The Fantasic Story 〜其は不屈の夢物語〜   作:なっぺ

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第09話 決意

 厚い雲が空を覆う。街は、どんよりと暗い雰囲気に包まれていた。

 

 鏡ありすの死は、世間では通り魔事件として扱われることになった。死者の出た凪波丘小学校は臨時の休校となり、普段は賑わいを見せる校内は、不気味な程に静かな様子を見せていた。

 

 その中の一室。凪波丘小学校2階、3-2教室。窓際最後列。そこに吉谷吼太は座っていた。一つ前の机には、一輪の花。今は細い花瓶から伸びるその小さな花が、彼女が――鏡ありすがいたことを示す唯一の証だ。

 

 失ってみて、初めて感じる空虚な感覚。無くしたものはあまりに大きく、しかしそのことに気づくにはあまりに、あまりに遅すぎた。吼太の胸には、ぽっかりと穴が空いてしまっていた。

 

 耳から離れぬ、ありすの最期の言葉。そこに篭められた感情を知り、吼太はただただ泣き、哀しみ、そして涙も枯れ果てる。泣き腫らした赤い顔に浮かぶのは、ただただ自身の無力と謎の三人組に対する憎悪のみ。

 

  

 

  

 

「コータ、ここにいたんだ……」

 

 不意に、教室の扉から声がする。吼太が少しだけ視線を廊下側に向けると、そこには心配そうに佇むリームがいた。

 

「ダメだよコータ……。学校は休校なんだから、勝手に入っちゃ……」

 

 小さく、何かを呟く吼太。だがあまりに小さなその声は、リームが聞き取るには十分な大きさとは到底言えなかった。思わず聞き返してしまったのも、仕方のないことだといえただろう。

 

 しかし吼太は、赤い瞳をさらに真っ赤に充血させ、リームを睨みつけ、吐くように叫ぶ。

 

「煩いんだよ!!」

 

 その瞳からは、様々な感情が伝わってきた。哀しみ、怒り、憎しみ。それが、吼太の心を隅から隅まで支配していた。しかしそれらの感情を処理出来ず、周りに当たり散らすしか出来なかったのだ。

 

 吼太の今の心が痛いほどに理解出来ていたリームは、それ以上何かを言うことは出来なかった。

 

 席からゆっくり立ち上がり、教室を後にする吼太。リームがその後を追っていくことは、出来なかった。

 

  

 

  

 

 凪波丘の街を当てもなく歩く吼太。その脇を通り過ぎる、楽しげに会話を交わす若者。或いは忙しそうに足を動かす壮年の男性。或いはのんびりと自分なりの速さで歩く老人。様々な人間がいるが、それらが吼太に目をくれることはなかった。

 

 有象無象の人の群れを抜けて、吼太は街の外れ――人気の無い辺りまで来て、足を止める。吼太の前には、一人の女性。

 

「何処に行かれるのですか、マスター」

 

 立ち塞がる女性――トゥードから感じるのは、初めて会った時と同じ、"敵"を前にした威圧感。そしてそれは、吼太も変わらない。

 

「そこを退け、トゥード」

 

「質問に答えて下さい、マスター」

 

「退け、トゥード」

 

「答えて頂かない限り、退くつもりはありません」

 

 それ以上の問答は不要。そう理解した二人は、強硬手段に出る。押し通るために。話をするために。

 

 二人の拳が互いの顔に向かい、今にも決まろうという時だった。

 

「ストぉーーーップ!!!」

 

 不意に現れた小さな氷の壁が、二人の拳を止める。あまりに小さく、簡単に砕けてしまいそうなそれは、しかし二人の拳を確実に止めてしまった。

 

「何してるの二人とも! 二人が争っても何にもならない! ありすちゃんは……帰ってこないんだよ!」

 

 リームの悲痛にも感じる叫び声が、吼太とトゥードの拳を収めさせる。

 

「……マスター。仮にも私のマスターならば分かるはずです。復讐に向かったとて、今のマスターの実力では返り討ちに遭うだけだと」

 

 吼太は何も言うことはせず、血が出るほど強く握りしめた手だけで応える。

 

「マスターが行っていることはただの自殺行為でしかありません。それに、復讐は何を生む訳でもない、不毛な物です。……そんなことのために、私にまたマスターを失う哀しみを味あわせないで下さい」

 

「……それでも、オレはッ……」

 

 搾り出すように洩れる声。自分が及ばない事、復讐が正しいことではないことは、外ならぬ自分が1番理解していた。しかし、吼太にはこうすることしか思いつかなかったのだ。

 

「コータ……今のコータ、やっぱり無理してるよ……」

 

「無理なんかしてねぇ! してねぇ……これが、この気持ちが無理なんかな訳…………」

 

 そう言う吼太だったが、感情の爆発が生んだ気概を削がれた今、吼太自身には最早戦いに向かえるだけの気力は残っていなかった。

 

  

 

  

 

 何も言わずに立ち去っていくマスターに、言葉はかけられなかった。だが、あの様子ならば、少なくとも今日明日に飛び出していくことはないはず。それならば、一先ずの目的は果たしたと言えるだろう。

 

 マスターに負けず劣らず落ち込んでいる様子のリーム様を、目だけで指示し、帰路に着かせる。

 

 復讐は何も生まない。それは、何より私自身の経験が物語っている。私の最初の主、初代マスター。私は"大いなる戦"を彼の鎧として共に戦い、しかし彼を救うことが出来なかった。初代マスターの最期を看取った私は、初代マスターを殺した人間に復讐するべく、様々な場所を渡り歩いた。

 

 復讐するために闘い、歩き、時には地面に這いつくばり、それでも、復讐相手を捜し回っていた頃は決して辛くはなかった。

 

 そうして幾年もの月日が過ぎ、ようやく見つけた復讐相手は、既に老衰で亡くなり、地面の下で永遠の眠りについていた。

 

 気づいた時には、遅かった。復讐など、そもそも無駄な行為でしかなかったのに。例え相手が生きていて、その首を切り落としたとしても、彼が帰ってくる訳でもないのに。私が泣き叫んだのは、後にも先にもあの時だけだ。

 

 死が齎す影響には、計り知れないものがある。現に、ありす様の死が与えた影響はあまりに大きい。それは分かる。確かに、人の死は形に関わらず少なからぬ影響を周りに与える。それは不慮の事故であったり、自殺であってもだ。ましてや今回は明確に犯人がわかっている。その犯人に感情の矛先が向くのも当然だろう。現に、リーム様もあぁ見えて少なからぬ怒りを覚えているはずだ。

 

 だが、マスターの怒りと憎しみは、些か異常に思えた。普通の人間、それも子供が覚えるであろうそれとはとても思えない程だ。元々、どこか変に大人びた様子のあった少年だ。それでも、年相応の態度も見え隠れしていたからこそ、私も然程気にしてはいなかった。それが今回の一件以来、いかに大人びているとしても、異常なまでに強い憎しみを覚えているように感じる。マスターにとって、ありす様はどれほど大切な存在だったのか。それは分からないが、ただの復讐心が、マスターの心を支配している訳では無いことは確かなはずだ。しかし、だとすると、何故。

 

 気になる点は他にもある。気を失っていたから詳細は分からないが、ありす様を殺害した魔法使い達が何故ありす様やマスターを狙ったのか。確かにありす様は優秀な魔法使いになる素質を秘めており、マスターは二体の精霊を従えている。が、彼女達は無名で、未熟だ。わざわざ彼女達を殺害しなければならないだけの理由など無いように見える。それはつまり、逆に言えば"彼女達程度の不安要素すら除きたくなるような何かを画策している"という可能性があることを示している。

 

 少々、調べる必要があるだろう。マスターを、これから先に待ち受ける物から守るために。

 

 

  

 

  

 

  

 幾つもの物言わぬ石が立ち並ぶ森の中、オレはある一つの石の前で静かに佇んでいた。石に刻まれているのは、"鏡家之墓"という文字。ありすが眠っている場所だ。

 

 墓の前に飾られた写真立てには、生前ありすと一緒に撮った写真がある。もう絶対に見ることが出来ないありすの笑顔が、命の息吹を感じられない写真に写っている。オレが自宅から持ってきたものだ。最近はこれを持ち歩くのがくせになってしまっていた。傍から見ればいくら子供とはいえおかしな人だと思われているだろう。でも、今のオレにはそんなことを気にする余裕は無かった。

 

 ありすの墓に線香と花を添え、目の前にある墓石を見つめる。まだありすが死んだことが信じられない気分だ。

 

「なぁ、ありす。オレ、どうしちゃったんだろうな」

 

 自分でもらしくないとは思う。転生前も含めて、そこそこ長く生きてきたはずだ。ありすのことは、オレに懐いている小さな子供。それだけのはずだ。

 

 それだけのはず、なのに。

 

 何故この胸はこんなにも苦しいのだろうか。

 

 何故悔しさはずっとオレを苛んでいるのだろうか。

 

 何故この眼からこぼれ落ちる涙は止まらないのだろうか。

 

 ――何が転生者だ。何が魔法使いだ。目の前の女の子一人、たった一人すら守れなかったくせに。

 

 前世の記憶があったから、何とかなると思ってた。仮にも神から貰った道具があったから、何とかなると思ってた。でも、それは間違いだった。そんなことはなかったんだ。

 

「……ここにいましたか、マスター」

 

 不意に後ろからトゥードの声がした。だが、振り向くつもりはなかった。昨日の別れ方が気まずかったのもあるけど、それ以上に、今は誰とも話したい気分じゃなかった。

 

「今、私と話したくないというマスターの気持ちは分かります。ですので、聞くだけで結構です」

 

 トゥードは恐らく、いつもと同じように背筋を伸ばし、いつもと変わらない姿勢でいるのだろう。聞こえる声も普段通りだ。

 

「先程、この近辺に何らかの魔法が発動された反応が確認されました。恐らくは何者か……現状考えうるものとしては、件の魔法使い、若しくはその関係者がいるものと思われます。マスターやリーム様、私を狙ってやって来たのでしょう。私はこれより、リーム様と合流した後に反応の調査、場合によってはそのまま敵の排除に入ります。厳しい戦いになるでしょう。或いは私が死ぬ可能性も有り得ます」

 

 死ぬ、という単語に無意識の内に反応してしまう。しかし、それでも動く気にはなれない。

 

「ですので、先に言っておきます。例え私がマスターのために死んだとしても、私に悔いはありません。今まではマスターが死ぬのをただ見ているだけしか出来なかった私が、マスターのために死ねる。マスターの生命を明日へと繋げるのであれば、本望というものです。そして、それはきっと、ありす様も」

 

 トゥードの言葉は淡々と、しかし何処か美しい音色のような響きとなってオレの鼓膜を揺らす。

 

「ありす様の死を、貴方の心の死にしないで下さい。ありす様の命を、否定しないで下さい。マスターが悲しむのを、ありす様はきっと、望まれないでしょうから」

 

 トゥードはそう言うと、オレの傍に、片手に収まるような小さな何かを置く。

 

 そして、それきりトゥードは何を言うこともなく、オレの元から離れていった。

 

 トゥードの気配が完全に無くなった頃、オレの手はトゥードが置いていった何か――どうやら箱のようだ――に触れる。

 

 箱を自分の前に持ってきた後、それを開ける。その中にあったのは、あの時――オレが暴走した時にリームを介して渡されたありすのプレゼントであるゴーグルだ。

 

「…………今更、これが何だって言うんだよ」

 

 これに詰まっている思い出は、嫌な物しかない。本当なら全然そんなことにはならなかったはずなのに。

 

「……ん?」

 

 だが、よく見るとゴーグルの下に何かが置いてあるのが見えた。ゴーグルを取り出し、中身を確認する。

 

「これって……」

 

 中にあったのは、上にあったものより一回り小さな、ゴーグル。傷がつき、薄汚れ、頭に付けるためのバンドも切れたボロボロなものだ。

 

 だがオレは、これに見覚えがあった。

 

  

 

  

 

 ――なんだよ? このゴーグル

 

 ――コータの目ってきれいな赤色でしょ? それをずっと、見ていたいから。わたしからの、誕生日プレゼント

 

 ――なんだそりゃ。だったら見てればいいだろ

 

 ――ちがうの。そうじゃない。そのゴーグルはね、"お願い"と"わがまま"

 

 ――"お願い"と、"わがまま"?

 

 ――うん。これから先もコータがきれいな目でいられますように、コータがコータのままでいられますようにってお願い。

 

 ――それが、お願いか。じゃあ、わがままは?

 

 ――わがままは……ひみつ!

 

  

 

  

 

 今なら、ちゃんとありすの言葉の意味が分かる。

 

 ありすはきっと、見ていたいだけじゃなくて、見ていてほしかったんだ。自分のことを、自分だけを。そして、他のものにはオレの眼を見せたくなかった。自分だけの宝物にしたかった。だから、わがまま。

 

 でも、当時のオレはそんなことわからなかった。ゴーグルを付けはしてたけど、そこに篭められた、ありすの幼くもしっかりした想いに気づくことが出来なかった。

 

 ありすのことをずっと子供だと思ってた。でも、そんなことはなかったんだ。ありすは、オレなんかより遥かに大人だったんだ。

 

 ……全く、本当に何が転生者だよ。ただのガキじゃねぇか、オレは。

 

 もう一度、写真立ての中のありすの写真を見る。写真の中に生きているありすは、変わらない笑顔を振り撒いている。

 

 ――らしくないよ!

 

 そう、笑って言っている気がした。

 

  

 

  

 

「ぐぅっ……」

 

 吼太がいた墓地から、程近い林の中。そこは今や、あちらこちらに巨大な穴が空き、氷の破片が至る所に散らばり、自然の景観を悉く蹂躙していた。

 

 そして、特に激しく地形が変化した場所。その中に、傷つき膝をつくトゥード。先程までこの場で繰り広げられていたのであろう激しい戦いは、トゥードに不利な形で進んでいた。

 

「トゥード!」

 

 苦しむトゥードの傍に駆け寄るリーム。そこから距離を挟み、向かい側にはザンクと名乗っていた男と、見知らぬ男がもう一人いた。

 

「やはり主無き精霊ではこの程度か。精霊、少年はどうした」

 

「生憎ですが……貴方達如き……マスターが出るまでもありません……」

 

 トゥードの言葉を聞いたザンクは、無言で自身の武器を収める。以前破壊されたザンクの武器は代わりがまだ見つかっていないらしく、代用品として木刀がその腰に下げられていた。

 

「へっへっへっ。本当にあいつら、俺が貰っちまってもいいんですかい?」

 

 ザンクとは対称的な、汚らしい服に身を包んだ、人相の悪い男。それが下卑た笑いを浮かべながら言う。

 

「構わん。あの者達の実力は既に把握している。いようがいまいが"計画"の進行に関係は無いだろうが……万一の可能性もある。だが、精霊を手に入れたなら、その時は――」

 

「分かってますよ旦那。流れ者は流れ者らしく、さっさとおさらばさせてもらいやす。今回限りの協力関係ですからね。互いにほどほどの付き合いにしましょうや」

 

 男はそう言うと、指を口にくわえ勢いよく吹く。すると、周囲のあちらこちらからこの世のものとは思えない声が聞こえた後、辺りの草むらから異形の姿を持つ獣が現れる。

 

 男の持つ魔法、それは周辺にいる獣を魔法により変異させ、自分の僕として使役する物だ。変異した獣は元の獣に関係無く、一定の狼に近い禍々しい姿形となり、男の指示に忠実に、残虐に相手を殺戮する。

 

「さぁて、死なない程度にいたぶって、主を引きずり出させてもらいやすぜ!」

 

 集まった獣たちが男の声に応え一斉に吠え、トゥードとリームに飛び掛かる。

 

「守って!」

 

 リームが辛うじて氷の壁を前方に作り出すが、獣達は壁を避け、飛び越え、そして砕いて、いとも容易く突破してしまう。

 

 リームの頭を様々な思考が過ぎる。早く、次の盾を。ダメ、もう時間が足りない。なら反撃? 反撃に使える魔法じゃ、あいつらをどうにかできない。トゥードを見捨てて逃げる? そんなの嫌!

 

 既に獣達は目の前まで来ていた。最早何をするにも、与えられた時間はあまりに足りない。しかしリームは、それでも諦められなかった。

 

 獣が、哀れな餌に飛び掛かる。

 

 ――助けて。誰か、助けて!

 

  

 

  

 

「おりゃああああ!!!」

 

 不意に響き渡る、リームにとっては聞き慣れた叫び。それと共に、飛び掛かってきていた獣達を纏めて叩き飛ばす。

 

 リーム達の前に、彼女達を害悪から護るために立ち塞がったのは、赤い髪と赤い瞳の少年。その頭には、光を受け輝き光るゴーグル。

 

「来たか、少年」

 

 どこか嬉しそうな様子のザンクが、再び木刀を抜き放つ。

 

 対し、少年――吉谷吼太は、その眼の闘志を微塵も隠そうとせずに、手に付けたエクスドリルをザンク達に向け、突き付ける。

 

「その眼、憎しみだけではないな。憎しみを越え、怒りを越え、感情を覚悟と変えたか。今のお前ならば、良い戦いが期待出来そうだ」

 

「黙れよサムライヤロー。テメェらの好きにさせたら、またありすみたいな奴が出て来るに違いねぇからな。オレみたいな気持ちを、もう誰一人として味あわせないために、オレが、お前らを潰す!」

 

 吼太の意思に応えるかのように、激しく回るエクスドリル。その切っ先には、僅かなブレも無い。

 

「面白い! ならばこのザンク・ローサスと正々堂々刃を交えて貰おう!」

 

 木刀を構え、次の瞬間には吼太の目の前に現れるザンク。たったの一歩で、数mもの距離を詰めたのだ。

 

 しかし吼太は冷静に、正確に対処する。ドリルをそのまま振り、木刀を弾くには力が足りない。ならばと、吼太はドリルを高速で回転させ、強力な風を発生させて、自身をわざと後方に吹き飛ばしつつも、ザンクをその風に巻き込むことでその動きを静止させたのだ。

 

 凄まじい風を受け、一瞬ながらその風の対処に追われるザンク。吹き荒れる風は木刀を構え堪えるザンクを意に介さぬとばかりにうねり、そのままザンクを少しずつ押し退けていく。気づけばザンクは、先程までいた場所にまで戻されていた。

 

 一方の吼太も、流石に生身では無理があったらしい。エクスドリルを構えた右腕の皮膚は至る所が裂け、血を滴らせている。しかし、それでも吼太の瞳には、今にも溢れ出んばかりの闘気が渦巻いていた。

 

「ふっ、やはりお前は見所がありそうだ。こんな玩具で挑むのは失礼に値するか。次見える時までには、私も新たな相棒を見つけ出しておくとしよう。さらばだ」

 

 そう言い、ザンクは現れた魔法陣の中に消える。転移のための魔法だったそれは、ザンクが消えた次の瞬間には、光の粒となって消えていた。

 

「次はテメェだぜ、サーカス団員」

 

「おお怖い怖い。旦那にゃ悪いが、精霊の契約を解除するには主の死が必要不可欠だからねぇ。ばらばらの肉片になって貰おうかい!」

 

 男の合図で、周囲で唸り声を上げていた獣達が一斉に飛び掛かる。一体は牙を、一体は爪を、それぞれ突き立てんと、吼太の元に殺到する。吼太が逃げようとする様子は無い。

 

「コータ!」

 

 リームが悲鳴のように叫んだ時には、吼太のいた場所には獣が積み上がり、小さな山を形成していた。内部の様子は確認出来ないが、もし中にいたならば確実に命は無いだろう。この場にいる誰もがそう思っていた。

 

 ――"中にいたならば"。

 

 獣達も不思議に思っていたことだろう。彼らの牙や爪には、あってしかるべきはずの人間の肌を貫いた感触がまるで無いことに。

 

 だがしかし、その理由を彼等が知ることはなかった。彼等の真下にある地面には、真円を描く穴があり、その中には彼等の標的がいることにも、気づくことは出来なかった。

 

 その穴は次の瞬間には大きく広がり、驚きもがく獣たちを中へと引きずり込んでしまった。

 

 獣たちを飲み込んだ落とし穴の隣に小さな穴が空いたかと思えば、そこからドリルを回転させながら現れる吼太。

 

「やるねぇ。ならコイツはどうかね」

 

 男が再び指笛を吹き、魔法を発動する。すると、背後に巨大な魔法陣が現れ、そこから何やら奇妙な姿形をした生物が現れる。大きさは約30m。基本的な形態はティラノサウルスのようにも見えるが、腕が無い代わりに何やら機械的な箱状の物体が付いている。加えて、背中には同じく機械的な部品が取り付けられており、そこからは高熱が発せられているのか、周囲の空間が歪んでいるように見える。何より1番の特徴は、その頭部にある三本の角だろう。その太く伸びた角は、さながらコーカサスオオカブトのそれを思わせる。

 

「この前とある商人から買った人造の巨大生物だ。コイツの角に衝かれたらただじゃ済まねえぜ」

 

「ぐ……」

 

 その強力さを感じ取ったのか、吼太の顔に僅かな焦りが浮かぶ。流石に生身で受け止める訳にはいかないが、かといって先程のような落とし穴を掘るには時間が足らない。リームとの合体をすれば飛行による回避は出来るが、そんなことをしたら街に被害が出ることだろう。ユビキタスサークルの中にある道具の中には目の前の巨大生物を殺せそうな強力な物もいくつかあるにはあるが、吼太にとって巨大生物を――目の前の障害を邪魔だからと殺すのは、ザンク達と同じになるということに他ならなかった。吼太にそれが赦せるはずもなく、しかしそうなると現状を打開し得る手段が無いのも事実だ。

 

 その時、トゥードが吼太の隣に立つ。自身で傷を癒したのか、その顔に苦しそうな様子は見られない。

 

「私をお使い下さい、マスター。危険性は否定出来ませんが、今はそれしかありません」

 

「でも、それは……」

 

 以前の暴走を思い出し、目を伏せる吼太。その時、吼太の視線は、ズボンのポケットに入れて持ってきた、小さなゴーグルに注がれる。

 

 ありすから渡された、齎された、託された、絆の二つのゴーグル。それが、吼太の心を後押しする。

 

 ポケットにあったもう一つの小さなゴーグルを手に取り、更に元から付けていたゴーグル目に被せる吼太。

 

「……分かった、やるぞトゥード」

 

 吼太が心を決めた瞬間、周辺の空間の魔力粒子が、吼太の周りに、吼太自身に集められていく。それは吼太の意思に呼応するかのように激しく渦を巻き、しかし以前のような全てを破壊する気配は感じられない。

 

『我、汝に力与えん』

 

「アームドオンッ!!!」

 

 吼太とトゥードを魔力粒子が包み、光の柱となる。

 

 それは繭であり、蛹。新たな姿へと変わるための――進化するためのもの。

 

 光は間もなく霧散し、中から"赤"が現れる。

 

 全身を騎士のような鎧に身を包んだ、成人男性のような姿。それが今の吼太だ。

 

 胸部鎧には特徴的なX型の装甲板が付き、肩には身の丈程もある盾のような装甲が装備されている。頭部はさながら、竜のそれを思わせる造りになっており、吼太自身のと合わせて四つの眼が目の前を見据える。

 

 しかし、四つの眼から次第に意思の色が消えうせていく。莫大な魔力粒子はそれそのものが力を持つ。ましてや、その中心にいる吼太は特にその影響を受けてしまう。強力過ぎる力に己を支配され、意識を洗い流されてしまうのだ。

 

 このまま、また暴走してしまうのか。だが、それだけでは終わらなかった。吼太が持っていた二つのゴーグルが魔力粒子に包まれ、淡く輝いたかと思うと、細長いバイザーとなって竜を模した兜側の眼を覆ったのだ。バイザーの下から見える吼太本人の瞳に、意思の光が戻る。

 

「――ッ、これは……そっか、オレを守ってくれんだな。……ありがとう、ありす……」

 

 バイザーを押さえ、染み入るように言う吼太。ひとしきり感謝を伝えた後、吼太は強く目の前を見据える。

 

「さぁ、来い!」

 

「それは……精霊の力かい? 鎧装種とは珍しい。 だが、いかに強力な精霊だろうと、コイツに敵う訳がねえや!」

 

 男が叫ぶと、巨大生物は天に向かい高く吠え、その巨大な角を構えて突進を開始する。

 

 地が震え、見上げる程の巨体が吼太に向かってぐんぐんと迫ってくる。が、吼太は逃げようとはしない。むしろ、それを受け止めんとばかりに両手を構え、待機していた。

 

 男の頭にはもう、負ける未来が見えなかった。精霊の強さは分からないが、いかに強力な精霊でも単純な防御能力には限界がある。ましてや防御姿勢を取っていない相手など、上手くいけば串刺し。運悪く角が外れても、戦闘不能は間違い無し。串刺しになれば融合している精霊もただでは済まないが、どんな事態になろうとも、勝てば背後に控えている精霊は手に入れられる。男の頭の中は、後に手に入れる金で何をするか。それでいっぱいになっていた。

 

 だからだろう。彼は気づけなかった。

 

 巨大生物が、いつの間にか、ある一定の位置から動いていなかったことを。

 

 巨大生物が、どんなにその大木のように太い脚に力を入れても進めなくなっていたことを。

 

 巨大生物が、その頭部を僅かも動かせなくなっていたことを。

 

『問題ありません、マスター。このままいきましょう』

 

「よっしゃ! うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 裂帛の咆哮が響くと同時に、巨大生物の身体が少しずつ持ち上がっていく。ここに来てようやく男も異常に気づいたらしく、慌てふためいた様子を見せ始める。

 

「すご……」

 

 リームがようやく言葉を洩らせた頃には、巨大生物は完全に吼太によって持ち上げられてしまっていた。巨大生物自身も、今自分に起こっていることが信じられないのか、抵抗も忘れてキョトンとしてしまっている。

 

「オオォォォォォ!!! ぶっ飛べぇぇぇ!!!」

 

 気合の入った掛け声を出すと同時に、吼太が巨大生物を男に向かって投げ付ける。

 

「そんな、嘘だろ!? ヒィィィィ!!」

 

 間一髪、巨大生物の下敷きになることだけは回避する男。しかし、今の一撃で巨大生物は気絶してしまったらしい。起き上がる様子は見られない。

 

 男の目に映る吼太は、最早先程までの多少強いだけの子供ではなくなっていた。強力無比な力で全てを蹂躙する存在。生物の枠を外れた生物。無双の魔法使い。

 

「いくらなんでもおかしい! 卑怯じゃないか! 狡いじゃないか! 簡単な仕事だったはずなのにィィィ!!!」

 

「面白いこと言ってくれるじゃねぇか。卑怯で結構! 狡くて上等!!」

 

 吼太は男の方に向き直り、ゆっくり近づいていく。

 

「そんぐらい強くなきゃ、オレが目指す強さには辿り着けないんだ!」

 

 一歩、また一歩男に向かい、歩みを進める吼太。その脚が大地を強く踏み締めるたび、男の中の恐怖心が強く掻き立てられていく。

 

「そうだ、オレは――」

 

 男の目の前に、無双の竜人が立つ。

 

「――オレは、狡いくらいに強い(チート)魔導師だ!」

 

「あ……ああ…………」

 

 音をも追い抜く速度で振るわれた拳が、男の意識を刈り取った。

 

  

 

  

 

「コータ!」

 

 吼太がトゥードとの合体を解き、元の少年としての姿に戻る。そこに駆け寄るリームの顔には、吼太を案じ、心を苦しませていたことがありありと現れていた。

 

 吼太はその心配を解くために、微笑みを以って自身の無事を伝える。その顔を見て、花が咲いたように笑顔を見せるリーム。

 

 トゥードもまた、身体に不調は無いようであり、これといった異常は見られない。疲労すら見えないのは、それだけ彼女が鎧としての姿に慣れているからなのだろうか。

 

 リームからの抱擁を受けながら、吼太はありすから受け取ったゴーグルを見る。二つのゴーグルは融合し、今は一つのゴーグルとして存在していた。その中からは、ありすの気配が感じられた。

 

「きっと、ありす様の強い遺志が、魔力粒子の嵐からマスターの精神を護ったのでしょう」

 

「……そうだな」

 

 死して尚、尽きぬことのないありすの愛が、そのゴーグルには宿っていた。

 

「ありがとう、ありす。オレ、お前のおかげでこれからも戦っていけそうだ。だから、見守っていてくれ」

 

 ゴーグルは太陽の光を受け、明るく輝いていた。

 

  

 

  

 

 何処とも知れぬ場所。不気味な雰囲気に包まれた洞窟の中に、ホルクスとその主であるブレラの会話が響いていた。

 

「……では、間違いないのだな」

 

「間違いないでぇすね。あの強さ、あれは"不屈の勇気を与える鎧"だと思われまぁす」

 

「そうか。ならば、"力の欠片"も……」

 

「この世界の何処かに、必ぁず」

 

「ふっ……ふふふ。よもやここまで上手く事が運ぶとはな。ようやく、私にも運が向いてきたらしい」

 

 ブレラはゆっくりと、目の前の扉のへと歩みを進めていく。

 

「ナギナミオカ……。貴様の力を手に入れ、私は無限の力を手に入れる。その時は、もう間もなくだ。フッ……ハハハ。ハハハハハハハハッ!!!」

 

 高く高く笑うブレラを、ホルクスはいたく愉快そうに見つめ続けていた。

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