Fate/Grand Order : error/mission 作:変種第二号
【レイシフト管制官■■■■■■の日記より抜粋】
知らなかった
俺達は知らなかったんだ
人が、こんなにも狂っていただなんて
こんな馬鹿な事があって堪るか。
腹の底から込み上げる鉄の匂いに咽ながら、コヤンスカヤは血走った眼で眼前の青年を睨み付ける。
「……生きてるって事は、やっぱり人間じゃあないんですね」
事も無げに言い放つ青年の目には、如何なる感情も宿ってはいない。
ただ単に事実を言い表しただけ、という無機物じみた冷たさの滲む声に、彼女らしからぬ事だがコヤンスカヤは戦慄した。
「貴女の連れてきた部隊は、もう『殲滅』されました。無駄な抵抗は止めた方が良いですよ」
「……人間風情が何を言う……って、笑える状況じゃないわね」
荒い息を吐きながら、血と臓物を溢れさせる自らの腹部を押さえるコヤンスカヤ。
カルデアの制圧、職員の殲滅という任務は、既に失敗したと看做さざるを得なかった。
「事前情報だと、貴方は単なる人間だった筈ですけどぉ……?」
返答は言葉ではなかった。
恐るべき速度で放たれた拳、それが答え。
殴るのではなく、そのまま対象の身体を突き破る為の一撃。
手負いの身でありながら咄嗟に身を捻って躱したコヤンスカヤだったが、掠っただけのそれが彼女の右上腕部を深々と抉り飛ばした。
「がッ……!?」
体勢を崩し、吹き飛ばされる。
無様に床を転がりながら、それでも身を起こして標的に向き直った。
全身を自らの血で染め上げながらも、彼女は戦況の分析を継続する。
此方の兵が全滅した事は、既に知覚している。
俄には信じ難い事だが、全てのサーヴァント達が退去した筈のこのカルデアに於いて、サーヴァントに匹敵する戦闘能力を有する猟兵たちが、ほぼ一方的に殲滅されたのだ。
それを可能足らしめたのは―――
「……やっぱり、空爆でもしとくんだったかしらぁ」
―――あの『増設区』の連中だ。
本来ならばカルデアに存在しない筈の、奇妙な大規模区画。
幾つかの実在の企業が出資している事は確認できたが、其処に至るまでの経緯は全くの不明。
そもそも、マリスビリーと接触した形跡が無い。
それどころか、それら企業の設立に至る経緯までもが不明な点ばかりという、不気味にも程がある連中だ。
国連も、それら企業が本社を構える国家も厳重に情報を閉ざし、口を噤んでいるところから推測するに、途轍もない権力を有している事は明白。
余りに不明な点が多すぎるが故に、各地の魔術協会や聖堂教会の関与も疑ったのだが、その双方もが『増設区』と関連組織については末端の情報収集にも難儀している始末。
結局のところ『正体不明』としか言い様がなかった。
だが、もはやそんな言葉では済まない。
連中が『根源』について何も知らない―――或いは『取るに足らない』と判断している―――事だけは、これまでの調査を通じて否という程に理解している。
魔術師などではなく、単なる企業より派遣された技術者と私兵、国連の特殊部隊等の寄せ集めである事は間違いない。
だが、神秘に対する異様なまでに醒めた態度は、ただ無知であるとして片付けるには違和感を覚えるものだった。
このカルデアで過ごしながら何故、神秘に対して無頓着でいられる?
魔術師であれ一般人であれ、惹き付けられずにはいられない奇蹟の如き事象を腐るほど経験しておきながら何故、その成果を手に入れようとしない?
そもそも奴らは何故、このカルデアに集っているのだ?
「えっ?」
ふと、我に返った時には遅かった。
漆黒の風がコヤンスカヤの傍らを一瞬にして吹き抜けた後には、其処にあった筈の右腕は根元から消し飛んでいたのだ。
一拍の間を置き、絹を割く様な絶叫が上がる。
それでも彼女は、殺意を滾らせた目で青年を睨み、吐き捨てた。
「サーヴァント……やはり、まだ……!?」
途切れる言葉。
コヤンスカヤは気付いた。
自身の周囲に渦巻く、黒い粒子の壁。
周囲の壁を、床を急速に削り取りつつ拡大するそれの中にあって、眼前の青年だけが無傷のまま事も無げに佇んでいた。
そして彼女は不意に気付き、絶句する。
『魔力』を、感じない。
このサーヴァントから、一切の『魔力』が感じ取れない。
「貴女が何者か、何処の手の者かなど興味は無い。何であれ、もう全て無意味だ」
それだけを言い放ち、青年―――藤丸 立夏はコヤンスカヤに背を向けた。
周囲を荒れ狂う黒い嵐はいよいよ破壊の規模を増し、巨大な削岩機と化したその内に彼女を呑み込まんとする。
彼女は、躊躇わなかった。
「くっ!」
傷の修復に当てていた魔力さえ回し、施設外部への転移を図るコヤンスカヤ。
不幸中の幸い、あの得体の知れないサーヴァントもどきは空間転移を妨害する術を持ってはいなかったらしく、問題なく雪原へと転移する事ができた。
堪らず頽れ、腹の内から込み上げる血の塊を純白の雪の上へと吐き出す。
ぶちまけられる大量の赤を視界に捉えながら、それでもコヤンスカヤは嗤う。
「ははっ、あはははは!」
―――いやはや、マスターまでもが規格外とは恐れ入った。
『増設区』の連中も猟兵を駆逐可能とは驚かされたが、しかしそれも無駄な足掻き。
此方の本隊の戦力は連中程度ではどうあっても抗えず、すぐに増援が津波となって押し寄せる。
そして、天より来たりし新たなる『神』の存在。
もはや、その場凌ぎの抵抗など無意味―――
「―――えっ?」
笑みを浮かべて顔を上げたコヤンスカヤは、しかし直後に凍り付く。
彼女が目にする筈だった無数の猟兵たちの姿も、天から降臨する七つの『神』の種子も。
そのどちらも、其処には存在しなかった。
「な、に―――?」
燃えていた。
南極の大地、雪と氷に覆われた地表の見渡す限り一面が、赤く燃えていた。
幾重にも轟く地響きと、数さえも把握できない程に連なる無数の爆発音。
それらが、猟兵が地を覆い尽くさんばかりに存在していた筈の雪原を、灼熱の溶鉱炉へと変えていた。
天を仰いだ先で、降り注ぐ種子の光に見える事はできない。
煌々と地上を照らす筈の七つの流星の光は、空を覆い尽くす影に遮られて地表には届かない。
届く筈がない。
其処に、南極の空に浮かんでいたもの、それは―――
「嘘でしょ……?」
―――塔の様な高層構造物を有する、幾隻もの巨大な『戦艦』らしきもの
―――星が1つしかない、奇妙な『星条旗』を無数に棚引かせる、巨大な『都市』らしきもの
―――複数の大規模なジャイロによって浮遊する
それらが互いに激しい砲火を交わし合い、流れ弾によって雪原を煉獄へと変えてゆく光景だった。
「あ……あ……」
愕然として声を漏らすしかないコヤンスカヤ。
彼女と周囲諸共を呑み込む程の、プラズマ砲弾の弾幕が頭上に降り注いだのは、直後の事だった。
■ ■ ■
「何だこれは……」
明滅する警告灯、閉じた隔壁、斬撃による亀裂、突き立ったボウガンの矢、無数の弾痕、そして夥しい流血の跡。
万が一の事態への備えとして用意されていた手順通り、ジェニシスによって自動的に再召喚されたサーヴァント達は無人のフェイト管制区を出て、呆然と半壊したカルデアの内部を見回していた。
マスターとの繋がりはあれど当人の姿は無く、しかも見慣れた施設の内部は荒廃し、明らかに激しい戦闘があった事を窺わせるものだった。
決定的なのが、其処ら中に転がる無数の黒衣を纏った異邦人の死体と、それらが手にしていたであろうピストルクロスボウと斧だ。
「何が、起こったの……?」
「分からん……だが、尋常な事態ではないぞ」
周囲の声を耳にしながら、死体の傍らに膝を突くアサシンのエミヤ。
『増設区』の手で、英霊の座に並行世界での存在を同調させられてからは、記憶と座を共有する事になった『家族』と共に居る事が多くなり、周囲からも性格が丸くなったと評されている近代の英霊だ。
そんな彼だが、今はそういった穏やかな面は鳴りを潜め、冷徹な暗殺者としての経験から死体を検分していた。
「……間違いない、これをやったのは『増設区』の連中だ」
「確かか?」
「口径も一致、使われてる弾種も同じだ。攻め込んできたコイツらを迎撃したんだろう」
「ジェニシス、此処で何があった?」
ジェニシスへと問い掛けるアンデルセン。
返答はすぐだった。
『26分前より、フィニス・カルデアは聖堂教会査問官およびロシア民間軍事会社『NFFサービス』所属と思われる戦力との交戦状態に突入。現在、内部に侵入した敵戦力の排除は完了。各区画設備の損壊を確認、人的被害ゼロ』
人的被害ゼロ。
その報告に、多くが胸を撫で下ろす。
「……何よりだな。で、あの変態と阿呆どもは何処に居る?」
『更なる侵入を警戒し増設区に避難中。隔壁の開放を確認、現在移動中。接触まで4分』
「こっちに向かっているのか……」
安堵した様に零す金時。
周囲を見回していたキャスターのギルガメッシュが、呆れた様に呟く。
「しかし、派手にやったものだな。施設内という事を考慮し、使うべき武器は弁えろというのだ」
「おいおい……敵さんがやったのかもしれねえだろ」
「どう見ても奴らの使う銃火器の跡だ、戯け。まあ、これだけの人数、纏めて消し飛ばしたくなるのは解らんでもない。しかし、いま少し非戦闘員の事を考慮せよというのだ」
「……イリヤ達を残してきたのは正解だったな」
アサシンエミヤの呟きに、声には出さずとも多くが同意する。
このカルデアで再会できた家族や友人、最愛の人。
座に戻れば、甦った輝かしい日々がそのまま其処にある。
だからこそ、安全が確認されるまでは―――それ以降も、危険に曝したくないのであれば―――カルデアに再召喚すべきではないと言ったのは、彼等のマスター達だった。
尤も、このカルデアに所属する全ての面々に恩義を感じ、更にこの場で多くの新たな絆を紡いだ当の彼等からは、危険と言われても再び此処を訪れたいという意見しか聞かれなかったが。
エミヤだけでなく、多くのサーヴァントが家族や恋人を説得しては宥めすかし、安全が確認されてから呼ぶという条件で再召喚に応じていた。
尤もアイリスフィールがこの場に居る様に、自らのサーヴァントとしての力を根拠として、気遣う相手を逆に説得して再召喚に応じた者も居るのだが。
エミヤの言葉に、同意とばかりに頷くオジマンディアス。
「うむ。斯様な無礼者の骸などという見苦しいもの、我がネフェルタリの瞳に曝す訳にはいかぬ」
「相変わらずだな、ファラオの兄さん―――」
アーラシュが軽く笑いを零した、その時。
彼とオジマンディアスを含む多くのサーヴァントが、一斉に背後へと振り返った。
「今のは……」
「そんな……嘘でしょ!?」
次の瞬間、彼等は駆け出していた。
その他のサーヴァント達も、警戒を最大限に高めつつ先行した者たちを追う。
向かう先は、つい先ほど後にしたばかりの召喚室。
「そんな……何で、何で!」
うわ言の様に何故、と零し続けるブーディカ。
そうして、瞬く間にフェイト管制区へと辿り着き、召喚室へと飛び込んだ彼等の眼前に。
「馬鹿な……ネフェルタリ!?」
「何をしてるの!?」
「シータ!? これは一体……!」
居る筈のない、座に留まった者たちの姿があった。
「イリヤ!?」
「クロエ!? そんな、どうして!」
「お、おとーさん、ママ!?」
「なんで……!?」
「ジェニシス、これはどういう事だ!?」
ジェニシスを詰問する、アーチャーのエミヤ。
その他の英霊たちも、険しい表情でジェニシスからの答えを待っている。
だが、答えたのは別の存在だった。
「待って、ラーメス……皆様、落ち着いて下さい。これは私達の意思でも、カルデアから喚ばれたものでもありません」
「ネフェルタリ?」
褐色の肌を持つ可憐な少女、太陽王オジマンディアス第一の妃にして最愛の女性ネフェルタリ。
つい先程までは多少混乱した様子の彼女であったが、今は凛とした佇まいでオジマンディアスに向き合っている。
幾分か表情を和らげた夫に向かって、彼女は言葉を紡ぐ。
「少なくとも私の場合、カルデアからの喚び掛けはありませんでした。それは、この場の皆様も同様ではありませんか?」
「……はい、何も」
「こっちもだ」
「いきなり此処に放り出されました」
次々に上がる同意の声。
更に、聞き逃せない言葉が放たれる。
「何というか……座から『弾き出された』という感じがしました」
「弾き出された?」
「ジェニシス、何か解らないか……何だ!?」
戸惑う面々。
しかし、そんな混乱を更に加速させる様に、カルデア全体を衝撃が襲う。
幾重にも鳴り響く大音量の警報。
ジェニシスにより、一同の前に大型のウィンドウが展開され『WARNING!』との表示が赤と黒に明滅する。
次いで流れる、無感動なジェニシスのアナウンス。
『南極大陸上空に複数の超大型飛翔体を確認、相互に交戦中』
「何だと……?」
『警告。各飛翔体より波数の異なる時空間歪曲波の放射を観測。対人理改変防御磁場を展開』
ウィンドウ上、カルデア全体が磁場に覆われた事を知らせる表示。
直後に、ぞっとする様な衝撃が再び一同を襲う。
「ぐあっ……!」
「今のは……ジェニシス、何が起きたの!?」
『緊急事態。大規模な人類史の改変を観測。A.D.2017に於ける人理分裂を確認』
「分裂!?」
人理の『分裂』
予想だにしなかった言葉に、数多の英霊たちがどよめく。
1年前に人理崩壊を防いだばかりというのに、今度は『分裂』とは。
そして、その結果として如何なる影響が齎されるのか、想像できた者はそう多くはない。
その数少ない1人であるメディアが、声を上げた。
「外は? 外の世界はどうなっているの?」
「おい、どういうこった?」
「人理が分裂したのなら、其々に異なる人類史が紡がれている筈よ。でも、この世界として顕現できるのは1つだけの筈……」
『複数の人理顕現を観測。並行人類史、観測数【3】』
静まり返る一同。
それ程までに、ジェニシスからの報告は信じ難いものだった。
「3つ……人類史が3つ?」
「そんな事があり得るのですか?」
「解らない……こんな事、想定すらしなかったわ。ジェニシス、他に何か解る事はない?」
『緊急事態につき、各国所有の衛星測位システム群および軍事偵察衛星、気象観測衛星をハッキング中。各種データリンクへの介入を実行中』
「何という……」
想像以上のジェニシスの性能に、テスラが呻く。
人理修復中からも薄々は気付いていた事だが、本来施設内環境維持機構のサポートシステムに過ぎない筈のジェニシスの性能は、霊子演算装置である『トリスメギストス』のそれを疾うに凌駕していた。
だからだろうか、今では何かあればジェニシスに問い掛けるのがスタッフ、サーヴァント問わず当たり前の事と認識されている。
トリスメギストスの管理スタッフの殆どがレフによる爆破工作で失われてしまった事、そして人理修復中の慢性的な人員不足という背景もあり『増設区』に所属するサイバーダイン社職員の協力も得て、近未来観測レンズ『シバ』と地球観測モデル『カルデアス』中枢を除き、事象記録電脳魔『ラプラス』と『トリスメギストス』及び英霊召喚システム『フェイト』は、その運用の大部分がジェニシスによって管制される体制となっていた。
魔力炉心である『プロメテウスの火』に代わり、電力供給の80%を賄うまでになっていたレイレナード社製KPリアクターも、出力は他のシステムと共にジェニシスによって一元管理されている。
それ程までに、ジェニシスはカルデアの人々からの信頼を勝ち取っていた。
だからこそ、そのジェニシスからの報告は衝撃を持って受け止められたのだ。
『各並行人類史にて重大事象の発生を確認』
「内容を表示できるか?」
『各国南極基地および衛星より各時空間歪曲波の発生源となる飛翔体を確認。各飛翔体に合致する人類史を表示』
「頼む」
『全世界規模での通信の錯綜を確認。傍受内容を出力』
『―――畜生! コイツは何の冗談だ!?』
突然、出力された誰のものとも知れない英語での罵声に、一同の視線がウィンドウへと釘付けになる。
だが、悲鳴の様なそれは1つでは止まらなかった。
英語のみならず、日本語、ドイツ語、ロシア語、中国語、ありとあらゆる言語で発せられる怒号。
『嘘だろ、
『クレムリンが! モスクワに雲が!』
『喧しい、現実を見ろ! 何が憲法だ、もう
『上にはあれが米軍に見えるのか!? いいから黙って全軍区の航空戦力を北京に―――』
『ロンドン、パリ、通信途絶! ブリュッセル、アムステルダムから救援要請が―――』
『そんな、あれは……あの紋章は……』
周囲に響きわたる、恐怖と混乱に満ちた無数の通信。
唖然とそれを聞く他ない英霊たちの混乱は、続くジェニシスの報告によって更に加速する。
『ワシントンD.C.及びマンハッタン、シカゴにて大規模核爆発を確認』
『ロンドン上空、成層圏からの大規模空爆を確認、被害拡大中』
『東南アジア全域の都市上空にて大質量物体の連続転移および人口密集地に対する無差別爆撃を確認』
『東京を中心とする関東平野全域に高エネルギー集束体複数が落着、爆発により大気温度が140℃上昇』
『中東各国政府および武装組織の指導層が全滅した模様、現地の混乱に乗じて未確認勢力による極めて大規模なテロが連続発生』
『モスクワへの核攻撃を確認、ウラル山脈沿いにロシア軍基地への攻撃と見られる核爆発複数を確認』
『北京にて特異点1951年イングランドに於いて確認されたウィルスキャリアー型ミサイル2,000基超の着弾を確認、バイオハザード発生の可能性』
『リヴァプール、ブレスト、アムステルダムに国籍不明の水上艦艇多数および航空戦力が襲来、市街地の壊滅を確認』
『メキシコ湾上空に未確認飛翔物体の集結を確認、沿岸諸都市にウィルスキャリアー10,000基以上が着弾している模様』
『全米諸都市にて未確認兵器または魔術に準ずるものと思われる攻撃によるテロ多発』
『アフリカ全土に大気圏外より降下物、落着地点より所属不明の地上戦力放出を確認、被害拡大中』
『未確認大質量物体によるワシントンD.C.空爆、降下兵力によるホワイトハウス占拠を確認』
『未確認勢力によるベルリン占拠、ドイツ首脳陣の殺害を確認』
報告に合わせ、衛星写真や民間の報道機関によって撮影された映像が次々に表示される。
次々に齎される情報は、そのどれもが信じ難いもの。
誰もが呆然と見詰めるウィンドウの中、立ち上る無数のキノコ雲や溶鉱炉と化した大都市、明らかに近代兵器によるものとは異なる現象によって虐殺されてゆく人々が映し出される。
ある者は見ていられないとばかりに目を背け、またある者は悲鳴を零しつつも目を逸らせない。
呻く様な声が、次々に発せられる。
「核だと……!? 馬鹿な、米軍の迎撃網を掻い潜ったのか!?」
「大質量物体の空中転移? それこそアガルタの再来じゃない! そんなものが世界に知れたら、神秘は……!」
「『キメラ』がこの世界に!? あの特異点は消失した筈ではないのか!」
幾ら怒号を上げようと、状況は変わらない。
3つに分かたれた人理、人類史の中で、目を背けたくなる様な惨事が世界を覆い尽くしている。
カルデアは時空の狭間にて、その全てから隔離されている状態だが、同時に何時どの人理に呑み込まれてもおかしくはない状況だった。
「特異点から独自に進出してくるなんて……! こんなの、あり得ない筈なのに!」
「ですが、これは現実です。此処でただ意見を戦わせていても無意味でしょう」
「そうだな、先ずはマスターと合流を……」
『各人類史より、特異点勢力のものと思われる全方位大出力通信を検出』
「ッ……ジェニシス、出力しろ!」
エジソンの指示に従い、ジェニシスは新たに傍受した各人類史の通信を、音声として出力する。
スピーカーより流れ出たそれに耳を傾け―――
「―――馬鹿な」
誰もが、絶句した。
【―――斯くして今日、忌むべき悪魔『エイブラハム・リンカーン』によって歪められた合衆国の歴史は、此処に終焉を迎える】
【―――今日、この時を以って偽りの、劣等たる人類史は永遠に幕を下ろし、真の優良なるアーリア人種の下に世界は正しく再編されるものである!】
【汚らわしい寄生虫が、神聖なる―――否、嘗て神聖であった合衆国を這い回り、食い荒らしている。これこそが悪魔と、それに与する裏切者どもの齎した結果なのだ】
【既にこの世界を統べていた悪辣なるブリテンの落とし子は頭領を失い、指導者の下に分配されるべき富を不当に独占していた
【親愛なる、祝福されし民―――アメリカの子らよ。汝の隣人を見よ。その隣人の肌は透き通っているか。白く美しく、神の祝福を意味する真珠の如き純白であるか】
【然るに、万国の民に告げる! 我等が旗を仰ぎ、我等が総統に頭を垂れよ! 精強なる我等が軍の前に跪くのだ! 全てのアーリア民族は、誇り高きゲルマンの叡智の元に新たなる秩序と繁栄を約束されよう!】
【それとも―――それとも蛮族の黒か、畜生の黄色か! 炭と糞尿に塗れた
【そして―――そして! 本来ならば語るに及ばぬ、悪辣なるユダヤよ! 醜悪なる
【思い出せ! 嘗ての誇りを! この祝福された大地に蔓延る忌わしき
【貴様らには
そして、新たなウィンドウが2つ展開される。
其処にはためく2つの旗と、同じく2つの巨大かつ異常な人工物。
「夢でも見ているのか……?」
誰が零したか、呆然とした声。
多くの英霊たちとは異なる時代の出来事ではあっても、それらの映像が何を意味するかは、座による知識の付与によって皆が知り得ていた。
近現代に出自を持つ者に至っては、驚愕と恐怖に表情を引き攣らせている。
信じ難い、信じたくない。
認め難い、認めたくない。
映像の向こうにある光景が現実のものだと、理解したくない。
どれほど恐ろしい事態が起きているのか、考えたくない。
だが、どれほど信じ難くとも。
どれほど認め難く、どれほど必死に否定せんとしても。
既に始まった破滅は、その歩みを止める事はない。
これまでに人類史が積み上げてきた全てを破壊し再構築せんと、新たなる惨劇が産声を上げる。
ゲーティアの悲哀も絶望も、彼が全てを賭して成し遂げんとした救済も、それを阻止したあらゆる犠牲も魂の叫びも―――何もかもを否定し嘲笑う、無限の悪意と狂気を以って突き付ける『宣戦布告』
人理の砦たるカルデアに、その始まりを告げる声が、高らかに響き渡った。
【我等がそれを取り戻そう! 我等が君達を祝福しよう! この歪んだ世界を我等が浄化しよう! 預言者の愛は、今再びアメリカを祝福せん! 我等が父、預言者『カムストック』の名の下に―――】
【真なる人類史、人類の発展は我等の下にあり! 汚らわしき劣悪種どもよ! 偽りの歴史を歩む、哀れなる敗残兵どもよ! 我等の旗、我等の声、我等の鋼鉄の意思に打ち震えるが良い! 我等―――】
【音声記録より 職員とサーヴァントの会話】
『ゲーティアがやろうとした事も、今なら理解できる気がする。あんな光景、私にはとても見続ける事はできない……正視してしまったら、絶望せずにいられる気がしないもの……』
『それでも、此処に居る貴女は絶望していないわ。希望を信じているからこそ、今まで戦ってこれたのでしょう?』
『踏み止まっているだけよ、それこそ崖っぷちで。何かの切っ掛けで背中を押されたら、そのまま真っ逆さま。そう、優し過ぎた王様みたいにね。でも―――』
『私は、王様ほどには人を愛せないみたい』