エ・ランテルの混乱を収拾する為に、ジルクニフが最初に取り掛かったのは不足する食糧の安定供給だった。都市内にある食糧倉庫から物資を徴発して、市場へ放出する事で民心の安定を図ったのだ。バルド・ロフーレを中心とした商人の抗議・嘆願を一顧だにせず、不当な食糧品カルテルを組んでいた商人は全て拘束され、在庫と資金を没収された。商人達の誤算は、今までの王国貴族に対して有効だった賄賂等が、帝国のあらゆる軍人、官吏に全て拒否された事だ。
地神を奉じる神殿に立て篭もっていた、ギグナル・エルシャイとその一派へも、苛烈な対応がとられた。神殿を帝国軍が包囲して物資の流入を遮断したのだ。その後は逆に、彼らからのあらゆる交渉を無視し続け、彼らが投降した際には、全員が餓死寸前の有様だった。住民への治癒行為に関しては、極秘裏に帝国軍に同行していたスレイン法国の神官団の協力があった。神官団を率いていたのは、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインであった。
冒険者組合と魔術師組合の業務が停止している状態は、帝国軍の優秀な騎士団と魔術師団によって解決された。組合所属の冒険者、魔術師の一部が、それに協力する事で都市への影響は最小限に留められた。
エ・ランテルの混乱をまたたく間に収集したジルクニフに、住民は「ジーク・マイン・カイザー」の大合唱で喝采した。そんなジルクニフの元へ「ラナー第三王女誘拐」の報が届けられた。
~王都ヴァランシア宮殿~
「クライム…今の王国の有様(オワコン)をどう思いますか?いえ、国を何とかしようなどと(もうどうにでもなーれ)、第三王女にすぎない私が考えることではありません(私は悪くねえ)ただ、私は苦しめられている王国の民(ゴミのようだ)を助けたい(帝国にまかせた)のです。でもラキュース達も居なくなってしまい(いやな事件でしたね)…私の傍にいてくれるのはクライムだけ(クライム!クライム!クライム!クライムぅぅうううわぁああああああああん!)」
「何を言われるのですかラナー様、レエブン侯やガゼフ戦士長がおられるではないですか!?彼らならラナー様にいくらでもお力をかしてくれます。」
「レエブン侯(扱き使ってポイ)には、彼にとって何よりも大切な家族がいます。そして戦士長(触るな危険)のお力は、もっと大きな世界の為にこそ振るわれるべきもの(アレに関わったらヤバい)私の為だけに戦ってくれるのはクライム、あなただけなのです…」
「もちろんです!ラナー様。このクライムはラナー様の忠実な僕、犬とお呼び下さい!」
ラナーは心から満足していた。愛するペットは主人の言葉に酔いしれ、自分の事を全て肯定してくれる。自分の今後の生活になんの不安も抱いていない。
レエブン侯はエ・ランテルで帝国軍を迎え入れている頃だろうか?事前のミスリードで、都市の上層部が市民を見捨てて逃亡するように仕向けた。戦士長も作戦通りに事を進めているだろう。王族派閥と貴族派閥、そして平民の雑兵には手を出さずに、軍の実務を担う下級貴族の騎士や職業軍人に狙いを定めて、軍の屋台骨を圧し折る事によって軍事的抵抗を不可能にする。
そうすれば帝国による王国併合はスムーズに行われるだろう。まともな国なら、平民によるパルチザンの結成や、残存兵力によるゲリラ活動による抵抗があるだろうが、リ・エスティーゼ王国に限っては、そんな心配は一切ないと断言できる。
王国の支配層、上流階級には『将来の生贄』という役目があるし、平民達は大事な労働力だ。帝国の国力では、一気に王国を取込んでも持て余してしまうので、まずは交易の要であるエ・ランテルとレエブン侯の領地を確保しつつ、数年かけてゆっくりと帝国に王国を併合させてゆくのだ。しかもそれをするのは自分ではない。勤労意欲に溢れる皇帝が自らすすんでやってくれるだろう。自分はクライムとニートしながらそれを眺めていればよい。
唯一の不確定要素は、あのガゼフ・ストロノーフだ。集めた情報と最初に会った印象では、能力は超一流で、金と女への執着が強い俗物としか思えなかったが、ガゼフと関わるうちに、何か他の目的があるらしいという事がわかった。スレイン法国に傾倒しているのに、バハルス帝国の皇帝を推している事も理解は、したが納得は出来ない。かといって青の薔薇の様に排除するのも難しい。周辺国家最強といわれるのは伊達ではない。お互いの不干渉を提案されているので、こちらから関わりを持たなければ大丈夫とは思うが…
そろそろ迎えが来るころだろう。『八本指の残党』による王女誘拐…それがラナーの描いたシナリオのクライマックスだ。帝国からの密使と打ち合わせは済ませている。後は戦士長から借り受けた六腕に護衛されながら、帝都アーウィンタールへ向かえばいい。帝都に着けば後は悠々自適な生活が待っている。一度くらいは扶養者へ挨拶をしてもよいかと思っていたが「王女の生活については準備万端整っております。陛下との謁見も不要(お前の顔を見るのも嫌だ)王女に於かれては、心安らかにお過ごし下さい(余計な事はするなよ、絶対するなよ)」と言われてしまった。
王国歴216年下火月18日、王都のヴァランシア宮殿より、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ第三王女が誘拐されるという事件が発生。目撃証言から、犯罪組織八本指の残党による犯行と判明した。帝国との戦争中で主要な王族、貴族が不在の為に対応は混乱を極めた為、ラナー王女の側仕えだった平民の兵士が行方不明になった事を気にかける者はいなかった。