それから僕は毎日、黒坂さんの訓練を受けている。戦い方の訓練が主だけれど、霞と一緒に訓練をすると聞いた時はとても驚いた。
「霞も…戦うの?」
と僕が聞くと霞は少し暗い表情をしたが、頷いた。
訓練の時に初めて霞の赫子を見て、僕は他の赫子とはあまりにも違うため驚いてしまった。
霞の赫子は鎧の様に全身を包んでいる。肩の辺りだけはそこから赫子が二本出ていているため露出していたが、霞の両腕を包んでいるため、恐らくはあの腕で相手を殴るのだろう。見た目からして防御力と攻撃力がひじょうに高そうだが、動きを見ていてその欠点が分かった。遅いのだ、あまりにも。
今、黒坂さんは赫子を出さずに訓練しているが、僕は足を払われて転び、霞の一撃を素手で受け止めた。
「時雨君は基本的な動きを忘れない!霞ちゃんは体勢を崩さない!崩すと折角の一撃が無駄になる!」
(え?いや、衝撃で地面が揺れたのにそれを軽々受け止めるって……)
僕はそう思いながらも霞と、
「はい!」
と返事をして、今日の訓練は終わった。
「ちょっと家の掃除とかをしに一回帰ります、服とかも買うので、遅くなると思います」
と伝えると黒坂さんから、
「知り合いに会わないように気を付けるんだよ?些細な違いにも気付かれてしまうかもしれない」
と注意を受けた。僕は、
「分かってます。じゃあ行ってきます」
と伝えた。
(幸い、赫眼にはならないで済んでいるし…)
そう思いながら、家へ帰った。
家の掃除を済ませてから服を買いにデパートへ出掛けた。霞の分の服も買おうと思って、予め霞に服の希望を聞いておいた。
「大体こんなもんかな…っと」
服を買い終わり、帰ろうとすると目の前に、智哉と智乃ちゃん、そして美晴を見つけた。
(マズイ!今、会ってしまって、こんな身体になってしまった事がバレたら……)
そう思い、急いで隠れたが、どうやら見つかってしまっていたようだ。三人ともキョロキョロしながらだが、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。
「時雨…?」
「時雨さん…?」
智哉と智乃ちゃんが僕の名前を呼ぶ。美晴も、
「時雨なの…?」
と呼びながら近づいてくる。
「う、うん…」
次の瞬間、智哉からはパンチを、美晴からはビンタを喰らった。
「痛っ!」
殴られた所を擦っていると智哉に、
「今までどこにいたんだ!学校には来ないし、家に行っても誰もいないし!心配させてんじゃねぇよ!」
と怒鳴られた。
「僕を心配してくれたの…?」
と聞くと、今度は美晴にも、
「当たり前でしょ!?」
と怒鳴られた。
(僕はこんなにも皆に心配を掛けていたんだ……ごめんよ、智哉…智乃ちゃん…美晴…僕はもう……)
ふと智哉を見ると何故か驚いた顔をしている。智乃ちゃんと美晴も同じように驚いていた。
「皆…どうしたの?」
と僕が聞くと三人は顔を見合わせ、少し経った後に智哉が、
「時雨…お前、何で泣いてるんだ…?」
と言った。
「えっ?」
僕が目を拭ってみると、確かに手が少し濡れていた。
自分で気付かない内に泣いてしまったのは初めての事だったため、驚いた。
「大丈夫だよ…皆、ありがとう…」
そう言って僕は歩き出した。
「お、おい、時雨ぇ!」
(ごめんよ…ごめんよ……!)
後ろ振り向きたくても、振り向く事が出来ない自分の身体を恨みながら、僕はアジトに向かって歩いていた。
路地を曲がろうとした時、誰かとぶつかってしまった。
「っ!」
「痛っ!あ、す、すみません!考え事してて…」
「大丈夫さ、僕も考え事をしていてね…どこか怪我はなかったかい?」
ぶつかったのは男の人だった。その人は見た目で高価な物だと分かる黒いスーツを着て、靴も高そうな白い靴を履いていた。
「あ、はい、大丈夫です…」
その時、男の人の胸ポケットから箱が落ちた。長方形の箱だ。
「あ、あの…これ…」
僕は落ちた箱を男の人に返した。
「ああ…これはすまないね……僕は皇 旋也(すめらぎ せんや)。君の名前は?」
突然聞かれたので驚いたが、僕は正直に、
「し、白波 時雨です…」
と答えた。
「そうか、時雨君か…ぶつかってしまって悪かったね。では、失礼するよ」
そう言って、皇さんは去っていった。
(何か不思議な人だったな……それにしてもお金持ちって羨ましい……)
「はぁ~…」
僕は溜息をつきながら歩き出した。この時僕は、後ろにそっと立っていた皇さんに気付かなかった。
「ふふふ……時雨君…君なら良い曲が書けそうだよ……あははは……」
そう言って今度こそ彼は消えていった。
アジトに帰ると、黒坂さんがソファーの上で暇そうにゴロゴロしてた。
「お帰り~」
「折木さんと霞は?」
黒坂さんは起き上がってコーヒーを淹れながら、
「訓練だよ。森羅がリハビリついでに霞ちゃんの相手をしてるよ」
と教えてくれた。僕はこの時、前々から気になっていた質問をした。
「あの…赫子って何ですか?」
と聞くと黒坂さんは、
「そういえば、詳しく話してなかったね」
と言って話してくれた。
黒坂さんによると『赫子』とは、Rc細胞という喰種の体内に存在する細胞によって構成されていて、『液状の筋肉』と表現される事もあるらしい。種類もあるらしく、羽赫(うかく)、甲赫(こうかく)、鱗赫(りんかく)、尾赫(びかく)の五種類だそうだ。
(あれ?じゃあ、朧や輝影は…?)
僕は疑問を持った。黒坂さんの話しぶりからすると、赫子は普通、喰種一人にこの五種類の内、一つだと言う事。
(それならどうして、二人は二種類の赫子を使えたんだろう……?)
「黒坂さん、赫子を二種類以上使える喰種はいるんですか?」
と聞いてみた。すると黒坂さんは、
「いるよ。とは言ってもほとんどいないし、二種類より多くは使えないと思う。君の弟の朧君は羽赫と鱗赫、君の中にいる輝影という奴も、森羅に聞いた話によると、甲赫と鱗赫だろうね。全く恐ろしいよ……。ちなみに霞ちゃんも二つ使えてるよ、甲赫と甲赫」
と言った。
「じゃあ、霞は朧に比べて弱いんですか?」
「どうしてそう思うんだい?」
と質問で返された。
「えっ…だって霞は同じ種類の赫子を使うのに対して、朧は違う種類の赫子を使えるじゃないですか、それは攻撃の手段が少ない事を意味しますよね?」
すると黒坂さんは笑って、
「そんな事はないよ。羽赫は甲赫に弱く、甲赫は鱗赫に弱く、鱗赫は尾赫に弱く、尾赫は羽赫に弱い。霞ちゃんは甲赫でスピードはないけれど、普通の甲赫以上に硬いから、並みの鱗赫では貫けない。でも、その遅さから動きが速い相手には追い付けない。まぁ、五分五分じゃないかと思うよ」
と言った。
「そうなんですか…教えてくれて、ありがとうございました」
すると黒坂さんは、
「いいよ、また何か分からない事があったら、いつでも聞いて」
と言ってくれた。
僕はもう一度、彼にお礼を言ってから訓練場に向かった。強くなって皆を守れるように……そんな望みを持ちながら……