「お話、ですか・・・?」
誰でしょうこの方は?先ほど鎮守府では見かけなかった気がしますが、全ての艦娘の方にお会いしたわけではないですし。
「ええ、舞鶴の方達にはまだ知らせてませんし、多少時間もありますから」
「え?あの・・・」
「あの、あなたは・・・?」
「ふふふ、そんなに身構えなくても良いですよ。ここ、良いですか?」
そう言うと鳳翔と名乗った女性は大和の隣に腰かけました。と言っても大和が座ってるのはアスファルトの地面、このままじゃ汚れちゃう。
「あ、あのっ、汚いですからあんまり直に座るのは」
「それもそうですね。ここに来る前、もう少し先にベンチが見えました。行ってみましょう」
そこから百メートルほど歩くと確かに木製の古びたベンチが見つかりました。腰を下ろすと変な音がしましたけど一応大丈夫そうです。
「ここから見える波はきれいですね」
目を細めながら波の一つ一つを眺めている鳳翔さんの横顔もとても綺麗です。たしかに月明かりが波を一つ一つ照らして神秘的な雰囲気ですけど、どこか不気味な感じもします。
「それで大和にどういうご用件でしょうか?」
「何も。ただ、なんだか苦しそうにしてるように感じたので気になったんです」
会ったばかりの人から見てもそう映るってことは、そうなのかな。でも大和より、博士のほうがよっぽど辛かったんだから。それも大和のせいで。
「大和さん、よかったらこれ使ってください」
ぎゅっ、と握った手を見つめていると鳳翔さんが薄ピンクのハンカチを渡してくれました。気が付かない間にまた涙が流れてたみたいです。
「あ、すみません」
いい匂い。陽の光をいっぱい浴びて干してきちんと手入れされてるハンカチのようです。ただハンカチを貸してもらっただけなのに、人に優しくされるとどうしても博士のことを思い出してしまいます。
「・・・・・うっ・・・」
「大丈夫?」
大和の手の上に鳳翔さんが手が乗せ、こちらを覗き込むように顔を近づけてきます。
「すみません、鳳翔さんとは関係ないんですけど、ちょっと」
何て言えば良いんだろう。あんなことになっちゃって、もうあそこに戻ることも、博士と顔を合わすこともできないと思うと胸がギュッと締め付けられたように苦しい・・・
「話したくないことは無理に話すことはないですよ。余計辛くなるだけですから」
特に慰められたわけではないのに鳳翔さんの言葉遣いや声音は撫でてくれるように優しいです。少しずつですが心が落ち着いてきたのがわかります。
「あの、鳳翔さんは大切な人を傷つけてしまったことってありますか?」
もし、同じような経験をしたことがあれば鳳翔さんもわかってくれるかもしれない、言葉は震える唇をついて出てきました。
「そうですね・・・」
ちょっと考えるようにしてから
「傷つけた、とまではいかないかもしれませんけど意見が合わなかったり気持ちが通じなくてもどかしく思ったことはありますよ」
大和とは少し違うみたいですけど、この人ならこんな時、どうすれば良いか教えてくれるかも知れない。少し聞くのが怖いけど、でもこの先に解決策があるかもしれないなら・・・
「それでその、仲直りはできたんですか?」
「ええ、勿論」
ニコリと微笑みながら鳳翔さんが視線を落としたその先、左手には鈍く輝く指輪がはめられています。
「これは私の考えですけど、どれだけすれ違ったとしても根っこの部分は変わらないものだと思います。本当に大切な人への気持ちなら」
今、鳳翔さんの目にはその大切な人の顔が映っているのでしょうか。
「博士・・・」
あの仏頂面や飾り気のない話し方、一つ一つがはっきり頭の中に浮かび上がってくる、そこからだんだん何かの感情が湧き出てきました。
「・・・・・たい」
「大和さん?」
思いが、とめどなく溢れてきます。博士と初めてお会いした日、色々教わった日、一緒にお食事をしてお話した日、こっそり研究所を抜け出して呉の提督と三人でお酒を飲んだ日、その全部が大和にとって温かい、日だまりのような宝物の記憶。
「もう一度、博士に会いたいっ・・・」
「なら、その思いに正直になれば良いと思いますよ」
その言葉に無言で首を振ると鳳翔さんが怪訝そうな顔になったのが見なくてもわかりました。
「私は、博士が触れられたくない過去に無遠慮に踏み込んじゃったんです。辛い記憶を思い起こさせて・・・きっと博士は私を嫌いになったと思います」
きっと、そう。金剛さんも怒っているようだったし、博士ももう大和には愛想を尽かしたと思います。すると鳳翔は立ち上がって大和の前に来ると
「その方が大和さんを嫌うかどうか、それはその方の気持ちです。大和さんが決めるものじゃありません」
今までよりどこか厳しい口調でした。でもすぐさっきまでの優しい表情に戻ると
「同じように大和さんがその方をどう思うか、その気持ちも大和さんだけのものです。だからこそ、その気持ちに嘘はつくべきじゃないと私は思いますよ」
「あ・・・」
ぼやけていたものが見えてきた気がしました。勿論、お食事したり、色んなお話を聞いたりもしたいです。でも、それより何より大和はただあの方と一緒にいたい。明日も明後日もその先も、一緒にいたいんです。傍にいると温かく、どこかくすぐったいような気持ちになるあの方と。
「お気持ち、決まりました?」
「でも・・・」
舞鶴に戻って良いのか不安は残ってます。博士はもちろんのこと金剛さんや比叡さんにもどんな顔をして会えばいいのか・・・
「実際のところ、どうするべきなのかわからなくて」
「大切なのは"どうするべきか"ではなく"どうしたいか"です」
それだけ言うと鳳翔さんは立ち上がってもと来た道を引き返していきました。数歩行ったところで振り返ると
「私も舞鶴に用事があるんです。もし大和さんの気持ちが決まってるのでしたら一緒に行きましょう」
"どうするべきか"より"どうしたいか"。もう一度心のなかでその言葉を噛み締めて、大和も歩き出しました。
「どうして、一言も言わないで」
周りに誰もいないために彼のぼやきは受け止められることなく周りの草木や道に吸い取られていく。金剛と比叡、三人で手分けして探しているがいっこうに見つからず弱音が口から出てしまった。
別棟の壁によりかかり汗ばんだ手をグーパーと動かしているとふと視線の先に小さな石をたてて花を少しばかり供えた簡素な石碑が目に止まった。
これは?と思って覗き込んでみると『慰霊碑』という文字と日付が彫ってある。
「あ、それはテートクがここを離れて少ししてから立てたものデス」
いつの間にか金剛がそばに来ていた。彼と石碑を交互に見やりながら懐かし気な顔でそこに手を伸ばす。
「残った皆で何か形に残そうって話になってたてたんデス」
残された人々が逝ってしまった者達を思うことで記憶の中にその者たちは生き続ける。そういう意味ではあの戦闘で沈んでしまった者達の魂はここにあるとも言えるかもしれない。
「なら私はここに近づくべきではないな」
「そんなことありまセン。皆、テートクが帰ってきて喜んでるはずネ」
そこで会話は途切れてしまう。二人の間になんとなく気まずいものが流れたからである。
「さ、早く彼女を探しマショー!」
努めて明るく言った金剛に気を遣わせてしまったなと苦笑しながら応じると重い足取りでその場を後にした。
その頃舞鶴の港に一隻の船が到着していた。
「やれやれ、どうしてこうも遅れたものかね。酒宴の時間に遅れたらどうしてくれるんだ」
「それ私に文句言うんですか?途中で鳳翔さんを降ろすからでしょう。急にあんなところで止めろなんて」
そこでは一人の男と艦娘らしき女が言い合いを始めていた。
「わかったわかった。お前はとりあえず鎮守府に戻りなさい。また帰る時連絡するから」
そう言うと男は何やら大事そうに荷物を抱え舞鶴鎮守府の方に向けて歩き出した。
「バレても私は責任取りませんからね」
そんな女の言葉に手を上げて応じた男の姿はやがて林に隠れて見えなくなった。