The Fantasic Story 〜其は不屈の夢物語〜 作:なっぺ
「……ハズレか」
目の前に立ち塞がる壁を見て、そう判断する。穴を掘ってもいいけど、そうするならせめて宝の場所が分からないとどうしようもない。見当違いな方向に進んでは無駄に労力を消費するだけだ。
仕方なく、元の広場に向かって戻る。元々道に罠もなかったため(それでも注意はしていたが)、帰りは多少早く戻ることが出来た。
「お、トゥード」
流石はトゥードだな。もう調査を終えてるなんてな。
「マスター、お疲れ様です」
「そっちはどうだった?」
「こちらにも通路は確認出来ませんでした」
となると、後はリームたちの行った内のどれかか。まさかどれもハズレとは思えないし……。
そこでオレは、トゥードが何やら特異な気配の篭った目――それは限りなく、敵意に近かった――でこちらを見ていることに気づく。
身に覚えはないが、何かしたんだろうか。何度かの戦いを通して、少しは認めてもらえてきたかなと思っていたんだけど。
「……リーム様達は居られませんし、丁度よいでしょう」
そう言うとトゥードは、一瞬でオレに肉薄し、音すら置き去りにするような鋭い蹴りを浴びせてきた。
咄嗟の事態に、オレはなんとか身体を捻って回避を行うものの、トゥードが履いているヒールが服の端を捕らえてしまったことで、服に引っ張られるままに脚で投げ飛ばされてしまう。壁に激突し、衝撃が肺の中の空気を押し出す。
「かはっ! トゥード、一体何を――」
「大概にしてもらいましょう。惚けるのも、――――嘘をつくのも」
「嘘……? 一体何の話だ」
理解の出来ない事態に混乱しながらも、一先ず息を整えて立ち上がる。
「最初は勘違いかと思っていました。その疑問を晴らすべく、私はずっと観察を続けてきました。だからこそ言える。マスターは、何か私達に言っていないことがある、と」
「――ッ!?」
オレの脳裏を過ぎる、ある言葉。確かにオレには、トゥードにもリームにも、誰ひとりとして伝えてない事実がある。
――自分が"転生者"だという、事実を。
「伝える必要がなかったから……じゃ納得してくれそうにはないよな」
「当然です。隠し事を持つ人間など、マスターとして信頼するに足らず。そう私は考えます」
トゥードは戦闘体勢を崩さずに言う。恐らく自分は本気なのだと伝えるためなのだろう。だが、それでも彼女はあくまで話をしたいだけのようだ。先程の一撃も、トゥードにしてはあまり威力が無いように思えた。力を篭めすぎて、オレが喋れなくなっては元も子もない。つまりは、「疑いたくはないが、万が一に備えたい」といった心境なんだろう。
……さて、どうしたもんか。
別に絶対に隠さなきゃいけないようなことじゃない。バラしたところで、誰が困る訳でもないからだ。だから実際に、今この場でトゥードに説明しても大丈夫なはずだ。
だが、説明を信じて貰えるか。これはまた別問題だ。いくら彼女が知識豊かな精霊であろうと、「死んだと思ったら、神様によって生き返らせられた」なんて話、信じるとは到底思えない。仮にそんな話をしたところで、一笑に付されてしまうのは自明の理だ。
「答えられませんか。当然でしょうね。答えられるようならば、そもそもこのタイミングまで誰にも喋っていない理由がありません」
トゥードが再び、鋭く拳を振るってくる。瞬時にドリルを呼び出して盾に使うが、強力な一撃はそれでも、オレの防御を突破して、オレの身体を遥か後方へと吹き飛ばす。
「今、話さないなら話さないで構いません。マスターを気絶させた後、帰宅してからゆっくりと事情をお聞かせ願うだけですから」
――こりゃどう見ても逃げ場がないな。仕方ないか。
「分かった分かった、話すよ。洗いざらい全部、な」
「――それだけですか?」
「それだけとはなんだ、それだけとは」
せっかく、一連の事情を頑張って説明したと言うのに、いくらなんでもあんまりじゃないか? 腐ったカレーで死んだ件なんて文字通り、顔から火が出るほど恥ずかしかったというのに。
「いえ、やはり信じられない事例ではあります。ただ、私の想定していた答えと違っていたので」
「って言われてもな。これで正真正銘、全て話したことになる。もう隠し事は一切無いぞ」
結局のところ、トゥードの感じていた何かは、ただの思い違いだったようだ。てっきり転生者関連の話だとばかり思ってたんだけどな。
そうこうしている間に、リーム達が帰ってきたようだ。次第に足音が聞こえてくる。
「……分かりました。一先ず、この話題は終わりにしましょう」
「って、おいトゥード。まだ、なんでお前がオレに攻撃したのか、その行動に至った理由を聞いてねぇぞ」
オレが聞くと、トゥードはこちらに振り返り、一言だけ言う。
「それは、後々お話します」
「……はい?」
それだけ言うとトゥードは、リーム達を出迎えに行ってしまう。
結局、トゥードは自分がとった行動の意味を、何一つ語ろうとはしなかった。納得いかねぇ。
そして、再び全員が集まり、結果報告。そこで分かった事実は、オレ達に衝撃を与えた。
「つまり、全員の意見を総合すると……この先、どの道も行き止まりになっていると」
「そうなるのう」
ミナが答える。
だがもしそれが事実ならば、この遺跡の中は一通り探索したことになる。ならば、精霊がどこにもいない、というのはおかしい。
トゥードの使う転移魔法は、特定の目印を目標にして対象を移動させる。つまり、この近辺にあることはまず間違いないのだ。
まさか遺跡の中ではない? だけど、周辺には特に目立つような場所はなかった。隠し部屋のありそうな壁も無かったし、地下室や2階もない。
まさかミナの時のように土の中に埋まっているのか? だとしたら、かなり厄介だ。遺跡を丸ごとどうにかする必要が出てきてしまう。
「つぁーっ、どうしたもんかなぁ」
天井を仰ぎ見る。やはりそこからは青い空、白い雲が望んでいる。2階などあるわけもなく、何もかもを飲み込むような青い空が広がるばかりだ。やるせなさのあまり、腰を下ろし、大の字になって寝転がる。
「コータ、そんなとこに寝たら汚いよ」
「へーへー」
伸ばした手が伝える感触は、ごつごつとした岩肌のものばかりで、砂埃の類いは見受けられない。まぁ実際は見えないだけであるのだろうし、寝転んだら間違いなく汚れてしまうだろう。リームの言うことは正論なのだが、今はそんなことを気にしていたくない。
「……ん?」
なんだか、天井から見える空に違和感を感じる。何の変哲も無い空のはずなのに、何故?
注意深く、天井の穴を観察する。そこから見えるのはやはり、綺麗な青空。
――――青、空? 青空なら、なんであれが……?
もしかして……!
「トゥード、セン、ミナ! アームドオンだ!」
「どうした父上? いきなりなんだ?」
「いいから早く!」
怪訝そうにしながらも、準備をするトゥードたち。
『我、汝に力与えん』
「アームドオン!」
いつも通りの赤い鎧を身に纏う。そして、アグニとルドラを天井に向けて構える。
「いけぇっ!」
装填されている弾丸を全て、天井に向けて発射する。放たれた幾多の破壊意思は、天井を構成する石壁を完全に破壊せしめる。
と、そこで横で見ていたリームも異変に気づいたようだ。息を飲む声が聞こえた。
改めて天井を見る。――いや、そこにあったのは"天井"などではない。
どこまでも広がっていた空は、アグニとルドラによって完膚なきまでに粉々にされ、今は見る影もない。今やそこは、空とは似ても似つかない混沌に変わっていた。
その理由は他でもない、それが"空"ではなかっただけだ。
「あれは……?」
「行けば分かるさ! リーム、いくぞ!」
リームに手を差し延べ、自分に抱き着かせる。
「しっかり掴まれよ。セン!」
『承知!』
リームが掴まったことを確認すると、ドラゴンソニックを構える。カリバーの刃を装着して、空に向けて放つ。予想通り、刃は混沌の中に消えたかと思うと、その奥で何かに刺さった。
「よし! みんな、歯ぁ食いしばれ!」
「へ?」
ドラゴンソニックから伸びた魔力糸を一気に引き寄せる。だが、しっかりと突き刺さった刃は簡単には抜けず、逆にその反動がオレを引き寄せる力となる。
「えぇぇぇぇぇぇ……」
リームが事態に気づき、悲鳴をあげたのは、オレの身体が凄まじいスピードで混沌へと入って行く、その直前だった。
そこは、製作者以外は誰ひとりとして足を踏み入れたことのない部屋だった。
遺跡の地下に造られたそこは、決して人が立ち入ることが許されない場所だった。
そこの天井の混沌の中に、小さな刃が、続いて何人かの人影が現れる。
「どわっ!?」
最初に落ちてきた、鎧の男――まぁオレだ――が思わず声をあげる。続いて、リームも現れると、役目を終えた混沌は再び沈黙した。
「いたたぁ~……ここは?」
「地下……ですか? しかし私達は確か上空に向かって飛んでいたはず……」
「そう、そこだ。この遺跡は特殊な構造をしていたみたいでな。本来天井が果たす役割を、床がやっていたみたいなんだよ。道がぼんやりと光って明かりになっていたのも、実はあれが天井だったかららしい」
特に、あの青空にはあるはずの無いもの――砂埃――があったことが決定打になった。重力涙目な遺跡だよな。
今思えば、入口にあったツッコミ所満載の看板群の中にも、このことを示したような内容の物があった気がする。でも、普通気づかねぇだろ……。
「さて、来たのはいいけど、ここは目的地でいいのか?」
先程は疎か、前にトゥードと戦った空間を超えるような、だだっ広い空間。魔法使いは広い空間が好きなんだろうか? しかし、その割には、広いばかりで何も見当たらないけど……。
とりあえず、あのワープゲートは"地面"にあったから、ここは地下室なのだろうか。混乱しそうだ。
改めて周囲をよく観察する。やはりだだっ広い空間。だが、よく見ると床の周辺は円形になっており、端から先には足場が無い。恐らくは、この場所は周囲よりも床が高くなっているのだろう。また、この床そのものも平らではなく、中央から周囲に向かったなだらかな斜面になっているようだ。ビー玉を置いたらきっとゆっくりと転がっていき、やがて床から溝に落ちてしまうだろう。
「まずはここから降りよう。リーム、合体するぞ」
「うん。『我、汝に力与えん』」
リームと肉体を一体化し、その上でセンを抱える。トゥードもミナを背負い、オレ達はこの台の端に向かって飛んだ。
その時だった。
「ん……?」
飛び上がって気づいたが、どうやら先程までいた足場は、六角形の模様があったようだ。六角形の模様がいくつも重なり、円形を作っている。もしかしたら端の方は、案外ごつごつしているのかもしれない。
床が斜面を形成している辺り、さながら亀の甲羅みたいに思える。まぁ、まさかこんな巨大な亀がいるわけないし、昔の人が亀をモチーフにして作ったとかだろう。だからこの足場は亀じゃないし、生きてもいないし、動き出したりもしないはずだ。
……何故だろう。今この瞬間、どっかでフラグが立った気がする。
き、気のせいだよな。うん。まさか、こんなどこぞの怪獣映画に出ていそうな奴が現実にいるわけ――
「マスター、膨大な魔力反応を検知しました。場所は……ほぼ直下、そこの床です」
トゥードが言った瞬間、眼下の床で凄まじい地震が起きる。
……いや、これは地震じゃない。確かに、周囲の壁も揺れに悲鳴をあげているが、揺れの強さが周囲の壁と眼下の床で差がありすぎる。
つまりは、多分、そういうことだろう。
「アイツが、文字通りの最後の壁ってことか」
床から、巨大な柱がゆっくりと上がってくる。その柱に、瞳が現れる。
――いや、柱というのは間違いだろう。それは生きている生物の、巨大亀の頭部なのだから。
「あの生物の後ろ左足側面付近に、人が通れる大きさのドアを発見しました」
トゥードが冷静に状況を見極め、出口を見つける。
「じゃが、あのデカブツがいてはとても通れはせんぞ」
「なら退かせりゃあいいだろ! オレに手がある。まずは奴の動きを鈍らせるぞ! リーム!」
一体化しているリームに呼びかけ、氷の魔法による支援を頼む。
『分かったよコータ! 縛れ! アイス・バインド!』
氷が徐々に出来、亀を足元から捕らえていく。だが、進行が遅すぎたようだ。足先が凍った辺りで、亀が足を動かして脱出してしまう。
ゆったりした動きではあるが、この巨体だ。巨体を支えるだけのパワーはあることだろう。並大抵の力では足止めなど出来ない。
「リーム、もっと強いやつは無いのか?」
『出来るかわかんないけど……やってみる!』
そうリームが言うと、周囲に風が吹きはじめる。――いや、これは多分、魔力粒子が凄い勢いで渦巻いているんだ。多分だけど。だって魔力感じられないし。
でも、魔力を感じられないオレでさえこれなのだから、魔力を感知できる奴にはより強く感じられているのだろう。現に、センやミナの顔は驚愕を浮かべている。トゥードは……まぁ、トゥードが驚くなんてそうそうありえないけどさ。
『凍てつき封じよ、十字の縛鎖! 彼の者を磔に処し、自由を奪わん! クロス・アイシクルバインド!!!』
言葉に応えるように、大気中の温度が急激に下がり、"何か"が亀に向かって凝縮していく。たちまち辺りが、大型冷蔵庫の中のような気温になったかと思えば、亀の足元からとてつもなく巨大な氷柱が伸び、亀を押し上げてしまう。
そして、亀の上、左右からも氷の柱が伸びたかと思えば、亀を完全に凍り付かせてしまう。十字に伸びた氷の柱が、まさに亀を磔にしてしまったのだ。
「おぉ~……」
「流石です、リーム様」
『ゼェ……ゼェ……えへへ、ぶい』
これだけの大規模な魔法を使ったからか、リームの反応が鈍い。早く降りて、合体を解除してやらないとな。
オレは亀の近くに寄ると、腰からユビキタスサークルを外し、亀の身体に押し当てる。すると、亀は十字の氷から解放され、間もなく現れた銀河のような渦に呑まれていった。
ユビキタスサークルに備わっている、収納能力。それを使って、一体亀を退かしたのだ。尤も、この収納能力を生物相手に使うには、相手がある程度弱っていて、活動が鈍っている必要がある。無理に突っ込んで、中を荒らされたら困るからな。万が一壊れでもしたらシャレにならん。
……せっかくだし、コイツもアーモンみたいに仲間になってくれないかな。あとで説得してみるか。
「ここは……書庫、か?」
「そのようだ」
センが、近くの本棚にある本を取り出す。だが、取り出された本は次の瞬間には塵へと変わってしまった。長い時間放置されていたのだろうか、いったい何年の月日が経てばこうなるんだろうか。
「しかし、この量では捜索は手間取りそうですね」
改めて、書庫を観察する。書庫と形容したが、広さは東京ドームぐらいはありそうだ。これでもかというぐらい本棚が並べられているため、蔵書数は並大抵ではないだろう。とはいえ、さっきの様子を見る限り、読める状態にある本は無さそうか。
「これ、エクスドリルタイフーンでぶっ飛ばしたら、精霊以外が塵に還って見つけやすくならないかな」
「直後にその塵で周囲が埋まってしまいますが、それでよろしいのなら」
「塵で精霊も埋まるだろうな」
「塵まみれになりたいのなら止めはせんぞい」
トゥードとセン、ミナが言う。まぁ、そりゃそうか。
「しゃあない、地道に探すか」
そう決めたとき、目の前の空間が微かに歪んだ。
それだけだが、理解できていた。経験豊かなトゥードは勿論、戦闘経験が殆ど無いオレやリームですら感じられる程圧倒的な、殺気。
「マスターッ!」
「コール・クリーチャーッ!」
トゥードが言うよりも早く、オレはユビキタスサークルを起動していた。クリーチャーが現れるための、銀河のようなゲートが開く。が、そこから異形の怪物が飛び出すより早く、"そいつ"はやって来ていた。
「イタチか……珍しい種類だ」
そう言い、"そいつ"はいつのまにか掴んでいたオレが召喚した鎌鼬を、脇に投げ捨てる。風に紛れ、視覚出来ない状態にあったはずの鎌鼬を、だ。
そいつがしたことはそれだけだったが、それでも、そいつが今まで戦ってきた連中とは格が違うことはわかった。
それもそのはずだ。何故ならコイツは、あのザンクやホルクスの主だったのだから――。
確か名前は、ブレラ・ファロメオ。
目の当たりにして、殊更強く感じる。コイツは紛れも無く、オレ達の敵だということを。
やらなきゃ、こっちがやられる。
「リーム! ユニオンアップ!」
『我、汝に力与えん』
瞬時にリームと合体し、戦闘体勢を整える。
『地より貫け、鋭き氷槍!』
「アイシクルスパイク!!」
地面から次々に飛び出す氷の槍。それが、本棚を破壊しながら襲撃者――ブレラへと向かって突き進む。しかし、ブレラはアイシクルスパイクの効果範囲を正確に見極め、安全圏へと飛びのいてしまう。
「甘い!」
『分かれ疾走せよ、氷槍!』
しかし、ブレラの避けることを想定していたリームは、アイシクルスパイクを左右に分割し、軌道を捩曲げる。天井が高くないからこそ、飛行しても逃げ場がないこの状況で、ブレラの着地点を狙ったその攻撃は、決して避けられない攻撃だ。
だがしかし、鋭き氷槍は目に見えない何かに阻まれ止まり、そして砕け散る。
『魔法防御!?』
「リーム様の魔法でも傷一つつかない……相当堅牢なようですね」
トゥードが拳を構えながら言う。まだ相手の手が分からない以上、迂闊には飛び込めない。だが、今出来るアイシクルスパイク以上の遠距離攻撃となると、あとはエクスドリルタイフーンぐらい。だが、これで倒せなかった場合、エクスドリルタイフーンによって無駄に巻き上げられた埃が、奴の身体を隠してしまい、奴を見失ってしまう。その状況は、奴にとっては間違いなく有利に働いてしまう。
だが、まだ手はある。
「マスター!」
「あぁ、トゥード、セン、ミナ! いくぞ!」
リームとの合体を解除し、今度はトゥードたちとの合体を行う。
『我、汝に力与えん』
「アームドオン!」
トゥードとの合体は機動力こそリームとの合体時より劣るが、防御力はそれを上回る。今いる場所のような、身動きをしづらい狭い場所ではこちらの方が有利に働く可能性も高いはずだ。
「アグニ! ルドラ!」
アグニとルドラを取り出し、油断なく構える。刹那、解き放たれる弾丸の嵐。その嵐はブレラを飲み込み、弾丸に込められた魔力の爆発が覆いつくす。
「……やったか?」
爆発の中に動く存在は見えない。
しかし、次の瞬間、爆発により発生した魔力煙が切り裂かれる。
瞬間、オレはオレの身体よりも巨大な、"見えない鈍器"に殴られ、吹き飛ばされてしまった。
刹那の時間も無かった。
確かに未熟なところはあるが、吉谷吼太という人間は、魔法使いの中でも決して劣った実力の持ち主というわけではなかった。
だが、その吼太が手も足も出ずにあしらわれた現実に、リームはただただ翻弄されるしかなかった。
「やはりこの程度か。噂に聞く"不屈の勇気を与える鎧"といえど、力も欠け、主も力不足である現状では、恐れるに足らないな」
ブレラが言う。その身体には僅かな汚れすら見当たらない。アグニとルドラの一斉射を以ってしても、強固な魔法防御を貫くには至らなかったのだ。
「そんな……」
流石に、吼太があれだけで死ぬわけはないが、このままでは確実にやられてしまう。だとしても、リームにはこの状況を覆す手段がなかった。
「がぁ……こんのヤロ……ッ!」
たたき付けられたらしい壁の側に、身体を横たえる吼太。何とか起き上がろうと力を込めるが、しかしその体は鈍く震えるばかりで、とても動けるようには見えない。よほど大きなダメージを負ってしまったようだ。
『動いてはいけませんマスター。緊急回復が終わるまでお待ちを』
『骨は折れてない。少し経てば動けるようになる』
『なんという魔力じゃ……。トゥードの鎧を以ってしても、これだけのダメージを受けてしまうとは』
ブレラは身動きできなくなった吼太と戦意を喪失したリームを一瞥すると、辺りをゆっくりと見回す。何かを探しているらしいその動きは、とある一点――先程の戦いで破壊された本棚の残骸を視界に収めた途端に止まる。
悠々とその場へと近寄り、残骸を退かすブレラ。やがてその顔は、歓喜に歪んだ。
「見つけた……!」
残骸の中からブレラが取り出したのは、一冊の本。表紙は擦れてしまっているのか、何かが書かれていたことしか分からない。しかし、その本が放つ物々しい雰囲気は、ただの紙の束とは思えないものだった。
「あれは……?」
『ッ! リーム様、今すぐあの魔法使いを止めて下さい!』
トゥードが今までにない程に焦った様子で言う。
「トゥード!?」
『あれは……あれこそ、私たちの目的、私たちが探している精霊の内の一体です!』
言われた吼太が、改めてブレラの手に収まる本を見る。考えてみれば、触るだけで塵になってしまう本ばかりが収められているこの書庫で、取り上げられた今なお崩壊していないのは、明らかに異常だ。その答えは間違いなく、あの本がただの本ではなく、精霊が眠りについている際の仮の姿だからだということ。
「えっ? つぅっ……!」
リームが慌てて魔力を集束し始める。だが、精神的に追い詰められているからか、普段に比べるとその速度は遅い。
ようやく放った氷の弾丸は、しかしやはりブレラの強力な魔法防御を貫くには至らない。
「やっぱ最低でもアグニかルドラがねぇと……ッ!」
何とか腕を動かそうとする吼太。しかし、アグニをしっかりと握りしめたその腕はふるふると震えるばかりで、一向に持ち上がる気配は無い。
「さて、目的は達した。このまま帰ってもいいのだが――――」
ブレラが本を小脇にかかえ、吼太たちの方を向く。
「今まで散々邪魔してくれたのだ。これから先邪魔されないとも限らんからな。ちょうどいい機会だ。この辺りでご退場願おう」
ブレラの手に魔力が集束されていく。今の吼太たちに、それから逃れる術は無い。
間もなく、魔力が解き放たれて――――
――それは困るな。流石にここでやられては後々に問題になる。
吼太に向かって放たれた魔力の弾丸は、次の瞬間には霧散していた。
吼太が何かしたわけではない。リームも、トゥードも、センもミナも、そしてブレラも、この場にいた人間の誰もが予想しえなかった事態だった。
「バカな……魔力が!?」
今までの余裕ぶりが嘘のようにうろたえるブレラ。自身に起こった出来事を信じることが出来ず、しきりに己の肉体を確認する。
そこでいち早く、トゥードが気づいた。
吼太のすぐ傍ら、壁しかなかったその場所にいつの間にか現れていた人間。フードを深く被り、全身を覆い隠すような長いコートを着た、男か女かすら確認出来ないその人物は、片手に持っていた懐中時計をコートのポケットに仕舞う。
『貴方は一体……?』
「……借りるぞ」
トゥードの質問には答えず、謎の人物は吼太からアグニとルドラを奪い取る。
『待ってください。その武器は私、フォルティトゥードの精霊としての一片。マスターではない貴方に使うことは――』
トゥードの言葉を無視し、ブレラに向かって突撃していく。事態が動いたことを感じたブレラは一瞬で体勢を整えると、咄嗟に魔力を集めて魔法を発動させる。
それは、目には決して見えることのない槍。鋭く尖ったそれは愚かにも飛び込んできた者を串刺しにし、穿つ。
「フン」
謎の人物はアグニとルドラを構えたまま、速度を緩めようとはしない。ブレラの顔がまた歪む。
だが、謎の人物が空虚な槍に貫かれ、命を散らすことはなかった。気づいた時には、アグニとルドラを数発撃ち、槍の場所を確かめた後にその下に滑り込むことで、槍を回避しつつブレラの懐に飛び込んでいたのだから。
ブレラの顔が、さらに歪んだ。
「この距離ならば、魔法防御など関係ない」
アグニとルドラの銃口がブレラの腹部に突き付けられる。魔法防御を張ろうにも、魔力を固定化出来るだけのスペースがなければ、魔法防御は発動出来ない。
それだけではなく、謎の人物はさらに手を加える。アグニの後部にルドラの銃身を当てると、アグニとルドラが合体し、一つの銃に変わったのだ。
数度のマズルフラッシュ。ブレラの身体は、後方の本棚をいくつも巻き込みながら、その衝撃に押し流されていった。
謎の人物はアグニとルドラを下ろし、その場に佇む。たった一瞬の行動、たった一度の攻撃。武器の使い方、身のこなし、戦闘経験。その全てが、吼太とは桁違いだった。しかし吼太にとって、興味を引かれる内容は他にあった。
「何あれ……! あんなの、僕見たことない……」
『儂もじゃ。まさかあのような使い方があるとは。しかし、儂ですら知らぬアグニとルドラの使い方を知っておるとは、あの者は一体……?』
リームだけでなく、アグニとルドラを司るミナですら知らない、新たな機能。それを"あたかも以前から知っていた"かのように使いこなしてみせた謎の人物。力の底も、目的も理解出来ないその人物の行動に、吼太達は恐怖すら覚えていた。
間もなく、ブレラが怒りの形相を浮かべながら、姿を見せる。
「ぐお……よくも…………!」
「フン、所詮はお前もその程度だ。大層な夢を持つのは構わんが、しかし今のお前では、な」
「貴様、何を知っている!?」
まるでブレラのことを昔から知っているかのように話す謎の人物。ブレラは自身の秘密を知られていると感じたのか、殊更に強い敵意を露にする。
「あの人達……何を話しているの……?」
事態を把握出来ていないリームは、その場に座り込んだまま、動くことが出来ずにいた。
凄まじい実力と魔力を見せつけ、こちらを蹂躙してきたブレラ。
そして、それ以上の実力を垣間見せただけでなく、ブレラの事情まで知っている様子を見せた、謎の人物。
その圧倒的な存在感は、リームの行動の一切を封じてしまっていた。
「貴様が誰なのかはこの際関係ない! この場ごと纏めて消してしまえば済む話だ!」
「それは結構なことだ。だがな――」
ブレラの言葉を何でもないかのように切り捨てたあと、謎の人物は言う。
「――オレ一人にかまけていてもいいのか?」
ブレラがその言葉の真意を確かめようとした瞬間、謎の人物のさらに後方に光の柱が現れる。それは、精霊が魔法使いと契約した際に現れるもの。
ようやくブレラは、謎の人物の言葉の意味を理解する。
「まさか……もう一体いたと言うのか!?」
光の柱から現れたのは、ダメージを回復し、戦線に戻ってきた吼太。そしてもう一人。
「ハァーッハッハッハッ! 妾と契約したからには百人力! いや万人力っ! 期待するがよいぞっ! 父君!」
「父親呼びはもう避けられないんだな……。ともかく、頼りにしてるぜ、ナツハ!」
吼太の新たな仲間、ナツハが光へと変わり、吼太の鎧の肩に装備された巨大な楯のような装甲に吸収される。
「小癪な、雑魚は消えろ!」
ブレラが魔法を行使し、何らかの弾丸を放ってくる。先程吼太に甚大なダメージを与えた、見えない弾丸だ。
しかし先程とは違い、あらかじめ弾丸が放たれたことを確認出来ていた吼太は、肩の巨大装甲を以って攻撃を防ぐ。凄まじい威力ではあったが、前以て防御体勢がとれたこと、そして巨大装甲の硬さもあり、軽く肩が痺れる程度で凌ぐことが出来た。
「ヤバイな……復活したのはいいけど、このままじゃじり貧だ。せめてもっと強い攻撃手段があれば――」
『くぉらぁぁぁ!!! 何をしておるかぁぁぁ!!!』
突然、ナツハが大声をあげる。あまりの声に、一瞬怯んでしまう吼太。
「な、なんだよナツハ」
『何をしておるのだ父君! 妾の力をそんなことに使うでないわ!』
何故だか憤慨した様子のナツハ。心当たりのない吼太は首を傾げる。
『分かっておらぬな! ならばとくと見せてやろうぞ! 父君、機能解放だ!』
「あ、はい」
訳の分からぬまま、むやみやたらにハイテンションなナツハの言葉に従い、機能解放を決意する吼太。今までの精霊とは一味違った性格だからか、吼太も翻弄されるばかりのようだ。
「じゃあ、肩部鎧【ツワモノスラスター】、機能解放! ……スラスター?」
鎧の名称に疑問を抱いた吼太が、次の瞬間、消えた。
「な、消え――」
いや、消えたわけではない。"瞬間的に凄まじいスピードで動いたため、消えたように見えただけ"だ。
「あぁぁぁ!!?」
ブレラが吼太を"消えた"と認識した瞬間、吼太の身体は既に、ブレラの懐へと潜り込んでいた。加速した勢いそのままに叩き込まれた蹴りの一撃は、ブレラに更なるダメージを与える。錐揉みになりながら飛ばされてしまうブレラ。
「し、死ぬかと思った……。何だったんだよ今の……。体勢整えるのギリギリだったぞ」
『これが妾の存在により解放された武装、ツワモノスラスターの力よ!』
展開され、後方へとその噴射口を伸ばしていたツワモノスラスターが、元の形へと戻る。
そう、肩に装備された巨大装甲は、その実装甲ではない。フォルティトゥードの鎧の一部であるツワモノスラスターは、身の丈程もあろうかという、巨大な推進器だったのだ。機能解放が行われ、本来の使用方法を用いることが出来るようになり、吼太は限定的ながら音速を超えたスピードを獲得した。
『それだけではないぞ! 妾の精霊としての能力も合わせればぁぁぁ!!』
ナツハが叫ぶと、ツワモノスラスターが再び展開される。今度はそれだけに限らず、長く伸びた噴射口が格納され、あたかもブーメランのような形へと変化する。
ナツハの精霊としての能力は、理屈や理論に縛られない形状変化の力。事実を捩曲げ、強制的に己にとって望む形に変える。それにより、ツワモノスラスターはまさに万能武装と呼べる働きをすることが出来るようになるのだ。
『さぁ、技の名前を叫べ父君! 今すぐ考えて!』
「んな無茶な!? えーと……じゃあ! ランページ・デュアル・ブーメラン!!!」
両肩の、ブーメラン型に変形したツワモノスラスターを二つとも投げる吼太。魔力により凄まじい回転を起こしながら、ブレラに接近していく。
成人男性の身の丈程もあろうかという武装だ。それだけに、威力を想像することもたやすい。
ブレラは冷静に二つのブーメランの軌道を予測し、回避行動に移る。ブーメランは目標を捉えることなく、ブレラの遥か後方まで飛んでいく。
「フッ、そんな攻撃に当たるとでも――」
『それが狙い目!』
「捉えたぜ!」
ブレラの背中に、"それ"は既に肉薄していた。
吼太が放ったそれ、ツワモノスラスターは、ナツハの能力により、巨大なブーメランと化していた。そう、巨大な"ブーメラン"である。
ブーメランというものは、空気の流れに上手く乗りさえすれば、投げたその場に弧を描いて帰ってくるものだ。ツワモノスラスターの場合、乗るのは空気ではなく空気中の魔力粒子になるのだが、それ以外の性質に変わりはない。
その回転を維持したまま、ブレラの後方へ飛んでいったブーメランは、流れのままに、ブレラの背後に向かって突き進んでいたのだ。
「ぐうっ!?」
咄嗟に張った魔法防御。ブレラの使う、あまりに強力なそれは、しかしツワモノスラスターを止めるに至らない。僅かな拮抗の後、ツワモノスラスターがブレラの魔法防御を削り取る。
ツワモノスラスターに込められた膨大なエネルギーがそっくりそのまま、ブレラへと叩き込まれ――
「させんッ!」
キィィン、と金属どうしをたたき合わせたような音が響いた。
ブレラの背後に迫っていたツワモノスラスターを弾いたのは、血塗られたかのような赤黒い刃を持つ刀。
何より吼太は、その赤黒い刃が奏でた剣捌きを覚えていた。
「ザンクか!」
弾かれ、ブレラに何等被害を与えることなく戻ってきたツワモノスラスターを肩で受け止めながら、吼太が言う。
「久しいな、少年。以前より、遥かに強くなっている」
「お陰さんでな」
吼太が油断なく構える。いつでもツワモノスラスターを投擲出来る構えだ。しかし、ザンクは牽制の意を以って刀を吼太たちに向ける以上のことをしようとはしない。
そこに更に、ホルクスまでもが現れる。
「主様ぁ。目的の物、確かに手に入れましぃた」
「ご苦労」
ホルクスが懐から何かを取り出し、ブレラへと渡す。それは、ブレラが今だ離さずにいる、本とよく似た外見の本だった。
「コータ、まさかあれって……」
「あぁ、多分間違いねぇ」
鎧の中の吼太の顔が、激しく歪む。
『あれは……私の、最後の精霊!』
ホルクスが持ってきた精霊の真偽を確認し、本物だと判断して顔に喜びを表すブレラ。
「よし、これらさえ手に入れば、もうこの場に用は無い。邪魔者を排除出来なかったのは腹立たしいが……"準備"はもう間もなく終わる。撤退するぞ」
「「御意」」
突如として巨大な魔法陣が現れ、ブレラたちを包み込んだかと思えば、ブレラたちは既にその場から去ってしまっていた。転移魔法の一種なのだろう、それはあまりに一瞬で行われ、吼太達は何か行動を起こすことも出来ずに、その逃走を許してしまう形になった。
「あっ、待て! ……くそっ!」
悔しがり、握りしめた拳で太股を叩く。しかし、直後に思い出したかのように、謎の人物に振り返る。
「っと、そうだった。ありがとうなアンタ。お陰で助かったよ。オレは吉谷吼太。……でも、アンタなんでアグニとルドラを使えたんだ?」
謎の人物に対して、お礼の言葉と疑問の言葉を投げかける吼太。しかし、謎の人物はそれに答えずに、一言だけ、吼太にだけ聞こえる声で何かを言うと、アグニとルドラを吼太に投げ渡す。そして懐中時計を取り出し、針を手で動かすと、次の瞬間、謎の人物は、まるでそんな人間は最初からいなかったかのように、その場から消え失せていた。
「……消えた?」
呟くようにリームが言う。ブレラと違い、魔法を使わないその転移は、吼太たちにその正体を何等掴ませない、掴ませさせないという意思の表れであるようだった。
「結局、アイツは誰だったんだ……?」
『不明です。が、今より気にするべきは、精霊を奪っていった彼等です。彼等は一体何のために私の精霊を……?』
『目覚めたばかりだというのに、何やら大変なことになっておるの。だがしかし、妾が力を貸すからには勝利は盤石! 大船どころか、大陸に乗った気でいるとよいぞ!!』
『心配しかないのじゃが』
『武装や能力はともかく、人格は未熟過ぎるな』
『何を言うかぁ!?』
「だぁぁぁっ! 頭ん中で騒ぐなテメェら!」
一体となった精霊の数も増え、ますます賑やかになったからか、比較的明るい雰囲気が漂う。しかし、彼等の胸中にある不安が消えることはなかった。
――トゥードの精霊を使い、何をしようとしているのか。
その疑問が解消される時は、そう遠い話ではない。吼太は直感的に理解していた。間もなく、自分が今まで経験したことのないほどの、大規模な"何か"が起こることを。