The Fantasic Story 〜其は不屈の夢物語〜 作:なっぺ
某国、某所。
この場所には博物館に収められない、素晴らしい逸品でありながら歴史的背景が全く確認出来ない品や、逆に歴史的背景の都合から、人前に出すことの叶わない品が収められている。
その中の一つ、倉庫の一角に置いてあるガラスケース。ザンクは、その前にいた。
「……血を求めているか、お前も」
ガラスケースの中で鈍く輝くのは、片刃の刃。赤黒く染まったその身に写るのは、ザンクの無表情な顔。
「世を断ち、人を斬り、鬼となりて闘う道。私と共に歩むつもりがあるならば、我が元に来い」
ザンクが手を刃に向けて翳す。
――否。己の闘気を刃に向けて放つ。すると、刃はその闘気に反抗するかのように激しく振動を始める。
やがて振動は反動となり、刃を弾き飛ばし、ガラスケースを突き破る。飛び出した刃は広げられたザンクの手に収まる。
「……血を啜る鬼。それがお前の以前の姿か。ならばお前をこれより、血鬼と呼ぼう」
ザンクの言葉に応え、刃はより深い血の色を示していた。
「これでよし、と」
リュックサックの中に一通りの道具を入れ、口を閉める。それを背負って、準備完了。
「待たせたな」
「大丈夫!」
「では、早速参りましょうか」
先に玄関で待っていたリームとトゥードと合流し、そしてオレは家のドアを開ける。
まだ見ぬ、新世界に向かって。
「じゃあ、行ってきます!」
「……って、目的地ここ?」
「はい。何か問題ありましたでしょうか?」
トゥードが首を傾げる。普段から大人っぽいからか、こういうかわいらしい仕種が珍しい気もするけど、今はあんまり気にしていられない。
何故ならここは――
「……ここ、どっからどう見ても家の庭だよな」
「歩いて一分もかからなかったもんね」
リームも何処か不思議がっているように見える。まぁ当然だよなぁ。
「此処にマーカーを設置しましたので。昨日もお話したはずですが」
「まぁ、聞いてはいたけどさ」
オレの頭の中に、昨日の記憶が鮮やかに蘇る。
「にしても、この前のコータはホントにカッコよかったよね〜!」
最近、リームはこればっかり言っている。言われて嬉しい言葉ではあるけど、よく飽きないなぁとも思う。
「また見たいな〜。ね、いいでしょ? またコータのカッコイイとこ見たい!」
リームが目を輝かせて言う。そんなに鎧が気に入ったのか? あれ、どっちかって言うと女の子より男の子が好きそうなデザインなんだけどなぁ。
「まぁオレはいいけど……。トゥードは?」
近くのソファーで何かの本を読んでいたトゥードに聞く。ちなみに、傍らには世界で最もマズイと称される青汁、「緑色1番」が。本人曰く、此処まで栄養バランスが完璧な飲料は他に無いらしい。加えて味も好みなんだとか。アレを飲んだオレからすれば、アレは"泥"にしか感じなかったぞ。
トゥードは青汁以外にも、マズイと有名な健康食品がやたら好きだ。だが味音痴かというとそうではなく、自身が味見しながら作る料理は、家で料理が最も上手いリームに負けず劣らず。この前は高級フレンチを出されたりもしている。
「私は構いません、マスター」
トゥードの合意を聞いて、リームがやったと両手を上げる。
さて、じゃあやりますか。
トゥードがオレの傍に立つ。
『我、汝に力与えん』
「アームドオン!」
オレ達二人の掛け声と共に、光がオレ達を包み込む。その次の瞬間には光が晴れ、変身が完了する。オレからすると、目線がかなり高くなるから奇妙な気分だ。何せ小学生並の身長がいきなり+70cmは伸びるからな。
せっかくだから、このアームドオンした形態、アーマーフォームのことを改めて確認してみよう。
まず、頭部。兜だな。これは竜っぽいデザインになっており、あちらこちらに鱗を模した飾りがついている。当然、ありすから貰ったゴーグルが変化したバイザーもある。
胴体はX型みたいな板が胸にあるのが特徴的だ。ちなみに、外せるわけじゃないっぽい。
肩に付いた巨大な……盾、か? よく分からないが、とりあえず相当硬そうだし、盾として運用すればいいだろう。
腕は腕でかなり特徴的な感じだ。腕の鎧の脇には翼みたいな飾りがあり、加えて手首の辺りの鎧からは爪みたいな突起が出ることが新たに分かっている。ちなみに出し入れは自由自在。結構威力あるみたいだし、パイルバンカーみたいな使い方しても面白いかも。
腰にはユビキタスサークルではなく、簡易的なベルトがついているだけに留まっている。後ろ腰には何やらパーツが付いているが、飾りなんだろうか。
脚は上半身が派手な造形だからなのか、比較的突起の少ない落ち着いた感じになっている。ただ、その分動きやすいとも言える。
全体的に言えば、やたらトゲトゲした鎧って感じだな。
「やっぱりトゲトゲしてるー! コータに抱かれたーい!」
きゃあきゃあと言いながら抱き着いてくるリーム。普段よりもテンション高めだからなのか、行動も大胆だ。軽く抱き返すとさらにきゃーと歓声を上げる。
「これがあればコータもう無敵だね!」
ひとしきり楽しんだのか、しかしそれでもオレに抱き着きながら言うリーム。
……無敵、ねぇ。
『リーム様。今のマスターではその言葉には語弊があるかと』
「そう? この前の戦いじゃあ全くダメージ受けないで、悠々と歩いていたよ?」
「うん、そこなんだよ。そこがポイントなんだ」
訳がわからないといった感じのリームに、オレはこのアームドオンの弱点を簡潔に分かりやすく伝える。
「……実は、この状態だと、走れないんだよね」
「…………え?」
恐らく衝撃の事実に固まるリーム。いやホントなんだって。あんまりにも鎧が重くて移動は歩くのが精一杯。パンチはそこそこ威力はあるけど、これは腕が重いからであって、腕を振るうのが特別早い訳じゃない。キックも厳しいし、踏み付けは威力あるだろうけど、トゥードはリームと違って飛べないからか、アームドオンでも飛ぶことは出来ない。尤も、トゥードは空中ジャンプが出来るから飛べなくてもあまり関係ないんだけど、生憎オレには空中ジャンプなんてトンデモ技能は無い。ちなみに、トゥードに教えて貰おうとしたが、今のオレには早いらしい。いつか習得してやる。
「じゃああのでっかいモンスターを受け止めたのは――」
「避けれなかっただけ」
あの時は吹っ飛ばされるかと思ったからな。受け止められた時はオレもビックリしたさ。
「じゃ、じゃああの男の人に『次はお前だ』とばかりに堂々と歩いていったのは――」
「あれ以上スピードが出なかったから」
逃げられたら終わりだったな。逃げなかったからよかったけど。
「……なんか、いろいろなものがガラガラと崩れた気分……」
「し、仕方ないだろ! マジで重いんだよコレ!」
リームの顔が完全にがっかりな感じになってるよオイ。
『私は気にしていませんが、女性に対して重いは失言ですよマスター。気をつけて下さい』
「今言うことかそれ!?」
トゥードはトゥードでマイペースだし。何故オレの周りにはこんな女の子ばっか集まんだ?
『そういう訳ですのでリーム様。まだまだリーム様のお力はマスターに必要です。どうかこれからもお願いします』
「仕方ない、僕がコータの力になってあげよう!」
「あぁ、頼むぜリーム」
リームとの合体、ユニオンアップは機動力重視、トゥードとの合体、アームドオンは防御力重視。互いに得意分野が違うからな。二人に力を貸してもらえるなら心強い。
『では差し当たって、マスターとリーム様にはして頂きたいことがあります』
それでトゥードに言われたこと。それが、今回の目的である『鎧の機能解放』だ。
現在のトゥードの鎧は防御能力こそ凄まじい物だけど、逆に言えばそれだけだ。だがそれだけで、異世界からわざわざトゥードを求めに来る人間がいるわけがない。そしてその理由こそが、トゥードという精霊が独自に持つ得意性にある。
トゥードの鎧の内、何処かしら5箇所。そこには、対応する感応種精霊と契約することで機能が解放され、新たな力が使えるようになる隠し機能があるのだ。勿論、感応種精霊と契約するわけだから、その精霊が持つ力も使えるようになる。つまり、一つの契約で二人の精霊と契約したのと同じだけの得があるということだ。トゥード自身の適性が幅広いのも、そこに関係しているとか。ちなみに、過去のマスターは初代が3人、二代目は0人、三代目は2人と契約したそうだ。オレって四代目だったんだな。
まぁ、ともかく。問題は、その感応種精霊が何処にいるか正確には分からない上、もし見つかっても相性がよくなければ契約が出来ず、機能も解放されないということだ。だが、今のままではどの道あのサムライヤロー達に勝つのは難しい。ならば、やれることは全部やろうってことだ。それで更なる力が手に入れば儲けもんだし、もし機能が全部解放されなくても、精霊を仲間にする旅は中々厳しいものになるだろうから、トゥードを使いこなすいい練習になるはずだ。生きて帰れれば、の話ではあるが、そんなことは奴らと戦う以上避けられないんだ。だったらオレは、少しでも可能性があるほうを選ぶ。
幸い、トゥードはマーカーのある場所か、マーカー代わりに出来る何かがある場所へならば瞬間移動出来る転移魔法なるものを持っている上、対応する精霊達も自然とトゥードの近くに来るらしく、加えて精霊達がマーカー代わりになるために、近くまではその転移魔法で移動が出来ることだろうか。上手くいけば日帰りになるとか。一応小学生だし、学校休まなくて済むのは嬉しいが、日帰りの冒険ってのも微妙だな。
そんな訳で今日、待望の冒険に出かけるために転移魔法を設置した場所に向かうことになったんだが……。
「なぁ、本当に此処(にわ)なのか?」
「はい。人目と魔力粒子の密度、更に利便性を考慮した結果です。他に設置出来る場所となると、私がいた統土岬下の洞窟か、後は天導山ぐらいしかありません」
天導山……確か、天を導いたとされる神様がいたとかいう伝説が残っている山だっけか。登るのは中々難しいため、登山家ぐらいしか登る人がいないとか。統土岬の洞窟も、確か満潮の時は入口が水没するし、どっちも出入りには不便だ。なら仕方ない……のか?
「とにかく、設置してしまった以上は、当面は此処から転移を行います。では、行きましょう」
リームと共に頷いて応える。いよいよだ。
「いざ往かん、我が半身の元へ。我が求めに応え、道を示せ。光の軌跡」
トゥードの詠唱に応えるように、足元に魔法陣が現れ、光り輝く。やがて光はさらに強くなっていき、オレの視界を塗り潰した。
やがて光が収まる。気づけば、目の前に広がっていた景色は――
「……砂漠?」
「砂漠だね」
辺り一面、砂、砂、砂。或いはサンド。
文化の香りも無ければ、命の音もしない。風がたまに吹くだけの、だだっ広い砂漠。
「さて、では探しましょう」
「いや待てトゥード。ここはどこだ? まずはそこじゃないのか?」
オレがそう聞くと、トゥードはひとしきり考え――
「……砂漠、ですね」
「いや見りゃあ分かんだろ! オレが聞きたいのはそういうことじゃなくて、ここのどこに精霊が住んでるような場所があるかって聞いてるんだよ!!」
「私に聞かれましても……。ただ、精霊といっても感応種精霊は少々特殊な存在です。その理由には様々なものがありますが、その最たるものは、以前にも説明しましたとおり、"未契約時は人間態を取ることが出来ず、契約することで初めて人間態を獲得する"というものでしょう。ですから、魔導書の形で眠りに付いているものと思われます。その魔導書がどこにあるのか、までは分かりませんが」
それ、結局手掛かり無しっつうことじゃねえの?
まぁ仕方ない、地道に探すしかないか。
「リーム、合体して空から探そう」
「あいあいさー!」
リームとの合体形態――トゥードの合体形態と差別化するため、ユニオンフォームと呼ぶようになった――になり、大空に飛び上がる。
「さて、何か見えるかなーっと」
周りが砂一面ということはつまり、裏を返せば何か人工物があれば見つけやすいとも言える。精霊がいるんだから、まさか遺跡の一つでもあるだろうし。
ただ、人間の視覚じゃあそれを捉えられるかは分からない。ならば、視覚を強化すればいい。
「コール・クリーチャー、天狐!! 武装召喚《リアライズ》!」
千里眼を持つ狐である天狐。その片眼を借りる。神格化されたような存在だから召喚に応じて貰えないかもと思ったが、どうやら上手くいったらしい。機嫌がよかったのか?
『コータ、どう?』
「んー……見つからないな」
辺りを隅々まで見回して見るが、見つからない。本はもちろん、建物や開拓された大地のような文明の痕跡、生物に至るまで見当たらない。オレには魔力粒子が分からないから、そういった流れも見えないし……。まぁ、そんなのがあるかはわからないけど。
「しゃーない、一旦降りるか」
武装召喚を解除しつつ降下し、着地直前にリームとの合体も解除する。正直、結果としては芳しくない。異世界ということは一応理解していたけど、まさか文明は愚か、生物すら見当たらないとは……。
地表に降りた後、何やらある一点に注目しているトゥードの元へと行く。
「こっちにはなんにも見当たらなかったぞトゥード。つーか、本当にここにあるのか?」
「はい。その証拠に、先ほど具体的な位置も突き止めました。マスターのお力さえあれば、簡単にたどり着くことが可能でしょう」
……オレの?
「よし、降りてきていいぞー」
オレが言うと共に、トゥードがリームを抱え、空を駆け降りてくる。
トゥードが言っていたオレの力ってのはつまり、ドリルだ。トゥードは空中や空中から見た地上をオレ達に任せ、自分は一人で地上を探索していたらしい。で、地上には何も無いと判断したらしく、じゃあ地下に何かあるんじゃないかと思ったと。その結果、地下への入口こそ無かったが地下に空洞がある痕跡(底無し沼ならぬ底無し砂漠だそうだ)を発見。他の場所から地下に潜る必要が出たので、オレに掘ることを依頼してきた。
そんな感じで、現在オレ達は地下にいる。近くには底無し砂漠の砂が上から降り注いでいるのか、砂の巨大な山がある。が、逆に言えばそれだけであり、やはり遺跡といった人工物は見当たらない。
「んー、まさかもっと下とか?」
「それも考えられますが……ふむ。やはり妙ですね」
砂の山の方を見ながら、何やら一人気づいた様子のトゥード。何だ?
もう一度砂の山を見る。絶え間無く、大量の砂がこぼれ落ちてくるそれは、まるでここがとてつもなく大きな砂時計の中なのではないかという錯覚をしてしまいそうになる。凄まじい量の砂が、上からたたき付けるように降ってきているので、もし中に入りでもすれば溺れてしまうかもしれない。
そこでふと、あることに気づく。
「……あれ? なんだか……山の大きさが変わってないような」
リームも同じことに気づいたらしく、その疑問を口にする。
さっきオレは、目の前の砂の山を砂時計のようだと表現した。だが、もし砂時計のように砂が常に降り続けているならば、少しは山の大きさに変化があってもいいはずなのだ。ましてや、あれだけの量が降り注いでいるんだ。普通に考えれば山が大きくならない訳がない。
「マスター、あれを吹き飛ばして下さい」
トゥードもそのことに気づいたらしく、オレに指示を出してくる。
「おっしゃ! やるぞリーム!」
「うん!」
リームが合体の体勢に入る。
『我、汝に力与えん』
「ユニオンアップ!」
オレとリーム、二人の身体を魔力粒子が包み、オレの姿を変容させる。さらに、オレはユビキタスサークルよりエクスドリルを取り出し、高速で回転させる。ただし、螺旋を描くエクスドリルに刻まれた溝とは逆の方向に。
ドリルが逆回転することにより発生する、空間を逆に掘り進む力。それを足場を固定して放つことにより、掘り進む力を竜巻に変えてたたき付ける技。それがザンクとの戦いでも使った技の正体。生身のまま使っても相当な威力があるが、リームの飛行能力により発生する力を反動の相殺に使えば、更なる威力を発揮することが出来る。
その名も――
「喰らえ、エクスドリルッ、タイフーン!!!」
ドリル先端で渦巻く巨大な空気のうねりをたたき付けるように振り下ろす。その威力は、竜巻が降り注ぐ砂も砂の山も纏めて吹き飛ばしてしまった。
「お見事です、マスター」
トゥードの賞賛を話半分で聞き流し、先程まで砂の山があった場所に行く。そこには、砂に塗れ薄汚れた、鍵の掛かった一冊の本があった。
恐らくはこれが、トゥードが言っていた感応種精霊の仮の姿なのだろう。もし魔力粒子が見えたなら何か特別な感じがしたのかもしれないが、生憎オレにはまるで分からない。
「やりましたね、マスター」
「そうだな。でも、これからが本番だ。そうだろ?」
オレの言葉を、トゥードは頷いて肯定する。
「通常、精霊との契約は、何等かの手段による遺伝子組織交換、名前の付与、脳等の機能中枢への情報挿入によって行われます。しかし、感応種精霊は通常時に人間態を持たないために、情報挿入のみで契約の全てを完了させます。ですが、これは一歩間違えば、僅かにでも脳の持つ処理能力を超えたり、容量が足りなくなれば脳そのものが損傷し、良くても廃人化、最悪は即死に至ってしまう大変危険なことでもあります。言うなれば、一つの賭け……本当によいのですね?」
「当たり前だろ。どのみち、今のままじゃやられることに変わりはないんだ。だったらやれることは全部やる。そう言ったはずだ」
オレの決意が伝わったのか、トゥードは神妙な顔から少し安心した表情に崩す。
「そこまで言うなら私はもう止めたりは致しません。幸運を祈ります」
「あぁ」
オレが改めて本に向き直ろうとすると、今度はリームがオレを抱きしめてくる。頭の後ろからは、微かに嗚咽が聞こえる。
「……死んじゃイヤだよ。必ず、帰ってきて」
「リーム……」
……そっか。そうだよな。
誰にだって、もうオレみたいな気持ちに……理不尽な悲しみを味あわせたくない。だから、オレ自身が死んだってダメなんだ。
「大丈夫だ。オレを誰だと思ってる」
オレの言葉を聞き、ゆっくりと、まるで後ろ髪を引かれるように、オレから離れるリーム。
今度こそ本へと向き直る。危険なのは頭では理解している。感覚では理解が及びきっていないかもしれないが、限界まで研ぎ澄ませ、準備は万端だ。
「マスター、これを」
トゥードが差し出した手の平に魔法陣が現れ、中から鍵が現れる。言われなくたってわかる。この鍵が、本を開くためのものだと。
オレは鍵を受け取り、本に付いた鍵穴に差し込み、解錠する。
そして、オレは本を開いた。
その瞬間、オレの頭を流れ込んできた膨大な情報が、オレの意識――オレがオレであるために必要な何かに襲い掛かってきた。
あまりに膨大な情報量に、目の前すら、聞こえるあらゆる音が、感じる周囲の存在が、その情報に塗り潰されたようだ。
心臓が激しく脈打ち、血液を脳へと送り込む。が、足りない。脳が少しずつ、少しずつ、悲鳴を上げはじめる。
そして、オレは――――
一面の砂漠。そこの上空に、また新たな来訪者が現れる。彼――ホルクスの目的はこの砂漠にやってきたとされる魔法使いの殺害、及びその所持する精霊の回収。
「ふふふ、まさか僕自ら動くことになろうとはぁね。まぁ、あの程度の相手じゃあ大して楽しめないだろうけど」
ホルクスは宙に浮いたまま、ゆっくりと辺りを見回す。だが、彼の標的である人物達は見当たらない。
「……まさか逃げた? いや、転移した形跡は無ぁいね」
もう一度、今度は僅かな異常すら見逃さぬように周囲を観察する。そして彼は、砂漠らしからぬ小さな穴を見つけた。それは、吼太が地下に潜るために空けた穴だった。
「――見つけぇた」
ホルクスが細剣を取り出し高く掲げる。するとその周囲に何処からともなく現れた水が纏わり付き、やがて一回り大きな水の剣となる。
今度は水の剣を横に振る。すると、剣の周囲を覆っていた水は宙へと浮かび上がり、やがていくつもの水の槍となる。
「そのまま土葬にしてやるぅよ!!!」
ホルクスの声に合わせて、無数の水の槍が砂漠に向かって駆け抜ける。やがて水の槍は激しく砂を打ち上げながら砂漠に突き刺さる。その凄まじい威力たるや、砂漠の地下にある空洞の天井を破壊し、埋め立ててしまった程だ。
やがて、陥没した周囲から砂が流れ落ち、間もなく何事も無かったかのように静けさを取り戻す。
かに、見えた。
先程の水の槍によって打ち上がった砂の柱。それよりさらに一回り二回り大きな砂の柱が打ち上がる。
やがて、その砂の柱を真っ二つに切り裂いて、中から赤き鎧の戦士が現れる。
「し、死ぬかと思ったぞオイ!! 何しやがるこのクソッタレ!!」
「うぇー、口の中砂だらけ〜……」
赤き鎧の戦士――吼太に続き、吼太の後ろからリームが現れる。全身が砂塗れだが、これといった外傷は無い。
「……あのまま生き埋めになっていればよかったのぉに」
「るせぇ! ……テメェは!」
と、ここでようやく空中にいるホルクスに気づいた吼太。ホルクスが自身を攻撃したと状況から理解した吼太は、明確な敵意をホルクスにぶつける。
「おぉ怖い怖い。まぁ、せいぜい意気がってるといいよぉ」
ホルクスが余裕綽々といった様子でせせら笑う。が、逆に吼太はそんなホルクスを笑い飛ばしてしまう。
「そりゃこっちの台詞だ。行くぜ、リーム、トゥード、――――セン!」
吼太の後ろから、リームに続いてまた一人、少女が現れる。見た目は吼太よりは年上だが、それでも小学生か、せいぜい中学生程度だろう。薄く紫がかった髪を短く切り揃え、眼は鋭く釣り上がっている。彼女こそ、この地に眠っていた精霊、吼太の新たな力。吼太によって与えられた名は、"セン"。
「心得た。我が力、存分に振るえ。我が主、我が父上よ」
「んん……そのさ、父上ってなんとかならないのか? 何か奇妙な感じなんだけど」
吼太に言われ、不思議そうに首を傾げるセン。
「何故だ? 我のこの肉体は、父上の存在情報より生み出されたものだ。ならば、父上は父上。間違いは無いだろう」
「それはそうかもしんねぇけど……あぁもういいや。やるぞ、セン!」
「御意」
センの意思に応え、周囲の魔力粒子がセンを包み込み、光へと変えていく。やがて完全に光と化したセンは、吼太の――もっと言えば、吼太が身に纏う鎧に吸収されていく。
「へぇ、リームと似た感じなんだな」
『リーム……あぁ、そこの憑依種か』
「そこの!?」
そこの、扱いされたことがショックだったのか、激しく動揺するリーム。
「だぁーもう、センはもう少し相手を気遣った発言をしろ! リームも、ショックを受けるならせめてこの戦いが終わってからにしろ!」
『まるで幼稚園の先生ですね、マスター』
「そう思うなら手伝え!」
『お断りいたします』
さながら漫才のようなやり取りである。この異様な展開に飲み込まれていたホルクスは、ここでようやく我を取り戻す。
「か、感応種精霊を手に入れたようだぁね。でも、まさかその程度で勝てるとでも思っているのかぁい?」
ホルクスが喋ったことでその存在を思い出した吼太が、再び口角を上げてホルクスを見据える。
「当たり前だろ。オレを誰だと思ってる! オレは吉谷吼太、チート魔導師だ!!!」
吼太の叫びに呼応し、魔力粒子が激しく辺りに吹き荒れる。やがてその嵐は、吼太の鎧、その両腕へと収束する。
『あそこで踏ん反り返っているうつけに、目に物を見せてやれ、父上!』
「応よ! 腕部鎧【ドラゴンソニック】、機能解放! ドラゴンソニック・カリバー!」
吼太が出した命令を、センが魔法に変換し、両腕の鎧に伝える。すると両腕の鎧に装備されていた爪が魔力粒子に分解されたかと思えば、少々小型の剣へと変わる。
両腕の鎧、ドラゴンソニック。それの機能が解放され、仕込み剣を出せるようになったのだ。
「……ふっ、あはははは! 何が出るかと思えば、そんなつまらない物だとはね!」
先程よりもさらに笑うホルクス。しかし、やはり吼太の態度は変わらない。
「さて、本当につまらないかどうか、試してみな!」
吼太が両腕を構えると、次の瞬間、両腕の剣が飛び出す。剣は空を切り裂きながら、ホルクスの元にぐんぐん迫っていく。
「射出機能!? だが!」
予想していない攻撃、加えて凄まじい速度で迫る刃を、間一髪避けるホルクス。しかし、それが吼太の狙いだった。
「捕ったァ!」
吼太が腕を大きく引くと、刃はその軌道を変え、ホルクスの周りを回るように飛ぶ。
そう、ホルクスには見えていなかった。飛翔する刃のその後ろには、細くも強靭に編まれた、魔力の糸があることに。
「何ッ!?」
逃げ出す間もなく、魔力の糸にがんじがらめにされるホルクス。吼太はそのまま腕を振り上げ、そして振り下ろす。糸に繋がれたホルクスは、そのまま砂漠の上にたたき付けられた。
「まだまだ! リーム!」
「うん!」
リームが腕を小さく何度も振るう。すると、吼太の前に氷で出来た道が現れる。
アーマーフォームにおいて、吼太は走ることは出来ない。だが、"滑る"ことは出来る。
吼太は氷の道をゆっくり、徐々に速く、そして空を切り裂き、滑走する。
「ぐっ、来るな!」
がんじがらめのまま、魔法で何本も水の槍を作り出し、打ち出すホルクス。しかし、吼太は慌てない。
「効くか! ドラゴンソニック・ノコギリ!」
両腕が魔力粒子に包まれ、新たな刃が飛び出す。それはその名とは裏腹に、高速で回転する鎖状の刃――チェーンソーであった。
吼太はチェーンソーとなった刃を使い、水の槍を切り裂く。激しく振動し、回るこの刃には魔力をバラバラにしてしまう効果があるのだ。
次々迫り来る水の槍、その全てをノコギリで分解した吼太は、左腕のドラゴンソニックの刃を解除し、右腕の刃は新たな形に変える。
「ドラゴンソニック・トライデント!!」
現れたのは、三つ又に別れた、まさに"槍"そのもの。それを、一旦ドラゴンソニックの内部へと収納する。
「喰らえぇぇぇーーーッッッ!!!」
「くぅぅぅ!!!」
ホルクスがギリギリで作り出した水の盾に、構わず拳をたたき付ける。そして次の瞬間、音すら追い抜き、トライデントの刃がドラゴンソニックより飛び出す。
トライデントはホルクスの水の盾をたやすく貫き、さらにホルクスの腹部に突き刺さる。最後の砦である魔法防御があったために貫通こそしなかったものの、魔法防御が防ぎきれなかった衝撃がそのままホルクスの腹部に叩き込まれる。弾かれるようにして、ホルクスは錐揉み回転しながら吹っ飛ばされる。
一方、吼太もその激しい衝撃により、後方に吹き飛ばされていた。足元の氷の道は既にリームが解除していたために無くなってはいたが、それでも全く勢いは変わらない。吼太はドラゴンソニックの刃は元の爪に変え、砂漠に突き立てることで制動をかける。
ようやく止まったかと思えば、そこは初めにいた、リームの隣だった。
「ッ……、うっし!」
意気揚々と立つ吼太。その姿は、陽光を受けて光り輝いていた。
「がぁぁぁっ! これならどうだあァァァ!!」
予想外の事態に怒り狂うホルクスは、空中に手を掲げて、巨大な魔法陣を描き出す。やがて魔法陣より現れたのは、一つの街程度は簡単に覆ってしまえるような、巨大な水の槍だった。
いかに吼太の使った武器、ドラゴンソニックが強力であろうと、所詮は対単体用武装であることは明白。ならば強力な魔法で一気に破壊してしまえばいいと考えたのだろう。
「死ねぇぇぇーー!!」
ホルクスが巨大な水槍を放つべく、腕を振り下ろす。
――が、何も起こらない。それどころか、先程まで空中にあったはずの水槍すら見当たらなくなっている。
『無知なお前に一つ教授してやろう』
不意にセンの声が響く。この状況を理解していると言わんばかりの態度に、ホルクスが動揺を露にする。
『我の持つ、精霊としての能力《ちから》、それは"始まりと終わりを付与する"ものだ。一つの事象に対し、始まりや終わりを付与することが出来る訳だ。まぁ、始まりか終わり、どちらか片方を使うことは出来ない故に、相手の攻撃を終わりで消すことこそ出来ないが――』
そこで言葉を途切り、吼太との合体を解除して人間態となるセン。そのままゆっくりと手をホルクスのいる方向に翳す。
「終わりにしたものを別の位置で始めることなら出来る」
その瞬間、ホルクスは大量の鉄砲水を全身に強かに打ち付けられる。それはホルクス自身の放った巨大水槍だった。街一つ破壊出来るだけの威力を持った攻撃だ。それを一人で受け切ることになってしまったホルクスのダメージは、計り知れない。
ホルクスの放った巨大水槍。それをセンは"終わり"を付与することで消し、さらにホルクスの後ろで"始まり"を付与することで再度魔法が発動、水槍がホルクスに直撃したのだ。
「まぁ、使い方次第で貴様のような愚者に身の程を教えてやることも出来る訳だ」
そう締めるセン。その顔は何処か誇らしげだ。余程、ホルクスを見返す形で仕返し出来たのがうれしかったようだ。
ホルクスはあまりのダメージに、半ば意識を失いかけていた。しかし何とか持ち直し、立ち上がる。だがそれでもダメージはひどく、これ以上の戦闘は不可能だということは、ホルクス自身が1番理解していた。
「ぐ……流石にこれは予想外だぁね。今回は退かせてもらうとしよぉう。次は、本気でやらせてもらうよ……」
ホルクスは魔法陣の描かれた札を使い、転移ゲートを作り出し、それを使ってこの場から逃げ出す。
誰の目から見ても明らかな、吼太達の勝利だった。
「つーわけで改めて。新しい仲間のセンだ」
「センだ。フォルティトゥードの腕部鎧、ドラゴンソニックの機能制御を担当する」
「よろしく〜!」
「よろしくお願いします」
改めて全員で挨拶を交わす四人。共にホルクスと戦ったことで連帯感が生まれたのか、その関係に軋轢は見えなかった。
「でも、今回で腕でしょ? 他には何があるの?」
リームがこの先のことについての疑問を口にする。それに答えたのはセンだ。
「我が担当する腕の他には、腰、胸、肩、脚、そして頭がある。頭に関してだけは我も全く分からぬため、力にはなれそうに無い。他の部位に関しては我と同様、対応する感応種精霊と契約すれば解放されるだろう。尤も、父上にそれだけの器があるならば、だが」
「ま、やってみるさ」
他に言える言葉のない吼太は、首を竦めて飄々と言う。
「頼むぞ。それに、死ぬならせめてドラゴンソニックの全ての剣を使ってからにしてくれ。せっかく新しく契約出来たのに、力を存分に使えないのは残念だからな」
「え? ドラゴンソニックって他にもあるの?」
驚いた様子のリーム。今見ただけでも十分強力だったために、衝撃的な事実だったようだ。
「ん? あぁ、あるにはあるけど、残りはスピード重視の武器でさ。今は使っても役に立たないんだ。いつか見せられるように頑張るよ」
吼太はそういい、決して詳細を語ろうとはしなかった。吼太からすれば、これはある意味で"目標"に外ならない。いつか、未来で自分の新たな力を見せる。力を見せずには死なない。そういう誓い。
だがそんなことがリームに伝わるわけもなく、リームは臍を曲げてしまう。
慌てる吼太。拗ねるリーム。笑うセン。
しかしその傍ではトゥードが、吼太を神妙な顔で見つめていたのだった。