The Fantasic Story 〜其は不屈の夢物語〜 作:なっぺ
「なんでお前がそっちにいるんだ……ッ……ありすーーーーーッッッ!!!」
吼太の叫びが、辺りに響き渡る。しかし、ありすはそれに対して、なんら感情を見せない。それはまるで、吼太の存在を認識していないかのように。
今のありすは、青いロリータドレスでその身を包んでおり、さながらその姿は"人形"のようであった。
「驚いたかぁい? 驚いただろぉね。感謝してくれぇよ。僕が彼女の魔法に対する資質を見抜き、フォルティトゥードの能力の欠片を使って、死体だった彼女を、こうして有効活用してあげてるんだからぁさ」
「……テメェ」
更に怒気が膨れ上がる。それは、吼太一人だけのものではない。リームも、トゥードも、ありすと直接の面識が無いセンやミナ、ナツハですら、ホルクスに対して強い怒りを覚えていた。
目の前の男は、理不尽な理由でありすという少女を殺した。それだけでは飽き足らず、今度はありすから"死"すら奪ってしまったのだ。
これが運命だとしても、吼太達の誰ひとりとして、それを認めはしないだろう。
「…………」
ありすが右手を吼太に向ける。その瞳にはやはり、意思の光は宿っていない。
強大な――それこそ、リームやトゥードのそれを上回る――魔力が、その右手に蓄積されていく。
「マスターッ!」
間一髪、間に割り込んだトゥードの魔法防御が、吼太を雷から守る。しかし、魔力で作られたその雷は、トゥードの魔法防御を破壊し、衝撃波を発生させた。凄まじいエネルギーに、為す術なく吹き飛ばされる二人。
「ぐ……大丈夫か、トゥード……」
「問題ありません。しかし、この威力は異常です。いかにありす様が強力な魔法使いになる可能性を持っていたにしても、それはあくまでも"可能性"の話。当時のありす様ではどうしても、今のような力は発揮出来ないはず。まるで、"生き返る際に何かイレギュラーなことが起きた"かのような……」
トゥードが納得出来ないとばかりに漏らしたその言葉。それに反応したのは、吼太だ。
「生き返る……イレギュラー……」
――転生者とは、輪廻から外れた転生を行った転生者という意味で用いられます。
吼太の脳裏に浮かんだのは、神と呼ばれる存在が口にしていた、転生者という存在についての事。
輪廻から外れた……つまりは、"本来有り得ない形で"新たな命を手に入れた存在が転生者と言うならば。
今のありすもまた、転生者と呼べる存在なのではないのだろうか。
そして、転生者は等しく、常人では持ちえない何かを持っている。
吼太が出会った他の転生者は、腕を異形の怪物の腕へと変化させる能力を持っていた。吼太自身も、ユビキタスサークルという強力な道具を持っている。
ならば、ありすが特殊な何かを手に入れていたとしても、何等おかしいことはない。
「くそっ……!」
戦うしか、選択肢はなかった。戦い、ありすを打ち倒して、ありすを"元に戻す"。
灰は灰に。塵は塵に。土は土に。
そして、死人は死人に。
死人が生き続けるなど、あってはならないのだから。
「……でも、オレはッ…………!」
構えたエクスドリルの先端が、震えていた。
死んだ者が生きることは許されない。それはわかっている。しかし、吼太は外でもない、"生き返った死人"、転生者なのだ。
吼太にありすを否定することは、出来なかった。
自分がやらなければ、しかし自分では。ジレンマが吼太を蝕む。
次第に、吼太の目が暗く濁り――
「――――コータっ!」
不意に、リームの声が吼太の耳に届く。
光を取り戻した吼太の瞳が、リームを捉える。
「リーム……」
「らしくないよコータ。コータはいつだって、まっすぐに、やりたいことをやってきたじゃん。今回だって変わらないよ。やりたいことを、やりたいようにやればいいんだよ」
リームの言葉に、ハッとする吼太。
「……そう、だったな。オレにしちゃあらしくなかったな」
手の震えは、止まっている。エクスドリルが掘るべきものが、貫くべきものが分かったから。
「みんな! ありすを取り戻すぞ! 細けぇこたぁ後回しだ!」
オレの言葉に、リームもトゥードもセンたちも笑顔を浮かべる。
全く、オレとしたことが変な考えに囚われちまっていたみたいだ。
「ほぅ、何だか知らないけど、こっちに立ち向かう気みたいだぁね。なら、こっちにも考えがあぁるよ。……さぁ」
「…………」
ホルクスに促されたありすが、魔法を発動させる時とは違った"何か"を始める。それは前にあの転生者と戦った時と同じような感覚だった。
そして次の瞬間、それは起こった。
「マスター、警戒を。周囲に魔力反応です。先程の魔霊種精霊と呼ばれるものに非常に近い反応……いや、これは」
トゥードが結論を言おうとした時、オレにもトゥードが言わんとしていたことが分かった。
次々に立ち上がる魔霊種精霊。しかし、その身体は所々が欠けていた。撃ち抜かれ、切り裂かれ、中には頭の無い者すらいる。
現れた魔霊種精霊は、全て、"オレが先程倒した"奴らに見えた。そして、それは恐らく正しい。
「あれが、ありすが手に入れた能力ってことか」
強制的に他人を生き返らせる能力、ってとこか? 全く、よりにもよってとんでもない能力を手に入れちまったもんだな。
「だが何度現れようと関係ねぇ!」
エクスドリルを高速で回転させ、渦巻くエネルギーの奔流を作り出す。
「全て薙ぎ払ってやるだけだッ!!」
エクスドリルタイフーン。魔力とは関係ない、純粋なエネルギーが蘇った魔霊種精霊を次々に飲み込み、その中で粉々に砕いていく。
瞬く間に、魔霊種精霊は再び一掃された。
「すっごーい、流石コータ!」
「戦いを通じ、成長していることが伺えますね」
「粉々にしちまえば、生き返りようがねぇだろ! さぁ、ありすを返してもらおうか!」
オレが言うと、ホルクスは何故か押し殺したような、含み笑いをする。
「まさか、彼女の能力がただ生き返らせる能力とでも思っているのかぁい? なら、その認識は改めたほうがいい。でないと――」
――死ぬよ。
その言葉を耳にした時には、オレの身体は強力な魔力塊によって大きなダメージを受けていた。
腹部に減り込まんとする、魔力の塊。間一髪間に割り込ませたエクスドリルが、その威力に悲鳴をあげる。
声をあげることすら、出来はしなかった。
魔力塊は次の瞬間爆発し、オレにその威力をこれでもか、と刻み込む。魔力の爆発は肉体の表面だけでなく、身体の内部にも浸透し、内臓を蹂躙する。今だ幼いオレの身体は、ただ一撃で甚大な被害を受けてしまった。
「――――かはっ」
口から、血が大量にこぼれ落ちる。トゥードの頑強な鎧ですら皹が入るほどの攻撃なのだ。エクスドリルで直撃だけは避けたとはいえ、そのダメージは凄まじいの一言に尽きる。正直、生きていられただけでもマシなほうだと考えたほうがいいほどだ。
「なん……だ……?」
「コータぁ!」
事態に衝撃を隠しきれないリームが、慌ててオレの傍に駆け寄るリーム。何とか膝をつくだけで済んだか……。
「そうだぁね、せっかくだし教えてあげるぅよ。彼女の能力は言わば"対象がいかなる状態、状況にあろうとも生き続けさせる能力"ぁさ。それ故、対象はいかなるダメージを負おうと……それこそ、全身が粉々になろうと生き続けさせられるのぉさ」
生き続けさせる能力……?
「つまりは、今もまだあの魔霊種精霊達は生き延びていて、私達を狙っていると」
ホルクスの顔が歪む。傍目から見れば、美しい顔立ちと言えるそれは、しかし吐き気のするような悪意しか滲ませていなかった。
「そんな……それじゃあ、絶対に倒せないってこと!?」
リームが悲鳴のように叫ぶ。
「恐らくは……ただ、非常に無理のある延命措置です。現在の状態では、当初のような力は出せないものと思われます。現に、エクスドリルで受けたとはいえ、マスターが存命していることが証拠です」
「あぁ……ついでに言えば、戦力的に劣る――言わば再生精霊をわざわざ使ったってことは、新しいコマはもういない、或いは出したくない理由があるってこった」
ようやくダメージもある程度回復し、喋れるようになってきた。多少早過ぎる気もするけど、まぁたいした問題じゃないだろ。
「なるほどねぇ。でも、彼女の強さはこの能力に限ったものじゃない。雷の魔法も、なかなかな威力を持つのは分かっているだろぉう」
ホルクスの言うとおり、今のありすの魔法の威力はバカに出来ない。雷の威力はオレ達の合体を強制的に解除してしまうほどだし、それだけの魔力があるのだから魔法防御も並大抵の攻撃では突破出来ないだろう。
「……だとしても!」
『諦めるなんて!』
『「出来るわけない!!!」』
リームと意識が一致したことで、どちらからともなく合体し、再び戦闘体勢に入る。ありすは今だ、意思を見せようとしない。
「必ず救い出してやるからな、ありす!」
脇ではトゥードも拳を構え、セン達も援護をするべく集中した様子を見せる。勿論オレ自身も、エクスドリルを構え、体勢を整えた。
その時だった。
「…………ぁ……」
ありすが、微かに呻いた。
「まさか!? 意思は完全に消え去っているはずなのに」
それに1番驚いた様子を見せたのは、ホルクスだった。
「……コ………タ……」
今度は、よりはっきりと。
オレは確信する。ありすは、ありすの心はまだ、死んではいないのだと。
「待ってろよありす! 今すぐに"そこ"から救い出してやるから!」
エクスドリルが、オレの意思に反応して猛烈な回転を始める。その力は空間を超え、次元を超え、螺旋を描いて夢を叶える力。
そう、新たな力。
「エクスドリルッ!」
エクスドリルを空間そのものに突き刺し、空間を掘り進み始める。
いや、空間だけではない。次元すら掘り抜いたその穴は、一種のワープゲートと化す。
「クローズインパクトォォォ!!!」
オレはワープゲートに直接、エクスドリルタイフーンを叩き込む。ワープゲートの先は――――
「な、ぐあぁぁぁぁッ!?」
ホルクスの、魔法防御の内側。
エクスドリル・クローズインパクト。ワープゲートを介して、敵に直接エクスドリルによる攻撃を行う技。以前にゴム鞠みたいな魔法使い相手にやった、空間ごと掘り抜いて衝撃だけを相手にぶつける技の応用だ。
「ぐ……まさか、魔法ではない空間跳躍の能力を持つ奴が他にもいるとは……」
よほど意表を突かれたのか、いつもの甘ったるい喋り方を忘れたようにごちるホルクス。しかし、"他にも"……?
「何をしている! 早く反撃をしろ!」
ホルクスに言われ、腕をこちらに向けるありす。
「やめろありす! オレはお前とは戦いたくない!!」
「…………ぁ……」
ありすの手が震える。きっとありすの中で、命令と意思が戦っているんだろう。
「早くしろ! 反撃するんだ!」
「ありす! そんな奴の言葉なんてもう聞かなくていいんだ! こっちに戻ってこい!」
「……ぁ……あぁ……」
ありすの顔に浮かぶのは、困惑。ありすがようやく、感情らしい感情を見せていた。
殊更に確信する。やはり、ありすはまだ戻って来れるんだ!
「マスター、あちらを」
トゥードが、何かを発見したらしく、ホルクスの方を指差す。
そこにあったのは――――
「本……いや、精霊の魔導書か!?」
「間違いありません。恐らく、あれを使ってありす様を蘇らせ、操っているのかと思われます」
ありすに隠れて見えづらかったが、ホルクスは片手に魔導書を抱えていた。何故あいつが魔導書を使えているのか分からないが、とにかくあれを奪えば……!
「リーム、もう一回クローズインパクトだ!」
『オッケー!』
再び、次元を捩曲げ、あの技を放つためにエクスドリルを回転させ始める。
「そうはさせるか!」
やらせない、とばかりに自身で魔法を発動し、水の槍を放つホルクス。
だが、オレには頼れる仲間がいる。
「やらせんよ」
センの作った魔法防御が、水の槍を受け止める。さらに、自身の能力で、水の槍の方向を変える。
「せっかくじゃ。威力も上げてやろうかの」
「これを見て少しは学ぶとよいのだ!」
加えて、ミナとナツハが水の槍の流れと形状を操作し、三つ又の巨大な槍に変化させる。威力の増強された槍が、ホルクス自身を突き刺すべく飛翔する。
「チィッ!」
ホルクスが、ありすを盾にする。ありすの強力な魔法防御に、当たるや否や簡単に砕けて霧散する水の槍。
だがそれは同時に、意識の大半を防御に回したことを意味する。
「今だ!」
エクスドリルが空間を貫き、
「何っ!?」
ホルクスが気づいた時には、オレの手は既に魔導書を奪い取っていた。
「頂いたぜ」
どうやら、見た感じ契約はされていないらしい。本来契約しなければ精霊の力は使えないはずなのだから、この状況は明らかに矛盾している。が、それの追求はまた後でも出来る。今考えるべきは、ありすを取り戻す方法だ。
「さぁ、どうするホルクス! お得意の水の魔法は効かねぇし、ありすの制御ももう不可能だぜ。お前の負けだ――――」
オレがホルクスを追い詰める言葉を言い終えようとして、それは起こった。
「――あ……あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ありすが頭を抱え、明らかに苦しそうにする。それは、受け入れたくない現実を拒否するかのような。
「ありす、どうしたありす!」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!」
耳をつんざくような叫びと共に、ありすの周囲に先程までとは比べ物にならない雷が放たれる。
「ぐっ……暴走か」
無差別に放たれる雷はホルクスすら例外なく巻き込もうと、その手を伸ばす。ホルクスは魔法防御を使いつつも回避を併用することで何とか直撃を受けないようにしているようだ。
『コータ、氷の盾を出すから下がって!』
「いや、こっちのほうが早い!」
オレの方に飛んできた雷に回転するエクスドリルを突き立て、あたかもわたあめのように雷を巻き取っていく。限界まで溜め込まれた雷のエネルギーは、急速に回転するエクスドリルの先端で塊に変わる。
「うおりゃあ!」
オレはその雷の球を、全力で投げ飛ばす。時空間をエクスドリルの回転で歪めることが出来るようになったことで、可能となった技だ。名前は……エクスドリル逆タイフーン? しっくりこないな。まぁ、今は考えなくていいか。
投げられた雷の球は、狙い通りの場所に飛んでいく。その先にいるは、ホルクス。
「なっ、何だと!?」
不意を突かれる形となったホルクスは、強力なありすの雷を凝縮した雷の球を、そっくりそのまま喰らってしまう。さらに、それによってホルクスの動きが止まり、ありす自身が放つ雷も喰らってしまった。
「……なんか、ゲームじゃよくあるよな。こんな光景」
『辛そー……』
流石にやり過ぎたかなぁ、苦笑いが浮かんでいるのが自分でもわかる。多分、リームもだ。
「ぐぁ……くそっ、ここまでやれば十分か……ここでやられる訳にはいかない。覚えていろ!」
そう言い捨てると、ホルクスは水のベールを自身を隠すように張り、ベールが晴れたと思ったら、ホルクスの姿がそこから消え去っていた。恐らく、撤退したんだろう。
「さて、あとはあの駄々っ子をなんとかしなきゃな」
ありすは今もなお、雷を辺りに放出し続け、他者の侵入を拒んでいる。あれを突破するのは、相当骨が折れそうだ。
「
「今度はマスターが死んでしまいます」
「だよなぁ」
さて、どうしたもんか。
召喚獣の中には雷を操る奴がいる。いるんだが、何分オレが未熟だから召喚に応じてくれない。
雷を操る武器は……そんなんあったかなぁ。まぁ、オレが知らない以上は呼び出せないから却下。これでユビキタスサークルは役に立たないことが確定。
で、リームとの合体は防御能力が低いから却下。トゥードとの合体は防御能力は高いが、何分鈍い。長時間堪えられるか分からない以上、だいぶ厳しい。ツワモノスラスターを使えば接近出来るだろうが、確実にありすを突き飛ばしちまう。
……考えられる手段は、一つ。
正しいかはともかく、根拠もある。少なくとも、現状のオレ達だけじゃ打開するのは難しいことは間違いないから。
「……この精霊を、起こす」
「許可出来ません、マスター」
案の定、トゥードから否定される。
「今のマスターは既に、私含め5体の精霊と契約しています。正直、現時点でも数十年に一度あるか否か、という確率です。ですが、これ以上はあまりに危険が過ぎます。……本来ならば、私までで止めたかった。ですが、力を求めるマスターを止められなかったのは、私の責任です」
私の責任、ね。
「なら聞くが、今までのピンチ、センたち無しで切り抜けられたか? ありすを取り巻く
「それは……」
押し黙るトゥード。
「今の状態じゃ、話し掛けるには相当接近しなきゃいけねぇ。まさかありすを倒せたぁ言うわけじゃねぇよな?」
ありすの力は今やトゥードと同等かそれ以上。しかし、トゥードは精霊だから、全力形態と言えるアーマーフォーム時は、主であるオレの実力に左右される。つまるところ、オレが足を引っ張っているわけだ。……自分で言って悲しくなるが。
それに対し、ありすはありす自身の力だから制限も何もない。今はそのせいで暴走しているようなものだ。人気のない夜中の墓場だからよかったものの、一歩間違ったらどれだけの被害が出ていたのやら。
「あと、オレには根拠もある。セン、ミナ、ナツハ……みんなが寝ていた場所にはどこも特異な状況にあったよな」
『確かに……センちゃんは積もりながらも積もらない砂山、ミナちゃんは栄養の急流による巨大な花、ナツハちゃんは出口の無い巨大な迷路…………』
合体しているリームが、それぞれ例を挙げる。
「恐らくだけど、魔導書からは中にいる精霊の能力が、ある程度洩れているんだと思う。ホルクスはそれに指向性を持たせて、ありすを蘇らせた、としたならば、だ」
「今のありす様と同じ……死のうとも生き続ける能力と同じか、或いは似た能力が手に入るのでは、とおっしゃいたいのですね。ですが、保証はありません」
保証がない、か。
「確かに保証はない。でも、"オレが失敗しちまう保証もない"、だろ。オレを信じろトゥード」
「しかし……しかし、私は!」
トゥードの気持ちは分かる。途方もない時間をたった一人で待ち続けて、ようやく見つけたマスターなんだ。失いたくないのは分かる。
けどさ、同じなんだ。
「オレは…………オレ"も"、ありすを二度と失いたくないんだ。お前なら分かるよな、トゥード」
「マスター……」
前の運動会の話だ。なんだかありすがそわそわしながら、卵焼きを差し出してきた。きっと、ありすが作ったんだろう。そう思って食べたあの卵焼きの味は、忘れられなかった。あのありすが作っただけあって、破壊力は抜群だったけど、オレはその気持ちが嬉しくてたまらなかった。
食べ物といえば、カレーライスを食べさせようとしてきたこともあったっけ。カレーライスは前世の死因だけに嫌いになってしまったんだが、どうもありすはそれが認められなかったらしい。根負けしたのは向こうだったけど、今思えば大人げなかった。
ケンカもした。遊園地にもいった。
オレの傍にはいつだって、ありすがいてくれたんだ。
だからオレは、今目の前で苦しんでいるありすを、見捨てたくない!
「もう一度言うぜ、オレを……オレを信じろ!!!」
トゥードは無言で、しかし微笑みを浮かべながら頷いた。
契約のため、リームが合体を解除し、代わりにトゥードが合体する。
アーマーフォームとなったオレの手にあるのは、新たな精霊。
失敗すれば、死。だが、オレは――
「――オレは、死なない!」
――――いつかきっと、迎えに来るから! だから!
なんだ、今のは……?
一瞬聞こえた声の正体を突き止める前に、オレの思考は白い魔力に押し流された。
吼太から起こった光を、ありすは虚ろな瞳で見つめていた。
――あれは、知らないものだ。
生物は本能的に、既知を好んで未知を嫌う傾向にある。変化する環境は、安定を求める本能が嫌うものだからだ。
だから、ありすはその赤い、"未知"を排除しようとする。
――赤い? 赤いのは、知ってるものだ。
ありすの脳裏に、誰かが映る。が、誰だか分からない。
弾けたシャボン玉を拾うが如く、あることは分かるのに、そこに何があったのか分からない。それは、無くなってしまったと同義なのか。
「――ありす!」
不意に、"未知"がありすに話し掛ける。
怖い、怖い、怖い。未知は怖い。
だから拒絶する。
拒絶の雷が、未知の赤に向かって放たれる。
雷は、赤を丸ごと飲み込み、その暴力で赤の全てを砕いていく。
だが、ありすは知らなかった。未知の赤が――吼太が手に入れた力を。
『無駄。そんなの効かないから』
雷によって砕かれたその体は、まるで時の針を巻き戻すかのように。
『……あぁでも、雷で全身を砕かれる死に方も悪くなかったけど、感電死も捨て難い。もう一回』
「オレは出来れば遠慮したいなぁ……。かなり痛いし。まぁ、今回ばかりは仕方ないか。それより"カンナ"、ファイアスカルアーマーの調子はどうだ?」
『大丈夫。でなければ今頃あの世逝き』
カンナ、と呼ばれる存在が言う。
ファイアスカルアーマー。フォルティトゥードの鎧における、胴体部の鎧の名称。そこに隠されていた、そしてカンナによって解放された機能の名前は、パッションリペア。
パッションリペアは、その名の示すとおり感情、闘志によって行われる無限の再生能力だ。魔力のある限り、肉体や鎧の損傷を無限に回復する。その上、この能力は
「あぁ、いや……」
未知の赤は再び立ちはだかる。ありすは再び雷を浴びせる。しかし、それでもなお、赤は折れない。
『マスター、魔力の限界が近づいています』
「分かった! 一気にいく!」
吼太がその足をより早く動かしはじめる。それでも、速さという面ではあまり変わらなかったと言えるかもしれない。
しかし、だとしても。
吼太の足は一歩ずつ進んでいく。立ち塞がる絶望を押しのけて、
己が身体が砕かれようとも、尽きぬ闘志が有る限り、その脚は止まらない。
少しずつ、少しずつ。しかし確実に、"赤"はありすの元に近づいていった。
そして。
「トゥード、合体解除」
赤の鎧から現れた
「もう、離さない。オレが、ずっと一緒にいるから」
「う……あ…………」
ありすの心に、記憶が蘇る。想いが蘇る。
「コー……タ……?」
「…………あぁ」
「私は、ありす……?」
「……あぁ」
「コータ……なんだよね?」
「ッ…………あぁ……!」
二人の目から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
それは、まるで産声のように。
この世に
起こした奇跡に、喜ぶように。
少女の泣き声は、天高く響いた。
「チィッ、まさか奴があれだけの力を手に入れていたとは……! でもまだ……まぁだだ。
とりあえず、ここまで。次話以降は、なろうで更新した後に更新します。つまり、こっちは一話遅れで連載することになりますね。ご了承ください。