「ブブー」
…スマートフォンが鳴っている。
(多分美春か智哉だろう…だけどこんな身体になってしまった今、出ていって空腹に耐えられなくなったら…)
何も食べられないせいか突然、我を忘れてしまう事がある。
(一応業者さんに頼んで、両親の埋葬は済ませたけど、手続きとかで疲れた…)
こんな状況で両親の埋葬をした理由は、僕が空腹に負けて両親の遺体を、名誉をこれ以上汚す訳にはいかないと思ったからだ。
しかし、一番辛く、悲しいのは、人間が美味しそうに見えてしまう事だ。
(目の前にご馳走があるのに、それを食べてはいけない…まさに生き地獄だ……一応、最低限コーヒーや水を飲んで少しはマシにはなってるけど、やっぱりお腹は一杯にはならない…一体どうすれば良いんだ…)
「うう……」
僕は只々(ただただ)空腹に耐えるしかなかった。そんな時、
「コンッコンッコンッ」
と、規則正しいノックの音が聞こえた。
(一体誰だろう…?)
そう思いながらドアを開けると、そこには一人の男性が立っていた。年は大体二十代前半位で、服装は全体的に緑が基調の服を着ていた。
「あの…貴方は…?」
「僕は折木 森羅(おれき しんら)。君と同じ者だよ。」
(まさかこの人…喰種!?)
すると折木さんは、
「気付いたみたいだね。そう、僕は君と同じ喰種だ。
「何の事ですか…?僕は普通の人間ですよ…?」
すると折木さんは笑って、
「頭も中々切れるみたいだね白波時雨君。でも隠しても無駄だよ?僕達は君達兄弟をずっと見ていたんだから」
僕は何が何だか分からなかった。
「ど…どうして…?」
「君達兄弟はある喰種から目を付けられていたんだ。奴はかなりイカれている奴でね、実験が好きなんだ。君達は奴の実験…というか遊び半分で君達をこんな身体にしたんだ」
と、折木さんは申し訳なさそうに言った。僕は突然の事で彼が言った言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「どうして…どうして僕らが…?」
「それは全くの偶然だよ、君達を守ろうとはしたんだが、奴に先を越されてしまった…」
僕は段々と湧き上がる怒りの感情を抑える事が出来なかった。
「返せよ!僕の家族を!朧を!霞を!父さんを!母さんを!僕の日常を…幸せだったあの日々を…返せよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
折木さんは黙って聞いていてくれたが、やがて口を開いた。
「それについては幾ら詫びても許される事じゃないだろう…けれど、すまないと謝らせて欲しい…」
散々怒鳴って、少しは気持ちが落ち着いた所で、僕は
「……はい……それで朧と霞はどこに?」
と、聞いてみた。
「僕の友達が情報屋の様な事をやっているから、二人の居場所の大体の見当は付いている。
まず、朧君は霞ちゃんを探し回った挙げ句、見つからなかったからか、他の区へ行ったよ、確か9区だ。彼はそこで、鳩も喰種も殺し回っている…
ああ、(鳩)というのは、喰種専門の捜査官の事だ。君がもし会ってしまったなら、どんな事があっても逃げるべきだ。
そして、霞ちゃんだが、彼女は僕らが保護している。彼女も君とは違って割り切れているね、人を食べている。主に、僕らが貯めておいた食料をね」
「そんな…朧…。でも、霞は生きているんですね!良かった………ううっ!」
(身体が動かない…ここはどこだ?)
気が付いたら知らない場所にいた。そしてそこには先客も…
「始めまして、白波時雨君」
その人は男性で、黒いシャツに白い上着を着ていた。
「誰なんですか、貴方!?それにここはどこなんですか!?」
「そんなに一度に色々と聞かれるとは思わなかったな。君は意外と知りたがり屋な様だ。
ここは君の心のなかさ。そして私は君に移植された臓器の持ち主だった者、名を輝影(てるかげ)という」
「どうしてそんな人が!?とにかく、今すぐ僕の心の中から出ていって下さい!」
すると、輝影は少し困った様な表情を浮かべて、
「それは無理だな。何故なら私は今、君の中に存在するもう一つの人格なのだからな…。さぁ、久しぶりの生身だ。思う存分、暴れさせてもらうよ!」
(いけない、この人を止めなければ!)
そう思った僕はこの人にしがみつこう…とした。
「はぁ…大人しくしていてくれないか?せっかく楽しくなりそうな所なのに」
この人は普通に喋りながら、僕の身体を朧にも生えていたあの触手の様な赫子で貫いていた。そのせいで、僕は彼に触る事も出来なかったのだ。
「うぐわぁぁぁ!……うっ……止めて…くれ…。もう…これ以上…僕のせいで…傷付く人を…もう…見たくないんだ…!」
すると輝影は、
「所詮は餓鬼か…」
と言って去っていった…
「時雨君!どうしたんだ!?」
折木さんの声が聞こえる…
(そいつは僕じゃない…!逃げて…)
輝影は僕の身体を使って、折木さんにこう言った。
「さぁ、殺り合おうか……」
折木さんも違和感に気付いたらしく、
「お前は誰だ!時雨君じゃないな!」
と言った。
すると輝影は、
「答える必要はない…な!」
と言って赫子を出した。朧から生えていた触手の様な赫子が二本、そして、肩甲骨辺りから、硬い刃の様な赫子が生えて来た。
すると折木さんも、
「仕方ないな…一時的に拘束させてもらう!」
と言って、朧にも生えていた羽の様な赫子を出した。しかし、その赫子の色は朧とは違い、青みがかった色をしていた。
「(行くぞ!」
折木さんは赫子を使って遥か上空へと飛び上がった。
(流石にあの高さまでは跳べないだろう…)
僕が心の中でそう思っていると、輝影は余裕の表情で、
「それはどうかな?」
と答えた。次の瞬間、輝影は若干の助走を付けつつ、側に立っていた電信柱を足場にして、一気に折木さんのいる高さまで、飛び上がった。
(嘘だろ!?)
と僕は思った。折木さんもそれは一緒だった様で戸惑っていた。
「何!?甲赫は重いはずなのに!?」
輝影はそんな状態の折木さんを嘲笑いながら、
「遅い!」
と言って、刃の様な赫子で彼を切りつけた。
「ぐぅぅぅぅ!!」
折木さんはどうにか致命傷は避けたけれど、とても深い傷を負ってしまった。
「どうした?もう終わりなのか?」
(折木さん!くっそぉぉぉ!!僕の身体を返せ!)
「煩(うるさ)い奴だな…こっちはまだまだ遊び足りないんだ!邪魔をするな…ううっ!?」
輝影、つまり僕の背中には折木さんの羽の様な赫子が大量に刺さっていた。
「油断したな…」
折木さんは息も絶え絶えながら、そう言った。
「おのれ…必ずその身体を奪ってやるからな…」
次の瞬間、僕の意識が戻った。
(輝影の支配から逃れる事が出来たみたいだ…はっ!)
「折木さん!」
声を掛けると、折木さんは辛そうにしながらも、笑顔で、
「時雨君…元に戻ったんだね…良かった…」
折木さんの身体が心配なので僕は、
「早く病院に行きましょう!」
と言った。しかし折木さんは、
「いや、病院はマズイ…喰種だと言う事がバレてしまうだろう…。とりあえず、僕の友達の所へ行こう…」
確かにそうだ。喰種と言う事がバレてしまうと色々とマズイ事になる。僕は、
「確か、情報屋だって言ってた人ですか?」
と聞いてみる。すると折木さんは、
「ああ…彼は食料を大量に持っているから分けてもらおう…僕と君の傷と空腹を癒すためにね…」
と辛そうにしながらだが、言った。
(情報屋か…一体どんな人なんだろう…?怖い人じゃなければ良いけど…)
そんな事を考えながら、僕は折木さんに肩を貸して、
「分かりました。苦しいでしょうけど、案内をお願い出来ますか?」
すると折木さんは元気を絞り出す様に笑って、
「ああ…それは任せてくれ…彼のアジトはそんなに遠くない…それと、彼に会った時は何が何でも怒らせない様に気を付けて。彼、普段がかなりマイペースだから、怒らせると尋常じゃない程に危ないんだ…まぁ、余程の事が無ければ怒らないから安心して」
(ひえ~…凄く怖い…でも、行かなくちゃな!)
僕は折木さんとゆっくりとだが、歩き始めた。
朧と霞の事、そして、僕の中にいる輝影の事を考えながら…