「金剛っ、もう大丈夫なの?比叡から体調が悪いって聞いてたけど」
鎮守府に戻ると舞鶴の提督が二人を見つけるや否や息を切らせながら駆け寄ってきた。
「心配かけてスミマセン。もうNo Problemネ」
「そう、私が無理させてたんじゃないかと思ってたから・・・」
心底ホッとした表情で胸を撫で下ろすと提督は彼に向き直り、
「先任が金剛に付いていてくださったんですね。ありがとうございます」
「あ、いや、私は」
ご丁寧に頭まで下げられるとどう対応して良いかわからなくなる。むしろ彼は自分が舞鶴に来なければこんな面倒は起こらなかったのではないかと思った。
「そうだ、今夜は大和と先任のために宴席を設けますね。それまでゆっくりしていてください」
パン、と手を叩き微笑むと提督は執務室のほうへ小走りで戻っていった。
「私よりよほど提督に相応しい人だな。彼女がいれば舞鶴は心配ないだろう」
曲がり角に消えたセミロングヘアーを見送りながら彼が言った言葉に金剛は肯定も否定もしなかった。
「そんなことよりテートク、Dinnerまで何シマスカー?」
金剛としては久しぶりに会ったのだから、と言う思いがあったのだが彼にはもう一つ早めに解決しておきたいことがあった。
「すまんがこれからちょっとやらなくてはならんことがある」
「ムゥ〜、他に何か予定でもあるんデスカー?」
ふくれっ面の金剛をなだめてから彼は赤レンガの小さな別棟にある宿泊用の部屋に向かった。
目的は一つ。大和に伝えなければならない、今まで伝えるのを避けてきたこの舞鶴の真実を。大和に割り当てられてる部屋の前まで来ると深呼吸を一つしてからノックした。
「大和、いるか?」
部屋の前に立ち聞いたものの返事がない。寝ているのだろうか?今日は出発も早かったし疲れているのかもしれない。今はそっとしておくか、そう思うと彼はその場をあとにした。
しかし「ゆっくりしていて」と言われても彼には特にやるべきこともなかった。演習に向けて準備しておくことはあらかた行きの船内で済ませてしまったし、機材のチェックは既に舞鶴の艦娘達が工廠で行っているはずだ。
仕方がないので明日の演習の打ち合わせでもしようと執務室に向かう廊下で彼の足が止まる。
(これは・・・)
その視線の先には見慣れた形のプレートが下げられているドアがあった。表にしてみると案の定、平仮名で『ていとくのへや』と書かれている。忘れもしない、ここはーーー
「何してるんですか?そこ、倉庫ですよ?」
不意に背後から声をかけられ振り返ると、正門で彼を出迎えた能代が怪訝な視線を向けてきている。
「いや、大佐からゆっくりしててくれと言われてな。色々見ておこうと」
「そういうことですか。でも機密事項には触れないようにお願いしますね。ここは大丈夫ですけど大抵"関係者以外立入禁止"と書いてありますから」
そう言って能代は分厚い書類の束を抱えて足早にそこから去っていった。一人廊下に残された彼の顔には自然と乾いた笑いが浮かぶ。
関係者以外、か。
別に能代に悪意はないと思うが、それでも一瞬彼の心が乱れたのは事実だ。
「確かにここは本来倉庫だったな・・・」
目を細めドアの木目を指で撫でていると懐かしい景色が蘇る。
かつて彼がこの舞鶴に着任した当初は執務室でタバコを吸おうとしたが、秘書艦が駆逐艦の時など明らかに悪影響になりそうだったことからこの倉庫を空けて専用の喫煙スペースとしたのだ。いつの間にか彼を追って艦娘達がたむろするようになり結局ここでも吸えなくなったが、代わりに彼と艦娘が一番近い距離感で接する場となった。
執務を終え雑誌や新聞を広げていると駆逐艦達が顔を出すので茶菓子を出してやったり、気がつけば軽巡の娘達のガールズトークの場にされていたり、金剛も妹達とティーセットを持ってよく現れたものだ。
と、その時だった。物思いにふけっているとどこかで若い女のすすり泣く声が聞こえた。どうもすぐそこの階段の踊り場から聞こえてくるらしい。
こんなところで一人で泣いているとはただ事ではあるまい、気づかれないようゆっくり階段を降りるとそこにはずっと探していた少女ーー大和がいた。
「や、大和?どうしたんだ?」
「!」
振り返った大和は彼の顔を見るなり顔をくしゃくしゃにして瞳には新たな涙を浮かべてしまった。
「は、博士・・・」
「どうした?何があったんだ!?」
彼女の肩に手を伸ばそうとした時、
「ごっ、ごめんなさい!!」
「・・あっ!」
彼の静止を振り切って大和はそのままどこかへ駆けていってしまった。艦娘の体力で走られると人間の彼ではとても追いつけない。それにしても一体どうしたと言うのだろうか?
「どこへ行ったんだ・・・」
あれから一時間弱、大和がいそうなところを探し回ったが見当たらない。そう言えば舞鶴行きを決めた時も似たようなことがあった。また誰かに何か言われたのかも知れない。
(何か知ってるとすれば・・・比叡、だな)
金剛を探すときに彼女に大和と戻っていてくれないかと頼んだのだから比叡なら別れて以降の大和について何かしら知っていると見て良いだろう。とにかく今は一つでも手がかりが欲しい、彼は戦艦達の寮に向かった。
「あれ?テートク、もう用事は済んだんデスカー?」
寮の前まで来るとちょうど今帰ってきたらしい、金剛と比叡がまったりした調子で話しかけてきた。
「ちょうど良かった、比叡に聞きたいことがあったんだ。ちょっと良いか?」
「え、私ですか?」
「What?まっ、まさかワタシがいると困るような話デスカ!?」
金剛は何か大きな勘違いをしているようだがわざわざ詳しく説明して誤解をといてやれる時間はない。走り去った時の大和の様子から考えても切迫した状況だと言うのは薄々感じられる。
「大和がな、さっき会った時様子がおかしかったんだ。私の顔を見るなりいきなり泣き出してしまって・・・大和に何かあったのか?」
「そんな・・・」
彼は純粋に比叡から手がかりを得たいと思っていただけだった。だがその言葉を聞いた比叡の表情は次第に苦々しいものに変わっていく。
「比叡、どうしたんデスカ?」
「何か知ってるのか?」
二人の視線を受け少しの間俯いていた比叡が顔を上げ、
「さっき司令がお姉様を探しに行った時、彼女から舞鶴について聞かれて・・・・・三年前のことを話しました」
その言葉で彼はなぜ大和が動揺していたのかは理解できた。だがやはりなぜ彼を見るなり泣き出し、走り去ってしまったのかはわからなかった。
「すみません、余計なことでしたか?」
伏せ目がちに問うてくる比叡に何と言葉をかけたら良いか、ベストな解答は思い浮かばなかった。代わりに彼の口からも謝罪の言葉が出る。
「いや、私が前もって伝えておかなきゃならんことだった。私の方こそすまない」
何でこんなことに。そんな思いから彼は地面の一点を凝視した。どうやら比叡も同じような気持ちらしい、数秒の間誰も何も言葉を発しなかった。だが二人の気持ちは金剛の一言でわずかに晴れた。
「とにかく彼女を探しますカ」
「手伝ってくれるのか?」
何でもない事のように言った金剛に俯いていた彼はハッとして顔を向ける。
「Of Course!テートクが探すなら勿論ワタシ達も手伝うネ!」
「と言ってもどこから探せば良いのか・・・虱潰しにあたるしかありませんね」
「なるべく大事にして大佐に迷惑はかけたくない。何とかこの三人で見つけられないだろうか」
「わかりました。じゃあ手分けして探しましょう」
比叡の言葉で三人はそれぞれ鎮守府の思い当たる場所に向かっていった。
彼が寮の前で比叡と会っている頃、大和は鎮守府から市街地へ続く道の脇に腰を下ろしていた。
はぁ、お腹ぺこぺこです。出来ることなら今すぐ鎮守府に戻ってお食事にしたいですけど、でも、大和はあそこにいられない、いる資格がない・・・だって大和は博士に、博士にっ・・・
もう何度目になるかわからない、頬を流れる涙を拭った時、ようやく大和は気がつきました。今まで歩いてきた方向、つまり鎮守府のほうから一人の女性らしき影がこっちに向かってくるのが。慌てて離れようとした時、
「待って、あなたが大和さんでしょう?」
包みこむような優しい声が大和を止めました。振り返ると小柄だけれどしっかりと着物を着こなしている綺麗な方が立っています。
「こんばんは。私は軽空母の鳳翔と言います。よかったら少しお話しませんか?」
その方の微笑んだ顔は月明かりに照らされ、声音以上に優しく感じました。