深い霧がかかった森の開けた一画、そこから断続的に発砲音と水っぽい音が響いていた。
「誘導することは出来たけど。」
(数が多すぎる。)
現状はこの一言に尽きる。
別に海魔を無理に相手する必要はない。
子供たちを託したセイバーが来るまで時間を稼げばいいのだ。
しかし、それを踏まえても数が多すぎた。
その理由は初期のお互いの対応にある。
バーサーカーは子供達を守る以上、その場で踏み止まるしかなくキャスターの水魔には対処することしか出来なかった。
一方、キャスターは贄にする子供たちを奪われたのは失敗だったが、その後は本命であるセイバーを迎えるために彼女を子供を狙う海魔に釘づけにし、戦力の消費を抑え地道に増やした。
お互いに守勢だったが、時間はキャスターにより味方した。
故にバーサーカーは劣勢に追い込まれていた。
召喚されてから聖杯戦争が始まるまでの間に溜め込んでいたものも全て吐き出しそうな勢いで魔力も消費している。
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最早、ルーチンワークのように両手に装備した武装で水魔を切り払い、打ち抜く。
そして、また一体接近してきた水魔を切り裂いた瞬間、不自然なまでに血飛沫が上がり視界を閉ざす。
「くっ!」
後ろに飛びずさり、弾をバラ撒き追撃を防ぐ。
しかし、その対処も空しく地面を這うように伸びてきた触手に脚を捕られた。
その水魔の触手に対応するより早く、他の水魔達の触手が全身を拘束する。
「く、あっ!」
そして、拘束された部分がじわじわと絞め上げられていく。
(キツいけど、私の耐久なら!)
肉体へのダメージを度外視し、強引に拘束から脱出を図る。
「止まりませんか。なら、数を増やすだけ!」
しかし、更に触手の上から幾重にも拘束を重ねられていき失敗する。
「うぐっ」
今度こそ完全に動きを封じ込められる。
「あとは、このまま絞め殺してしまえば終わりですね。」
「ぐ、かはっ!」
肺から無理やり空気が押し出される。
(……バーサーカー、令呪を使うぞ。)
(うん。流石に此処から自力での脱出は不可能。)
(いくぞ。令呪をもって命ずる。狂えバーサ――――
「其処までにしてもらおうか。外道。」
ーーーっ!)
最後の切り札(れいじゅ)を切ろうとした時、空から降ってきた二槍が拘束を吹き飛ばした。
「けほっけほっ。」
「大丈夫か?バーサーカー。」
「……。」
「そう、露骨に警戒しないでくれ。」
そこにいたのはランサーだった。
私を助ける意図が分からず、牽制の意を込めて砲口をむける。
「状況はセイバーから聞いてる。」
「……セイバーは?」
セイバーから話を聞いているなら今更口を噤んでも意味はない。
「もう少しで来るだろう。俺は一足先に手を貸しにきたんだ。」
「わかった。感謝する。」
如何せん、一人では手詰まりだったので本当に助かった。
「ランサー。」
「何だ?」
「こいつらをいくら叩いてもキャスターにダメージは与えられない。キャスター自身を叩く必要がある。」
「セイバーを待つわけにはいかないのか?」
「流石に三対一になったら逃げ出すかも知れない。犠牲者を増やさないためにも此処で仕留めたい。」
「なるほど、策はあるのか?」
「策とも言えない力押しだけど、貴方が私に背中を預けてくれるなら。きっと行ける。」
出会って、数分だ。
信じて貰えなくてもしょうがないが。
「いいだろう。」
「……早いね。会ってすぐなのに。」
「お互いに目的は同じだ。悪逆を尽くすキャスターを討つ。で、策とは?」
「単純。私が道を作るから。貴方は後ろを振り返らずに突っ切って。」
「単騎駆けか。ランサーとして相応しい姿を見せてやろう。」
ランサーは詳しいことも聞かずに了承してくれた。
「末期の祈りは済みましたか?貴方たちを贄にして聖処女に目覚めて頂きましょう!」
海魔達が一斉に襲いかかってくる。
私はそれを見ながらブラックロックカノンを変形させる。
砲身が展開され、三つの銃身がせり上がり、その銃身を外装が包み、ドラムマガジンが装着される。
とある世界ではヴォルケインと呼ばれるガトリング形態。
それを海魔の群れに向け解放した。
連続した轟音が響き渡り、夥しい数の薬莢が周囲に散乱し、三つの銃口の向いた方向に道が出来る。
「ランサー!」
「あぁ!」
ランサーはキャスターまで開いた道を神速とも言える速さで駆け抜ける。
私はランサーに近づこうとする海魔を周囲ごと吹き飛ばしていく。
そして、あと少しでランサーがキャスターを射程距離に収めるというところで。
「くっ。」
海魔の触手がヴォルケインに絡みついた。
それにより銃口はあらぬ方向を向き、左方向に居た触手の主も含めて海魔が一掃される。
それはランサーを守っていた弾幕が止んだことを意味していた。
すぐにもう一度銃口を前方に向け弾丸を放つ。
しかし、その一瞬の間にランサーとの間に海魔が壁を作り届かせない。
これで終わりかと思ったとき。
「そのまま駆け抜けなさい。ランサー!」
銃の轟音の中でも通る凛とした声が届いた。
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「この森から出してあげますので、私に付いてきて下さい。」
流石にアインツベルン城へ入れる訳にもいかないので、森の外へ避難させるべく子供達をまとめる。
子供達もあんな目にあったばかりなので大人しく従ってくれる。
しかし、どうしても子供達の足に合わせると移動に時間がかかってしまう。
更にさっきまでは散発的だった砲声が連続して響き始めたのも焦りを加速させる。
「ねぇ、おねえちゃん。」
「何ですか?」
森の外へ向け歩いていると一人の少年が話しかけてきた。
「さっきのおねえちゃんだいじょうぶなの?」
「……えぇ、彼女は強いから大丈夫です。それに貴方達を外に送り届けたら私も手伝いに行きますから。」
「わかった。ありがとう、おねえちゃん。」
あんな恐ろしい目にあってなお、他者を心配し、笑顔で感謝が出来る。
将来が楽しみな良い子である。
そして、バーサーカーが助けなければまず間違いなく散っていた命である。
故にその笑顔に心が痛む。
切嗣にも考えがあることもわかっている。
しかし、子供のような弱者が虐げられるのを容認することなど出来る筈が無かった
だから。
(あとで何と言われようとも、今はバーサーカーに助力を……っ!)
自身の直感に従い、思考の海に沈んでいた意識を引きずり上げる。
そして、近くに自身と子供達以外の気配を感じる。
「何者だ!」
そう鋭く声を投げかけながら、左手で子供達を押し留め、右手で剣を構える。
しかし、相手はあっさりと姿を現した。
「俺だ。セイバー。」
「ランサー。貴方でしたか。」
そこに居たのはランサーだった。
幸い、自身と同じく騎士道を重んじる彼ならば子供達を巻き込んでまで戦いを挑んでくる事は無い。
「こんなに多くの幼子を連れて一体どうしたんだ?セイバー。」
ランサーは知らない大人の登場に怯える子供達に笑いかけてから、私に問い掛けた。
(その笑顔に女子は顔を真っ赤にし、警戒を解いた男子はその両手の魔槍を目を輝かせて見ていた。)
「えぇ、実は……。」
ランサーならば、間違いなく手を貸してくれるだろうという確信を胸に私は現状の説明を始めた。
「なるほど、わかった。俺はバーサーカーの援護に向かおう。」
思っていた通り、ランサーは快く協力を申し出てくれた。
「お願いします。私も子供達を森より出したら直ぐに向かいます。」
「バーサーカーにもそう伝えておこう。」
そう言うと砲声の響く方向へ駆けていった。
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子供達を森の外へ逃がし、真っ直ぐに交番を目指すように言い聞かせてから駆け出した。
なぜなら、さっきまで響いていた砲声が途絶えていたからだ。
「バーサーカーが勝利したのなら良いのですが。」
そう思いながら駆けていると銃声が響いた。
しかも、さっきとは比べものにならない程に激しく。
しかし、直感が足を緩める事を許さずその場まで駆け抜けた。
辿り着いた時、海魔を蹴散らすバーサーカーとランサーの姿に杞憂かと思ったが。
次の瞬間、バーサーカーが左手を海魔に捕られ体制を崩したことによって。
ランサーへの援護射撃が途絶えた事で的中した。
「そのまま駆け抜けなさい。ランサー!」
ランサーにそう伝え、剣の切っ先をランサーの前方に向ける。
(彼を巻き込まないように可能な限り収束させて。)
「風王鉄槌(ストライク・エア)!」
ランサーの前で壁を作っていた海魔を竜巻が蹴散らす。
その代わりに彼の行く手を竜巻が塞ぐが。
「ハァ!」
破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)で竜巻を切り裂き、それにより出来た隙間に体をねじ込む事で、竜巻を抜けた。
そして、もはやランサーとキャスターの間を隔てる物は無くなった。
「キャスター!覚悟!」
ランサーは槍を持ち直し、キャスターに迫る。
キャスターは自分を守るべく数体の海魔を周囲に呼び出す。
しかし、海魔の最大の武器はその増殖、再生能力による物量である。
一体の戦闘力は決して高くはない。
故に新たに呼び出された海魔は壁としての役目も満足に果たせずに倒される。
「抉れ!破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!」
その宣言の通り破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)はキャスターの宝具を抉った。
その瞬間、海魔が次々と弾けて血の花を咲かせ、地面が真っ赤な鮮血で埋め尽くされた。
「貴様ッ―――キサマ、キサマ、キサマ、キサマ、キサマーーーッ!」
「如何かな?我が魔槍のお味は?」
喚き散らすキャスターを気に留めず。
ランサーはそうおどけて見せた。
だが、その眼は決して油断しておらずキャスターを逃がすつもりが無いことがわかった。
そして、それは。
「覚悟はいいな。外道。」
私とて同じだ。
さらに無言のままバーサーカーもその包囲網に加わる。
「っ!」
しかし、包囲されてなおキャスターは宝具に魔力を纏わせ、なんらかの魔術を行使しようとする。
「悪あがきを!」
何かをする前に切り捨てようとすると、爆発するように地面を染め上げていた鮮血が舞い上がった。
血煙の中を光が瞬き銃声が短く連続して響く。
視界が完全に閉ざされてしまったため、風王結界(インビジブル・エア)で血煙を散らす。
血煙が晴れた時に居たのは武器から硝煙を上げるバーサーカーと棒立ちのランサーだけだった。
「逃げられたか。己、どこまでも卑劣な奴」
人質を使い、物量で押しつぶし、不利になれば逃亡する。
元は高名な騎士だったらしいがとても信じられない。
それはともかく。
「ランサーどうかしたのか?」
先ほどキャスターが逃げる直前、何かに気を取られたようだった。
キャスターはその一瞬を着いたのだ。
そうでなければ、キャスターが妙な動きをみせた時点で串刺しになっていただろう。
「……俺のマスターが危機に瀕している。どうやら、俺を置いて敵の本丸に切り込んだらしい。」
少し躊躇った後、ランサーはそう告げてきた。
確かに自分の主が今まで共闘していた相手の本拠地に攻め入ったなどとは言いづらいだろう。
「恐らく、それは私のマスターだ。」
こちらとしても自身のマスターが相手であろうことがわかるので多少気まずい。
それにランサーとは騎士としてお互いに戦うという約定もある。
故に。
「……行くといい。ランサー。」
「いいのか?セイバー。」
「私はあなたの主を殺さない。あなたは私のマスターを殺さない。お互いに騎士としての誇りある決着を誓おう。」
「あぁ。」
私はランサーを見逃す。
お互いに騎士道を重んじる身。
間違っても切嗣が殺されるようなことはないだろう。
「ところでバーサーカー。お前は私を止める気はあるか?」
「ない。私はどちらにも肩入れする気はない。」
「そうか。二人とも感謝する。」
ランサーはそう言い残すと霊体化し、姿を消した。
「私はキャスターを追う。セイバー。貴方はどうする?」
「申し訳ありませんが、私は行かなくてはいけない場所があるので。」
「そう、次に会う時は敵同士だろうけど。元気で。」
「えぇ。」
そう返すとバーサーカーは歩いて森の中に消えた。
私もアイリスフィール達に合流しようと歩き出した。