ラブライブ・メモリアル ~海未編~ 作:PikachuMT07
背水の陣となった木曜、俺は事前に海未ちゃんとことりちゃんに、宮本公園に変装して潜んでいるようメールした。
部活を中止し待っていると、いつもなら階段トレーニングをしているような時間に、穂乃果ちゃんは神田明神にやってきた。
久しぶりにきちんと会う穂乃果ちゃんは、顔色は良いが表情は暗い。
海未ちゃんからのメールでは未だに海未ちゃんとは必要な会話以外交わさないらしく、クラスで企画されたことりちゃんのお別れ会にも参加しなかったらしい。
俺は下を向いていて目を合わせてくれない穂乃果ちゃんに、明るく声をかけた。
紫音「おっす!穂乃果ちゃん、久しぶり!10日以上会わなかったのってあんまり無いよね・・・」
しかし穂乃果ちゃんの声は暗かった。
穂乃果「・・・文化祭の時は・・・ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」
紫音「ん?いや俺のほうこそ、穂乃果ちゃんが倒れたのを良い事に、胸とかお尻とか・・・触っちゃったよ。ごめんね。わざとじゃないよ!仕方なく、だよ」
穂乃果「ううん・・・おんぶはお尻触らないとできないし・・・お姫様だっこしてくれたんだよね。うっすら覚えてる・・・」
紫音「元気になって良かったよ・・・立ち話もなんだから、ちょっとお店に入ろうよ」
そう言うと俺は、穂乃果ちゃんを宮本公園にある喫茶店に連れて行った。
この店は有形文化財でもある古風な外観が特徴の、なかなか雰囲気の良い店だ。
しかもこの店は庭に簡単なテーブルとイスがあり、晴れていて初秋の気持ちよい風が吹く今日は、絶好の青空ティータイムを楽しむ事ができる。
そして、店の庭と公園を隔てているものは隙間のある板・・・つまり柵なので、聞き耳を立ててもらえれば店内でなくても会話は聞こえるという寸法である。
俺は穂乃果ちゃんが店を向き、柵には背を向けるような配置で座った。
今は見えないが・・・海未ちゃんとことりちゃんは来てくれるだろうか?
柵越しに聞き耳を立てていると周りからはちょっと怪しい人に見えるかも知れない・・・しかしこの作戦に適した場所も他にはないので、我慢してもらおう。
俺は注文した紅茶が2つ運ばれてきてから、穂乃果ちゃんに話しかけた。
紫音「今日は来てくれてありがとうね。ごめんね呼び出すような形になっちゃって」
穂乃果「・・・にこちゃんが『まだ文化祭の時のお礼をちゃんと言ってないでしょ』って・・・ごめんなさい。ステージの片付けもいつの間にか終わってて」
紫音「いやいやいいよ。それはそれで良い事あったし。それで早速だけど今日はさ、園田海未暴力被害者の会を結成しようと思ってさ、来て貰ったんだ」
穂乃果「・・・被害者の会?」
紫音「そうそう!あの人さ、酷くない?俺もあの人に、さんざん力いっぱいグーで殴られたよ、グーで。少なくとも穂乃果ちゃんは俺があの人に殴られてるところ、二回以上見てるよね?」
俺は努めて明るく言う。
紫音「それ以外にもさ、蹴ったりつねったり酷いんだよ。穂乃果ちゃんもビンタされたって聞いてさ。あの人弓道やってるから、華奢な割りに意外と腕力あるのに、本気でぶつんだもん、酷いよ」
饒舌にしゃべっていると、小さな声で穂乃果ちゃんから反応があった。
穂乃果「・・・海未ちゃんの事を、悪く言わないで」
紫音「ええ?いや悪く言うよ!実際悪いし。だって俺の大好きなμ'sを活動休止に追い込んだのって、あの人が穂乃果ちゃんをぶん殴ったからなんでしょ?」
穂乃果「海未ちゃんを悪く言わないで!!」
穂乃果ちゃんは大声を出した・・・手はふるふると震えている。
ここまでは計算どおりの反応である。
紫音「ええ?穂乃果ちゃん、『悪く言わないで』ってどういう事?海未ちゃんの事、怒ってないの?・・・じゃあなんで、μ's辞めるなんて言ったの?」
穂乃果「・・・それは・・・だって学校の廃校はなくなったし、続けたってどうせA-RISEには勝てないし・・・私がμ'sやってたってみんなに迷惑だし。でもそれは海未ちゃんのせいじゃないから、悪く言って欲しくないの」
海未ちゃんに教えられた通りの反応である。
紫音「・・・ね、穂乃果ちゃん。これ、覚えてる?」
俺は自分のカバンから9枚の写真を出した。
ティーカップをソーサーごとずらしてスペースを作り、写真をテーブルに並べる。
紫音「これはね、あの花火大会のお祭りで俺が買った写真だよ。これのせいで海未ちゃんにぶん殴られたの、覚えてる?」
ケアルメイドカフェのメイド服に準じた服装のμ'sメンバー9人が、それぞれ笑顔で写っている写真がテーブルに広がった。
紫音「・・・穂乃果ちゃん、俺がこの写真買ったのって、音ノ木坂学院が廃校にならないようにするためかな?A-RISEに勝ってもらうためかな?」
俺は立ち上がってテーブルを回り、穂乃果ちゃんの前にしゃがんで目を合わせながら言った。
紫音「もちろん違うよ。俺にはね、音ノ木坂の廃校もA-RISEもどうでもいいんだ。この9人が好きだから、μ'sのファンだから買ったんだよ」
俺は穂乃果ちゃんの手を握った。
紫音「最初に講堂で3人が歌うのを見た時から、ずっとファンなんだよ。家族で大好きなんだ。今ではね、どの曲のどの位置で誰が歌うか、分かるんだよ」
俺は握る手に力を込めた。
紫音「真姫ちゃんの曲が好きで、海未ちゃんの歌詞が好きで、ことりちゃんの衣装も好きなんだ。でも一番好きなのはさ、サビ前に来る穂乃果ちゃん、キミの歌声なんだよ」
俺は一節を歌った。
紫音「まぶしいヒカリに、テらされてカわれ!スタート!だよ。穂乃果ちゃんが歌うところ」
俺は空を見上げながら言った。
紫音「μ'sの曲はね、一番良いところでキミの声が来るんだよ。もちろん全員で歌うサビが一番良いところだけどさ、穂乃果ちゃんの声が、それに繋げてくれるんだ」
俺は再び穂乃果ちゃんの目を見て言った。
紫音「だからね、学校存続もA-RISEに勝つことも、ファンにとってはどうでもいいんだよ。俺は穂乃果ちゃんの歌が大好きなんだ。キミにはファンがいるんだよ・・・それでも穂乃果ちゃんはμ's、続けられないのかな?」
穂乃果ちゃんはいつしか静かに涙を流していた。
紫音「穂乃果ちゃんの声はさ、別の世界からキミを大好きな女神が魂を吹き込んでるような、響く声なんだよ・・・やっぱり俺にとっては、μ'sにキミがいないと、ダメなんだよ」
穂乃果「・・・ありがとうしょーくん。でも、もうダメだよ・・・海未ちゃんはいい加減で迷惑ばかりかける私なんか嫌いだよ・・・ことりちゃんとはお別れだし・・・もう無理なんだよ・・・」
穂乃果ちゃんは静かに泣きじゃくりながら言った。
作戦通りだ。
さあ後は俺の演技力にかかっている。
俺は穂乃果ちゃんの見ている前で、紐に付けた9個の洗濯バサミに、目の前の9枚の写真を取り付け、わざわざカバンにしまった。
そして立ち上がり、大声で言った。
紫音「ああ!!なんて事だ!!そのアイドルが信じてくれさえしたら、ファンは海未ちゃんを優しくすることも、ことりちゃんの留学をやめさせる事だってできるのに!!」
俺はまたしゃがみ、穂乃果ちゃんの前で自分の手を合わせた。
紫音「今はこれが精一杯」
そして手の中から紐を出した。
紫音「穂乃果ちゃん、これ引っ張って」
穂乃果ちゃんが紐を引っ張ると、先ほど取り付けたμ'sの写真が、万国旗のように並んでするすると出てきた。
穂乃果「ふふっ、これ知ってる!私の大好きな映画だよ!ルパァ~ン!だよ」
涙を手で拭きながら一瞬笑顔を見せた穂乃果ちゃんは、10枚目と11枚目の写真を見たとたん、また目を潤ませて顔を覆ってしまった。
肩は小刻みに震えている。
紫音「・・・穂乃果ちゃん泣かないで。大丈夫だよ。俺を、キミのファンを信じてくれないか?絶対になんとかしてみせる。絶対にこの写真の3人を取り戻してみせる」
穂乃果ちゃんのすすり泣く声が聞こえる。
紫音「こんな笑顔ができる3人がさ、ケンカしたくらいで嫌いになんか、なれるもんかよ。勝手に海外へなんか、行けるもんかよ」
俺は穂乃果ちゃんの手を強く握り直した。
紫音「だってカノウセイ感じたんだ、そうだ、すすめ、だろ?コウカイしたくない、メのマエに、穂乃果ちゃん達の道が、あるんだろ?」
海未ちゃんから教わった「ススメ→トゥモロウ」の一節を暗唱した。
紫音「俺がね、みんなが後悔しないように、魔法をかけるよ。俺にはそれができるんだ。だって俺はμ'sのメンバーじゃなくて、キミらの友達で、キミらのファンだから」
穂乃果ちゃんの膝に涙が落ちるのが見えた。
紫音「・・・穂乃果ちゃん、だからね、まず海未ちゃんに『アイドルやりたいから力を貸して』って言ってみて。そしてことりちゃんに『ことりちゃんとアイドルやりたいから日本にいて!』って言ってみてよ・・・そうすれば俺の魔法が奇跡を起こすから!」
俺は顔を覆っている穂乃果ちゃんを頭ごと抱きしめ、耳元で囁いた。
紫音「大丈夫、カナしみにトざされて、ナくだけのキミじゃない!だろ?キミの歌だぞ!キミが未来を切り拓かなくて、どうするんだよ」
俺は涙でぐしゃぐしゃになった穂乃果ちゃんの顔を上向かせた。
紫音「ほら、かわいい顔が台無しだぞ!穂乃果ちゃんはアイドルなんだろ?」
間近で見る穂乃果ちゃんの顔は・・・涙が頬を伝っていても、やっぱりかわいかった。
この娘、整ってるんだなあ・・・と改めて思う。
栗色の髪はとても柔らかい。
ここまで俺、だいたい計画通りにセリフを言っている・・・まあ結構シュミレーションしたから当たり前だけど。
穂乃果ちゃんが手で顔を拭こうとしているのを止め、俺は例によってハンカチが綺麗なのを確認して、顔を拭いてやった。
海未ちゃんと違い、俺の手で直接、顔を拭かせてくれるのがホントにかわいい。
涙がだいたい止まった頃、冷めかけた紅茶を飲んで穂乃果ちゃんは言った。
穂乃果「・・・うん、判った。判ったよ。しょーくんを信じる。海未ちゃんと話してみる・・・ぐすっ、ねえ、どうしてしょーくんはそんなに優しくしてくれるの?」
その質問は想定済みで、俺は何度も考えたセリフを言った。
紫音「何言ってんだ穂乃果ちゃん!キミのファンだからに決まってるだろ。ファンをナメるなよ!一人じゃあせいぜいこの写真をもう一度再現するくらいしかできないけどさ、ファンがたくさん集まるとキミをアキバドームで歌わせる事だってできるんだぜ!」
穂乃果「ふふっ、じゃあしょーくん、私の事好きなんだ」
紫音「何回も言わすなよ!俺は穂乃果ちゃんの事、大好きだよ!ずっとずっと、ファンだよ!」
穂乃果「ふふっ、私もしょーくんの事、大好き。ねえ、私達好き同士だからさ、付き合おうよ」
紫音「うん、うんわかったよ・・・ファンはどこへでも付き合うぞ・・・ってあれ?どこへ?」
完全に自分の考えた通りの展開になっていた俺は、反応が遅れた。
穂乃果「どこへじゃないよ、私としょーくんが彼氏彼女になるんだよ!」
そう言いながら穂乃果ちゃんは、上目遣いで「てへっ」と笑いながらこちらを見た。
女神のようにかわいい笑顔である。
これでドキっとしない男なんているのだろうか?
穂乃果「いま『うん』って言ったよね。へへっやったね!彼氏できた」
紫音「・・・え??ええ~~~っ!!!」
何だこの展開?まったく予定にないぞ!!でも・・・でも!穂乃果ちゃんが俺の彼女ってすごい嬉しい事なんじゃ??
待て俺、良く考えろ!俺が好きなのは海未ちゃんだぞ!間違えるなよ!!
穂乃果「ええ~じゃないよ。今から私達、恋人なんだから。それとも、私の事好きって言ったの、嘘なの?」
紫音「ええ?いや、嘘じゃない、嘘じゃないけど・・・」
穂乃果「嘘じゃないなら何よ?判った!もう、しょーくんったら照れてるんでしょ?」
や、ヤバイ・・・これもう何を言っても詰んでるパターンなんじゃ??チェックメイト??
紫音「ほ、穂乃果ちゃん待って、ちょっと待って。いやあのですね、さっきのは愛の告白ではなくて、ファンの告白でございまして・・・」
俺がそう言うと穂乃果ちゃんの目はジト目になる。
穂乃果「・・・じゃあ何?ファンとして、スクールアイドルの私は好きだけど、穂乃果本人は嫌いなの?」
これ・・・理論的に詰んでる詰んでる!どう反論しても、殺られる・・・。
紫音「違うよ!穂乃果ちゃん本人も大好きだよ!でもあれ、あれだよ、日本語って難しいなあ!!判った!!うんとね、穂乃果ちゃん、ここ、神田明神だよ!」
穂乃果「そうだよ、だから?」
紫音「だからね、え~と、ちょっとさ、愛の告白には若干ムードが足りないって言うかさ!そう!俺としては初めての彼女だし!夜空の観覧車とか花火の下の川原とか、恋人になる時はそういう雰囲気の良い所で、ちゃんと告白したいな~って!」
穂乃果ちゃんは小首をかしげ、頬に指を当てて少し考えている。
穂乃果「・・・うん、それもそうだね・・・ちぇっ仕方ないなあ・・・じゃあそういう所でもう一回私に告白してくれるんだね!私待ってればいいんだよね?」
紫音「あはは、あは、あは、そうそう、う~んとね、とりあえず何と言いますか・・・また後日、相談しましょう!」
俺が焦りまくってそう言うと、穂乃果ちゃんは来た時の暗さはどこへやら、いたずらを楽しむような笑顔で話してくるのだった。
穂乃果「なんだよしょーくん、急にカッコ悪くなってきたなぁ!さっきまですっごくカッコ良かったのに!だいたいしょーくん、私の胸やお尻触ったんでしょ!そんな事して彼氏にならないなんて、酷いよ!ありえない!ただのヘンタイさんだよ!」
紫音「いやそんな、決して!わざと触ったわけではなくって!あ、そうだ!穂乃果ちゃん、さっきの話に戻るんだけどさ!俺の魔法が効くのって結構短くて、できれば今日か明日には、海未ちゃんと話してもらいたいんだけど・・・」
情けないが、もうとにかく計画した会話だけはしておかなければならない。
穂乃果「う~ん・・・判ったよ・・・しょーくんがすっごいがんばってくれそうだから、早く話したいけど・・・でも今日と明日はお店番なんだ~・・・って!こんな時間!また雪穂に怒られる!」
穂乃果ちゃんは時計を見て慌て始めた。
冷え切った紅茶を急いで飲み干し、立ち上がる。
穂乃果「じゃあねしょーくん、今日はありがとう。でもみんなの事もあるし、お店番しながらもう少し、考えてみるね。私が、自分が何をしたいのか」
紫音「うん、俺はとにかく絶対がんばるから!μ's、辞めないで!」
俺がそう言うと穂乃果ちゃんはまだ少し悩むそぶりを見せたが、最後には笑ってくれた。
穂乃果「・・・うん、ありがと!あ、ここ、奢ってもらっちゃっていいの?」
紫音「うん、もちろんいいよ、俺が誘ったんだし!」
穂乃果「・・・ありがと!じゃあねしょーくん!告白もお願いね!」
言うだけ言って、穂乃果ちゃんは走って店を出て行った。
終わった・・・計画通りとは言いがたいが、俺のメッセージは伝わっただろうか。
やるだけの事はやったし・・・そういえばあの二人、どうしたかな?