあったことのない大和にとって話に聞いていた者達に会えるという機会は心待ちにしていたものだろう。だが、それを聞いた金剛の表情は決して明るいものではなかった。
「テートク、今の話は本当デスカ?」
顔を上げると金剛と目が合う。彼女の灰色の瞳、そこには怒りではなく別の感情が宿っていた。
「・・・・ああ」
彼としても短く肯定を表すことがやっとだった。
「そう、デスカ」
「お姉様・・・」
それきり、金剛は黙ってしまい比叡はそんな姉を気遣って何か言おうとしたが結局は口をつぐんでしまった。テーブルには会話らしい会話もなく、時間だけが過ぎていく。
「お姉様、そろそろ時間が」
比叡が時計を見て金剛に耳打ちする。
「そうか、そろそろ午後の演習か」
おそらく金剛は午後もフルスロットルだろう。第一艦隊の旗艦として演習前に編成などについて提督と打ち合わせしなければならないこともあるはずだ。だが、
「比叡、大佐に伝えといて下サイ。午後はちょっとお休みしたいネ」
金剛はおもむろに立ち上がり、比叡の静止も聞かずそのままその場を離れようとする。
「金剛っ」
「金剛、さん?」
「お姉様っ!」
立ち上がりかけた彼と比叡を手で制すと
「少し、一人にして下サイ」
それだけ言って金剛はその場を後にした。
残された三人の間には微妙な空気が流れる。当然と言えば当然だが大和は何がどうなっているのかいまいち理解しきれていない様子だ。
「金剛さん、どうしたんでしょうか?」
その言葉を聞いて比叡が大和を一瞥した後、彼に何か言いたげな視線を送ったがすぐに諦めたような表情を浮かべティーセットを片付け始めた。
彼はこんなことになってしまった原因が自分にあると理解している。
大和には色々話したが、肝心な部分については話してこなかった。これが舞鶴行きを知ってから彼が懸念していたことの一つだった。いつか話さなければと思っていたのに、大和を失望させないために三年前の悲劇について話すことができなかったのだ。そのせいで結果的に大和に無神経な発言をさせてしまったことが、わかっていながら止められなかったことが、より情けなく感じる。歯噛みしながらテーブルの一点を見つめていたがこのままでは何も解決しない。だからこそーー
「金剛を探してくる。比叡、すまないが大和を連れて本棟のほうに戻っていてくれないか」
「え、でもお姉様は」
比叡は止めたが、それでもやはり金剛のことが心配だ。彼は持っていたティーカップを比叡に渡すと金剛が去っていったほうへ駆けていった。
「ここから見る海は、変わらないな」
「テートク、一人にして欲しいって言ったじゃないデスカ」
舞鶴の海を一望できる小高い丘の上に金剛はいた。おおよそ見当はついていたから迷わなかったが息は乱れている。それはきっとここに来るまでに走ってきたからだけではないだろう。
「金剛・・・」
いざ本人を目の前にすると何と言えば良いのかがわからない。ただ、彼女の気分を害したことを謝って終わるようなことではない。金剛には金剛の、大和には大和の、そして彼には彼の思いがある。それをどうにかしてわかってもらいたかった。金剛が座る芝生の上に彼も腰を下ろした。
「金剛、私は」
「テートク、あの作戦の後、ワタシも身の振り方で色々悩んだネ」
彼を遮り遠くを見ながら金剛は淡々と話し始めた。
「幾つか声を掛けてくれる鎮守府もありマシタ。本当はテートクについて行きたいとも思ったし、でも、ここを離れるわけにも行かなかった・・・」
「妹が心配だったから、か?」
「そうネ。あの娘の状態を考えたらワタシだけここを離れる訳にもいかなかった。でもそれだけじゃなくて、もう一つどうしてもここを離れられなかった理由がありマス」
それは彼には見当がつかなかった。金剛が残ると決めたのは他ならぬ妹の為だと思っていたからだ。
「それは・・・?」
「ここに皆がいたこと、ワタシ達が過ごした時間や記憶を風化させないために、残ろうって決めたんデス」
まだ彼が零細鎮守府の頃からともに過ごしてきた艦娘、舞鶴に移ってから心を通わせた艦娘、多くの顔が思い出される。目を細め彼自身遠くを見ていると今にも彼女達の声が聞こえてくるようだった。
「あの娘達が本当に死んでしまうとしたら、それは誰もあの娘達のことを思い出さなくなる時。ワタシ達が覚えている限り、あの娘達はこの海で生き続ける、そう思いマス」
「そうだな」
しばらく無言の時間が流れた。ただ波の音と時折吹く風たけが二人の耳に入る。
「でも、テートクにとってはここで皆と過ごした時間はもう思い出話の一つになっちゃったんデスカ?」
やがて金剛が口を開きその思いを吐露する。声音から先程目があった時瞳に写っていた感情が再び伝わってくる。それは純粋な悲しみだった。自分が背負ってきた思いと、彼の舞鶴に対する思い、それがズレていると思ったのだろうか。
「今のテートクと大和がどういう関係なのかはよく知らないケド、でも、そんな簡単に話せるようなことじゃないと思いマス・・・」
「・・・すまない」
彼には彼の考えがあってしたことだったがそれが結局は裏目に出てしまった。彼の考えや不安から舞鶴のことについて大和にきちんと話してこなかったことが巡り巡って金剛を傷つけたことは確かだ。それでも、きちんと伝えておかなくてはならないことがある。
「だが、大和は責めないでやってくれないか。あの娘も研究所でずっと独りだったんだ」
「どういうことデスカ?」
本人には内緒でと念を押し、彼は大和と出会った時のこと、彼女が研究所で周囲の人間との関係に悩んでいたことを話し、その時彼も研究所で心を通わせられる人間がいなかったことを説明した。
「それで、私が大和に舞鶴のことを話してやったんだ。それがあの娘のなかでどう影響したかはわからないが、私がしてやれることと言ったらそれくらいしかなかったんだ」
「そうだったんデスカ・・・」
金剛の表情から納得しきれていないのはわかる。だが、ひとまず事情はわかってもらえたようだ。
「だから、悪いのは中途半端に話した私だ。責めるなら私を・・・?」
そう言いかけた時、隣に座る金剛が彼の肩に頭を乗せてきた。サラサラの髪が首筋に当たりこそばゆい。
「こ、金剛?」
「テートクにも大和にも事情があったのはわかりマシタ。だからと言ってハイそーですかって割り切れる訳じゃないけど・・・」
「・・・ああ、そう、だな」
「だから、少しだけこうしてて下サイ。今だけはテートクと二人でこうしてたいネ」
二人は並んで海を眺めた。やがて演習の開始を告げるサイレンが遠くで鳴り響いてからしばらくして金剛と彼は鎮守府に戻った。