現在六時間目、理科の授業だ。今回は「人間について」らしい。理科の先生は初老の男性だが、雰囲気が妙に若々しい。
「えー、人間は約60兆個の細胞で構成されています。そして、器官によって発現する遺伝子が違うため、その形状が違います」
「先生!喰種とは一体どんな生物なんですか?」
この先生は聞かれた事には基本、完璧に答えてくれるので、質問が絶えない。
「えー、喰種は舌の組成が人間とは異なるので、飲める飲み物は、コーヒーと水、食べられるのは人間のみだと言われています。これはその人間が生きていても死んでいても関係がないそうです」
(おいおい、いつの間にか人間から喰種の話になってるよ…まぁ、話が逸れるのはいつもの事だけど…)
喰種とは先生も言っていた通り、人間しか食べる事が出来ないという化け物の事だ。
(幸い、この12区は平和なようだけど、他の区では喰種が街を占拠して、堂々と歩いている区もあるらしい…怖すぎて寒気がしてくる…)
そんな事を考えていると、
「コラァ、白波!ちゃんと話を聞け!」
と怒鳴られた。僕は人から見たらボーッとしているように見られがちだ。大抵は考え事をしているのだが、何故かそう見られてしまうのだ。
(これも僕に友達が出来ない原因の一つじゃないだろうか……?しかし、先生め……おかげでクラスの皆にも笑われてしまったじゃないか……)
「キーンコーンカーンコーン」
「今日はここまで。号令!」
「気をつけ!礼!ありがとうございました!」
(やれやれ、やっと終わったー……)
「時雨ー!一緒に帰ろー!」
(この声は美春か、相変わらず美春と話していると、後ろから凄まじい殺気を感じる……早く帰ろう……)
「うん、分かった。あれ?智哉は?」
「いつも通り同じだよー」
(ああ、またか……いつもの事だけど……)
智哉はいつも先に帰ってしまう。噂によると学校の誰よりも早く帰るらしい…
そんな事を考えているとT字路に着いた。美春は右の道で、智哉と僕は左の道だ。
「じゃあ、ここで」
「うん!また明日ねー!」
「うん」
(さぁ、智哉の家に行くか……)
智哉の家は薄いピンク色をしている。彼の両親の趣味らしい。彼の両親は数年前に事故で他界しており、今は妹と二人暮らしをしている。
智哉の家の前に着いた瞬間、家の中から、外にまで響く、大きな怒鳴り声が聞こえた。
「このバカ兄貴ー!!!」
「ごめんね、ごめんね、智乃ちゃん!今日は一緒にお風呂に入ってあげるから……」
「この大バカー!!!」
その声の数秒後、家の中から殴られる音と、悲鳴が聞こえた。
(うわぁ……相変わらずヤベェ……)
そんな事を考えながらインターホンを鳴らした。インターホンが鳴り止む頃に、智哉は出てきた。
「はーい。来たな、時雨。上がってけよ」
「だ……大丈夫か……?」
智哉の顔は大きく腫れ上がっていた。恐らくさっきの打撃音の正体はコイツが殴られる音だったんだろう。
「ん?これか?大丈夫大丈夫!いつもの事だし、それにこれはきっと、愛情の裏返しなんだよ……」
息を荒くしながら、そう呟く智哉。これが間違いじゃないから、恐ろしい。
(相変わらずコイツは怖い。頑張れば妹の心理も読めるんじゃないか?まぁ、とりあえず……)
「お邪魔しまーす」
「ああ、時雨さん。こんにちは!」
この子は
今は学校から帰って間もないのかまだ制服を着ていた。髪は黒のショートで、頭の天辺に一房のアホ毛…?らしきものがある。
「こんにちは、智乃ちゃん。ごめんね、いつもお邪魔しちゃって……」
「大丈夫ですよ、お兄ちゃんも楽しそうですし」
(いや、多分君と一緒に居た方がお兄ちゃんは喜ぶと思うよ……)
智乃ちゃんは普段、隠しているが実はお兄ちゃんが大好きなブラコンだ。
(兄がシスコン及びロリコンで、妹がブラコンって……この家系は一体どうなってるんだろう?)
智哉と智乃ちゃんはお互いに家事を分担している。智乃ちゃんがいる時は、智哉のためにあらゆる準備をこなし、智哉がいる時もまた、全力で妹に尽くしている。
(夫婦かよ、この二人は……)
そんな事を考えていたら、夕食の時間になってしまっていた。
「智哉ー、僕、そろそろ帰るよー」
「もうか?夕飯食ってけばいいのに……」
「母さんが準備してると思うからさ……」
「ああー、怒ったらめっちゃ怖いもんな、お前の母さん……」
「まぁね……という訳で今日は帰るよ、お邪魔しましたー」
「おう、気を付けて帰れよー!」
「ああ、ありがとう」
(……あれ?何かさっき出た部屋からイチャイチャオーラが出てるような……気のせい……だよね。うん、きっとそうだ……!)
そんな事を思いながら僕は智哉の家を後にした。
現在午後19時、智哉と僕の家は方向こそ同じだが、歩いて20分位掛かる程度の距離はある。家の夕食は大体いつも19時30分位からだからかなりキツイ。
(ギリギリだな…走って帰っても間に合うかどうか…とりあえず走って帰ろう。それで間に合わなくて怒られるなら仕方ない)
(やっと着いた……とりあえず間に合ったかな……?)
「ただいまー……」
玄関からリビングに入ると、台所から母さんの声が聞こえた。
リビングにはいつも通り、テーブルが一つあり、皆が座る椅子が五脚あった。
「お帰りー、また智哉君の家に行ってたの?毎日毎日、全く良く飽きないわねぇ……」
「アイツと一緒に居ると楽しいんだ。美春も一緒だったら最高だよ!」
そう言うと、母さんの顔が何か面白い事でも見つけたかのように歪んだ。何か、嫌な予感がする……
「へぇ~……ねぇあんた、美春ちゃんの事好きなの?」
予想外な事を言われたため、僕は飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
「そそそ、そんな事ないよ!万が一、本当にそうだとしても、美春には非公式だけど、学校内でファンクラブまであるんだよ?そんな中、僕なんかが美春とつ……付き合える訳が…」
「そんな事ないんじゃない?だって男の子だと一番あんたと一緒にいるじゃない」
(そんな事は……あれ?そういえばいつも一緒にいるような……)
「それってどういう……」
「まぁ、詳しくは本人に聞いてみれば?」
「そうだぞ時雨、ちゃんと本人に聞いてみるんだな」
今度は父さんまで、会話に入ってきた。
(何でこんな時に限って来るんだ……)
「お兄ちゃん、美春さんの事好きなの、やっぱり?」
「マジかよ、兄貴!?予想通りだけどさ、まあ、精々頑張れよー」
挙げ句の果て、霞や朧まで話に入ってくる。
(何で皆、こんなに僕をからかいたがるんだ…?)
「もう皆!止めてくれよ、そうやって僕をからかうの」
「はいはい、さぁご飯よー」
この母さんの一言をきっかけに皆、それぞれの席に座っていく。
(僕がいくら頼んでも戻ってくれないのになぁ……この扱いの差は何だろう?)
「全く…」
「まぁまぁ、お兄ちゃん。いつもの事なんだから…」
「そうだぜ、もう観念したらどうだよ、兄貴?」
朧と霞は励ましてくれるが、自分達もからかいに来ているのだから、本気ではないだろう。
「はぁぁぁ…」
母さんがご飯を運んでくる。漂ってくる匂いからして、今日はシチューなんだろう。
「「「「「頂きます」」」」」
シチューを口の中に入れた瞬間、優しい味が口一杯に広がった。やっぱり、母さんの作ってくれるご飯は美味しい。
(でも……何だか舌に、いつもとは違う、違和感を感じる。気のせいだよな……うん……)
幸い、すぐに違和感はなくなり、僕はいつも通り、シチューを食べ終えた。
そして、父さんと母さんに寝る事を伝えて、寝間着に着替え、二階にある自分の部屋に向かった。
すると、トイレから出てきた朧と鉢合わせた。
「じゃあ、朧、お休み」
「ああ……」
僕が朧に呼び掛けると、彼は返事をしたが、何となく上の空のような気がした。
顔を少し見てみると、凄く青い顔をしていた。気分でも悪いのだろうか……?
「朧、苦しかったらいつでも言うんだよ?」
「ああ、サンキュな、兄貴……」
朧にそう告げると、二人はゆっくりと
「ふぅ~……明日はどんな日になるかな……?」
こうして僕のいつも通りの1日が終わった。
この時僕は、今日のような、自分にとっての