「・・・・・え?」
上司から発せられた言葉は彼の足を、大和の思考を止めた。
「あの、それはどう言う・・・?」
彼に聞いてるのか上司に聞いてるのかわからないが明らかに動揺した大和の様子に彼はいただまれなくなる。だがそんな二人とは違い上司は言葉を続ける。
「そのままの意味さ。主任は大和の件で舞鶴に行くのはどうしても嫌なようでね。私も強制するのは忍びない。そこで
「っ!」
上司が言い終えるより先に大和は部屋から飛び出した。固まっていた彼はややあってから上司を睨みつけると殴り倒したくなる衝動を抑え彼女を追った。
「おい、大和を見なかったか?」
研究所の職員に聞いて回ったが心当たりはないと言う。いつもなら食堂にいるはず。あるいは初めて会った地下研究室か。だがそのどちらにもいなかった。
(何か、悪いことを考えてなければ良いが・・・)
そもそも彼が舞鶴行きに複雑な思いを抱くのは過去に起因することであり大和には関係ない。そのことで誤解させてしまうのは心が痛む。
艦娘は軍艦の系譜と戦闘力を受け継ぎ発展させた艤装と、それを操る本体、つまり肉体から成る。肉体は遺伝子調整を施され常人を遥かに凌駕する能力を与えられたデザイナーベビーである。だが能力が人間離れしていてもその心は外見に違わず年頃の少女のもの。常人を超えた力を持ち、超兵器として扱われながら紛うことなき人間の心を宿している、このアンバランスが時として艦娘を不幸な目に遭わせてしまうこともある。
そんなことを考えながらふと海の方を眺めると波打ち際に遠い目をして立っている大和を見つけた。
(まさか・・・)
いてもたってもいられず駆け出した。
「大和ぉ!変な真似はよせ!」
水平線を眺めていると博士の声が聞こえました。見ると研究所のほうから慌てて走ってきます。
「は、博士!?」
「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・大和、早まるな。お前はとんだ誤解をしている」
博士は肩で息をしながらその場に座り込んでしまいました。たぶん誤解しているのは博士のほうだと思うんですが。でも、今博士の顔を見ると胸が一杯になってしまいます・・・
「は、博士はっ、大和のこと、お嫌い、だったんですか?」
聞きたくない、でも聞いておかないと、うやむやにしたまま何食わぬ顔でこのままお会いすることなんて出来ません。
「なぜ私がお前を嫌いになる?さっきのことは
「でもっ、博士は、舞鶴に行くのは嫌なんですよね?」
博士の口から嫌いだと言われるより、自分で言ってしまったほうが心が楽になるーーーーそんな気がして、早く肯定して終わりにして欲しかったのに、博士は頷いてくれません。
「舞鶴に行くのが複雑なのは事実だ。だがそれはお前とは何も関係ないこと、私にも多少、事情があるんだ」
「事情?」
息を整えながら博士は言います。でもどうしてもその一言一言が慰めてるように聞こえて、何が本当のことなのかわかりません。
「その事情は、お話し下さらないんですか?」
「・・・・・」
博士はそのまま俯いてしまわれました。大和が嫌いでないなら、他に舞鶴に行くのが嫌になるような理由があるのなら聞きたいです。それを聞かない限り、室長のあの言葉が頭から離れません。
「博士?」
「・・・・すまない、それは話せない」
胸が不安で押し潰されそう・・・・どうして?どうして話してくれないんですか?
「や、大和っ・・・」
気がついたら瞳に涙が溜まってました。頬を流れるそれを、止められない・・・
「う、うっ・・・・・・グスッ・・」
「私がお前を嫌いになるなんて・・・逆にお前は私が嫌いになるような悪い子か?自分で心当たりがあるのか?」
質問に質問で返すのはズルいです。でも、よく考えてみると大和はこれまで博士に我儘ばかり言ってきて、困らせてしまったような気がします・・・
「大和が、博士に我儘ばかり言ってきたから・・・ですか?」
「お前の我儘?」
博士は鳩が豆鉄砲をくらったような表情で目を見開くと、じっと私の目を見て言いました。
「お前の我儘ほど、ある意味私の心をほぐしてくれるものはない。そんなことで嫌いになどならん」
「ほ、本当に?」
「本当だ。それより、私も聞かせてほしい。お前はなぜ私のことを気にかけてくれる?数多くいる職員の一人に過ぎない私を」
博士が顔を覗き込んできたので思わず目を逸らしちゃいました。今更ながらに、泣き顔を見られるのが恥ずかしくなっちゃって。
「あ、それは、その・・・」
「お前と初めて会ったのは健康診断の時、だがちゃんと話したのはたしか、戦術検討会ではなかったか?」
そう、その時です。その時に、私は博士に・・・
『つまり、性能、運用コストから見て長門、陸奥の延長線上にあるのではないのか?』
『現在の戦力を鑑みるに、長門型で事足りると思うのだがね』
軍服を纏った方達が研究所の方達と話し合っています。なんで私も呼ばれたんだろう?こんな話し合い、どうせ私の意見なんて聞かないのに。と言うより、私にはそもそも意見なんて、ない。
『確かに、今のところ長門型で何とかなっているかもしれません。しかしですね、この先レ級以上の敵が増えたら?鬼・姫級だってさらに出てくるかも知れない。長門や金剛だけでどうにか出来ますか?それともご自慢の"兵法"とやらで捻じ伏せますか?』
『ヒラ研究員の分際で、我々の采配にケチをつけるかッ!』
ダンッ!
軍服を纏った一人が机を叩くと研究員の方がビクッと怯えたような表情を浮かべます。そんなことになるならもっと刺激しないように話せば良いと思うのですが。
『ちっ、理詰めで反論されたら威嚇か。これだから現場のサル共は・・・』
最後のほう、聞こえないように言ってるんでしょうけど艦娘の耳だとしっかり聞こえてます。どちらも険悪な雰囲気、あまりここにいたくないのですが・・・まだこの会議は続くのでしょうか?
『平時は長門型で充分だろうけどさ、いざという時の決戦兵器って位置づけにならないかな?』
決戦兵器・・・室長の言葉の響きにあまり良い印象を抱かない、それは往時の"戦艦大和"のことを知ってるから、無意識に反応してしまうんでしょう。
『主任、君はどうだい?』
室長が隣の方に問いかけてます。あれは、この間健康診断の時にいらした・・・
『私ですか?そうですね・・・』
何枚か資料をめくって目を走らせたあと急にこちらに目を向けてきました。って、目、目があった!?
『大和にはフィット砲がない。運用方法云々より私はそのほうが気になりますね』
『はあ?』
室長と軍服の方が素っ頓狂な声を上げても気になりませんでした。その方は声のした時もずっと私を見てたから。
『大和、君本人としては撃つ時の感触はどうなんだ?』
この方、どうしてそんなことが気になったんでしょう?撃つ時の感触なんて、自分が撃つ訳でもないのに気になるんでしょうか?