Fate/Grand Order : error/mission   作:変種第二号

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【音声記録より 特定サーヴァントの会話記録】

『何だってそう、君たちは彼等に固執するんだい?
 マスターや管制室の連中はともかく『増設区』の連中との関係なんて、ごく一時的なものじゃないか。
 ……はあ。
 恩義、ねえ。
 ……ふぅん。

 死に別れた夫と再会できたから。
 二度と会えない筈の妻に再会できたから。
 失った我が子を取り戻せたから。
 幸せになれるチャンスを貰えたから。
 だから恩義に報いたいって?
 へえ……





 ……ところでさ。
 子豚(ピグレット)は肥え太らせてから食べるものだって、知ってる?』





error/07 悪魔の口付け

 

 

 

『火炙りだ、蛮族どもッ!』

 

 

その宣告と共に、膨れ上がっていた火球が爆発する。

衝撃、熱、溶解した金属。

それらが一緒くたとなり、強烈な爆風と化して周囲を襲う。

咄嗟に前衛が盾となり、後方支援要員や非戦闘員を庇ったからこそ被害を受ける者は限定されたが、しかし彼等の負傷の度合いは尋常ではなかった。

 

 

「があ……ッ!?」

 

「ぐ……何これッ!?」

 

 

爆風を正面から受けたサーヴァント達、その面々に降り掛かる火。

彼等は、避ける事はしなかった。

それは自らの後方の者たちを護る為であり、また自らの『対魔力』ならばある程度は耐えられるとの、確固たる自信からの行動だった。

『甲冑』の放った神秘を纏わぬ火球が英霊の防御を突破し、一部の宝具までをも破損させた事には驚かされたが、だからといって全ての認識をすぐさま変化させる事は難しい。

咄嗟の判断ならば、尚更の事だった。

 

そうして浴びた火焔が、衝撃が、溶鉄が。

神秘の集約体である鎧を、法衣を、衣服を只の布切れの如く燃え上がらせ、あまつさえ彼等の『対魔力』を完全に無視して肉体を焼き始めたのだ。

あり得ざる苦痛に英霊たちが驚愕と苦悶の声を上げる中、誰よりも早くケルトの大英雄と、影の国の女王が動いた。

 

 

貫き穿つ(ゲイ・ボルク)……!」

 

 

重なる声が2つ。

炎を撒き散らし周囲の全てを焼き尽くさんとする『甲冑』を打ち滅ぼすべく、共に必殺の牙を解き放たんとするクー・フーリンとスカサハ。

人智を超えた膂力で以って放たれる穂先が、刹那の内に『甲冑』の心臓を穿つかに思われた。

 

 

「な……っ!」

 

「嘘だろ!?」

 

 

しかし、何故か2人は宝具を放つ事なく、焦燥の呻きと共にただ槍を突き込んだ。

宝具の解放には至らなかったとはいえ、音速の実に数倍となる速度で放たれた突きは見事に『甲冑』を捉える。

そのまま『甲冑』は後方へと吹き飛ばされ、壁を突き破って消えた。

 

 

「やった……!?」

 

「いや、駄目だ! 穂先が通ってねえ!」

 

 

安堵の声は、忌々しげに吐き捨てられたクー・フーリンの言葉によって否定される。

彼の言葉通り、全てを貫く彼等の穂先が通ったのならば、ああも吹き飛びはすまい。

あれは『甲冑』が穂先を弾き、その反動で後方へと弾き飛ばされたのだ。

それ即ち、あの『甲冑』が2人の持つ差し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)を防いだという事実に他ならない。

だが、それよりも。

 

 

「どうして宝具を放たなかったの!?」

 

 

三蔵の叫び。

それこそが、千載一遇の好機を見逃した彼等に対する、周囲の疑問。

答えたのは2人ではなく、援護に回っていたトリスタンだった。

 

 

「宝具が……宝具が()()()()()()痛哭の幻奏(フェイルノート)が何も応えない!」

 

 

常ならぬ焦燥の滲む叫びに、はっとした様に己の宝具を見やる英霊たち。

そして、気付いた。

自らの宝具に、そして身体に生じる異変に。

 

 

私の槍(ロンゴミニアド)が……!?」

 

「ちょっと、アンタたち!?」

 

「な、エルキドゥ、貴様!?」

 

「身体が……これは……土?」

 

「フラン、どうしたんだ!?」

 

 

異常は、徐々に拡がりつつあった。

宝具が機能しない、身体が鉛の様に重い、宙に浮いていられない。

不自然に乱れた呼吸、忙しなく動く眼球、それ以外の全てが人形の様に止まり倒れ伏す哪吒。

突然に機能を停止し、それこそ糸の切れた絡繰りそのものと化して床に叩き付けられる段蔵。

唐突に崩れ落ち、突然の事に狼狽するモリアーティやモードレッドに支えられながらも、全身からどす黒い血液を溢れさせるフラン。

取り乱すアーチャー・ギルガメッシュの眼前で、土塊と化して崩れ始めた自身の指先を呆然と見つめているエルキドゥ。

 

 

「何だこれは……何が起こっている!?」

 

「新手だッ!」

 

 

加速する混乱。

状況は沈静化するどころか、加速度的に悪化する。

居住区側の出入口、中を覗く複数の銃口。

気付いた時には、手遅れだった。

 

 

「散って……!」

 

 

騎士王の警告、だが遅い。

その声に反応できた者は、三騎士のクラスの中でも一握りのみ。

常ならばあり得ない事だった。

否、正確には反応していたのだが、どういう訳か『身体が意識に追随しなかった』のだ。

結果的に、他のクラスの殆ど及び非戦闘員と同じく、彼らもまた警告を活かせなかった。

声を上げた当人である、アルトリアさえも。

連続して発せられる、幾重もの銃声。

 

 

「きゃ……!?」

 

「ぐあッ!」

 

 

遮蔽物としてはあまりに頼りないテーブルとカウンター以外、遮蔽物といえる物も無い食堂。

満足に身を護る事さえ叶わない一同に向けて放たれる拳銃弾、散弾、ライフル弾。

碌に狙いさえ定めずに乱射されるそれらが、英霊たちとその家族に襲い掛かる。

不幸中の幸いというべきか『甲冑』との交戦中から、新手による襲撃を警戒していた者たちが出入口に対して非戦闘員を庇う様に展開していた事もあって、被害の多くは彼等に集中する事となった。

ジェニシスの警告に拠れば、残る侵入者たちの武装はいずれも銃火器。

ならば『甲冑』の攻撃とは異なり問題なく防げるだろうと、誰もがそう考えた。

 

 

「く……!」

 

「ぐふっ……!?」

 

「うそ……」

 

 

誰が予想し得たろうか。

拳銃弾が掠っただけで、酒呑童子の手から4本もの指が吹き飛び。

ライフル弾を受けただけで、ジャンヌの旗も鎧も胴体までも風穴が空き。

散弾を数発ほど防いだだけで、ヘラクレスの左腕が千切れ飛ぶ。

あり得ざる光景、あり得ざる結果。

神秘を纏わぬあらゆる攻撃を減じる筈の加護が、鎧が、肉体が。

その効力を一切発揮する事なく、只々一方的に撃ち抜かれているのだ。

特異点に於ける敵が用いるものとは異なり、一切の魔力が付与されていない()()()()によって。

 

 

「が……畜生がああッ!」

 

 

止まない斉射と非戦闘員まで巻き込む無差別な攻撃に業を煮やし、得物である黄金喰いを振り被る金時。

非戦闘員を庇った事で、既に右の太腿と脇腹に拳銃弾を1発ずつ、更に左肩に散弾を受けていたが、そんな事は知らぬとばかりに最前列へと躍り出る。

当然、更に4発もの銃弾を腹部と胸板に受けるが、飛び散る肉片と鮮血、襲い来る激痛、それら全てが彼の意識に届く事はない。

そんなものは気に掛けるだけ無意味と、何よりも背後の無力な者たちを護らんと、一切の苦痛を無価値と切り捨てて金時は咆哮する。

そして、渾身の力で以って薙ぐ様に、黄金喰いの刃を床へと叩き付けた。

比喩でなく指向性を付与されて爆ぜた床の破片が、即席の散弾となって襲撃者たちを襲う。

音速を超えて襲い来る破片の壁に、堪らず中断する銃撃。

 

 

「皆、私の後ろに!」

 

 

その隙に、バベッジが自身を遮蔽物として皆を背に庇う。

たとえ敵の銃撃が神秘の守護を無効化しようと、その身を覆う機関の鎧を貫く事は物理的に不可能である、と考えたが故に。

そして彼の目論見通り、然して間を置かずに再開した銃撃は、両腕を広げて巨大な壁と化した彼の装甲を突破するには至らない。

此処にきて漸く反撃の目ができたと意気込む面々、その耳に飛び込む敵兵の声。

 

 

R()P()G()! RPGだ!」

 

「なに……!?」

 

 

呻くエミヤ。

出入口の様子を窺えば、その向こうで肩口に担いだ重火器の砲口を此方に向ける、第一次大戦中のものに似た装甲を纏う敵兵の姿があった。

その姿を視認し、叫ぶ。

 

 

「不味い、ロケットだ!」

 

「撃て……ッ!?」

 

 

非戦闘員を庇い身動きが取れないバベッジに向け、今にもロケット弾が発射されようかという刹那。

1発の銃声と共に、ヘルメットというよりは騎士の兜に近いそれの覗き穴に当たる開孔部から、鮮血が噴き上がる。

兵士の身体が弾かれた様に仰け反り、肩に担いだ発射器の砲口が天井へと向いた瞬間、噴射音と共にロケット弾が発射された。

安全装置すら備わっていなかったのか、天井に着弾した弾体はすぐさま起爆、周囲の兵士を巻き込んで炸裂する。

轟音と共に天井や壁の破片と敵兵の肉片が、出入口から食堂内へと撒き散らされる中で。

決して大きくはないが、突然の展開に呆然とする周囲の耳に響く声があった。

 

 

「なるほど……一応、撃ち殺す事はできるみたいだ」

 

 

ビリーである。

愛銃であるコルトM1877『サンダラー』の銃口から立ち上る硝煙。

15m程の距離から唯1発―――実際には刹那の間に2発―――の銃弾で頭部の覗き穴を撃ち抜いたのだ。

人智を超えた絶技に驚く間も無く、もう一方の出入口から放たれる銃弾。

幾人かが被弾し悲鳴が上がるも、今度は此方も即座に撃ち返す。

ビリーのみならず、エミヤがキャリコを、アンがマスケット銃を構え、反撃を始めたのだ。

実体ならぬ矢を放つ事が多い弓手はその悉くが宝具、得物の不調に見舞われており、その中で彼等しか真面に攻撃できなかったのである。

無銘の持つ銃や、モリアーティの機銃も元はといえば宝具や幻霊の一部であり、それ故か銃弾を放つ事すらできなくなっていた。

だがビリーのコルト、エミヤのキャリコ、アンのマスケット銃は、元がそれ単体で射撃武器として機能するものであり、尚且つ銃弾もその予備も有している。

故に、常とは異なり単なる銃撃に成り下がっていようと、担い手たちの技量次第で問題なく敵の命を奪う事ができたのだ。

そして彼ら3人はいずれもが、射撃に関しては各々の時代に於いて、頂点に近しい技量を有していた猛者たち。

故に、圧倒的寡兵でありながら、その銃撃は敵の弾幕を封じるにまで至っていた。

それどころか、僅かに此方を覗いていた敵の頭部や手首から血飛沫が上がり、幾つもの悲鳴が漏れ聴こえてくる始末だ。

3人の反撃は、的確に敵の命を奪っていた。

 

 

「みんな、反撃だよ」

 

 

そんな中で、襲撃当初から取り乱しもせずにいた立香が、小さく呟く。

同時に、彼女の周囲にて立香ただ一人の護衛に専念していた『分隊』の面々が、徐に各自の銃を構える。

それらの銃はいずれも、現行の銃火器とは思えない重厚かつ奇妙な外観を有していた。

その内の1つを目にした英霊たちの中には、この状況下でさえ露骨に眉を顰める者さえ居る。

無理もない。

何せ『オーガー』とのコードネームを与えられたその銃は、もうひとりのマスターである立夏のサーヴァント達にとっては、忌わしい記憶を伴うものであるからだ。

 

 

「捕捉した」

 

 

呟くのは『オーガー』を構えた射手。

構えると同時に展開されたホログラムの照準、その中に映し出されるのは()()()()()()に居る敵兵たちの影。

その1人の頭部に照準を合わせ、トリガーを引く。

重々しい発砲音と共に撃ち出されるのは、嘗て立夏の身体を焼いたあの光弾、パルス放射線集束体。

通常の銃弾よりも幾分か遅い弾速のそれが、壁面に突き立つ。

そして、半秒ほどの間を置いて、光弾が吸い込まれる様に壁面の中へと消え―――

 

 

『……クソッ!』

 

『何だ今のは!?』

 

 

壁向こうで上がる絶叫。

ホログラム表示されたスケルトン・サーマルビジョン・サイトの中で、一瞬で頭部を焼かれ脳髄を爆ぜさせた敵影が崩れ落ちる。

2発目、3発目と発射される光弾。

射線上であれば、たとえそれが神代の神秘を秘めた遺物であろうと問答無用に透過する弾体が、次々に壁向こうの敵を焼き殺してゆく。

だが、それだけでは終わらない。

 

 

「リンク、クリア」

 

「撃って」

 

 

立香の指示と同時に、他の分隊員たちの持つ銃器が一斉に火を噴く。

コードネーム『ブルズアイ』

嘗て、たった1発の被弾でアルトリアとリリィを戦闘不能へと追いやった、超高熱のイオンバースト弾を高速連射する、キメラ達の主力サブ・マシンガンだ。

回収され『増設区』の技術者たちによって復元・複製されたそれは、その扱い易さと強力な殺傷能力から近・中距離に於ける『分隊』の主力兵装となっている。

オーガーとリンクしたホログラムサイト中に表示された敵影目掛け、金属的な発砲音と共にイオンバースト弾をフルオート射撃する隊員たち。

オーガーとは異なり、弾幕は壁面そのものを瞬く間に破壊、その向こうに露となった敵兵たちの身体を蜂の巣にする。

圧倒的な密度の弾幕と化した光弾は、貫通力でこそ5.56x45mmNATO弾に劣るが、超高熱のプラズマによる着弾点に於ける破壊力は絶大であった。

終局特異点に於いては、魔神柱さえ瞬く間に襤褸切れへと変えた程の威力だ。

それが、如何に防弾装甲を纏っていようと、生身の人間に対して斉射されるのだから堪らない。

壁面が破壊されて2秒と経たず、敵兵は全身をプラズマの炸裂によって喰い破られ、無数の穴を穿たれた肉袋となって崩れ落ちる。

だが、敵が全滅するよりも僅かに速く『甲冑』が空けた壁の穴、その向こうから巨大な火球が飛び込んできた。

 

 

「いかんッ!」

 

 

狙ったのだろう、英霊も『分隊』も敵兵へと意識が向いている中、非戦闘員の中央に飛び込む軌道。

そのまま着弾を許せば、多くの者がその身を焼かれ、霊核を破壊される事は疑い様もない。

防ぐ事も、宝具を封じられている今では叶わず、ただ呆然とその時を待つのみ―――

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

その呼び掛けよりも早く、アヴェンジャーはマスターである立夏の指示を()()()()()()()

瞬時に現れ、火球を覆い尽くす漆黒の渦。

轟音と共に周囲の大気をも巻き込んで回転するそれは、僅か1秒と経たずに消え失せる―――それが覆っていた筈の()()()()に。

同時に出現し、火球が飛び込んできた穴の向こうへと殺到する、漆黒の砂嵐。

そして、直後。

 

 

『ガ、ぎゃあああああぁぁッッ!?』

 

 

穴の向こうから響く、おぞましい悲鳴。

同時に、重々しい金属製の物体が幾度も幾度も何かに叩き付けられる、凄まじい轟音が聴こえてくる。

音は徐々に激しさを増し、間隔は狭まっていく。

音の回数が10を超え、すぐに20を超えて水音が混ざり始め、そして遂に30を超えた頃に、それは穴の奥から食堂へと放り込まれた。

 

 

「……ヒッ!?」

 

 

怯えた声を漏らしたのは、アステリオスに庇われるエウリュアレだ。

だが彼女でなくとも、それを目にした多くの者が息を呑み、絶句している。

強大な力によって弄ばれ、原形を留めないまでに拉げたそれ。

 

 

「何という……」

 

 

捻じ曲げられ、折り畳まれ。

単なる歪な鉄塊と化した『甲冑』()()()()()()()()

その隙間から流れ出る、大量の赤い血潮だった。

 

 

「思ったより脆かったな」

 

 

何とはなし、といった風に呟かれた立夏の言葉を聞き留めたのか。

彼の程近くに居たニトクリスが、僅かに表情を引き攣らせた。

多くの英霊からあれだけの攻撃を受けて、その上で僅かに破損する程度だった『甲冑』を相手取り、言うに事欠いて『脆かった』とは。

あの、魔力を纏わぬ異様かつ異常なサーヴァントは、どれ程の力を秘めているのか。

ニトクリスのみならず、彼の呟きを耳にした者の多くが戦慄する。

一向に得体が知れない事とも相まって、アヴェンジャー『ワールライダー』に対する警戒は強まるばかりだった。

 

 

「……終わったか?」

 

「ジェニシス、聞こえる? 敵の反応はまだあるの?」

 

『居住区、食堂近辺に敵影なし。残る侵入者37名は増設区への侵入を試み全滅、増設区人員および施設に被害なし。侵入者48名、全員の排除を確認』

 

「……相変わらずですね、あのマッドたち」

 

 

呆れた様に呟く玉藻。

『甲冑』が此方に来た事や相性の問題もあるだろうが、此方が相手をした11名に対し37名もの敵兵を相手取り、被害も無くあっさりと全滅させる『増設区』の人間たち。

英霊やその関係者から見ても、異常としか言い様がなかった。

 

 

「あれ……ちょっと! 宝具、使えるわよ!」

 

「元に戻ったのか?」

 

 

気付けば、英霊たちを襲っていた異常は消失。

宝具は元の機能を取り戻し、魔術は行使が可能に、身体も正常な状態に戻っていた。

哪吒と段蔵が我に返った様に身を起こし、血塗れのフランが呆然と自らの身体を見回し、エルキドゥは崩壊こそ止まったものの失われたままの右手首を見つめながら何かを考え込んでいる。

すぐさま負傷者の治療に当たる、霊基の回復を行える面々。

重傷者こそ居るものの、霊核の破壊に至った者は皆無だったらしく、誰とはなしに安堵の息が漏れる。

だが、そんな中。

 

 

「……先輩!?」

 

「マシュ、どうしたの?」

 

「怪我を……!」

 

 

取り乱すマシュ。

近くに居たブーディカや頼光、クレオパトラもそれに気付き、青褪める。

銃弾が掠ったのだろう、僅かではあるが立香の右頬の肉が抉れていた。

出血は激しく、女性の顔にとっては致命的な傷跡。

他の面々も次々に気付き、息を呑んでは何らかの行動に移ろうとする。

だがそれらは、当の立香によって制された。

 

 

「大丈夫、すぐ直るから」

 

 

何の感慨もなく放たれる宣言。

その言葉通り、何ら魔術的な治癒を施されていないにも拘わらず、抉れた肉の内側が徐々に盛り上がり、見る見る内に傷を埋めてゆく。

傷口から上がる、微かな白い煙。

初めて目にする者は絶句し、過去に見た覚えのある者は苦々しく表情を歪める。

 

圧倒的な自然治癒能力。

それがキメラ・ウィルス感染後、立香と『分隊』の面々に発現した、身体面での異常のひとつだった。

幾ら負傷しようとも、それが致命的なものでない限りほぼ1分程度で完治してしまう、常軌を逸した回復力。

 

特異点に於いて回収されたイギリス軍の資料によれば、キメラの代謝能力は人間の12倍にも上り、故に人間であれば即座に致命傷となる負傷であっても、数分もすればほぼ完治してしまうという。

そのキメラと同じ兆候が、立香にも現れているのだ。

最新の検査結果では、既に立香の代謝能力は常人の8倍にも達していた。

同時に平常時の体温も上昇傾向にあり、今や彼女は常時42℃前後という異常な高温状態にある。

これが更に、傷が修復される際には50℃近くにも上昇するのだ。

よって、彼女が纏う霊装には常時冷却の為の術式が組み込まれ、そして『分隊』各員に至っては強力な冷却システムを備えたボディアーマーを装着している。

外部冷却機構なしでの長時間の活動は生体許容限界を超える発熱を齎し、結果として細胞の壊死による肉体の崩壊を誘発するのだ。

キメラの背部に装着された機械類がまさにそれで、嘗ての交戦時に全てのチューブを切断された個体は、全身から気化した高温の血液を噴き出しながら悶死したという。

立香たちに同じ末路を辿らせる事など許容できる筈もなく、カルデア側の職員も『増設区』も日夜、更なる高性能な冷却機構の開発に勤しんでいた。

 

無論、叶う事ならば元の身体に戻してやりたいと、大多数がそう考えている。

しかし現状、変質した遺伝子を復元する手段はなく、極めて緩やかにではあるが、立香の身体は時間の経過と共にキメラのそれに近づきつつあった。

改造センターでの行程を経ていない為、外見的には瞳孔と虹彩を除き変化は無いが、変異は確かに進行しているのだ。

だからこそサーヴァント達は皆、立香の行く末を案じて各々に手を尽くし、彼女を救わんと動いていた。

当の彼女は、それについて感謝の言葉は述べても、自身の変質については何ら感慨を示さず、それどころか同じ境遇にある『分隊』の面々との繋がりが強くなるばかりであったが。

 

 

「うん、直った。マシュこそ手、怪我してるよ?」

 

「あ……はい……」

 

 

抉れた頬が完全に治癒し、傷の跡形も無くなった其処を指先で軽くなぞった立香が、逆にマシュを気遣う。

それに対し、流血する手を押さえつつ、何処か弱々しく返答するマシュ。

そして、彼女の視線は立香から、折り畳まれた『甲冑』の検分を行っている立夏へと移る。

何かを悔やむかの様に、唇を噛み締めながら。

 

人理修復を成し遂げて以降、マシュはデミ・サーヴァントとしての機能を喪失し、その身に宿っていた英霊ギャラハッドの霊基も沈黙した。

以降、戦力としての彼女の役割は消失し、それまでの様にマスター達を護る事さえできなくなってしまったのだ。

スタッフとして影から支える事は可能であったものの、敵と命の遣り取りをする戦場で大切な人を護るという、誰にも譲れない、譲りたくはなかった役目を失ったという事実は、彼女の心に大きな影を落としていた。

 

何よりその影を色濃くしている要因は、あの1951年イギリスに発生した特異点、其処での凄惨な記憶だ。

立夏と立香、どちらのマスターを護る事もできずに、みすみす死の淵へと追い遣ってしまった記憶。

結果、立香はウィルス感染による昏睡状態に、立夏は四肢を失った上に全身を焼かれ、更に重度の放射線被曝によりただ死を待つばかりとなった。

『増設区』の叡智により逃れ得ぬ筈であった死の運命より解き放たれ、漸く想いを交わせると互いに喜びを向け合った矢先の惨劇。

悲惨な現実にマシュの精神は耐え切る事ができず、半狂乱になって立夏の医療ポッドが安置されている区画に押し入ろうとさえした。

そうしてテーザーガンで撃たれ、幾人かのサーヴァント達によって取り押さえられ、メディアが調合した精神安定の効果を持つ秘薬を嗅がされて自室に戻されたのだ。

何人ものスタッフやサーヴァント、ロマニやダ・ヴィンチまでもが入れ替わり立ち替わり様子を見に来てくれたものの、その殆どをマシュは覚えていない。

唯々呆然と、残酷な現実に打ちのめされ、涙を流し続けていた。

 

何故、護れなかった。

何の為の盾だ、シールダーだ。

何の為に命を長らえたのだ。

立夏たちが死んでしまったら、自分が生きている意味など欠片も無いではないか。

 

そんな自責と後悔を、マシュは延々と繰り返していた。

それは、立夏が不可解な回復を遂げ、立香が目覚めるまでの2日間に亘って続いたのだ。

2人が回復した際の喜びと安堵は凄まじいものだったが、同時にマシュの内には、ある種の強迫観念が宿る事となってしまった。

大切な人を同時に喪い掛け、なおかつ何ら彼らを護る為の力になれなかったという事実から来る、元から薄い自己保存欲求を更に薄めてしまう決意。

 

 

 

()()()()()()

マスターを、大切な人を護る為ならば、護れるのであれば、何だってしよう。

この身がどうなろうと構わない、毛先から爪先まで、骨の一片に至るまで、彼等を護る為に使い果たそう。

 

 

 

そんな、狂気にも似た想いを胸に、マシュは残る2つの特異点を駆け抜けた。

しかし、その想いが報われたかと問われれば、到底そうといえるものではなかった。

キメラ・テクノロジーで武装した『分隊』に、同じく徐々に強力な試験兵装へと装備更新を繰り返す実験小隊、そしてあの不気味な正体不明のアヴェンジャー『ワールライダー』により、立ちはだかる障害はその悉くが薙ぎ払われ、粉砕され、踏み潰されたのだ。

それは終局特異点でも変わらず、優しき人類悪ゲーティアとの対峙でさえ、あの『増設区』が用いた『想像すらしなかった奇策』により、呆気なく幕を下ろしてしまった。

そしてマシュは、デミ・サーヴァントとしての役目を終えたのだ。

 

悔しかった。

あれだけの誓いを立てておきながら、一度としてそれを全うできずに戦いを終えてしまった事が。

新たな決意も虚しく、それを貫き通す機会も無いままに失われてしまった、戦い、護る為の力。

残ったのは護りたい人と共に戦場へと赴く事もできず、安全な後方からサポートする事しかできない弱い自分。

大切な役目だと理解はしていても、それを納得して受け入れられるかと問われれば、答えは別だ。

隣に立ち、共に戦い、護る。

それこそが、真に望む在り方だった。

 

だが、現実は残酷だ。

今のマシュには、ギャラハッドの力を行使する術は無い。

完全に無力だ。

一方で立香は『分隊』との高度な連携能力を確立し、サーヴァントに対するもの以上に彼等の指揮に長け、攻防一体の部隊の中枢として変貌していた。

立夏に至っては、正体不明のアヴェンジャーを手足の様に操る事であらゆる援護を無用のものとし、それどころか暴虐なるその力で敵を塵芥の様に潰してゆく。

口にする者など居ないが、たとえシールダーとしての力が健在であっても、戦闘に於いてマシュが2人の傍に控えるべき意義は明らかに薄れてしまっているのだ。

 

だからだろうか。

マシュは今の2人に対し、何処か壁の様なものを感じている。

想いが変わる事などあり得ないが、それでも覚えてしまう拭い難い疎外感と違和感。

力を手に入れた2人と、無力になった自分。

先程の戦闘でも常に立夏に庇われ、護るどころか足を引っ張ってしまったと、マシュは自己嫌悪に陥っていた。

そんな事を考える者など居る筈もないのだが、このまま足手纏いとして終わるのだろうかと、彼女は心底より憂い、恐怖していたのだ。

 

 

「あれ……?」

 

「マシュ?」

 

 

だからだろうか。

マシュの身体―――正確には、その身体を()()するもの―――は、彼女に道を示した。

負傷者の血、スプリンクラーから放出された水、粉塵交じりのそれらが流れる床。

その中に混じり流れる、明らかに血とは異なる赤。

紅蓮の光を放つ、奇妙な液体。

それがどういう訳か、重力に逆らってマシュの革靴の表面を下から上へと遡っていた。

その、流れる光の筋を辿る視線、その先にあったもの。

 

 

「なに、これ―――」

 

 

 

 

 

拉げた『甲冑』の残骸、その内より紅蓮の液体を溢れさせる死体。

 

 

 

 

 

「あ……あ……」

 

「マシュ!? 貴女、その傷……!」

 

 

何かに気付いたカーミラが、驚愕の声を零す。

その声に、再び自身に視線を戻したマシュは、彼女の驚愕の意味を悟った。

 

 

「ひっ!?」

 

 

血だ。

マシュの右手の甲、其処に刻まれた傷から異常な量の血が溢れ出し、床を赤く染め上げていた。

そして、死体から流れ出る紅蓮と混じり合ったそれが、マシュの足を蚯蚓腫れの様に這い上がり、服の内を通って手の傷口へと()()()いたのだ。

 

 

「マシュ……!? 何これ、どういう事!?」

 

「何が……!?」

 

 

同じくそれに気付いた立香、そしてサンソンと共に死体を検分していた立夏も、驚愕も露にマシュへと駆け寄る。

其処で、彼等は気付いた。

紅蓮の液体は、溢れ返っているのではない。

 

その液体は『甲冑』の死体より()()()()()()()()

粉塵混じりの水や他者の血に紛れ、何時の間にか傷口より溢れ出て『甲冑』にまで辿り着いた『マシュの血液』

それが『甲冑』の内へと潜り込み、潰された内部の人間の死体、その損壊した箇所から―――或いは、自ら穿孔して―――あの液体を吸い出し混じり合い、マシュへと還流しているのだ。

まるで()そのものに意思があるかの様に。

 

 

「これは……!?」

 

 

絶句する立夏。

そして、気付く。

 

マシュは『何時』負傷した?

彼女を襲った銃弾も破片も、全てワールライダーが『完璧に』撃ち落とした筈だ。

なのに彼女は、何時の間にか手から流血していた。

何時だ、彼女は何時『どの段階で』負傷したのだ?

それに、あの傷口―――

 

 

「いや、嫌あぁッ!?」

 

 

 

 

 

―――皮膚の()()から破れてはいないか?

 

 

 

 

 

「ああああぁぁッ!?」

 

「マシュ、落ち着いてマシュ!」

 

「暴れるな、嬢ちゃん! 誰か、その血を止めてくれ!」

 

「くっ!」

 

 

我が身に起こっている異変の、そのあまりの悍ましさからか錯乱するマシュ。

2人のマスターとサーヴァント達が彼女を取り押さえ、何とか落ち着かせようと試みる。

同時にアーラシュの声を受け、最も近くに居たネロと鈴鹿御前が咄嗟に動き、足で血の奔流を掻き消そうとした。

しかし。

 

 

「あつッ!?」

 

「い……ッ!?」

 

 

弾かれた様に足を引き戻す2人。

血を踏み付けた足、その履物―――ネロに至っては具足―――の底が半ば辺りで両断され、更に足裏までもが深く切り裂かれていた。

余程に鋭く斬られたのか、一拍遅れて噴き出す鮮血。

何が起きたか理解できずに、叫ぶ。

 

 

「何だ、何が起こったのだ!?」

 

「痛っ……ちょっと、何なのコレ!? 何でイキナリ……ッ!?」

 

 

途切れる鈴鹿御前の声。

ほぼ同時に、ネロも気付いた。

彼女たちの視線は、自身らが踏み付けた血の奔流へと向けられている。

其処に、それはあった。

 

 

「う……!?」

 

「何……コレ……」

 

 

細く、しかし確かに存在する、一筋の線。

つい先程まで只の液体であった筈のそれは、紛う事なく糸状の固体へと変貌していた。

僅かに脈打つ、赤黒い筋。

 

 

()()……!?」

 

 

それは、紛れもなく『血管』であった。

マシュが、一際大きな悲鳴を上げる。

否、彼女だけではない。

マシュを押さえていた幾人かのサーヴァント、その内からも悲鳴が上がっていた。

 

 

「何だっていうのよ……!?」

 

 

震える声で呟くジャンヌ・オルタ。

彼女の眼前では、傷口から()()()()()()無数の血管を網目状に手から垂れ下がらせ、半狂乱になって絶叫するマシュの姿があった。

ランスロットが必死に呼び掛けながら落ち着かせようと試みているものの、デミ・サーヴァントとしての力を失いながら何処からそんな力が湧いているのか、完全に彼女を押さえるには至っていない。

常人とは異なる赤黒い歪な血管は脈動を繰り返しながら数を増し、床の血液を伝う様にして根の様に伸長、紅蓮の液体を垂れ流す『甲冑』へと殺到する。

そして、次々のその内側へと潜り込み、不気味な脈動を始めた。

その光景に危険を感じ取ったガウェインが、血管を毟り取ろうと咄嗟に手を伸ばす。

 

 

「ぐッ!?」

 

「ガウェイン!?」

 

「御退がり下さい! この血管、()()の様に鋭くなっている!」

 

 

ランサー・アルトリアへの警告通り、ガウェインの掌はずたずたに切り裂かれ、血の飛沫を噴き出していた。

強引に掴み取ろうとした事が災いしたのか、親指と人差し指に至っては骨まで断ち斬られ、皮一枚で繋がっている有様だ。

それを目にしたネロと鈴鹿も、自身の脚を切り裂いたものが何であるのかを理解した。

異様な光景に息を呑むアルトリアの眼前で、全ての血管がより一層に激しく脈動を開始する。

同時に上がる、苦痛に満ちたマシュの悲鳴。

 

 

「きゃあああああッ!?」

 

「マシュ!? くそッ!」

 

「血……? いえ、違う。何を吸っているの……!?」

 

 

脈動する度に赤い光を放つ血管。

あの紅蓮の光を放つ液体を吸っているのだと、誰もがすぐに理解できた。

そして直後、マシュの双方の掌から、膨大な熱量が放たれる。

 

 

「くっ!?」

 

「熱っ……マシュ、マシュ!?」

 

「そんな……!」

 

 

燃えていた。

マシュの手から始まり、両腕が業火を噴き上げつつ燃えていた。

周囲に立ち籠める、蛋白質が焼ける際の異様な臭い。

余りにも唐突かつ現実離れした事態から、マシュは悲鳴を上げる事すら忘れ、呆然と炎を噴き上げる自身の両腕を見つめていた。

だが、遅れて状況を理解すると同時、魂そのものを焼かれるが如き苦痛に絶叫する。

 

 

「うあああああああッッ!?」

 

「消せッ、火を消すんだッ!」

 

「駄目っ、近寄れない……ッ!」

 

「スプリンクラーは!? 水圧はまだ上がらないのか!?」

 

 

炎が、更に激しさを増す。

そして遂に、マシュの焼け爛れた手の肉が、指先から溶け落ち始めた。

摺り落ちた肉の下から露になる、血塗れの骨。

その血でさえ瞬時に蒸発し、骨は瞬く間に黒く焼けてゆく。

 

 

「だめ、だめだめだめ! 駄目だよマシュ、マシュ!」

 

「ッ! 退け!」

 

 

動いたのは、黒の騎士王だった。

漆黒の聖剣を握り、マシュに肉薄する。

単純にして、今すぐに取り得る唯一の解法、苦渋の決断。

腕を『切断』する事で、炎が更に広がる事を阻止しようとしたのだ。

だが、その決断も僅かに遅かった。

 

 

「あっ……」

 

 

その、誰かが漏らした小さな声と共に、マシュの全身が炎に包まれ―――否、その内より業火が噴き上がる。

猛烈な熱と共に放たれた爆風に吹き飛ばされる、彼女に付き添っていた、或いは周囲に居た者たち。

誰もが呆然と、黒き騎士王でさえ蹈鞴を踏んで為す術なく唖然と見つめる中。

灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)の如く燃え盛る、マシュの身体。

もはや声すら出せずに佇む、面影さえも炎に呑み込まれた少女を数瞬の間、誰もが息を呑んで見つめ―――

 

 

「嫌ああああぁぁぁッッ!?」

 

「そんな……そんな、マシュ!」

 

 

爆発する感情。

泣き叫び、怒号が響き、自らの肉が焼かれる事さえ無視して、燃えるマシュの身体を抱き締めんとする。

立夏も、立香も、ダ・ヴィンチも、誰も彼も。

自らの身を案じる余裕など欠片も残さずに失い、溶鉱炉の如き熱を放つマシュへと駆け寄らんとする。

駆け寄ってどうするか、等という思考は欠片も無い。

皆、目の前の現実を受け入れられず、或いは受け入れる事を拒絶せんと、マシュの元へと駆ける。

その、目と鼻の先で―――

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

唐突に消える炎。

その中から、無傷のマシュが姿を現した。

 

 

 

 

 

「な……!?」

 

 

そして、崩れ落ちるマシュの身体。

誰よりも早く駆け出していた立夏が、その身体を抱き留める。

マシュの意識は無かった。

全裸となった彼女の容姿に羞恥を覚える事もなく、立夏は素早く視線を奔らせてマシュの全身を検める。

 

 

「これは……」

 

 

火傷は、何処にも見当たらなかった。

衣服は完全に燃え尽き、眼鏡さえも溶け落ちてはいたが、彼女の身体にはごく小さな火傷さえ1つとして無い。

それどころか、髪の毛1本でさえ燃えた様子は無かった。

 

 

「兄さん、マシュは!?」

 

「大丈夫だ、火傷ひとつしてないよ」

 

 

息を切らせ、自身の膝を削る様にして滑り込んできた妹の問い掛けに、立夏は答える。

依然と比べて何処か冷淡になったと言われる立夏だが、この時ばかりは声と表情に明確な安堵の色が滲んでいた。

マシュの裸体を隠すべく、自らの上着を抜いで被せる立夏。

その傍らで、同じくマシュの安否を確認して安堵の息を吐いていたダ・ヴィンチが問う。

 

 

「……今のは、何だったんだ?」

 

 

答えを期待してのものではない。

だが、聡明な彼女らしくない事ではあるが、問わずにはいられなかったのだ。

マシュの内から生じた、あの不気味に脈動する、サーヴァントの肉体さえ切り裂く血管。

それが死体から吸い取っていた紅蓮の液体。

そして彼女の内より発せられ、自身を焼いた異常な熱量の炎―――あの『甲冑』が操っていたものと()()、全く魔力が感じられない異様な業火。

 

その全てに答えられる者が居るとは、ダ・ヴィンチも考えてはいない。

彼女自身でさえ、訳が解らないのだ。

だが一部については、答えを持っていてもおかしくはない人物が居る。

その事を―――ダ・ヴィンチのみならず、殆ど皆が―――知っているからこそ、彼女は問い掛けた。

 

 

 

 

 

「ねえ、答えておくれよ―――()()()()()()

 

 

 

 

 

『アレックス・マーサー』研究主任。

増設区B-02エリア、カルデアス生体環境調査担当員。

国連より派遣された研究員であり、生体物理学、遺伝子工学、ウィルス工学のスペシャリスト―――という肩書を持つ()()()()の人物。

そして、マシュの寿命問題を克服した彼女にとっての命の恩人であり、同時に此処に居る皆にとって仲間を、娘同然の子を救ってくれた恩人でもある男だ。

『増設区』の人員の殆どがそうである様に、ダ・ヴィンチは彼が人理焼却前からカルデアに在籍していたかを疑っている。

この問題についてはたとえ改竄があったとして、人理焼却による基底人類史と『IF』の人類史との混乱があった可能性により、真偽の確認がほぼ不可能であった。

何より英霊の多くが『増設区』各部署の技術により規格外の恩恵を受け、多大な恩義を感じている現状では露骨な調査もできない。

それはマスター達も同様であり、マシュを救い、戦友たる英霊たちの望みを『聖杯』を用いるまでもなく叶えてくれた彼等に対し、深い信頼と感謝の念を抱いていたのだ。

だが最早、疑念を堪える事は不可能だった。

 

 

「聴こえてるんだろ、博士?」

 

 

再度、問い掛けるダ・ヴィンチ。

応えたのは、マーサー博士ではなかった。

再び鳴り響く警報、明滅する警告灯。

 

 

「今度は何だ!?」

 

『警告。時空歪曲点、再検出。レイシフト類似現象の乱発生を観測』

 

「レイシフトですって!?」

 

 

驚愕する声。

食堂が、途惑いの声に包まれる。

だが、状況の変遷は圧倒的な速さで進行していた。

 

 

『警告。マスター及びサーヴァントの基底人類史に於ける存在確率の不確実性が増大。安全確保の為、オーバーライドによる強制レイシフトを実施』

 

「なに? 強制だと!? 何を言ってるんだ、ジェニシス!?」

 

『アンサモンプログラムをスタート。霊子変換開始。強制レイシフト開始まで10秒。8…7…』

 

「待て!」

 

 

オーバーライド、強制レイシフト。

そのどちらもが、この場の()()全員にとって寝耳に水だった。

そもそも『コフィン』にすら入っていないのに、どうやって霊子変換を行うつもりなのか。

何故ジェニシスに、フェイト・システムに対するオーバーライドなどという真似が可能なのか。

次から次へと浮かぶ疑問、それらについて思考する暇などある筈もなく。

ジェニシスは無感情に、只々決定事項のみを通知する。

 

 

『レイシフト影響範囲を縮小、推定レイシフト人数、約80名』

 

「ジェニシス、プロセス中断!」

 

『3…2…』

 

「ジェニシス!」

 

 

叫ぶ。

だが、届かない。

機械の知性は、その叫びを受け入れない。

そして、光が溢れ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()、全工程完了(クリア)

 

NEW ORDER(ニューオーダー)実証開始』

 

 

 

 

 

『より良い未来の為【サイバーダイン・()()()()()】はニューオーダーへの更なる貢献を果たして参ります』

 

 

 

 

 

 

 

 




【増設区にて回収されたメモ】

『投与されたウィルスに関し未知の系統への進化を確認』

『攻撃性については調整前には程遠い』

『周囲の状況と自己判断を加味した環境適応力に特化』

『その一点に於いては調整前を凌駕するものと推測』

『この特性が調整によるものか、或いは自己の欲求によって生じたものかは、現時点では判別不能』

『サンプル【C】との干渉による予期せぬ変質の可能性も考えられる』

『引き続きキリエライトに対する経過観察を維持、状況により再移植を実行』





《以下、殴り書き》





『現時点で対人捕食の兆候なし』



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