そのまま食堂から外へ向かおうとした時だった。
「主任、何をしてるんです?」
背後から声をかけられ、主任のしの字が聞こえた瞬間に彼と大和は手を離した。後ろめたいと言う程ではないが付き合ってるわけでもないし手を繋いでるところを見られるのは気恥ずかしい。その点では彼も大和も初心である。
「ん、あ、あぁ・・・ちょっとな」
どうやら手を繋いでるのは見られなかったようだが大和と一緒にいるのは怪しまれているようだ。曖昧な受け答えに部下は刺すような視線を向け、やり取りを不安げに見ている大和を一瞥すると彼に向き直った。
「どう言うつもりですか?言いましたよね、大和のことは専門のスタッフがいるので主任がどうこうする必要はないって」
「いいや、それは違う」
「は?」
案の定部下は不快の色を隠そうともしないが彼も引き下がるつもりはない。せっかく大和と心が通じたと思うーーーーー自分と似たような思いをしている者がいる。放っておけない気持ちだった。
「私も大和の関係者だ。何かあれば力になりたいと思うのは当然だろう」
「だから、大和には問題はないって言ったでしょう。補給も済んでますし傷も負ってない」
「そう言う問題ではない。様子が変だと言っただろう、お前はそんなことにも気づかなかったのか」
「博士・・・」
これまでとどこか違う雰囲気に部下も大和も違和感を覚えた。部下のほうはむしろ苛立っていると言って良いかも知れない。
「現場ではカウンセラーの仕事までなさってたんですか?それはご苦労なことですね。ですがウチは人材が揃ってるんです。与えられた仕事だけしてれば良いんですよ」
部下は少しだけ動揺していたが彼をなじることで平静さを取り戻したらしい。わざとらしく思いついたような手つきで持っていたファイルから一枚の紙を取り出し乱暴に渡してきた。
「これは?」
「この間のテストで上は大和の性能は充分なものだろうと見込みましてね、顔見せ程度ですが一度鎮守府に連れて行こうと言う話になったんです」
「それで?」
「そこまでお節介を焼きたいんでしたら是非主任にエスコートをお願いしましょうかね」
そう言って部下はその場を後にした。去り際の部下の笑みに何か嫌なものを感じたがその理由はすぐに分かった。
「なるほど、な」
紙面に記されている文字を目で追うと自然と溜め息がもれる。
「博士、どうされたんです?」
「いや、何でもない」
余計な心配はかけたくない、そのまま紙をしまおうとすると、ヒョイっと大和に取られてしまった。
「お、おい、返せ大和」
「良いじゃないですか、少し大和にも読ませてください。大和も行くのですから」
背伸びしたりくるっと身を翻したりして彼の手を躱しながら紙を読む大和、その度にフリフリと揺れる大和のポニーテールに邪魔されなかなか取り返せない彼。
「えっ、と・・期間は一泊二日、意外と短いんですね。場所は・・・舞鶴、ですか」
「もう良いだろう」
隙をついて紙を取り返すと何事もなかったような表情でその場を離れようとしたが大和の無邪気な声に止められる。
「あれ?舞鶴って前に博士がいらした鎮守府ですよね。と言うことはお話しで聞いてた方達に会えるんですか?」
その一言で彼の足が止まる。大和は前々から彼が提督時代に率いていた艦娘達に会いたいと言っていた。皆と一緒に間宮に行きたいとか演習で戦ってみたいとか、普通の艦娘が当たり前に過ごす生活を大和は夢見ていたのである。
「どうだろうな、私がいた時とはだいぶ変わってるかも知れん」
辛うじて平静を装って言った後、話題を変えるように
「まあ、次の仕事が入ってしまった以上仕方ない。どこか遊びに行くのはこれが終わったらにしよう。行きたいとことかゆっくり考えておいてくれ」
「はいっ。でも博士も舞鶴に行くんですよね?それはそれで楽しみです」
疲れた表情の彼とは対照的に大和は笑顔で答えた。
大和が舞鶴行きを楽しみにしているのは決して彼女が無神経だと言う訳ではなく、彼が舞鶴で失態を犯し艦隊に被害が出たことについてはほとんど話していなかったのが原因である。
(大和にとっては初めて自分以外の艦娘に会うわけか・・・)
都合が悪いことに大和に話していた艦娘の多くはその一件で帰らなかった艦娘であったり、他の鎮守府に移籍してしまった者だったことである。意図した訳ではないが大和と話していると不思議とそう言った艦娘達の顔ばかり思い出され、しみじみと語っていた。
つまり大和の期待には応えられないし、舞鶴に赴くだけでも彼にとってはかなり精神的にくるものがある。そこまで見越しての笑みなら部下は余程質が悪い。
(行きたくないと言えば行きたくないが、行かなくてはいかん気もする・・・・・・あいつら元気にしてるだろうか)
今度は舞鶴にわずかに残った艦娘達の顔が思い出される。最後まで引き止めてくれた者もいたし、仲の良い艦娘を失ってショックだったろうに異動が決まった彼を慰めてくれた者もいた。自分はどんな顔で彼女達に会えば良いのだろうか。
そんなことを考えているとデスクに放り出してある彼の携帯が鳴った。