――――間桐雁夜は現在の状況を良く把握できていなかった。
自身は臓硯が用意した触媒を使い、バーサーカーのサーヴァントを召喚しようとしていた。
気力も魔力も使い果たし立っていることもできずに床に倒れこんでしまったが召喚は成功した。
しかし、召喚された存在が英霊か?と問われると返答に詰まってしまう。
首に巻くのは黒のチョーカー、前の閉じないコートのように裾の長い黒のパーカーを羽織り、その下には黒のビキニ、ホットパンツを身につけ、服から覗く素肌は身に纏う色とは対照的な新雪のような白。
フードを被り、下から見上げる形になり顔が影になって見えないが深い青の瞳が白と黒の二色で構成された容姿の中で強く印象に残る。
己が呼び出したサーヴァントはどう見ても成人も迎えてない少女にしか見えず、とても英霊と呼ばれる歴史に名を残した存在には見えなかった。
「クカカカ。」
そんな困惑を断ち切ったのは老人の嘲笑だった。
「可愛い子孫の為を思い、それなりの触媒を用意したのだがな。まさか、サーヴァントをまともに呼び出すことすらできんとは。」
言葉とは裏腹に口元に嘲笑を浮かべて言い放つ。
「何が可愛いだ。糞ジジイ」
間桐臓硯の本性を知っている人間からしては戯れ言としか思えない言葉に対し悪態を吐く。
「カカカ。これでは桜の調整を本格的に始めたほうがいいかの?」
なっ!
「ふざけるな!お前の望みは聖杯だろ!桜ちゃんに手を出すな!」
ニヤニヤとこちらを嘲笑う臓硯に噛みつく。
これ以上、あの子を苦しませる訳にはいかない!
「お主と約束したのはお聖杯を儂に渡せば桜を間桐の家から出すということ。」
その通りだ。
そのために何度も狂いそうになりながら魔術師になり、聖杯戦争に参加したのだ。
「あぁ、まだ聖杯戦争は始まってもいない。」
サーヴァントが出揃う前の参加者同士の戦闘行為は禁じられている
「しかし、聖杯を手に入れるための前提条件であるサーヴァントの召喚も覚束ないなら仕方あるまい。」
「くっ!」
悔しいがその通りだ。
契約などは履行される見込みがなければ成立しない。
そして、呼び出されたサーヴァントはとても強いとは思えない。
狂化でパラメータが上がっても他のサーヴァントに対抗できるかどうか。
「サクラちゃん?」
現状を打破すべくせめて何か交渉の余地はないかとフル回転していた雁夜の思考は聞き覚えのない声に停止した。
「…………狂化の付与すら失敗かさらに失望させてくれるの。雁夜。」
臓硯の言葉からこの声は本来なら声を発する筈がない己がサーヴァントの声だとわかった。
これは雁夜にとって天から垂れる蜘蛛の糸に等しかった。
「そうだ。俺は桜ちゃんを助けないといけないんだ。」
バーサーカーとして呼び出されたサーヴァントは理性、言語能力を奪われる。
故に本能のままに戦うだけだ。
力押しが出来ないのなら負けるしかない。
だが、理性があるなら、会話が出来るなら、策を立てることが出来る。
弱いなら、弱いなりに戦いようがある。
「…………。」
しかし、先ほどの声は聞き違いだったのかと思うほど反応がない。
「だから、頼むバーサーカー。力を貸してくれ。」
彼女は桜ちゃんに興味を持ったようだった。
この八方塞の状況ではそこしか突破口が見当たらなかった。
「……頼む!」
酷く滑稽な姿だろう。
だいの大人が少女相手に地面に這い蹲りながら、上着の裾を掴み懇願しているのだから。
しかし、いくら惨めと言われようとも雁夜にはもうこれしかなかった。
サーヴァントとして喚ばれた以上、魔術師として半人前にも満たない自分より目の前にいる少女の方が遥かに強いのだろう。
故に頼み込むしかなかった。
同情を引くしかなかった。
桜ちゃんを助けることに協力して貰えるように。
「…………。」
しかし、その懇願も虚しく雁夜の手は無言のまま体を捻られて払われた。
もう一度掴もうにも、さっきまでも精神力だけで動いていたようなものだ。
体が言うことを聞かなかった。
後ろで臓硯が嘲笑ってているのが聞こえる。
悔しさと無念の思いから血涙が頬伝う。
「…………。」
しかし、それを見ても少女の表情は変わらなかった。
雁夜の目にはそう見えた。
突然、地下室を青い光が照らす。
地面を這う雁夜が目だけをそちらに向けると少女の左腕に光が絡み付き腕を隠 すほどの巨大な砲身が現れる。。
(俺は殺されるのだろうか?)
そう思い、手の甲にある令呪を使う事を考える。
しかし、
(俺にはこんな終わり方が相応しいのかもな。)
初恋の人の娘も救えずにただ朽ちていくしかない自分には。
全てを諦めきった彼の最期の後悔は大切な少女との約束を守れなかった事だった。
目蓋を閉じて、死を待つ雁夜の耳に届いたのは。
「グガァァァァ!」
巨大な発砲音と臓硯の絶叫だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
左目に蒼炎が灯る。
ブラック・ロック・キャノンを呼び出し、左手に装備し臓硯に向け連射する。
その顔は相変わらず無表情に見えた。
もしも、ここに彼女にとって大切な少女が居たならその顔に秘められた感情を読み取れただろうか?
彼女は悩みや嫉妬等の負の感情に憎しみを持つ少女の負の感情に影響されて生まれた。
故に元居た虚の世界と呼ばれる場所で自身と同じように負の感情から生まれた住人達と戦ってきた。
彼女がこの世界に居るのも聞こえた悲鳴の負の感情の深さを感じ取ったからだ。
そして、その感情を消し去るために召喚に応じたのだ。
召喚されたその場には悲鳴の主はおらず、二人の人間がいた。
――――いや、これは
その身体に纏う腐臭、血臭。
負の感情より生まれた出でた思念体であるが故に異形である虚の世界の住人に比べて尚異形なその姿。
とても、人間とは思えなかった。
しかし、確信はまだないため情報収集も含めて目の前にいる二人の会話を黙って聞く。
「桜ちゃん?」
二人の会話に出てきた名前。
この名前の持ち主が悲鳴の主だろうか?
だとすれば、この人間もどきを倒せばいいのだろうか?
そんなことを考えていると地面に倒れていた方が上着の裾を掴んで懇願してきた。
――――桜ちゃんを助けてくれと。
最初からそのつもりだ。
しかし、戦闘の邪魔になるため手を払う。
地面に倒れ伏す彼には申し訳ない気がしたが必要なことだ。
すると人間もどきがそんな彼を嘲笑っているのが聞こえた。
意識したことも無い自身の深いところでナニカが蠢いた。
左目に青炎が灯る。
――――彼女は知らなかった。
サーヴァントとして呼ばれる際にクラスという枠に押しこめられたことを。
その影響で自身が大きく変質していることを。
そして、
(――――嘲笑うな!他人の為にここまで必死になれるこの人を)
その何かが怒りという名の感情であることを。