「なら、私から話そう」
比叡の表情が一瞬、強張り何か言いたげにしていたがやがて黙って引き下がる。
「・・・舞鶴所属の艦娘のなかには自分なりの技術を身につけスペック以上の力を発揮する者がいた。金剛もその一人だ」
海面を滑る二人を眺めながら口を開いた。
「くっ!」
あれから金剛もやる気になったが、今のところ撃つ気配はなく大和の砲撃をかわし続けている。
(どうして?タイミングも座標も完璧なはずなのにっ!)
正確に位置を把握し放った砲弾は次々に海面に吸われていく。
「Oh!やっぱり46cm三連装砲の威力はハンパじゃないネ〜!まあ、でも」
「・・・当たらなければ意味ないデス」
次の瞬間、金剛が攻めに転じる。こちらに向かってスピードを上げてきたところを狙うが、再び紙一重でかわされてしまった。
「Fireッ!!」
「ッ!?きゃあっ!!」
金剛の放った一撃はこれまでのどの砲撃よりも重く、グラつく。バランスを崩し、その場に尻もちをついた大和は少しして中破していることに気がついた。
「ほほ〜。大和も良いモノを持ってますネ〜。パンツもなかなか可愛いデ〜ス」
「っ〜!」
陸の方からは見えてないだろうが、博士の前であられもない格好にされたことが状況を忘れて大和を赤面させる。慌てて両脚を閉じ両手で前面を覆うように隠すと金剛のほうを睨むように向き直った。
「なっ!?今、一撃で大和が」
演習を見守る提督達も大和の装甲の厚さはデータで見て知っている。これまでは何とか小破未満でこらえていた大和が一撃で中破まで追いやられたことに多少なりとも驚いている様子だ。だが彼はさして驚かず淡々と話し始める。
「能代、君は敵の位置を捉えるときどうしてる?」
「え?それは電探や偵察機からの情報をもとに」
艦娘の脳は電探や偵察機からの情報をダイレクトに受け取れるようになっている。そこから敵の位置を割り出すのは至極当然のことだ。
「そうだろう。では有視界戦ではどうだ?」
「でしたら、目で見て大まかな位置を把握して電探で微調整する感じですけど?」
正確さでは電探や偵察機に軍配が上がるが有視界戦では能代の言うとおり多くの艦娘が視覚を第一に使っている。視覚で処理したほうがわずかに速いからだ。
「その有視界戦において身体能力を駆使してスペック以上の力を引き出す戦術機動、それが神託だ」
「つまり、金剛は視覚情報をフル活用して大和の攻撃をかわしてるのか?」
「そう。今は視覚を強調したが本当は視覚、聴覚、嗅覚、平衡感覚を総動員して敵の動きの"流れ"を読み、それを応用する機動のことを指す」
「それが未来視といえるレベルにまで達したものを、お姉様の服装も相まって"神託"と呼ぶようになったんです」
比叡が半分諦めたように言う。ここまで言ってしまったら隠すことはできないと思ったのだろう。
「先任、具体的には、どういったことなんでしょうか?」
「わかりやすい例えでは・・・ボクサーが対戦相手の肩の動きからパンチを予測するのに近いと思います」
「ボクサー?」
「金剛は自分に向けられた砲の角度や位置、敵の視線などからどこを狙っているのか瞬時に判断し、紙一重でかわせます」
視線の先で次々と砲撃をかわしていく金剛。まるで軽やかに舞っているようにすら見える。
「金剛の回避力についてはわかりました。でも、それだと大和を中破させたような数値離れした火力は説明がつかないのでは?」
「神託には平衡感覚も使うと言いましたよね?金剛は自分が立つ波のコンディションから敵の足場の波のコンディションを推定し、それが最も不安定になる瞬間を予想することができるんです」
「まさか、その瞬間を狙って?」
「金剛の火力が高いのではなく、相手が受けきれない状況を狙っているのか」
どれだけ優れた防御力を持っていても、不安定な姿勢のところを狙われたらそれは十分に発揮できない。そこをピンポイントで狙うことで金剛は相手に与えるダメージを最大限のものにしているのである。
「理屈は単純です。でもそれを実現するには艦娘のなかでも優れた身体能力と、アスリートのように自分の砲撃するベストな"感覚"をつかむ必要がある。万人に扱えるモノではないということです」
そう言った比叡の目に映るものが何であるか彼にはうっすらと想像がついた。彼と金剛型姉妹で理論を構築し習得まで力を合わせた日々。彼にとってもかけがえのない思い出である。
「大和にはまだ早かったか、金剛の相手は・・・」
呉の提督の言葉に異を唱える者がいないところを見ると今や誰の目にも大和に勝ち目はないように思えた。敗色濃厚、という点では彼も同じ見解である。
(神託の弱点、一対一のこの状況だからこそ突ける穴を突かなくては今の大和に勝ち目はない、な)
「くっ、このままじゃ・・・」
中破し破れた服を隠しながら戦う大和と汗一つかいてない金剛。余裕を崩さず獲物を値踏みするかのように大和を見据えると金剛は一気に畳み掛ける。
「これでパーティーはFinishデース!」
左右に小さくステップしながら近づき大和の視線を逸らす。
「え、あっ!?」
「遅い、遅いッ!そんなことじゃワタシには勝てまセン!!」
またしても受け身を取ることができず砲撃をまともに受けてしまう。
「きゃあっ!」
それでも大和型の防御力でどうにか持ち堪える。これが他の艦娘ならもう二度大破していただろう。
「はあっ、はあっ・・・う、くっ」
膝が体を支えきれずガクガクと震えている。このまま座り込んでしまえば楽かもしれない、けれどそうしてしまえばもう二度と立ち上がれないだろう。
「テートクはたった一人の、ワタシだけのテートクデス」
ゆっくり近づきながら金剛が語りかける。先程までの余裕に満ちた口調とはどこか異なっていた。
「なにを、言ってるんですか?それじゃ舞鶴の皆さんだって納得しないでしょう」
「あの頃、舞鶴の艦娘の多くがそう思ってたネ」
金剛は陸で二人のことを見守る男を眩しそうに眺めながら昔を懐かしむように話す。
「艦娘ひとりひとりに向き合い、共に悩み、考え、成長のために手を引いてくれる。そんなテートクが皆大好きデシタ」
そこで言葉を切ると再び向き直る。大和を捉える金剛の目は冷たく光っていた。
「あの人は艦娘ひとりひとりにとって"自分だけの特別なテートク"だったんデスヨ」
一言一言になにか力がこめられていて大和は思わず聞き入ってしまっていた。そこには無視できない思いのようなものがあるような気がした。
「そんな、ワタシ達にとってとても大切な方に・・・だだ"優しい"とか"一緒にいたい"なんて気持ちだけで接しないでほしいデス」
「・・・ちょっと待ってください」
それを聞いて自分のなかで何かが激しく熱を帯びている。幾つかの感情が入り混じった複雑なもの。それが沸々と腹の底から湧き上がってくるような気がした。
「さっきから言いたいことばかり言って・・・」
「What?」
「たしかに、大和は昔の博士についてはよく知りません。皆さんとどう関わってこられたかも。でもっ!!」
目尻に滲んだものを拭い大音声で口にする。ありったけの想いを。
「今一番博士を大事に思っているのは、大和ですっ!この気持ちだけは、たとえ金剛さんにだって負けません!!」
それまでの会話は陸までは届かず何か話している様子は見て取れたが今の大和の叫びは確かに演習を見守る者達に届いていた。
「おいっ!?聞いたか、いや、聞いだろ!?今の大和の
呉の提督が肩を掴み揺さぶる。彼はフリーズしたかのようにただ水平線を凝視している。
「え、あ、いや、き、聞いてはいたが」
動揺し思考が追いついていない。普段ならここでニヤけている呉の提督にツッコミの一つも入れるところだが今はなにか言おうとしてうまく言葉にできず口をぱくぱくさせている。
「大和さん、やっと言葉にできましたね」
鳳翔も微笑ましげに大和を見る。初心なのだろうか、舞鶴の提督はただ驚きを隠せないと言った感じである。
「これで大和が勝てば丸く収まったんだがなぁ。残念だ」
「あの調子だと本人は諦めてないぞ。まだ結果はわからん」
ようやく少し冷静さを取り戻した彼が告げると呉の提督も海の上の二人に視線を戻す。
「もちろん私としてもひっくり返ってほしい、このままでは負け犬の遠吠えになってしまうからな」
大和にも状況が好ましいものではないことはわかっていた。ここからどう巻き返すか、今考えるのはそれのみである。
(一撃、入れられれば・・・)
中破したとはいえ大和には並外れた火力がある。一撃命中させられればそれなりのダメージを与える自信はあった。問題は全く当たらない相手にどう命中させるか、だ。
「考えても、仕方ありませんね」
なかなか突破口が見つからない。自分を落ち着かせるために目を閉じ深呼吸をする。この時大和はそれがまさか突破口になるとは思わなかった。
「ん?二人とも動かなくなったぞ。どうしたんだ」
その異常はすぐに陸のほうでも気がついた。仁王立ちの大和に対してなかなか金剛が仕掛けない。どこか攻めあぐねているようにも見える。
「気がついてやったのか、あるいは偶然か」
「どういうことだ?」
「さっき自分で言ってただろう?金剛の火力が特別高い訳ではないと。ああして慌てずしっかり水面に立つことで神託による大ダメージを回避しようとしてるんだろう。普通の威力であと一発なら何とか耐えられるかもしれないからな」
「そうか、しかも中破とは言え大和の火力なら一撃入れれば逆転の目もあるかもしれないな!」
実際にはそれは偶然の産物だったが、大和はたしかに希望を掴みかけていた。幸いにも足元の波も穏やかになっている。
「でも、艦隊戦だと、この対処法は蜂の巣にされてしまいませんか?」
「そうなりますね。一対一だから使える手です。次に金剛が撃つ瞬間が勝負の分かれ目でしょうな」
金剛は表面上余裕な態度を保っていたが心の中ではややこの状況に焦りを感じていた。
(まさか神託が看破されたワケではないはず・・・とはいえちょっとまずいデスネ)
あと一発か二発命中させれば勝負がつく。だが大和の火力を考えれば外せば逆転の機会を与えかねない。
「かわすだけじゃなく、ワタシも"盾"をもっと練習しておけば良かったネ・・・」
そう言うと吹っ切れたようにニヤリ、と笑い大和と向かい合う。互いにタイミングを計りながら。そしてそれから数秒後
「・・・そこネッ!!」
「はぁぁぁぁっ!!」
二人の叫びは海面に鳴り響いた轟音にかき消された。