この話詰め込みたい事がありすぎてまとまりませんでした。
多分今もまとまってません。
それでも、よろしくお願いします。
「ねぇねぇお兄ちゃん?」
土曜日の晩御飯中、僕の向かいに座る比企谷小町、僕の妹は唐突に声を上げた。
「ん?なに?」
「いや、小町の勘違いかもなんだけど…陽乃さんと付き合うことにしたの?」
「…?なんで?」
「いや、ここ最近お兄ちゃんが少し元気だから。何か良いことでもあったのかなーって!」
妹は僕の事に関してはなぜか鋭い。
その点に関してはオーナーさん以上の観察眼だと思う。
「そういうことか。まぁ良いことはあったけど。それにオーナーさんとは付き合えないよ」
なんて、当たり障りなくいつものように答える。
「そー?小町的にはおすすめ物件だよ陽乃さん!」
そりゃあおすすめ物件だろう。駅から徒歩十歩くらいの感覚だもんね。
近すぎて騒音とかの他の問題が起こる所とか、多分そっくり。
「僕なんかじゃあの人の弱点にしかならないからね。あの人も僕のことなんて好きじゃないさ」
小町ちゃんは僕とオーナーさんとをくっつけたいのか、こんな話をよく持ち出す。
そしてそれを毎回の様に適当に躱す。
「相変わらずだなぁ…あ、じゃあじゃあ!その良いことってなに?」
どうやら小町ちゃんはとにかく何があったかを聞き出したいらしい。
こういう時の小町ちゃんからは逃げられないので逃げるのは諦める事にしている。
「んー。最近話の合うお客さんが来てくれるようになったから、お話が楽しいんだよ」
「へぇー…女の人だよね?」
「なんで分かったの?」
「だってあのお店いつ行っても女の人しかいないもん」
「まぁ、確かにそうかも」
「で、その新しいお義姉ちゃん候補のお名前は?!誰なのさお兄ちゃん!」
「言ってもわからないでしょ?」
「分からないならいいでしょ?気になるもん。将来比企谷さんになる人だよ?」
「いやそういう対象じゃないんだけどね?まぁ、一色さんっていう人だよ」
一瞬、小町ちゃんの肩がぴくっと動いた気がした。
「…ふーん?一応聞くけど、下の名前は?」
「……いろは…さん」
なんとなく名前で呼ぶのが恥ずかしくなってさんをつけておいた。
「……………」
小町ちゃんはなぜか黙っている。
「ん?どうかしたの?」
「……っ!い、いや!なんでもないよ!小町のクラスメイトにも同じ名前の子がいるから驚いただけ!じゃ、じゃあその一色さんと仲良くね!小町は勉強してくるよ」
と、小町ちゃんはそう早口で言ったあとごちそうさま、と食器を片付けて自分の部屋に戻っていってしまった。
ちょっと様子が変だったような…
なんて思ったけれど、その時の小町ちゃんの顔は、日曜の夜にはもう忘れてしまっていた。
☆ ☆ ☆
月曜日の午前中は幸か不幸か、人が来ない。
というのも当たり前で、毎週オーナーさんが来るので午後からの開店になっているからだ。
そんなオーナーさんと僕しか居ない店内の時計は中々進んでくれない。
一色さんの来る時間まであと…五時間くらいもあるのか……
いっそのことすごく忙しい方が時間が早く経ってくれるから嬉しいなぁ。
「八幡くーん。コーヒーおかわりね」
オーナーさんの声ではっとなった。
また一色さんのことを考えていたようだ。
オーナーさんはいつも直火式で抽出した少し濃いエスプレッソを飲む。
この店のマスターをする事になった時に最初に教えられたオーナーさん用のエスプレッソ。
いつもお店でお客さんに出すものとは違うものだ。
オーナーさんはそんなエスプレッソのおかわりを飲みながらパソコンをカタカタとしていた。
「八幡くん、おいでー」
そう言われてオーナーさんのとなりに座る。
「先週の売り上げとしては週単位ではここ五ヶ月で最高。月単位でも今月を後一週間残して先月より10%の成長は凄いことだと思うよ。調子上がってきたねぇ偉い偉い!」
そう言ってオーナーさんは何故か頭を撫でてくる。恥ずかしいからやめてほしい。
オーナーさんはいつもただ本業をサボりにここにきたり、こうやってオーナーさんとしての仕事をしにきたりする。今日は後者だ。
「ただちょっと回転率が悪いかな…一人で切り盛りするのはちょっと厳しいかもね。うーん、そろそろアルバイトを一人か二人雇うことを考えてもいいかもねー」
オーナーさんとはこうやって月に一回は真面目なお話をする。
それ以外の時は大体上司が無能とか部下が無能とかそんな愚痴を聞いたり、からかわれたりだ。
というかオーナーさんに有能って認められる人なんていないから仕方ないんだけどね。
昔面白そうな高校生を見つけたらしいけれど、高校生でオーナーさんに目を付けられるなんて可哀想だと思った。
そんなこんなでオーナーさんと二時間ほど真面目な話と雑談をした後、オーナーさんはお昼過ぎに帰っていった。
一色さんがくるまであと三時間…。
オーナーさんが飲んだカップとサンドイッチのお皿を洗いつつ、ため息を吐いた。
☆ ☆ ☆
アルバイト。
アルバイトなんて雇ったら一色さんと二人になれなくなる。それは大きな問題だ。
じゃあ一色さんにバイトとして入ってもらう?
それは多分とても楽しい。
でもそのうちオーナーさんにも小町ちゃんにもからかわれる。
それに一色さんの都合もあるし。
じゃあアルバイトはやめておく?
でも、オーナーさんは恩人だ。
僕にこの場所を作ってくれて、この仕事を始めるにあたって何から何までお世話をしてくれた。
そんな彼女へ恩は当然返したいし、そのためにこのお店を繁盛させるのが大事であるとも思う。
このお店は僕とオーナーさんの場所だった。そこに小町ちゃんがたまに来たり、今は一色さんが来てくれる。
そんな場所に知らない人を招き入れるのは気が進まなかった。
でもオーナーさんが僕の負担の事を考えて提案してくれた事だ。アルバイトの事も考えないとな。
そんなことを考えていると三時過ぎになっていた。
ブラックコーヒーとクッキーを用意しながら待っていると、カランカランとドアを開ける音が聞こえた。
二日ぶりの一色さん。
カウンター越しの彼女は僕を見つけてくしゃっと笑顔を浮かべてくれた。
その笑顔はどこまでも可愛らしくて、少しのあどけなさが残っていて、どこか甘えるような、そんな笑顔だった。
その二日ぶりの笑顔は僕の心を優しく溶かした。
そうだ、ちょっといたずらしてみよう。
なんて、そんな事を思ったりして。
今僕の目の前に座って美味しそうにコーヒーを飲んでくれている彼女は今日、どんな可愛いところを見せてくれるんだろう。
そんな事を思うだけでもうたまらなく幸せだった。
一色さんは不思議だ。
一色さんと一緒に居るとあんなに前に進むのを拒んでいた時計は急にやる気をだしてぐんぐん進んでいく。
そしてあっという間にお別れの時間になってしまう。
出来ることならもっと一色さんと一緒にいたい。
もっと幸せな気持ちを味わっていたい。
もっといろんな一色さんを見てみたい。
笑った顔も、喜んだ顔も、ちょっと拗ねた顔も、困った顔も、照れた顔も、もっともっと見ていたい。
楽しそうに笑う声も、穏やかに話す声も、照れて上ずった声も、むぅぅと唸る声も、少し不機嫌になった声も、もっともっと聞いていたい。
一色さんといると感じる懐かしさにもっと浸っていたいし、そうして心に沁みてくるあったかい気持ちを味わっていたい。
僕の知らない一色さんが顔を覗かせた時の胸がドキッとする感じをもっと感じてみたい。
彼女に関する事は思い出してみたいとも少しだけ思う。
彼女は僕とどんな関係だったんだろう。
そんな事をふと日曜日に思ってしまったから。
でも、記憶のことを聞くのは少し怖い。
だからね。
僕はもっと一色さんと話したいし、記憶の事を聞くにはちょっとの勇気が必要です。
つまり時間が必要なんです。
だからね、時計さん?
だから、時間を進めるの、もうちょっと待ってもらってもいいですか?
☆ ☆ ☆
なんてそんな願いは通じる訳なく、一色さんとの幸せな時間はあっという間にすぎる。
窓から差す夕焼け色が店内を淡い赤色に染め上げ、僕たちに時間切れを告げる。
いつもの様に一色さんのグラスとクッキーのお皿をさげると、一色さんはあっ…と、どこか寂しげな声をもらした。
その表情は夕焼け色に染められてはっきりとは分からないけれど、目元が涙ぐんでいる気がした。
一人ぼっちを嫌がっている様な、例えるなら親と離れるのを嫌がる小さな子供の様な、そんな表情だと思った。
それでも彼女はそろそろ行きましょうか。と少し震えた声に笑顔を張り付けてそう言うと、立ち上がった。
なんでさっきまで笑ってくれていた彼女がこんなにも悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべているのか、僕にははっきりとは分からないけれど、このまま彼女を帰してはいけないと思った。
彼女が寂しがって帰りたくないというならば、そんな彼女を帰してはいけないと思った。
だから、動く。
小さな歩幅で歩いていく彼女の腕を掴む。
えっ?と小さな声が上がった。
「えっと…一色さん。今…ランチメニューを新しく考えてて、それで、その。もし一色さんに夕飯をどうするかの予定がないのであれば、その試食ってことで、一緒にどうですか?」
そんな嘘で無理やり引き止めた。
「ふふ…やっぱりせん……はやさし…です」
僕に背中を向ける彼女の口からそんな言葉が聞こえた。
彼女はくるっと振り向くと、
「比企谷さんがそこまで言うなら、私が試してあげますそのメニューを!私は料理には煩いですよ?」
そう言ってまた満面の笑みを浮かべてくれた。
……よかった。
僕は何故だか彼女に救われたことがある様な気がするから、彼女に恩を感じていた気がするから。
だから、彼女を悲しませたくはない。
そう、強く思った。
というか、何かに思わされている感覚がした。
作ったのは普通のオムライス。
オーナーさんから教えてもらったメニューだから他のメニューよりも自信があった。
一緒に食べることにした。
もう陽の落ちた店内はいつもの雰囲気とは違ったけれど、彼女と二人というのは変わらない。
いつもより長く一緒に居られるのが、嬉しかった。
彼女はオムライスを一口口に運んで、おいしい。とそう言った。
それだけですごく嬉しかった。
それから彼女は笑顔で、たまにこちらを見たりしながらオムライスを食べだした。
そんな姿に安心して、僕もオムライスを食べるのだった。
初めてご飯を一緒に食べた。
そんな僕が持っていなかった思い出というものが出来ていく感覚はなんだかむず痒かった。
オムライスのお皿を洗っていると一色さんの視線に気がついた。
ん?と視線で問うと、彼女は笑いながら
「いや、なんだかこうやって思い出が出来ていくんだなーって思って、幸せだなって思ってました」
………同じことを思ってくれていたんだ。
胸が暖かくなるのを感じた。
小町ちゃんならこんなのを恋と言うんだろうか。
恋。付き合う、か。
小町ちゃんが言っていた事を思い出した。
…いや、ないな。
僕は一色さんとも釣り合わない。
記憶も無ければ、他にも何もない。僕にはこのお店しかない。
そんな僕が大学生の将来の足手まといになんてなれるわけがない。
この関係はいつか終わってしまうんだろう。
いや、終わらせないといけない時は必ず来る。
僕は恋愛なんてしませんよ。
昔、そうオーナーさんに言ってしまったから。
いや、言ってなかったとしても多分しない。
する資格なんてないから。
そんな余裕もないから。
このお店を通じてオーナーさんに恩を返す。
小町ちゃんには幸せになってもらいたいし、毎日僕のお世話をしてくれている恩返しが必要だろう。
毎日働いてくれている両親にもしっかりと恩返しをしないといけない。
それだけだ。
事故で助かった命はそれを実行するためのものだ。
他のことなんか、していてはいけない。
そう、決めているから。
そのはずなのに、僕はなんで一色さんと居るんだろう。
どうして一緒に居ようと思ったのだろう。
自分で自分がわからなかった。
その時初めて自分を変な気持ちにさせる懐かしさに、昔の自分に、嫌悪感を抱いた。
☆ ☆ ☆
一色さんを駅まで送ることにした。
もう外は真っ暗で、住宅街からは星がそこそこはっきりと見える。
そんな景色もまた好きだった。
街灯は頼りなく点滅したり、点いていないものもあった。
そんな中を無言で歩いていると、隣から一色さんの声がした。
「ねぇ比企谷さん。新作の試食なんて、嘘でしょう?私が帰りたくないって思ってるのを察して、気を使ってくれたんですよね。ありがとうございます」
「なんのことですか?」
「だって、オムライスって普通にメニューにあるじゃないですか?」
そう言ってふふっと笑う一色さん。
どうやらバレていたようだ。どう答えようか答えに困っていると、また隣から声がした。
「だから、ありがとうございます。嬉しかったです。本当に美味しかったです。あと、迷惑かけてすみませんでした」
「気にしないでください。勝手にやったことですから。お節介にならないでよかったです」
お店から駅までは近い。
そんな話をしていると、駅に着いてしまう。
あ、約束。
「一色さん」
そう呼びかけて小指を出す。
一色さんは笑顔で応じる。
「明日も、待ってます」
「はい。きっと行きます」
指切りげんまん!と夜空にそんな明るい声が響いた。
「私からも約束したいことがあります」
一色さんは指を離さずにそう言った。
彼女は頬をほんのり赤く染めている。
駅の灯りがスポットライトのように彼女を照らしていた。
その少し頼りないスポットライトの中心で輝く彼女はどこか儚げだった。
「今度は…他のメニューも試食させてください」
あぁ…だめだ。この人には逆らえない。
なんとかしてあげたくなってしまう。
彼女のために働きたくなってしまう。
これも、過去の僕のせいなんだろうか。
分からない。だけど、その約束を断る事は僕には出来ないと思った。
だから、
だからその約束をしてしまった。
「はい、今度こそ新作メニューを」
そう言って、二回めの指切りげんまんをした。
指から伝わる彼女はとても暖かい。
そしてそれは心地の良いものなのだろう。
それこそ金曜日までの僕なら幸せを感じていただろう。
けれど、あんな事を思ってしまった今では幸せよりも、罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされてしまいそうだった。
彼女とは離れないといけない。
それなのに彼女から離れられない。
昔の自分が離してくれない。
そんな酷い矛盾を抱えてしまって、どうしようもなくなってしまった。
彼女を見送ってからの帰り道。
横に彼女がいないと寂しいはずなのに、どこか安堵している自分がいて、消えてしまいたくなった。
一色さん。
すみません。
僕には分かりません。
昔の僕に会いたいですよね?
僕も貴女にちゃんと会いたいです。
記憶を取り戻した僕なら、ちゃんと会えるんでしょうか?
今の僕では無理なんでしょうね。
そして、昔の僕になら貴女のその寂しそうな、悲しそうな表情をなくすことができる。
貴女を救う事ができる。
でも、だからこそ。
僕には分かりません。
今の僕がどうしたらいいのかも、どうしたいのかも。
ねぇ一色さん。
すみません。
明日会うのが、少し怖いです。
でも、貴女に会いたい自分もいるんです。
僕はそんな僕をどうしたらいいんでしょう?
貴女と居たら、その答えも分かりますか?
なんて、分かりませんよね。すみません。
じゃあ、一色さん。
明日も待ってます。
6000文字くらい行きました。
すみません、その上読みづらいと思います。
基本的にいろはサイドと八幡サイドをどっちも読んでその一日が終わるという形にしています。
なのでオムライスのところ以降はいろはサイドのその後の部分ですね。
それにしても読みづらい、書きづらい。
なんでこんなテーマに手を出してしまったのか。
でも書きたいか書きます。
②きっと、誰しも等し並みに悩みを抱えている。ですが、こんな感じで一回沈みます。
いろは、八幡、小町、陽乃。この全員に八幡の事故の後の二年間はあります。そしてその事故が少なからず作品現在に結びついています。
例えば八幡が小町ちゃんと呼んだり、それこそ陽乃さんが喫茶店のオーナーをしていたりする理由も、そしてそこには彼女たちの考えや意思があります。
それを解き明かしながら進んでいこうと思います。
その第二弾ですね。
第三話いろは編はまだいろはの思考の表面部って感じで、これからすすんでいきます。
八幡視点では、まぁこんな感じです。
と言ってもこの話では分かりにくいですよね。これからのお話補完させてもらいます。
小町と陽乃さんはそのうちだします。喋らせます。なのでお待ちを。
そんなところで、②は少し重くなるかな。
でもバッドエンドとかはないです。
なので、読んでみて八幡の思考や意思を考えてみてくれると嬉しいです。
では、今回もありがとうございました!