GOD EATER 防衛班の終極   作:アマゾナイト

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core

大規模防衛戦が開始される日の朝。

ロビーには出撃前の防衛班全員が集合ており、作戦の最終確認を行っていた。

テーブルに地図を広げ、それを囲って話し合う。

直前まで知恵を絞り、意見を出し合い、「これで良い」と思った作戦を更に磨き上げていく。

つい半年前までは、よくこうして防衛班で集まっていた。

だが各々サテライト拠点に配属されてからは顔を合わせる機会もなく、当然会議などすることもなかった。

それ故にタツミにとって懐かしく、また心強い。

ジーナの鋭い指摘、カレルの理に適った提案、ブレンダンの堅実な判断。

どれも一人で考えていては絶対に出てこない貴重な意見だ。

ここにいるメンバーはブラッドやクレイドルのような卓越した力を持つ者ではない。

だから皆それぞれが足りない力を補うため、必死になって考える。

人々を守るため。

そして生きて帰るため。

一通り確認を済ませ、タツミが立ち上がって言う。

 

「よし、そろそろ行くか」

 

上着のポケットに手を入たまま、シュンが言う。

 

「あ~、かったりい任務になりそうだぜ。敵多すぎんだよ」

 

それにカレルが、

 

「いいじゃないか。稼ぎ時だぜ」

 

と言って立ち上がる。

カノンが広げていた地図を片付け、嬉々として話し出す。

 

「帰ったら、またパーティやりましょうよ。私クッキー焼きますので!」

 

そんな会話を背に、タツミは受付へと向かう。

任務の受注は、基本的に隊長がやる仕事だ。

……と防衛班に言いつけているが、何のことはない。タツミがこの些細な仕事を譲らないのは、受付にいるある人物と話すためである。

 

「――はい。本日の任務、受領致しました。……厳しい戦いになると思いますが、こちらも全力でバックアップ致します。どうか御無事で」

 

そう言って、ヒバリは毅然とした表情でタツミを見つめる。

タツミは心の中でガッツポーズを取る。

大好きな人が、自分を思って心配してくれている。

……それだけで、心が、身体が、全身の細胞がパチパチと沸き立つようである。

こういうとき、サラッとカッコいいセリフでも言えたら良いのだが、口をついて出くるのは、いつもの誘い文句。

 

「……んじゃあ、帰って来れたら、また食事でも」

「……。はぁ……こんな時まで。また今度で」

「がくっ……」

 

タツミは肩を落とし、歩き始める。

下を向いたタツミには、ヒバリの耳が少しだけ赤くなっているのを知らないまま。

タツミは階段を登り、仲間の待つ出撃ゲートへと向かう。

そこで待っていたブレンダンが言う。

 

「フラれたか?」

「……」

「いつものことだろ。まあ、元気出せ」

「くぅ! 最近ちょっと仲良くなれたと思ったんだけどなあ!」

「勘違いじゃないのか」

「いや……そんなことは……あるはずがない……はず……」

 

頭を抱えるタツミに、カノンが腕を組んで頷きながら言う。

 

「うんうん。乙女の心は複雑ですからねぇ」

「カノンは一体何者なんだ……」

 

いつも通りの、いつものやり取り。

しかしいつもと違うのは、今日は極東支部の命運を賭けた非常に危険な任務であること。

そしてもう一つ。

 

「あのっ!」

 

タツミ達の後ろに、急いで階段を登ってきたヒバリが立っていた。

振り返り、驚くタツミ。

ヒバリが言う。

 

「あ……えと……無事の帰還をお待ちしていますので……その……」

 

タツミは思う。

こんな時にカッコいいセリフでも言えたらどんなに良いだろう。

だが自分はそんな器用ではない。

だからシンプルに、思ったことを言った。

 

「ああ、必ず帰って来る」

 

タツミの返事に、ヒバリが答える。

 

「はいっ……。お待ちしています」

 

その時のヒバリの笑顔は、淡く、優しく――、春の柔らかな陽射しのようにタツミの目に映っていた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

干からびた地に照りつける日のように。

朽ちた街に吹く風のように。

世界は、ひりつくような絶望に満ちている。

――いつだったか。この感覚には覚えがある。

それは、初めてゴッドイーターとして戦場に立ち、アラガミを喰らった瞬間か。

それよりももっと前、世界の過酷さを知り、それでも誰かを守るために生きると決意したあの頃か。

あるいはもっと、もっと前、この世に生まれた瞬間。肺に空気を溜め込み、泣き叫びながら生を訴えた時か……。

 

理性が目を逸らし、本能が拒否する。

それが「生きる」ということの前提であり、理性を保ちながら「喰らう」存在でいることの必要条件なのだから――

 

だが、「事実」は否応なく記憶に刻まれる。

 

「なん……だよ。これ……」

 

「終極の神機兵」が感応現象を発動した瞬間。

防壁の上からその様子を見ていたタツミにも、記憶は流れ込んできていた。

「喰われる側」の記憶。即ち、極大の痛み、絶望、無念、怨嗟……。

記憶の映像の中には自分自身もいた。

必死になって戦う自分。

ヒトの人格を持つ新型神機兵に同情しながら、それでも喰らう自分――

 

(俺は、何を……)

 

新型神機兵がヒトの心を持っていると初めて知らされたとき。

タツミは神機兵を苦しませないよう、なるべく傷つけないことを決めたはずだった。

しかし、戦いが激しくなるにつれて、いつの間にかそんなこと考えなくなっていった。

流れ込んできた記憶に映る、鮮血を飛ばす「ゴッドイーター」。

タツミは、自分が酷く、おぞましく思えてきた。

「ヒトを傷つけるなら、ヒトに進化しようとアラガミは喰らう」そんな決意を持っていたのに、いざ苦しんでいる神機兵を見て同情する。

しかもその同情は、都合のいい、余裕のある時だけしか持たず、命の危険が伴えば殺すことも厭わない。

誰かを守る誇りを胸に戦う「戦士」であらんとするタツミにとっては、「それ」は余りに度し難い、人という生き物の「事実」だった。

 

(……)

 

タツミは膝立ちになり、茫然としていた。

神機兵のむせかえるような痛みと嘆き、悲しみと怒り。ただ、帰ろうとしただけなのに、無残に狩られる願い……。

ただ、生きて、生きるために戦う神機兵と、身体に他の生物の細胞を埋め込んでまで戦うゴッドイーター。

命ある者として、より尊厳に満ちているのはどちらだろう。

そして今、目の前には、神機兵に狩られるゴッドイーター達。

因果応報。

これだけのことをしでかした自分たち。

報いを受けるのは当然なのでは。

記憶が混ざりあう。

五感が、薄い膜がかかったようにあやふやになる。

空は暗く、火は赤い。

当たり前の情報が、記号のように思えてきて。

遠い、どこか遠くの異国にいるような気がして。

…………。

……。

 

 

…………………………………………………………………………………………………………

 

 

「おいっ! しっかりしろタツミ!」

 

突然身体を強く揺さぶられ、タツミは意識が戻る。

 

「―――っ――」

 

意識はあったはずなのに、随分と長い間、気を失っていたような気がする。

地に足つかない、まるで寝起きのような感覚。

目の前のブレンダンにタツミは聞く。

 

「あれ……。どうなったんだ?」

 

思わず漏れ出た言葉。しかし、その問いは余りに残酷だった。

ブレンダンは眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる。

そしてゆっくりと答える。

 

「いいか、よく聞くんだタツミ。俺たちは、……負けた」

 

負けた。

……負けた。

ブレンダンのこれ以上ないほど苦しそうな表情と、彼の肩越しに見える戦場の血の跡に、タツミは大きく目をひらく。

背筋に焦燥が走る。

先ほどまでの霞んだ感覚は一気に吹き飛び、戦場へと走り出そうとする。

だが、ブレンダンはタツミを抑え、震えた声で言う。

 

「俺たちの予想が甘かった。『終極の神機兵』は記憶を操る上に、オラクル細胞を停止させる力も持っていた。シュンが重傷を負った。敵の能力の範囲外にいたカノンたちがシュンを連れて逃げることには成功した」

 

その時、強い光が二人を照らす。

タツミが見上げると、頭上にはヘリコプターが飛んでおり、徐々にタツミたちの元へと近づいていた。

ヘリの爆音に負けないように、ブレンダンは声を張り上げる。

 

「『終極の神機兵』相手に、俺たちに――、人類に打つ手はない。本部はアナグラを放棄することに決めた。ヘリでできるだけ多くの人間をサテライト拠点に避難させる」

 

ヘリから梯子が下りてくる。

ブレンダンがそれを掴む。そして言う。

 

「俺たちも離脱する。だから、行くぞ」

 

負けた。

タツミが意識を失っている間に、事は大きく進んでしまっていた。

――これから外部居住区のみならず、内部までも蹂躙される。

今頃アナグラは混乱しているだろう。

ヘリには限りがある。全員は運べない。最悪、暴動が起きている。

今から何人が死ぬ? フェンリル職員、外部居住区の人々。

極東支部は幾万の血潮が吹き飛ぶ地獄と化す。

その全ての責任は、タツミにある。

悔しさを通り越して、度が過ぎた不甲斐なさに、何も言えなくなる。

出撃前。「絶対帰ってくるからな」そうヒバリに言った朝が、あまりに遠い。

 

「………………」

 

タツミとブレンダンは黙って梯子を登る。

気温が低いわけではないが、タツミは手足がひどく冷たく感じられた。

寒い。

どうしようもなく寒い。

まるで全身氷水を浴びたかのよう、震えが止まらない。

それはきっと、想像してしまうため。

これから幾万の怨嗟を受け止めて生きなければならない、究極の孤独に。

その孤独を背負い、それでも戦っていかなければならないことに。

だが、これはゴッドイーターになった時に覚悟したことだ。

きっと防衛班の仲間達も、同じ覚悟を抱いているはずだ。

仲間。……仲間?

記憶の混濁と敗北の混乱で、忘れていたことがあった。

一つだけ、聞いておかなければならないことがあった。

先にブレンダンは梯子を登り切り、パイロットに声をかけている。

その背中に、タツミは声をかける。

 

「なあ」

 

ブレンダンが振り向く。

その表情は、明らかに悲しげだった。

次にタツミが何を聞いてくるか、分かっているのだ。

タツミは構わず質問する。いや、しなくてはならない。

 

「地上にいる仲間は、どうするんだ」

 

ブレンダンは今にも泣きそうな表情で口をつぐむ。

自分には、答える資格はないとばかりに首を振る。

タツミはじっと見つめる。

数秒の沈黙。

ブレンダンは、小さく声を漏らす。

 

「俺達だけでも、生き残らなければならない」

 

ブレンダンは言った。見捨てると。

瞬間。タツミはパイロットの元へと走り、叫んだ。

 

「すぐに地上へ降ろして――」

 

だが、ブレンダンはタツミの肩を掴んで遮る。

 

「無理だ。神機兵の射程には近づけない」

「それでもっ……。それでも! あいつらを置いて、行けるかよ!」

 

タツミの心で何かが弾ける。

ついさっきまで神機兵の記憶に侵され摩耗していた心が、急に熱を取り戻す。

タツミはブレンダンの手を強引に引きはがし、パイロットに向き直る。

だが、ブレンダンが再びタツミの肩を掴む。

今度はありったけの力でタツミを壁に叩きつける。

そして言う。

 

「冷静になれ。ここで我慢すればブラッドやクレイドルと合流し、反撃することができる。その時の戦力は多い方が――」

「ふざけるな! 仲間を見捨てて何が隊長だ!」

「そんなこと言っている場合じゃない。今救うことのできる者をできるだけ救う。それが俺達の役割だ」

「……だけど!」

「なあ、タツミ。何が『最善』かは、もうわかってるんだろ?」

 

そう言ってブレンダンはタツミを放す。

タツミはただ立ち尽くす。

そしてどうしても我慢できずに言う。

言ってしまう。

 

「じゃあ、……本当に見捨てるのか……?」

「……」

 

ブレンダンは答えない。

だだ、強く拳を握り、頭を上げる。

そして大きく息を吐き、声を震わせながら言う。

 

「……あいつらは。……今、あいつらは戦っている。俺は、託されたんだ――」

 

ブレンダンが目を閉じる。頬に一筋の光が伝う。目を開き、強い眼差しで言う。

 

「……カレルに言われた。『こっちで時間を稼ぐから、お前は残りたがる面倒な隊長を連れていけ。せいぜい俺たちは生き残るさ』と……」

「……」

 

無理だ。怪我した仲間がいて、神機も使えない状況で終極の神機兵と百號神機兵を相手取り、生き残るなど。

タツミは思う。自分の意識が飛んでいる間に、様々なやり取りがあったのだろう。

カレルのらしくない言葉にも、ブレンダンの涙にも、記憶に吞まれ呆けていただけのタツミに、何かを言える資格はない。

ブレンダンは続ける。

 

「だから、俺はお前を連れていく。何があってもだ」

 

過去に多くの人類を見捨てる決断をしてしまい、それを大いに悔いていた彼が、そう言った。

 

「……」

 

タツミは俯く。

ヘリが移動を始める。

窓から見える戦場には、燃え盛る炎と溢れんばかりの百號神機兵が見える。

タツミは考える。

百號神機兵を一気に無力化するために終極の神機兵を倒そうとするのではなく、他の部隊が帰還するまで時間を稼いだ方が良かったのではないか。

或いは内部居住区の堅牢な隔壁を利用して、籠城戦に持ち込む事も出来たのでは。

幾つもの後悔が湧き上がる。

そんな思いなどお構いなしに、ヘリはあっという間に離れていく。

やがて極東支部全体が見渡せるくらいの高度に達する。

そこには外部居住区の街並みが……自分が住んでいた街が見える。

思い出す。

まだ幼いころ。

壁の中にいようと、アラガミは何度も侵入してきた。

明日の命も知らぬ日々。

タツミは不安だった。

みんな、いつかいなくなってしまいそうで。

ひとりにされるのが怖かった。

――居場所が欲しかった。

だから居住区のみんなの力になりたくて、資材回収から家屋の補修まで、誰彼構わず手伝ったりした。

しかし、いつの日か、大事にしていた家や居場所は潰され、みんなアラガミに喰われて死んだ。

今の世界ではよくある話だ。

昔の記録を見ると、当たり前のように『人には生きる権利がある』なんて言われている。

だが本来そのようなものは、必死に泣き叫びながら手に入れるものだ。

最も、幼い自分には泣き叫んだところで、何も得られなかった。

頑張って生きる意味が……その価値がないように思えた夜。

生きるのが苦しくて泣いたこともあった。

 

だから、ゴッドイーターになれた時は高揚した。

アラガミを倒す力を得れば、もう奪われることはない。

自分の力で守り抜く。その権利を得られたと思った。

それでも戦うことは本当に辛くて。

適合率の低い自分は迷惑かけてばかりで、惨めで、逃げたくなるほど苦しくて。

守りたいと思った居住区の人たちを何人も死なせた。

ずっと隣で戦ってきた相棒も死んだ。

何人も、何人も死なせて、それでも何とか明るく振る舞って生きてきた。

そしたらいつの間にか、自分を必要としてくれる人達ができた。

素直ではないけれども帰還の喜びを共有できる防衛班。

タツミが帰るといつも暖かく迎えてくれる居住区のみんな。

……ヒバリの笑顔。

思い出すと涙が溢れる。

それはあたたかで、やわらかくて、自分が溶けてしまいそうなほど尊くて。

 

「ああ、こりゃダメだ……」

 

タツミは涙を拭う。

そしてヘリのドアを開ける。

――眼下に見下ろすあの場所には生きる執着がある。

それがないと、生きる意味がなくなってしまうものが。

 

「ごめんな。ブレンダン。やっぱ俺には無理だった」

 

タツミがそう言うと、ブレンダン慌てて走り寄ってくる。

心から申し訳ないと思いながらも、タツミは構わず飛んだ。

 

ヘリから戦場に降り立つ経験は何度もした。

落ちる感覚がするのは最初だけ。

その後は、空気の上に乗っているように身を任せる。

風圧で服をはためかしながら、タツミは神機兵の記憶を思い出す。

彼らの根底にあるものも、自分と同じ「帰りたい」という願いだった。

今でも、出来る事なら彼らを救いたいと思ってしまう。

だが、それは迷いだ。

思えば、いつだって迷ってばかりだった。

神機使いとなってからの八年。いやそれ以前から、自分勝手に殺し、手前勝手に守ってきた。

堪え切れない生存欲求。睡眠欲や食欲、達成欲や承認欲を、希望や誇り、名誉や幸福といった綺麗な言葉で誤魔化してきた。

だから、もうそんな軽くて楽な言い訳は捨てることにした。

どうしようもなく失いたくないものがある。だからその為に奪い、喰らう。

それが等身大の自分であり、自分というものはそれしかないのだ。

そこに気付いた。確信した。

だから、もう迷うことはない。

繋がった者のためなら「バケモノ」になることを厭わない。

奪われる者の「記憶」を持っていながら、それでも奪う鬼畜さこそがタツミの本性であり、つまるところ「人間」であった。

――そろそろ着地だ。

地に足を向け、着地に備える。

小石と砂の混じった地面を巻き上げながら、四肢がバラバラになりそうな衝撃に耐える。

 

「……」

 

彼方に、崩れた外壁が見える。

仲間のいる戦場へと、タツミは駆け出した。

 

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