甘い珈琲を君と   作:小林ぽんず

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なんとなくパッと浮かんだアイデアを形にしてみた感じです。

もう一つの作品もあるので投稿ペースはそんなに早くないと思いますが、読んでくださる方はよろしくおねがいします。


① こうして彼女の終わっていた物語が始まる。
第一話 再会とはじめまして


「じゃあいろは!また明日ねー!」

 

 そう言って最近出来た彼氏と歩いて行く友人を見送る。

 

 はぁ…。

 

 高校三年生の時に届いた一つの知らせ。それから私の中の時間は止まっている。

 

 見た目を必要以上に気にするのもあざとくするのもやめたおかげで同性の友達はできたけど。

 

 というか、見た目とかそんな事に気を使う必要がなくなった。

 

 なんでかって?

 

 

 ……一番私の事を見て欲しかった人の中に私はもういないから。

 

 

  ☆ 甘い珈琲を君と ☆

 

 

 大学から駅までの道。今日はいつもと違う道を歩いてみようと思った。

 

 なんでそんな事を思ったかって?なんとなくだ。

 

 友人に彼氏ができ、いつもなら二人で歩いていた大学から駅までの道のりを一人で行く事になったから、少し遠回りしてみようと思っただけ。

 

 そういえばすこし行ったところに商店街があったな。

 

 そんな事を思い出し、商店街に足を向けた。

 

 大学がある以外は特に特徴の無い街。

 駅前こそ少し栄えてはいるがあとはただの住宅街。

 

 そんな街の商店街はちらほらとシャッターの目立つ、少し寂れた商店街だった。

 

 午後三時、人はまばらで活気はない。

 青果店のおばあさんはあくびをしながら船を漕いでいる。

 

 …来るんじゃなかったなぁ

 

 特に何もなかった。

 今の私と同じだ。空っぽだ。

 

 そんな事を考えて余計惨めな気持ちになった。

 

 商店街を抜け、今度こそ駅に向かって歩みを進める。

 

 何の変哲も無い住宅街を歩く。

 

 ふと、どこからか鼻孔をくすぐる珈琲の美味しそうな香りがした。

 

 沈んでいた顔を上げるとそこには喫茶店があった。

 

 こんな所に喫茶店があるんだ。

 

 住宅街の一角に現れた個人経営であろうどことなく昭和感の漂う喫茶店は住宅街からそこだけ切り離されたような、そんな不思議な雰囲気をしていた。

 

 少し興味が湧いた。

 

 ガラス張りになっていて中の様子が見える。

 

 店の外観通りのレトロな店内。

 モダンな濃い茶色をしたテーブルなどで統一されていた。

 壁に貼ってあるポスターなどは少し色褪せていて、どこかノスタルジックな、そんな雰囲気にどことなく魅力を感じた。

 

 ふと、そんな店のカウンターに店の雰囲気には似合わない女子高生の姿が見えた。イケメンな店員さんでもいるのだろうか?

 

 少し気になってカウンターの中を覗ける位置に移動して中を見てみる。

 

 そこにいたのは眼鏡を掛けた一人の男性。白いシャツに焦げ茶のエプロンという喫茶店らしい格好をしている。その少しボサボサの頭からはぴょこんとアホ毛が跳ねていた。

 

 ……え?

 

 ………なんで?

 

 …………信じられない。でも、間違いない。

 

 眼鏡をかけているし、ここからじゃ遠いから自信はない。

 

 けれど、そうに違いない。

 

 カウンターに座る女子高生3人組と仲良さげに話すマスターさんの穏やかな笑顔に見覚えがあった。

 

 いつぞや生徒会室でわたしに向けられていたある男性の笑顔を思い出す。

 

 そしてじわっと涙が目尻に溜まる。

 

 ふと、ガラス越しに不思議そうな顔をしたマスターさんと目が合った。

 

 …やっぱりそうだ。

 

 ………なんで?どうして?

 

 色んな感情が込み上げて来る。

 心臓は煩いし頭は働かない。

 

 けれどその店に吸い込まれるように足はまっすぐ喫茶店の中へ向かう。

 

 ドアに手を掛け、押す。

 

 カランカランと小気味好くなるドアに付けられたベルの音と共にさっきよりも濃くなった珈琲の良い香りが立ち込める。

 

「いらっしゃいませ」

 

 そう言って私の目の前に出て来るマスターさん。

 

 その声は、やっぱり聞き覚えがあって。

 

 その顔は間違いなく私が恋した人で。

 

 けれどその顔に浮かぶ笑顔は知らない誰かの物で。

 

 色んな感情がさっきよりもぐちゃぐちゃになって、涙が溢れそうになる。

 

「あ、あの!」

 

 けれど無意識に口が動く。

 

「私たち、どこかで会ったこと、ありますか?」

 

 途切れ途切れにそんな事を聞いてしまった。

 答えは分かっているのに。

 

「………すみません。記憶にないです」

 

「で、ですよね!かんちがいでした。すみません、あの、ブラックコーヒーいただけますか、マスターさん」

 

 そう誤魔化すとマスターさんはニコッと笑って対応してくれる。

 

「かしこまりました。お好きな席へどうぞ」

 

 そう言って『先輩』はカウンターに戻って行った。

 

 整理はついていないし、頭はまだ混乱している。心臓は相変わらず煩いし、脚は震えている。

 

 けれど、心の底から込み上げて来る嬉しさと、それと比例するように湧き上がってくる悲しさ、寂しさ、切なさ。

 

 そんな長らく感じていなかった感情達が私にこれが現実だと告げる。

 

 そう、この日、たまたま寄り道をした平日の午後、私、一色いろはは比企谷八幡と再会した。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 いつもお店に来てくれる女子高生達とお話をしていた。

 

 たわいもない学校の話を聞くのは楽しい。

 

 友人がどうとか、テストがどうとか、彼氏がどうとか。

 

 学校の話を聞くといつも何かを思い出しそうになる。

 

 どこからか紅茶の香りが漂ってくることもある。

 

 そんな風にして女子高生の話を聞く、いつも通りの午後を過ごしていた。

 

 女子高生のうちの一人に名前を呼ばれ、洗い物をしていた顔を上げるとガラスの向こうにこちらを見ている女性がいた。

 

 その女性はなぜか泣きそうな顔をしていた。

 

 っ!瞬間、頭にズキっと痛みが走った。

 

 ……ぃ!……ん…ぃ!

 

 頭の中でそんな声が聞こえる。

 

 紅茶の香りといいこの声といい、これは僕の失った記憶が関係しているのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら店に入ってきた女性を迎える。

 

 亜麻色の綺麗な髪ですこし大人しめの格好をした、そんな女性だった。

 

 ナチュラルなメイクが彼女の素材の良さを引き出し、可愛らしさと美しさの両方を醸し出していた。

 

 ……ぃ!…ん…い!

 

 相変わらず頭の中は女性の声が鳴り響いている。何かを思い出しそうで、思い出せない。

 

 いらっしゃいませ、そう言うと、

 

「あ、あの!私たち、どこかで会ったこと、ありますか?」

 

 女性はそう言ってきた。

 

 不思議なことにその女性の声はどこか聞き覚えがあるような気がしてすっと耳に入ってきた。

 

 頭の中に鳴り響いていた声はいつの間にか止んでいた。

 

 そういえば、どことなく頭の中の声とこの女性の声が似ているような…?

 

 気のせいだろう。

 

 そう決めつけ、いつも通りに接客した。

 

 カウンターに戻り、ブラックコーヒーを用意する。

 

 女子高生達はもう帰るらしい。ご馳走様でした〜と言って帰って行った。

 

 ちょうどカウンターから見える二人席に座っているさっきの女性にブラックコーヒーを出す。

 

 ごゆっくりどうぞ、と声をかけて戻ると背中越しに

 

「やっぱりせんぱいだよね…」

 

 と聞こえた。

 

『せんぱい』その言葉は初めて言われるはずなのにやっぱりスッと自然に耳に入ってきて、どこか懐かしい気持ちにさせた。

 

 ……やっぱり。

 

 恐らくあの女性は僕の無くなった記憶と関係があるのだろう。

 

 そんな事を不意に思った。

 

 僕はなんとなく気になって、それからの時間はその女性を眺めながら過ごした。

 

 女性は一度ブラックコーヒーをお代わりした後、「コーヒーおいしかったです。また来ますね」と泣きそうな顔に笑顔を浮かべて帰って行った。

 

 あの女性と居れば無くなった記憶の事が何か分かるかもしれない。

 

 別に今更記憶が戻って欲しいとか、そんなことは思わないけれども、そんな考えが浮かんだ。

 

 その日、いつも通りの平日の午後。

 

 僕、比企谷八幡は不思議な女性と出会った。

 




少し沈んだ感じと不思議な雰囲気を文で表現できていたら嬉しいです。

この文を読んでどんな風に思ったでしょうか?
感想等頂けると嬉しいです。
あと、追加した方が良いタグとかもありましたら是非教えてください。
では、読んでいただきありがとうございました。

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