こうして、戦いは終わった。
極東支部の、施設の損害は主に防壁。
一時はアナグラを放棄するところまで追い詰められた極東支部にとって、このような結果に収まったことは僥倖とも言えよう。
そして人的損害。
死傷者は0。
アナグラを放棄することが決定した際の暴動により、軽傷者多数。
そして、ゴッドイーター数名が重傷。
特に酷かったのが、コウタとシュン。
二人とも、一時は命も危うい状態に陥ったが、医療班による適格な処置とゴッドイーターの力により順調に回復していった。
そして、重症……という言葉では収まりきらない、心臓が止まるまで至ったのが、タツミ。
結論から言うと、彼は生き残った。
終極の神機兵との戦いの後。
彼の、人としての身体は4割が失われていた。
蘇生など望めない……というより、生物であるかも疑わしい惨状。
タツミの身体がアナグラに運ばれたとき、その姿を見たヒバリは泣き崩れたそうだ。
だが、サカキ博士は、即座に特別医療チームを発足。
オラクル制御による再生医療を施し、見事蘇生に成功した。
その成功の裏には、リンドウの研究の成果があった。
リンドウはタツミと同様、腕輪の破損によるオラクルの侵食が起こったが、シオに作ってもらったコアのお陰で、顔や胸は人間に戻ることができていた。
サカキ博士は、これを応用できないかと考えた。
アラガミには、取り込んだものをそのまま複製する力がある。
その力をコントロールし、オラクル細胞に純粋な人の器官を作り出して貰う。そういった技術を、サカキ博士は三年間研究し続けていた。
それはまだ試験段階で、確実に治る保証はなかった。
だが、タツミの身に広がっていたオラクル細胞は徐々に、腕輪の中へと縮小していき、その跡には、しっかりと人の身体が戻っていた。
治療開始から1週間で目覚め、その3日後には、普通に歩けるようになるまで回復した。
タツミ自身、目を覚ました時から不思議な感じがした。
死を覚悟したのはもちろん、二度と人間には戻れないこと、最悪アラガミとして討伐されることまで想定していたから。
何事もなかったように極東支部を歩いていると、フワフワとした、自分がここにいる実感がないように感じてしまった。
だが、その頃は、螺旋の樹攻略の終盤に差し掛かっており、そんなタツミの戸惑いなどお構いなしに、世界の命運を掛けた戦いが繰り広げられていた。
ブラッド隊が、螺旋の樹の頂上に辿り着いた時。
タツミはソーマやサカキ博士とともに、作戦室でその様子を見ていた。
そして始まる「再生なき永遠の破壊」。
暴走した終末捕食が開始されたその時。
世界は光に包まれ――。
――後に残ったのは、アラガミのいない土地、聖域。
生まれたばかりの緑の楽園。
やっと、訪れた平和。
夢にまで見た日々。
遂に勝ち取った日常。
……それは、輝いていて。
……溢れんばかりの喜びに満ちていて。
そのはずなのに――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
タツミはラボラトリの扉を開ける。
彼には今日、復帰してから初めての任務があった。
その前の、最後の問診のため、サカキ博士を訪ねに来ていた。
「失礼します」
「やあ、待っていたよ」
コンピューターの前に座っていたサカキ博士は、タツミに笑顔を向ける。
「調子はどうかね」
「悪くないですよ」
「そうか。……まあ、適当に座ってくれ給え」
サカキ博士はそう言って、タツミが座る様子をじっと観察する。
あれだけの無理をしたタツミだ。彼が「調子が悪くない」と言っても、誤魔化してないか見極める必要が、サカキ博士にはあった。
……見たところ、問題はなさそうであった。オラクルの再侵食もない。
だが、いつも溌溂としたオーラを携えているタツミだが、その目線は心なしか下を向いていることにサカキ博士は気づく。
「再調整した神機はもう握ったかい?」
「ええ」
「その時に、違和感は感じなかったかい?」
「いえ。……寧ろ、以前よりしっくりくるような……」
「なるほど……」
身体のこと、心のこと、神機のこと。
サカキ博士は質問を続ける。
暫く、事務的な会話が続く。
そして話し始めて十数分。
少し雑談も交えながら、話題は徐々に、先日の戦いの報告書に移っていく。
「君が体験した、終極の神機兵の感応現象についてなんだがね……」
サカキ博士がそう言うと、俯きがちだったタツミが、まっすぐにサカキ博士を見た。
するとタツミは少し声を落として、
「報告書には書かなかったのですが、えっと……気になることが……」
と言うと、再び目線を逸らす。
だが、意を決したように、今度はハッキリと話し始める。
「――あまり詳しくないのですけど、感応現象って確か、記憶を『両者が』共有するものでしたよね?」
「ん? そうだが」
「ああ、いえ……だとしたら……終極の神機兵は、『記憶を俺たちに見せる』と同時に、『俺たちの記憶を見た』ってことですよね」
「……恐らく、その通りだろう」
「そうすか……」
タツミはそう言うと、再び視線を落とす。
サカキ博士は、
「……私が報告書を読んでも分からなかったことなのだが、どうして、終極の神機兵は自決したのだろう」
とタツミに話を促す。
『私はもう、何も苦しませたくない』。
そう言い残して死んだ、終極の神機兵。
タツミが悩む理由はそこだと、サカキ博士は予想した。
果たして、タツミは、
「……俺も、あいつの能力で、初めてゴッドイーターに喰われる側の記憶を知ったとき、『もう傷つけたくない』って思ったんですよ」
タツミは表情は暗いまま、自嘲するような笑みを浮かべて、ぽつぽつと話し始める。
「……それでも、みんなが傷つくのは、俺にはどうしても耐えられなくて……。例えどんな犠牲を払っても、それで、自分が人間でいられなくても、絶対『守り抜く』と決めて……」
少しだけ声を震わせながら、まるで罪を告白する罪人のように、タツミは続ける。
「けれども、終極の神機兵は、俺たちの記憶を見て、そしてそのまま……自害を……選んだ。……それが……なんかスゲーっていうか……上手く言葉に出来ないんですけど、誰も守れない恐怖に耐えられなかった俺より、よっぽど人間らしく思えてきて……」
サカキ博士は彼の独白を、黙って聞き続ける。
「――今まで当たり前すぎて、こんな事一度も考えなかったんですけれども、食べるとか、生きるとか、本当に正しいことは何なのか、とかいろいろ考えちゃって……でも、俺、あんま頭良くないからわかんなくて……」
タツミはそこで、サカキ博士の方に向き直り、言う。
「サカキ博士は、そういうこと考えたことあります?」
「……」
タツミの真剣な瞳に、サカキ博士は腕を組んで考える。
ありふれた助言をするだけなら簡単だ。
「それは仕方のないことだから」、そう言ってしまえばいい。
だからと言って、それはタツミの正義とはなり得ない。
ただの一般論では、
ならばサカキ博士は、科学者として……事実を探究する者として、自分が知り得る話をすることに決めた。
例えそのせいで、タツミが二度と立ち上がれないほどの、重い鎖に縛られてしまうとしても。
「私も動物を使った研究で……ぐちゃぐちゃになって死んだ彼らを見て、ふと、自分は正しいのか、と思うことがある」
サカキ博士はタツミに質問する。
「君は、動物を食べることをどう思う?」
「……肉を食わなければ、人は生きていけませんよね」
「ああ、いや、肉は食べなくても人は生きていけるさ。……実は君たちが食べている肉は殆どフェイクでね。あれは大豆から作られているのだよ」
「え……そうだったんですか……」
「畜産のようなコストがかかるシステムは、今の食糧難の時代では殆ど行われていないさ。たまに見かける動物――例えば、ニワトリやカピバラは、保護されたものであって、決して食用ではないのだよ」
「……」
タツミは少しの間考える。
だが、直ぐに答えられず、逆に質問を返す。
「それでは……なぜ、人は、動物を……食べていたのですか」
「うん。答えは簡単さ。美味しいから。つまりは快楽さ」
「……」
タツミは眉間に皺を寄せる。
タツミは即座に、サカキ博士の言うことを否定したい衝動に駆られる。
だが、それを遮るようにサカキ博士は言う。
「……例え動物を食べなくても、生きるためには植物を食べなくてはならない、と思うかもしれない。だが、動物を育てるための植物のコストは莫大でね。肉食より植食の方が、
そこでサカキ博士は立ち上がり、部屋を歩き回りながら話し続ける。
「確かに、肉食の文化、それ自体は悪いことではない。肉食は人が裸のまま洞穴で生活していた時代からあった。狩りをして、食べ物を得なければ飢えてしまうからね」
「……」
「ただ、農業が発展し、誰もが必要な食べ物にありつける時代になっても、人は肉食を辞めなかった。しかも、畜産を止め、食料を世界中の人々に均等に配れば、飢えて苦しむ人がいなくなるというのに、肉食は続いた。それどころか、動物が受ける苦痛は考慮せず、より良い味を求める探究が始まった。生きたままひな鳥をシュレッダーにかけ、品種改良で奇形の乳牛を育て、豚の睾丸を麻酔なしで取り除き……」
タツミは初めて知る事実に驚きながらも、静かに話を聞き続ける。
「――アラガミは人を喰らう。人はそれを理不尽だと言う。だが、人はそれを遥かに凌ぐ命を、余りに惨い方法で喰らってきた。その必要がないにも関わらず、だ」
サカキ博士はそこまで言うと立ち止まり、天を見上げて、
「『アラガミとの共存』。こんな理想を掲げてから長い年月が経った。だが私の研究は誰よりもアラガミを殺すことに貢献している。……もしかしたら私は、そんな事実から逃げるために、理想に縋っているだけなのかも知れない……」
そう言った。
タツミにとっては、難しい話だった。
タツミとサカキ博士が、それぞれ積み上げてきた視点は余りに異なる。
だが、タツミはこう言わずにはいられなかった。
「では、ゴッドイーターは……アラガミに抗う俺たちは間違っているのか……?」
「……生ようとする選択は間違ってない。それだけは、ハッキリとそう思う」
「じゃあ、終極の神機兵は……」
「……そうだね、彼が選んだ覚悟を否定する資格は、私たちにはない。先程も言ったように、生きる選択は間違いではない。けれども、『何も苦しませない』。……その目的において彼の行いは、究極的に正しい……」
厳しく、容赦のない現実だった。
誰も傷つけないためには、生きることから逃げること
サカキ博士の言葉は、重く、タツミに突き刺さる。
タツミは項垂れるようにして肩を落とす。
そのままポツリと、つぶやくように言う。
「……でも、サカキ博士は研究を止めませんよね……?」
「……そうだね」
「じゃあ、どうやって折り合いをつけているんですか?」
「……いいや。折り合いはつけていないさ。……多分、一生、悩み続けるだろう……」
「……そうですか……」
そこまで話したところで、サカキ博士はタツミの出撃時間が迫っていることに気付く。
そのことを知らせると、タツミは急いで部屋を出ていこうとする。
「あまり参考にならず、申し訳ない」
扉の前で、サカキ博士は言う。
そして、最後にこれだけは忘れないで欲しい、と言って、
「先の戦いで、君は多くを識ったのだろう。それは、今までの自分を覆すものかも知れない。だが、絶望に飲み込まれないで欲しい。考えることをやめないで欲しい。……君が生きて、考え抜いた先に、正しいと思えることが、きっと、見つかる」
話したいことがあれば、いつでも来ておくれ。
そう言って、サカキ博士はタツミを送り出した。