体調管理には気をつけたいものです
『戦闘体、活動限界。緊急脱出《ベイルアウト》』
天谷の体が爆発し、空へと光が登っていく。そんな光をそばで見つめていた二宮も、肩や足などから多くのトリオンが漏れ出していた。漏れだしている箇所の中でも特に大きい右肩とを手で押さえているが、漏れ出していくトリオンが止まることを知らず、ドンドンと漏れ出していく。
『…トリオン漏出過多、このままだと戦闘続行は厳しい状況です』
氷見の操作するパソコンには二宮のトリオン残存量が表示されているが、それはもう危険領域まで達し始めていた。トリオン漏出過多を知らせる警告のアラートも鳴り始めている。
「ちっ…天谷め…最低限の仕事はこなしたということか…」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて悔しそうな表情を浮かべている二宮の姿が氷見には実際には見えていないにもかかわらず想像できた。二宮はそれ以上続けて話すことはなかったが、他戦場の状況と太刀川から伝えるように伝えられた伝言を二宮に氷見は伝えることにした。
『他の戦況を伝えます。嵐山隊と対峙していた三輪、米屋、出水ですが、米屋、出水が
淡々とすべての戦況が氷見の口から語られる。ほぼ全ての戦いにおいて劣勢、及び敗北の状況を知らされる。
『この状況では撤退を余儀なくされますが…如何しますか?』
撤退するかどうかの判断を氷見は二宮に委ねる。これは指揮の全権を委ねられた太刀川が
しかし、その判断は火を見るよりも明らかであった。
「…撤退だ。この状況ではここを突破することすら無理だろう。仮に突破したところで玉狛第一及び
『了解しました。すぐに全隊員に伝えます』
***
「撤退ですか?分かりましたよ、すぐに撤退に入ります」
右耳に手を当てて犬飼は二宮から撤退の連絡を受ける。戦闘中に突然足を止めて連絡を取っていたため、剣持は何か仕掛けてくるのかと警戒を強めていた。
しかし犬飼は
「参った参った。撤退命令出たからこれ以上戦わないよ。今回は俺たちの負けだ」
負けて髪を掻いているため、悔しく思ってはいるのだろうが、相変わらず飄々とした口ぶりで話すため、本当に悔しなっているのか、剣持には図りかねた。
しかし、勝ちが決まったということは間違いなかったので、剣持は声を上げて喜ぶ。
「よっし!私たちの勝利!!当然の結果だね!」
犬飼に対して剣持は鼻を鳴らし、比較的薄めの胸を張って勝ったことを勝ち誇っていた。犬飼とは対照的に勝った喜びを前面に押し出していた。
「今回は負けたけど、次は負けないよ?次は確実に仕留めてあげるからね」
「次来たってまた返り討ちにするから!」
「腹立つくらいのドヤ顔だね。まあ、また後で会うだろうし、そこで話そうか」
「???どういうことです?」
「言葉のままさ。寒いし、さっきから帰って来いってひゃみちゃんが言い続けてるからりまた後でね」
そう言うと、すぐに犬飼は踵を返して撤退していった。
剣持もこれ以上ここにいても何もすることはないので、柳本の指示に従って早々と基地へと帰ることにしたのであった。
***
「みんなお疲れ様。満足な仕事が出来なかったかもしれないけど、きちんとやらないといけなかったことは達成できたと思う」
剣持が隊室に帰ってきてから少し経って、天谷は自分の席から立ち上がり、改めてみんなに感謝を述べる。
そんな突然天谷の謝辞に皆が一瞬キョトンとするが、全員が柔らかな笑顔を見せる。顔を上げたときに全員が笑ったいたことに逆に天谷が驚いていると、まずは剣持が寄ってきて話す。
「何言ってるの。当然のことをしただけじゃん!」
普段から声の大きい剣持が一段と声を腹から出して話す。『当たり前』。そんな単純な言葉に嬉しさを天谷は感じていると、続けて柳本と宇野も近くにやってきて各々の言葉を天谷に伝える。
「剣持先輩の言うとおりですよ。私は仕事はできなかった身なので、言える立場か分かりませんが、同じく当然のことだって思います。先輩は一人でよく抱え込んじゃうところあるんで、私たちをもっと頼っていいんですよ?」
「そうね、翔くんは一人じゃないんだもの。私たちもいるから頼っていいの。でも、テスト期間中の舞ちゃんみたいに頼りっきりになられるのは困るけどね?」
「亜美先輩それは酷いですー!私そんなに頼ってないですから!」
「いえ、剣持先輩はそこに関しては反論できないような…?」
「比奈ちゃんも酷い!」
いつのまにか話がずれてしまっているが、3人は笑顔を浮かべながら談笑している。和気藹々としている様子は天谷が最初に隊を組むときに、望んでいた姿そのものだった。
本当にこの3人がチームメイトで良かった。自分はもうあの日のように一人じゃないんだ、そう天谷は感じられたとき、天谷の目頭が熱くなってき始めた。
「あー!!翔がちょっと泣いてる!珍しい!」
感動して目を潤んでいるところに目ざとく剣持が駆け寄ってくる。滅多にそんな姿を見せない天谷を見ようと柳本や宇野も一目見ようと寄って来ようとする。
「泣いてなんかいない…」
「嘘!翔は嘘つくとき眉が少し動くんだから!」
「勉強するときには全然覚えないくせにそういうところは気づくのかよ!?」
「うっさい!よけないことを言うな!」
「いててっ!?ヘッドロックすんな!」
剣持が天谷にヘッドロックを思いっきりかけているのを、宇野や柳本が眺めて笑っていると、隊室の扉が開き、とある人物が入ってくる。
「楽しんでるところ悪いけど入らせてもらうよ?」
中へと入ってきたのは迅であった。迅は中の様子を見ると少しだけ入るタイミングを間違えたと後悔しているようで、バツが悪そうに頭を掻いている。
「迅さん、そろそろ交渉に行く時間ですか?」
ようやくヘッドロックから解放された天谷は迅の方に居直って話す。
天谷たちは今回の戦いに参加した経緯について後々問われる可能性がある。対応が遅れれば、隊の全員に迷惑がかかる可能性があると考えたため、迅が交渉に行く席に同席することにしたのだ。
「いや、もう少ししたら行こうかな。今会議始まったぐらいだから、今頃忍田さんが睨みを効かし始めたくらいかな?」
いつのまにか柳本が出したお茶を飲みながら迅は答える。
忍田本部長は本部のノーマルトリガー使いとして最強の存在だ。そんな忍田本部長が怒っていると考えると、天谷は背筋が凍るような思いがした。
「まあ、もうじき出るから準備だけはしといてくれよ?それと、ここに来たのは簡単に言えばお礼を言いに来たと言う目的もあるかな。ありがとう。二宮さんたちを足止めしてくれたおかげで上手いこと展開をすることができたよ」
いつも飄々として掴み所のない迅が真面目な顔して頭を下げる。
あまりに珍しい光景に、全員が唖然として呆然と口をポカーンと開けてしまっていた。そして、剣持に至っては頬を自ら引っ張って夢じゃないか確認していた。
「痛い痛い!…ってこれ夢じゃない!迅さんが真面目な顔して頭下げるとか信じられない!」
「一体俺のことをどう思ってるんだよ…?」
「掴み所がなくて、いつも暗躍をしているやばそうな人」
「それは辛辣だな!?」
剣持の赤裸々な発言にツッコミを入れる迅だったが、徐ろに席から立ち上がって時計を確認する。
「さて天谷、そろそろ行こうか。今から行けばいいくらいの時間になるだろう」
先ほどまでの笑っていておちゃらけとしていた雰囲気は鳴りを潜め、真面目な本気モードに切り替えている。そんな様子を見て天谷も緊張感が高まって来た。
「まあ、そんな緊張することはない。基本は俺が話すから、天谷は自分が話すべきだと思ったところだけ話してくれたらいいよ。交渉は俺に任せてくれたらいいから」
天谷の緊張をほぐそうと迅は優しく声をかけ、天谷の背中を軽く叩く。
天谷は背中を叩かれた勢いでつまづきかけるが、ゆっくりと息を吸って、吐いて深呼吸をする。しばらくすると、ドキンドキンと緊張していた心臓の鼓動が感じられなくなって来た。
「うん、いい感じだ。それじゃあ行こうか」
迅は隊室の扉を開けて先に歩いて行く。天谷もその後を追って駆け足で向かおうとするが、扉をくぐる前に振り返ってみんなにもう帰っても大丈夫だと伝えておく。
すでに時刻は21:00を周っている。女子高生や女子大生ならそろそろ帰らなくてはならない時間だ。そのため、みんなを気遣った天谷の言葉だったが、全員が首を振ってその提案を断る。
「翔のこと待ってるよ。今回の件はみんな揃って解決してからじゃないと帰れないよ」
「そうね。私たちだけ先に帰るっていうのは翔くんに失礼だわ」
「そうですよ。天谷先輩が終わって戻ってくるのを待ってますから」
三者三様に言葉を伝える。
「分かった。なるべく急いで戻ってくるから」
天谷もみんなのため、必ず損にならないように立ち回らなければといつも以上に気合が入るのであった。
***
「失礼します。実力派エリート迅、ただ今参上しました!」
忍田本部長が城戸司令派と対立をする重々しい雰囲気の中、迅悠一は、さも当然のように軽々しく会議室へと踏み込んでいった。
突然の迅の登場に、誰しもが呆気に取られた様子で迅のことを見つめる。
「きっさまぁ〜〜!!よくものうのうと顔を出せたな!」
しかし、すぐに顔を真っ赤にして鬼怒田開発室長は迅に怒鳴りつける。この鬼怒田開発室長の怒りは真っ当なものであったため、根付メディア対策室長も鬼怒田開発室長の隣でうなづいてたが、二人のことを迅はいなす。
そして、堂々と室内へと入って行き、城戸司令とテーブルを挟んで対立する。
天谷も挨拶だけはして迅の隣に立つ。天谷の登場にも鬼怒田開発室長は怒った様子だったが、今度は城戸司令が鬼怒田開発室長を抑えて質問をする。
「何の要件だ、迅、天谷。同盟でも組んで宣戦布告にでもきたつもりか?」
座りながらも圧倒的な威圧感で迅、天谷に圧力をかけにかかる。普段から仏頂面で考えが分かりにくい城戸司令だったが、実際にこのような状態に置かれて責められると、圧倒的である。
天谷は少しだけ心臓がドクドクと脈打つスピードが速くなっていくのが感じられた。
ギロリと睨みつけるように城戸司令はこちらを見てくるため、天谷から話そうとするも、迅が天谷の前に手を出し、「ここは俺から話すから」と伝えて前に出る。
「俺は…いや、俺たちは交渉に来たんだ。こちらの要求は一つ。空閑 遊真のボーダー入隊を認めていただきたい。その一点だ」
「入隊だと!?誰が認めると思っとるんだ!」
「そうですよ!ここは界境防衛機関ボーダーですからね。なぜ敵対する相手をみすみす懐に入れようとするのですか!?敵に情報を与えるようなものではないですか!?」
鬼怒田開発室長や根付メディア対策室長がいち早く迅の要求を突っぱねる。しかし、その二人とはちがう反応を示したのが唐澤外務担当だった。
「いえ、彼にはサイドエフェクトがある。それによって見えた未来によって、メリットがデメリットを上回ると判断した。そうだろう?」
交渉上手な唐沢営業部長は迅に質問をする。
「流石唐沢さん、よく分かってる」
迅は大きく頷きながら答える。サイドエフェクトで未来を見ることのできる迅の発言はボーダーの作戦会議においても重宝していた。それ故に信憑性が高かったが、だからと言っておいそれと納得が出来るようなことではなかった。
「私がそれで納得するとでも?君たちはボーダーの隊務規定を違反して戦った。それを理由にトリガーを取り上げることも可能なのだが?」
案の定城戸司令は迅に対して噛み付いてくる。迅はすぐに言葉を返そうとするが、それよりも先に天谷が言葉を発する。
「俺たちは同じボーダー同士の仲間です。それにもかかわらず味方を強襲しようとした。これは他の隊員たちも疑問を抱きかねない重大なことであると俺自身思ってます」
「それがどうしたというのだ、天谷隊員?」
「お言葉ですが、味方同士で対立することによって生じる軋轢は、組織そのものを壊しかねないものにまで発展する可能性すらあります。そんな味方同士で争っているところに、もしもかつての大規模侵攻と同等、もしくはそれ以上の規模の侵攻が行われた時、対応できるでしょうか?」
「私も同意見だ。味方同士で争うことに利益は何も見出せない。我々は界境防衛機関だ。この三門市を守るために存在している。その目的を履き違えてはいけない」
天谷の発言に続いて忍田本部長も意見を述べる。これは正論であるため、反論の余地もなかった。この意見に対してどう返せばいいのか、鬼怒田開発室長や根付メディア対策室長が困っていると、迅が続けて話す。
「天谷と忍田さんの言う通りだ。そして城戸さん、俺もただで納得してもらおうなんて思っちゃいないさ。俺は…」
そう言うと迅は腰元をゴソゴソとして手につかんだ迅にとって大事な大事なトリガー、『風刃』を机の上に置いた。
「俺は…代わりに『風刃』を差し出す。これで
迅はいたって普通にそれを述べた。しかしそれは迅の事情をする者からすれば異常な事態であった。
全員がその事態に一体どう言うつもりなのかと迅の狙いを推し量る。ただ、交渉ということに慣れている唐沢営業部長だけはその狙いがすでに分かったようで納得をした表情をしていた。
「この取り引きはこちらにとって優位すぎる。迅、お前は何が狙いだ?」
「嫌だな。俺は何も狙っちゃいないさ。強いて言うなら、天谷の言う通り、身内で喧嘩しないようにしようとするだけさ。多分最上さんもそれを望んでいると思うよ」
迅が言葉を言い終えるとしばらく会議室を沈黙が支配する。誰しもが固唾を飲んで城戸司令の返答を伺う。特に反対派である、鬼怒田開発室長、根付メディア対策室長は湧き出てくる汗をハンカチで拭いながらじっと見つめていた。
1分ほどたっただろうか。城戸司令はつぶっていた目を開いて迅の方を見る。そして、迅の取り引きに対する返答を返した。
「分かった。取り引き成立だ。『風刃』を本部預かりとする代わりに玉狛支部、空閑 遊真のボーダー入隊を正式に認める。そして、今回に際しての戦闘行為は全隊員不問とする」
「さっすが城戸さん。分かってくれると思ったよ。それじゃ、俺たちはこれで下がらせてもらうよ。さあ、行こうか、天谷」
「えっ、ちょっと待ってください、迅さん!」
そう言うと迅は天谷を連れて強引に会議室から出ていったのであった。
ルビを振るなどやってみました
少しでも読みやすくなっているといいのですが…