彼はしばらく着信を知らせるバイブの振動を見守っていた。この職に就いてから彼に電話がかかって来る回数はめっきり減った。失態を犯して出世街道から外れた者に、それでもかけてくるとなれば自ずと相手が絞れる。
「もしもし」
『ああ、私だ。しばらくだな。そっちの風通しはどうだ?』
思った通り声の主は彼と兵学校時代の同期だった人物だった。彼はこの男に勧められ当初軍に戻るつもりはなかったが復職した経緯を持つ。誰も予想していなかった研究職という形ではあるが。
「良いわけあるか。元艦隊勤務ってだけで目の敵にされてる」
『まあそうだろうな。もう少し別な道もあったんじゃないか?軍にしたって教官って手もあったろう』
「舞鶴に十年も勤めてれば教官って道もあったかも知れんな。それより早く要件を言え」
世間話をするためにわざわざ電話してくるような男ではない。それに今は舞鶴のことで頭が一杯だ、できるだけ早く切りたい。
『少し出てこられるか?実は今近くまで来ているんだ。久し振りに一杯やろう』
「それはまあ、構わないが・・・」
予想してなかった急な誘いにああ、わかった、と相手のペースでズルズルと物事が運ばれてしまう。場所と時間を打ち合わせ部屋を出た時だった。
「きゃっ!?」
「むっ」
ちょうどそこで寝間着姿の大和と鉢合わせになった。危うくぶつかるところである。
「すまん、大丈夫か?」
彼を躱そうとして尻餅をついた大和に手を伸ばすと彼女は彼が外向きの格好をしているのに気がついたようだった。
「いたた・・・あ、大丈夫です。それより博士、お出かけですか?」
「うん?あぁ、少しな」
すると大和はちょっと思案したような顔をすると
「あの、大和もついて行っていいですか?」
「ダメだ、お前は就寝時間が過ぎてるだろう。早く部屋に戻れ」
厳しい表情を作って言うと大和は痛いところを突いてきた。
「さっきは、行きたい所はどこでも連れて行ってくれるって仰いましたよ?なら大和もご一緒したいです」
「う・・それは」
「ダメ・・・ですか?」
意図してやっているなら断固として断っているところだがこの大和、ナチュラルに上目遣いで聞いてくるので断り切れない。
「わかったわかった、好きにしろ。その代わり早く着替えてくるんだぞ?人と待ち合わせしているんだ」
投げやりに言うと大和を部屋に向かわせる。まあ、たしかに大和にも無関係な人間ではない。自分にそう言い聞かせ彼女が着替えてくるのを待った。
「おお、こっちだ。久し振りだな」
店に入り件の相手を探していると奥の席から声が聞こえてきた。暗く、壁で仕切ってあるのでそれぞれ半個室となっている。なかなか見つからない訳だ。
「ああ、一体何の用でこっちに来たんだ?」
「まあそう急かすな、まずは何か一杯・・・?」
席に着いた彼に品書きを渡した男は大和を見ると今度は彼に視線を向ける。
「あぁ・・・止めたんだが、付いてきてしまった。この娘は」
「はじめまして、大和型戦艦一番艦大和です」
男は恭しくお辞儀する大和を見ても、その名を聞いてもさして驚かず
「ほう、大和か。これはたまげたな。どうも今日あたり大和に会うような予感がしていたんだ。まさか本当に会えるとは」
「よくもまあ、ぬけぬけと」
「えっ、本当ですか?」
大和の方は男の予言めいた発言に目を丸くするが彼は勝手なことを言っていやあがると思った。
「そんな訳ないだろう。相手にするな」
大和を座らせると店員を呼び適当に数品と飲み物を頼む。
「私は生ビール小で」
「ならそれを二つ」
「三つです」
大和もビールを頼むと再び彼は厳しい顔つきになった。
「おい、無断外出だけでも御法度なのにさらに酒なんてダメだ」
「いいじゃないですか、大和も博士と同じの頼んだって」
ぷくぅと頬を膨らませる大和と困った顔の彼を微笑ましげに眺めていた男が仲裁に入る。
「ははは、まあいいじゃないか。何かあったら私が責任を持とう」
「お前な・・・」
「あの、そう言えばこの方は?」
大和がポカンとしてきるのに気が付き彼は男を見やると大和に紹介した。
「こいつは私の兵学校時代の同期でな。今は呉の提督をしている」
「えっ、呉の提督なんですか!?」
意外に大物だったことも手伝って再び大和は目を丸くする。大和が名乗っても驚かなかったのは立場上事前に彼女についても知っていたためだろう。
「呉の提督なんて名ばかりさ。私一人ではイ級にすら敵わない。それに比べれば大和がいれば百人、いや千人力だろうな」
「こう言う調子の良い事言う奴には気を付けろよ大和。顔まで良いんで始末が悪い。尻軽な女はコロッと落ちる」
おだてられて気を良くした様子の大和を見て面白くないのか彼が毒づく。無論本心で罵ってる訳ではない。呉の提督は彼にとって気兼ねなく軽口を叩ける数少ない友だった。
「大和は尻軽なんかじゃありません!ちゃんと好きな人もいます!」
「ほう、大和は好きな男がいるのか?誰だ誰だ?」
今度は呉の提督のほうが話に食いついてきた。大和の頬が赤くなるのを見て彼も呉の提督に便乗する。
「それは私も初耳だ。ぜひ聞かせてくれ」
「えっ、そ、それは・・・・ひ、秘密ですっ!」
その後も呉の提督と話しながら海鮮サラダや卵焼きなど軽いものをつまみ、昔話に花を咲かせる。彼も酒に酔ったのも手伝っていつもより口数が多くなった。
「こいつは昔な、兵学校で教えてる教官も艦娘だと思ってたらしくて女性教官に『着任したら自分の鎮守府に来てください!』なんてスカウトしたこともあるんだぞ」
「あれは教官が悪いだろう。名字が千歳なんだぞ?しかも初めて見たのが艦隊演習の会場だったんだから」
「それでどうなったんです?」
「当然フラれた。いや、その時のこいつの顔は傑作だったな。教官のこと艦娘だと思っててそれより前に一度・・」
「おい、それ以上はやめろ」
「大和、聞きたいです!」
「何でやめろと言ってるのに聞きたがる!?」
一通り呉の提督と大和が彼をいじり倒した後、普段彼にせがむように大和は呉の話も聞きたがった。呉の提督は現地の艦娘の生活や食べ物、風土についてまで詳しく話してくれた。
「ふ〜ん、大和も今度演習出てみらいれす」
先程とは少し違う意味で大和の顔が赤くなり、呂律が回らなくなってきた。彼もそろそろかと思い帰り支度をし始める。
「今日はいい気分転換になった。またいずれ話そう」
「待て。あー、そうだ大和。帰る前にトイレに行っといたほうがいいんじゃないか?外は寒いし研究所まで少し距離あるだろう」
「・・・う〜ん、そうですね、ちょっと行ってきます」
「おい、一人で大丈夫か」
「ふふっ、大丈夫ですよ〜まったく、博士は心配症なんですから」
(いやいや、大丈夫じゃないだろう)
千鳥歩きの大和を見てついて行こうとした彼だが呉の提督に止められる。
「お前、何どさくさに紛れて付いてこうとしてるんだ。トイレはそのまま真っ直ぐ行って突き当たりをすぐ左だ、すぐわかる」
「は〜い。博士ったらえっちいですね〜」
「うるさい、早く行け」
体よく大和をその場から離れさせると再び席に座り呉の提督に話を切り出す。
「もしかして今日話そうとしてたことは大和がいると都合が悪いのか?」
「まあそんなところだ。手短に言う。今度大和を舞鶴に連れて行く件、お前が何か関係しているのか?」