ウルトラマンオーブ Another Century's Episode   作:ルシエド

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 砂の中の銀河、風の中のすばる、つまりは地上の星
 「光る星 ウルトラマンオーブ」で「輝く銀河の星、光の戦士ってやつさ」というわけで
 いつでもどこでも見えるウルトラの星ってわけなのですよ


星の息吹よ、吹き荒べ

 社会人や学生が、職場や学校に向かって忙しく移動している時間帯。

 最近何かやらかして処分待ちの身の上になっているらしい砂上銀河は、忙しそうにしている周囲の人間とは対象的に、だらだらとした様子で街を練り歩いていた。

 その途中、歩道橋を渡りづらそうにしている老婆を見つけ、銀河は荷物を持った上で手を貸し、歩道橋を渡る手伝いをする。

 

「手をどうぞ」

 

「おやおや、ありがとね。優しい不良さん」

 

「いえ」

 

 ここまでなら素行の悪い不良が良心からいいことをした、という美談だったのだが、この話はここで終わらない。

 銀河にとっては最悪なことに、彼のこの人助けが、登校途中の風祭澄春に発見されてしまったのである。

 

「朝からとてもいいものを見てしまった……あたし、今とても幸せな気持ちです……!」

 

「ぶっ殺すぞカス」

 

「あ、はいごめんなさい」

 

 あ、これ対応間違えたら大変なことになるやつだ、とビビった澄春が即座に謝罪する。それでもちょっと、彼女の心は上向きだった。

 朝からいいものを見た澄春は、そこでふと何かを思い出す。

 そして銀河の周りをぐるぐる周り、彼の全身を舐め回すようにジロジロと見た。

 

「何やってんだお前」

 

「あれ……おかしい……怪我が無い……」

 

(!)

 

 澄春は昨日気絶し、銀河が呼んだ救急車に運ばれていった。

 救急車が呼ばれたのは、彼女が頭を打っていたのを見た銀河が、万が一を心配したからである。

 怪我をしていない自分を見れば夢だったと思うかもしれない、と銀河は僅かな期待も持っていたのだが、どうせ夢だったということにはできないだろう、とも思っていた。

 

「怪獣の件で、変な夢でも見たんじゃねえのか」

 

「夢なら見た内容は全部忘れてます。覚えてるってことは現実だってことですよ」

 

『聡明な娘さんだ。いや、目の前のものだけを全力で見てるのかもな』

 

(ガイさん、それはちょっとだけ違う)

 

 自分が見たものの何が現実で、何が現実でないのか、澄春は疑いもしていない。

 彼女にはそうした慧眼があるのだが、それに相応の頭脳は持ち合わせていなかった。

 

「まあ治ったならよかったです。それにこしたことはないですし、ひゅー」

 

(ほら見ろガイさん。こいつはこういう結論で着地するようなやつなんだ)

 

『これはまた……大物だな。全員無事なら真実とかはどうでもいいタイプか』

 

 それはおかしい、と気付く感性がある。なのに"まあ無事ならどうでもいいや"と気付いたことを放り投げてしまう。

 扱いにくいのか、扱いやすいのか。判断に困る少女だった。

 

「お前が何言ってんのか俺にはさっぱり分からねえよ」

 

「本当ですか? 何も覚えてないと?」

 

「何も無かっただろうよ、って言ってんだ」

 

「嘘言ってるんじゃないですよね? あたしの兄と父は自衛隊の人です。

 もしも嘘言っていたなら、二人に頼んでそれはもう口では言えないような尋問を……」

 

「じゃあ俺は万が一のことも考えてここでお前を始末しておく必要があるな」

 

「嘘嘘! 嘘です! 嘘だから拳をバキバキ鳴らすのやめてーやです!」

 

 調子に乗って揺さぶりをかけてくる少女に対し、少年は拳を揺らして対抗した。

 少女は小さい体で情けなく身構える。

 この光景だけ見ていると、この二人が同い年の中学三年生であるという事実を忘れてしまいそうであった。

 

「り、理不尽に暴力を行使するのであれば!

 億が一くらいの確率ではありますが!

 あの光の巨人が現れて、止めに来るかもしれませんよ!」

 

「……」

 

「何せ一から十まで謎の光の巨人!

 神か悪魔か! ネットの匿名掲示板は片っ端からサーバー落ち!

 あらゆる理不尽な暴力を許さない存在であることも、なきにしもあらずです!」

 

「希望的観測って分かってんじゃねーか」

 

「砂上くん以外に暴力から私を守りきってくれそうな人居ないんですよー!」

 

 ひーん、と泣きそうな顔でじりじりと逃げの姿勢に移行する澄春。

 

『だってよ』

 

(いや実質あんたのことだろうが、ガイさん)

 

『今はお前のことでもある。で、どうする?

 この子の願い通り、この子を暴力から守ってやるのか?』

 

(怪獣の暴力からくらいなら、まあ気が向いたら。

 だが俺の暴力から俺が守るのは、無理だろうよ物理的に)

 

 銀河は呆れた顔で、左手のデジタル腕時計を彼女に見せた。

 

「あっ」

 

 HR10分前。その事実を把握した澄春の顔が、さあっと青くなる。

 一も二もなく少女は駆け出し、学校へ向かって行った。

 

『あれは、そうだな、バカだな』

 

「バカじゃない人間は、俺に関わろうだなんて思わねえよ、ガイさん」

 

 銀河はその足で街の各所の祠に向かう。

 こんな早い時間に起きたのは、お婆ちゃんを助けるためでも、澄春と話すためでもない。全ての祠を回るためだ。

 ジュネッスシーザーになるためのカードは、古来の神――光の巨人信仰――を祀る祠の奥のどこかにあった。

 カードの数は、ほぼイコールでオーブの力。

 怪獣が来る前にできる限り多くカードを確保しておこうというのは当然の思考だろう。

 

 なのだが、他の祠にはカードの一枚も存在していなかった。

 

「これでこの街にある祠は全部だ、ガイさん」

 

『結局、レオさんとネクサスさん以外の力は見つからなかったか』

 

「だな。手に入ったのは敵を倒した時に出て来た、これだけだ」

 

 銀河の右手には、祠から出て来たレオとネクサスのカード。

 そして左手には、最初の戦いで倒したベムラーから出て来たカードと、一昨日の戦いで倒した怪獣・ゴモラから出て来たカードがあった。

 合計四枚。

 これが現在、彼の持つウルトラフュージョンカードの全てである。

 

「なんで敵を倒すとカードが出て来るんだ?」

 

『光は闇から生まれる。光は消えて闇が生まれる。

 壁を手で押せば、壁は同じだけの力で手を押し返す。

 反作用、ってやつだ。

 この宇宙では、この宇宙の外から来たやつにもそれが作用する』

 

「反作用……」

 

 この宇宙に外からやってきた怪獣は、この宇宙にあるウルトラマンの力の影響を受ける。

 この宇宙に外からやってきたウルトラマンは、この宇宙にある怪獣の力の影響を受ける。

 それがこの宇宙における反作用だ。

 

 この宇宙の存在である銀河とガイが力を合わせているウルトラマンオーブは現状、この反作用の影響を受けない。

 敵だけが、僅かに弱体化することとなる。

 具体的には、光線が効きやすくなっていたりする等の影響があるらしい。

 

『だがおそらく、その反作用を加味しても、キングベムラーは強い』

 

「そんなにか……」

 

『元は暗黒の皇帝エンペラ星人の筆頭配下だったとも聞くな』

 

「ウルトラマン界の固有名詞使われてもわかんねーよ」

 

『地球人風に分かりやすく言えば、知恵のある呂布奉先だな』

 

「分かりやすくヤバい……!」

 

 かつては暴虐の皇帝の下で大暴れしていた将。

 今は一つの勢力を率いる、無双の力を誇る王。

 実際に戦えば、苦戦は免れないだろう。

 

「……どこの世界でも同じだな。クソ野郎ほど、潰すのに手間がかかる」

 

 ガイと話し、徒歩で長距離を移動して、目立たないようにこっそりと街の隙間を抜けて行く。

 そうして銀河は、昼と夕方のちょうど中間くらいの時刻に、目的地のビルの裏手で佇んでいた。

 

『ここは、なんだ?』

 

「ここいらの不良や、中高生を食い物にしているクズの根城だ」

 

『ヤクザの類か』

 

「ヤクザですらねえよ。

 不良上がりのクズ成人の集まりだ。

 社会の隙間で甘い汁吸ってる、警察に情報パイプがあるだけのカスだ。

 そのくらいならどこにでも居るが……最近、ヤバいクスリを売ることを企んでるらしい」

 

 暴力の世界に生き、暴力で他人の情報を吐かせ、暴力で解決する銀河の下には多くの情報が集まってくる。良くも、悪くも。

 彼に情報を流した名も無き誰かは、こう考えたのだろう。

 情報さえ流せば、勝手に潰してくれるだろう、と。

 自分の手を汚さず、未然にクスリを処分できるだろう、と。

 その予想は、見事に当たっていた。

 

「気に食わねえ、だから潰す。全員動けなくして通報だ」

 

『……そうか』

 

「止めないのかよ、正義の味方」

 

『何?』

 

「くだらねえ争い、クソみたいな暴力、そういうのはやめろとか言わねえのかよ」

 

『言って欲しいのか?』

 

「……」

 

 ガイは止めない。止める気もない。

 銀河の暴力は気に食わないものを壊すだけのものでしかない。ウルトラマンのような、気に食わない人でさえも守る力とは根本的に違う。

 そんなことは、銀河が一番よく分かっている。

 だが彼のその暴力的な衝動の源にある純粋な感情を、一番理解していないのもまた銀河だ。

 

 "止めないのかよ"という言葉には、ウルトラマンへの確かな憧れがあり。

 "言って欲しいのか"という言葉には、器用に生きられない子供への憐憫があった。

 砂上銀河は、自分を信じていない。

 根本的な部分で、自分が正しいと思っていない。だから自分を信じていない。

 

「言われても、止まる気はねえ」

 

 砂上銀河という少年は、強かった。

 暴力で大抵の道理を蹴飛ばせるだけの強さがあった。

 一度も喧嘩に負けたことがないのが、彼の不幸だった。

 

 喧嘩を挑み、暴力で解決する以外に、彼は『悪』を消し去る方法を知らなかったのだ。

 

 話し合うことで悪を悪でなくする道も、彼の前にはあったのに。

 

 

 

 

 

 殴る。

 蹴る。

 投げる。

 十人や二十人が群れたところで、武器を持って囲んだところで、砂上銀河には敵わない。

 

「うわああっ!」

 

 『自分が悪だと思うもの』を前にすると、銀河の血は熱く沸騰する。

 血が沸騰している時は、何十人を相手にしようが負ける気がしない。

 殴って壊し、蹴って壊し、投げて壊す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、という強烈な意志の下に、敵の心にトラウマを刻みつける血みどろの暴虐を繰り広げる。

 

 その行動のどこにも、正義はない。

 砂上銀河は悪の敵だ。正義の味方ではない。

 気に食わない悪を、悪と変わらない姿と声で破壊していく。

 

『やめろ。銀河』

 

 心の中で、ガイの止める声がする。

 銀河は自分よりもガイのことを信じていたから、その声に反射的に拳を止める。

 

『そこまででいいだろう。それ以上やる必要はない』

 

「……」

 

 銀河は今殴ろうとしていた人間を見る。

 とっくに気絶していて、何度も殴られた顔面はボコボコだった。

 あと一回、本気で殴っていたら、最悪死んでいたかもしれない。

 

「……ああ」

 

 擦り傷と打撲跡だらけの銀河が、周囲を見渡す。

 もう動いている悪人は居ない。

 これなら、今警察に通報すれば警察の動きを察知して先に逃げるということはないだろう。

 通報し、麻薬売買未遂の証拠が見つかれば、諸々の罪状でしょっぴかれるはずだ。

 銀河は自分が居た証拠を残さず消し去り、近場の電話ボックスから警察に通報する。

 

『こんなズタボロになって、親が心配するぞ』

 

「親とも疎遠だ。ずっとな。

 家の手伝いはするからこっちにも干渉するな、って暗黙のルールでやってる」

 

『……』

 

「こんな出来の悪い子供を持っちまった親には、同情するさ。申し訳なくも思う」

 

 もう親でさえ、彼を心配していない。

 彼を心配しているのは、あの風変わりなちみっこくらいのものだ。

 

「でもよ、だったらどうしろってんだよ」

 

 それは、とても寂しい生き方で。

 けれど、彼はその生き方を変えられない。

 心のままに生きれば生きるほど、彼の心は醜く汚れていた。

 

「気に入らねえ、気に入らねえんだ。

 気に入らねえものがある。

 放って置くと、いつまでもそこに在り続ける。

 俺が壊さねえと、クソみたいにへばりついてそこに居続けるんだ」

 

 ガイの視点で、何故か銀河の表情と、かつて初めてサンダーブレスターになった時の自分の表情が、重なる。

 

「気に食わない。

 多数派に属してるから、自分の方が正しいんだみたいなツラしてるやつが。

 自分が下等だと自覚してて、自分より上等なやつに絡んでいくやつが。

 他人に優しくした覚えも大してないくせに、自分をまともな人間だと思ってるやつが」

 

 黒き王ベリアルの祝福を受け、それに呑み込まれていた時の自分の姿と、苦悩と衝動の板挟みになり暴力でそれを発散するこの少年の姿が、重なる。

 

「殴らなきゃ何も変わらなかった。

 クズはクズであることを言葉で指摘しても、それを認めようとしなかった。

 何かを変える力なんて、俺の中には、拳の中にしか宿ってなかったんだよ」

 

 サンダーブレスターは、今は使えないオーブの力の一端だ。

 正しい意志と目的のために使用され、悪を破壊するという初目的だけは完遂しようとするが、その過程で罪のない人々や街を破壊するようになってしまう暴虐の力だ。

 『悪を倒すための暴力は、イコールで正義ではない』。

 それを教えるかのような、光に闇を混ぜる形態なのである。

 

 だからだろうか。

 ガイの中に、少年に対する共感と憐れみがあったのは。

 

『お前に、あのウルトラマンを会わせたいもんだ』

 

「何の話だよ」

 

『今のお前には、俺より必要なウルトラマンだ』

 

 ガイは記憶を探るように、あるウルトラマンのことを口にする。

 

『優しさで救い、強さで救い、それでも足りないから勇気で救う。そんな、ウルトラマンさ』

 

 ガイと話しながらも、銀河は街中に向かっていた。

 深い傷は一つもなかったが、浅い傷には手当が必要である。

 ナイフや包丁で薄皮一枚切られた傷もいくつかあった。

 銀河はガイと話しながら、公園にて薬局で買った医療道具で応急処置を施して、そして……今日も彼を探していた彼女と、ばったり会ってしまった。

 

 

 

 

 

 彼の傷を見て、彼の事情を知って、彼女は怒った。

 銀河が多少凄んでも、一歩も引かないくらいに怒った。

 それで死んじゃったらどうするんですか、と。

 

「そんな生き方、絶対に間違ってます!」

 

 忘れてはならない。

 澄春は銀河を守るためなら、ベムラーにだって挑みかかれる人間だ。

 銀河の想定より、好意の桁が一つ違う。

 そんな彼女が、こんな現状を看過できるわけがない。

 彼女はかつてないほどの剣幕で、彼の生き方に口を出してしまう。

 

「てめえはいつから俺の生き方に口出しでできるくらい偉くなったんだ? あ?」

 

 彼が斜に構えた人間だったなら、あるいは享楽的で刹那的なだけの人間だったなら、もしくは現状を完全に割り切り今のままの自分でいいとへらへら笑える人間であったなら、何も問題はなかっただろう。

 だが、そうではなかった。

 彼は現状の自分がいいものであるとはとても思えず、けれどもそんな自分を変えられず、正解の生き方を見失っている人間だ。

 

 そういう人間に対し、"お前の生き方は間違っている"という指摘は、副作用で死にかねない薬か即死の猛毒にしかならない。

 その指摘が、心配からくるものであったとしても、だ。

 

「―――!」

 

「―――!」

 

 指摘する人間の問題もあった。

 銀河はガイからの指摘であればある程度は受け入れるだろうが、同い年で幼い子供にしか見えない彼女からの生き方がどうこうだと言われてしまうと、外見効果で苛つきが先行してしまう。

 ガイが精神世界から折を見て銀河をなだめてはいたが、銀河と澄春は口論を繰り返す内、どうにも止まれないくらいにヒートアップしてしまう。

 

「砂上くんは何が正しいか分かってるのに!

 なんで暴力以外のものに一切頼らないで、暴力だけに頼るんですか!」

 

「大して俺のことを知りもしないくせに、俺を語るな!」

 

 風祭澄春は銀河のことを見透かしていて、砂上銀河は澄春の見透かした物言いに激しい不快感と憤りを覚える。

 友人未満の知人が分かった風に自分のことを語るのは、とても不快なことだ。

 場合によっては、その人間を一生許せないくらいに不快なことだ。

 

 ぺちん、とその時音が鳴る。

 少女の平手が、少年の目を覚まさせようとする平手が、少年の頬を打ったのだ。

 体格が小学生レベルで、腕力が致命的レベルに無く、人の殴り方はおろか物を強く叩く方法さえ知らない少女の一撃は、体に何の痛みも与えず、少年の心に何かを響かせた。

 

「てめえ……!」

 

「殴りますか? 殴るふりをしますか? どうせ殴れないくせに!

 あたし知ってるんですよ! あなたは、悪い人だと思った人しか殴れないって!」

 

「―――!」

 

「あたしは、砂上くんが間違ってると思ったから、叩いたけど!

 恩人のあなたを叩くなんて、酷いことしちゃったけど!

 ……砂上くん変なとこ優しいから、悪い人だと思った人しか、叩けないじゃない……」

 

 言われたくないことを言われれば、人の心には当然の作用として、怒りが生まれる。

 

「そんなんじゃ、砂上くん、きっといつか……」

 

「……余計なお世話は、そんなに気分がいいかよ!」

 

 信頼しきった顔で、殴られるだなんて思っていない少女のその表情が、"自分が舐められている"という怒りを生む。

 "優しくない人間を優しいだなんて言うな"という怒りも。

 "俺をそんな目で見るな"という怒りも。

 怒りが理性を飛ばして、後に後悔しか生まない行動に彼を走らせようとする。

 

 少年の左手が少女の襟首を掴み、右腕が振り上げられる。

 少女は彼から顔を逸らさず、目を逸らさず、怯えた様子さえ見せない。

 

『そのくらいの平手と言葉、許してやれ。友達のしたことだろう』

 

 振り上げられた拳が止まる。怒りに煮えていた頭から、熱が抜けていく。

 

『いいだろ、一度くらい。

 "気に入らないもの"の気に入らない行動を、許してやってもよ』

 

(……)

 

『友達のしたことさえ許せないのなら……

 一生誰のことも許せない、そんな人間になることもある。

 友達で許せないなら、他人はもっと許せない。敵はもっと許せないからだ』

 

(―――)

 

『お前の人生だ。決めるのはお前だ、銀河。

 怒りのまま、今叩かれた分だけやり返すのか。

 今の言葉と平手を、その友情に免じて、許すのか』

 

 言われたくない言葉、許せない言葉、平手。

 その仕返しに振り上げられた右の拳が、いつものように気に入らないものを壊そうとした拳が、ゆっくりと下ろされる。

 少し落ち着いてしまうと、"何故自分はこんなに怒っていたのか"なんて思考さえ出てきてしまう。

 馬鹿らしい、と自重しながら彼女の襟首を掴んでいた左手を離すと、離した左手を澄春が両手で引っ掴み、ふにゃっとした笑みを浮かべていた。

 

『愛は受け入れ、許すことだ。

 愛はなくならない。だから許しもなくならない。宇宙はそういう風に出来ている』

 

(いちいち言ってることのスケールがデカいんだよ、あんたは)

 

 何も許さなくなった正義は悪と変わらず、激情に呑まれれば光は容易く闇に染まり、眼前の友の上辺だけを見ていては真にその友と分かり合うことはない。

 ジャグラスジャグラーのかつての盟友クレナイ・ガイは、それをよく知っている。

 

 正義とは、闇を照らして悪を撃つことだ。

 

 人の心の闇を照らすこと。人を脅かす悪を打倒すること。

 それは戦う力だけではできることではない。

 許すこと、優しくすること、受け入れること、愛すること……慈しみ在る強い心の力がなければ、絶対にできないことなのだ。

 ガイはヒントを与えながらも、答えを与えることはせず、砂上銀河が正しい方向へと向かうよう、彼を導いていた。

 

「風祭……あんたが俺のことを気遣ってるのは分かる。

 だが、口出しはやめてくれ。俺はあんたを嫌いにはなりたくない」

 

「へ?」

 

「……」

 

「あれ、なんか今、砂上くんらしからぬ言葉が飛び出したような」

 

 銀河はうっかり、口が滑ってガイが言うようなことを口走ってしまう。

 

 ガイの台詞は、他の人間が言うとやや臭い。

 臭めの台詞の上、古臭いし、やや照れ臭いようなことも言う。

 女性に対する自然な言葉が、口説き文句に近いものになってしまうほどだ。

 だがガイが言う限り、それらの台詞は妙にサマになった格好いい台詞として耳に届く。

 ガイにつられた、銀河が普段言わないような台詞。

 "嫌いになりたくない"だなんて台詞を言ってしまったことに、言ってから無性に恥ずかしい気分になって照れ始めた、砂上銀河であった。

 

「やだもう、砂上くんが可愛くてキュンキュンしちゃいます」

 

「お前の指を一本ずつキュラキュラさせてやろうか?」

 

「キュラキュラ!?」

 

「なんで指が十本あるか知ってるか? 九本までなら折っていいからだ」

 

「指一本でどうやって日常生活送れっていうんですか!?」

 

 ひええ、と言っている澄春を見て、銀河は深く溜め息を吐く。

 

「悪かった。今後はできる限り心配かけないようにする」

 

「……きょ、今日は、やけにデレますね、砂上くん」

 

「そうか?」

 

「そうですよ! あ、あたしをどうしたいんですか! メロメロとかにしたいんですか!」

 

「いや、そういうのはねーや。ボコボコにしたいってのは時々あるが」

 

「!?」

 

 あたふたしている澄春を見て、銀河の心の中でガイが愉快そうに笑っていた。

 

(ガイさんのスケールがデカい考え方に付いて行くのは、疲れる)

 

『お前が疲れてるのは、お前が変に悪ぶって、肩肘張ってるからだ』

 

(んだと?)

 

『地球は全ての命の母。お前にとっても疎遠になってない母親だ。

 母の前で無駄に格好つけたり、意味なく悪ぶっても、滑稽なだけだろう?』

 

(今度は地球サイズの考え方の話かよ)

 

 冗談めかした口調で伝えられるガイの言葉に、澄春を家まで送り始めた銀河は、心中で吐き捨てるように呟く。

 

(いちいちデカい考え方をする人だな、あんたは。

 体がデケえとそうもなるのか?

 けどな、俺は体も心も、あんたよりずっと小さいやつなんだよ)

 

 現実で澄春と話し、心の中でガイと話す。器用なことだ。

 

(あんたからすれば小さなことでも、俺にとっちゃ気にすることなんだ)

 

 澄春が手を振って家に帰って行くのを見送りながら、銀河のどこか力ない声に、ガイは力強い返答を返す。

 

『心のサイズなんてもんは、心の持ちようだ。

 いくらでもデカくできる。そこに限界はねえ。

 心をいくらデカくしようが、心をいくら広くしようが、タダなんだからな』

 

(タダでも方法が分からねえんだよ。心をデカくする方法なんて、俺は知らない)

 

『そいつは俺も知らないな。じゃあ、一緒に考えようぜ』

 

(一緒に?)

 

『こいつも縁だ。

 俺とお前、二つのパワーで戦ってる内は……

 お前とひとつになってい(フュージョンアップして)る内は、一緒に考えてやるよ』

 

(お節介な野郎だ)

 

『性分でな』

 

 澄春と別れた銀河は、小山を昇る。

 そこにはスパークレンスの紋章が刻まれた例の祠の内一つがあり、銀河はその祠を背にして街を見下ろし、空を見上げる。

 

 空から、新たな侵略者がやって来ていた。

 

「来たか、今日も」

 

 先日、彼が戦ったというゴモラ。

 その正体は、この宇宙の外側からキングベムラーが呼び寄せた、キングベムラーに忠誠を誓ったキングベムラー軍の尖兵だった。

 今、空の向こうから飛来している怪獣もその一体。

 この地球を侵略するため、そしてウルトラマンオーブを倒すため、宇宙の外からキングベムラーが呼び寄せた(しもべ)の一体である。

 

 新たに現れたその怪獣の名は、『ネオバルタン』と言った。

 

「ガイさん、変身頼む! ヤツの着地前を狙って、飛ぶぞ!」

 

『おう! ネクサスさん! レオさん! 逆境に負けない心、お借りします!』

 

 銀河は走り、跳ぶ。

 そして変身を完了し、飛ぶ。

 レオとネクサスの得意技である飛び蹴りを先制攻撃として叩き込み、ウルトラマンオーブ・ジュネッスシーザーはネオバルタンを睨んで立って、両の腕を勇猛に構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゃりん、とネオバルタンが右手の剣を皮膚の上で滑らせる。

 ネオバルタンは生物であり、兵器だ。

 肉体と一体化した武器を持ち、肉体と一体化した鎧を持っている。

 

 右手は一見剣のようにも見えるが、実は鉤爪のような手の上に無数の剣を量子状態にして重ね合わせ、剣のように見える形にしているに過ぎない。

 左手は一見銃のようにも見えるが、実際は光の鞭を出す武装を鉤爪状の左手と融合させているだけ。

 両肩にも鎧なのか甲殻なのか分からないアーマーが付いているが、これに至っては無数の針を高度に融合させて作られた、攻防一体の兵器である。

 

 全身に鎧と武器が融合している、全身兵器。

 それがネオバルタンだった。

 

『気を付けろ。バルタン星人は手強いぞ』

 

「ああ」

 

 しゃりん、とジュネッスシーザーの両手の籠手、そこから生えた刃が擦り合わされる。

 戦場は人気のない山中。

 飛び蹴りの直後に投げ飛ばしを入れ、オーブはこの戦場にネオバルタンを引き込んだ。

 すり足で距離を測り、ネオバルタンの動きを見つつ、オーブは一気に速攻を仕掛ける。 

 

 相手の動きをしっかりと見つつも、銀河は巧遅より拙速を尊んだ。

 

「フォッフォッ」

 

 どこかバルタンらしい、けれどネオバルタンの容姿にはそぐわない声。

 ネオバルタンはおもむろに、右手の剣を地面に突き刺す。

 そして、キングベムラーに選ばれた理由を誇示するかのように、山々に伝搬する特殊なエネルギーを放出した。

 

「!」

 

 山々に、巨大な刃が並べられている。

 一瞬前までなかったというのに、ネオバルタンが地面にエネルギーを流した次の瞬間には表れていた。

 刃は一本一本が、オーブの身長よりも長く、それなりに太い。

 周囲の地面全てに生えた巨大な刃は、山々の斜面を滑るようにして、四方八方から一斉にオーブに襲いかかった。

 

「これは!?」

 

『今、一瞬で土地を改造したな』

 

「改造?」

 

『一瞬でこの土地を"罠がある土地"に改造して、その罠を起動させたんだ』

 

 四方八方から迫る刃。胴体に当たれば致命傷は必至だ。

 オーブはレオ特有の身体能力をフルに活用し、全ての刃を迎撃する。

 両手足はハンドスライサーとキックスライサーを発動し、刃を横から叩いて微塵に粉砕。

 近すぎるものは籠手で受け、受け流すか光刃で砕き、そのまま飛ばした光刃で刃を薙ぎ払う。

 だが、あまりにも数が多すぎる。

 

 ネオバルタンが手から光弾を撃って攻撃を始めると、もはや対処できる数ではなくなっていた。

 

『足を止めるな! 体を回せ!

 周囲全ての攻撃に、体の正面と左右をあわせるイメージで動け!』

 

「くっ、簡単に言ってくれる……!」

 

 ガイのアドバイスで銀河はメキメキと腕を上げ、オーブの動きは格段に良くなっている。

 銀河自身も、格闘戦における才覚は飛び抜けたものを持っている。

 だが、足りない。

 この差を埋めるにはあまりにも足りない。相性が悪すぎるのだ。

 

『無尽の搦め手で攻められるタイプの敵だ!

 敵の武器が尽きることはない!

 迎撃しかできない近接特化のジュネッスシーザーは相性が悪い!』

 

「じゃあどうすんだよクソッ!」

 

『ベムラーを倒して得たカード。

 ゴモラを倒して得たカード。

 この二枚で行く! ぶっつけ本番だが、行けるなギンガ!』

 

「―――ああ!」

 

 行けるな、とそれが当然のようにガイは聞いた。

 ああ、とそれが当然のように銀河は答えた。

 かくして、三枚目のカードと四枚目のカードによる、二つ目の形態が開帳される。

 

 

 

「ビクトリーさん!」

 

《 ウルトラマンビクトリー 》

 

「コスモスさん!」

 

《 ウルトラマンコスモス エクリプス 》

 

「星のようにデカい心、お借りします!」

 

《 フュージョンアップ! ビクトリウムエクリプス! 》

 

 

 

 地球を象徴するビクトリー、混じり合う太陽と月を象徴するエクリプスの力が、今一つに。

 

『星の息吹よ、吹き荒べ!』

 

 金色基調の、赤青銀黒入り混じった、多色折り重なる戦士。

 流線型のボディデザインに、体の各所にあしらわれたVの字が象徴的で美しい。

 変身の瞬間に発せられた金色のエフェクトが、一瞬だけ群れる刃を押し戻す。

 だが、それも一瞬だけ。

 次の瞬間には、再度刃がオーブへと群がっていった。

 

『武器には武器だ、上手く使えよギンガ!』

 

「ああ!」

 

 新形態、ビクトリウムエクリプス。

 その特徴は、極めて高いスペックと――

 

《 ウルトランス! ウルトラマンレオ! 》

 

 ――手元にあるカードを使った、ウルトラマンの巨体でも使える、強力な武器の創造である。

 

 精神世界にてガイはレオのカードを使用、それをウルトラマンビクトリーの力で固形化、武器へと変貌させる。

 現実世界のビクトリウムエクリプスの手の中に、そうして赤色のヌンチャクが現れた。

 

「うぅらぁっ!!」

 

 ただのヌンチャクと侮るなかれ。

 ヌンチャクの両端からは常に光が吹き出し、これがブースターの役割を果たしていた。

 振るう度に、周囲の刃があっという間に砕け散る。

 光によって加速されたヌンチャクは、先端速度であれば瞬間的にマッハ10をゆうに超えていた。

 

 格闘技能は失われたが、身体スペックも大幅に上がっている。

 ヌンチャクの一撃の重さも相当なものだ。

 そして当然、スピードも飛躍的に上昇している。

 オーブはネオバルタンからの攻撃を全て粉砕し、一気に勝負を決めようと駆け出した。が、その瞬間……オーブのカラータイマーが点滅し、体が()()()かけてしまう。

 

「う、あ……キツい……!」

 

 フュージョンアップにおけるオーブの活動限界時間は、厳密には戦う力が尽きるということではない。『二人のウルトラマンの力を体に留めておく力』が尽きるということだ。

 強いて言うならば、力の限界ではなく融合限界。

 そして力の種類やバランスの悪さによって、フュージョンアップは様々な悪影響をオーブへともたらしてしまう。

 

『予想以上の消耗だ……

 通常のフュージョンアップは三分維持できる。

 だがこれは、一分以上の維持は無理かもしれん!』

 

「さっさと決めるしかない、ってことか……!」

 

 この形態にも弱点はある。コスモスの方のカードが強すぎるのだ。

 元より一分間しか維持できない強化形態のカードである上、今のオーブに合わせるとなると、エクリプスは相反する属性や近似の属性となるカードがそうそう無い。

 ビクトリーとは奇跡的な相性の良さを見せたが、それでもバランスは悪い。一分しか戦えないのに近接格闘能力だけ見ればジュネッスシーザーにも劣る。

 強力だが、扱いにくい新形態だった。

 

「ガイさん、飛び道具を!」

 

『了解だ、射線は計算しておけ!』

 

 上がったスピードで素早く飛んで、上空に上がり距離を取るオーブ。

 ネオバルタンはまた地面に剣を突き刺し、今度は剣で四方八方から包囲する攻撃ではなく、地面から空へと飛んで行く無数の剣の圧殺攻撃を仕掛けていた。

 

《 ウルトランス! ウルトラマンネクサス! 》

 

 対し、オーブは左手に光の弓を形成し、迎え撃つ。

 

『アローレイン・シュトローム!』

 

 地より空へと向かう剣の雨。

 空から地に落ちる光の矢の雨。

 二つは中空にて衝突し、激しい火花と爆発を引き起こし―――やがて、光が押し切った。

 押し切った光は、そのままネオバルタンをも飲み込む。

 ネオバルタンの絶叫が上がり、オーブは激しく土埃を巻き上げながら着地した。

 

『「 これで決まりだ! 」』

 

 皆既日食を思わせるエフェクトに、Vの字のエフェクトが重なる。

 

 二つのエフェクトが重なった場所で、オーブの両腕がLの字に触れ合った。

 

『「 ビクトリューム光線! 」』

 

 オーソドックスに強力な破壊光線。

 選択的に対象を破壊する特性を持つが、今はただ目の前の敵を破壊するためだけに。

 炸裂した光線は、ネオバルタンの胸部を貫き、その体を爆散させた。

 

「……勝っ、た」

 

 もう耐えられない、とばかりに変身解除。

 山中の更地に、投げ出されるようにして銀河が転がる。

 ジュネッスシーザーとは負荷が比べ物にならない。この疲労は一日では抜け切らないだろう。どうやら、ビクトリウムエクリプスは気軽に使えるフュージョンアップではないようだ。

 クタクタになった体で、銀河はネオバルタンを倒して手に入れたカードを確認する。

 

「ウルトラマンゼアス? なんだこいつ、外見はすっげえ……強そ……」

 

 だが、力尽きた。カードをポケットに入れて、クテっと倒れる。

 

『おつかれさん』

 

「……"星のようにデカい心"、だっけか? 無茶言ってくれんなあ、ガイさんよ……」

 

『宇宙だって、最初は小石よりも小さかったんだぜ』

 

 バテバテになっても減らず口を叩く銀河に、ガイは笑って言葉を投げる。

 

『お前の心より小さかった宇宙が、こんなにデカくなったんだ。

 いつかお前の心が、この宇宙よりデカいものになったとしても何も不思議じゃない』

 

「いや、んなことありえねえっての」

 

『ありえるさ』

 

 話の途中で、銀河は疲労のあまり気絶してしまう。

 

 それに気付きながらも、ガイはコスモスのカードを眺めながら、言葉を続ける。

 

『かつてウルトラマンに、自分よりデカい心を持ってると認めさせた人間だって、居るんだぜ』

 

 あるウルトラマンのことを。別のウルトラマンから聞いた、そのウルトラマンの話を。心の中で懐かしそうに、反芻しながら。

 

 

 




 この主人公、一切制御をしないしできないという意味でベリアル系フュージョンアップと相性が良かったりします。したら最悪なことになりますが

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