GOD EATER 防衛班の終極   作:アマゾナイト

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epilogue -螺旋と境界-

その場所は、白く、蒼く、澄んでいた。

大理石のような青白い石が、空間を形作る床や天井の支柱となり、その所々に若々しい草木が生えている。

清浄な水が小川と滝を作り、命の循環の手助けをしている。

――静謐な世界。

聖域外周。

地殻変動のように緩やかに拡がっていく聖域が、オラクル細胞を取り込んで生み出し続ける境界。

新たな大地の誕生を祝うこの場所だが、今、ここで繰り広げられていたのは、血みどろの戦い。

タツミの神機はヴァジュラに喰らいつき、止めを刺す。

響く絶叫。

白い地面に、鮮血が飛び散る。

タツミは能面のような表情で、アラガミを咀嚼する神機を見つめる。

暫くして、そこに朗らかな声が響く。

 

「そっちは片付いたかー?」

 

そう言ったのは、タツミとは別の場所で戦っていたシュン。

その後ろにはカレルとジーナがいる。

 

「……」

 

タツミは無言のまま、返事をしない。

その代わり、近くで周囲を警戒していたブレンダンが答える。

 

「問題ない。そっちはどうだった?」

「へへっ、楽勝楽勝」

「……」

 

二人が会話をしている横で、ジーナは、タツミと横たわるヴァジュラを静かに見つめる。

一方、カレルはいつものドライな口調で、

 

「じゃ、帰るか」

 

と言って、輸送車の方へと歩き出す。

タツミはコアを取り出し、仲間の後についていく。

――タツミはまだ、アラガミを殺すことに、胸を張った正義を抱くことがでずにいた。

そのためか、まるで、身体に何かが詰まったような怠さを感じる。

なのに、以前は苦戦していたヴァジュラを簡単に殺してしまった。

どうやらあの戦いで、タツミは力が増していた。

 

 

――流されるように、殺す――。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

輸送車に乗っている間――タツミは再び、終極の神機兵の最後を思い出す。

 

(私はもう、何も殺したくなくなった)

 

それは、仲間は勿論、異形となったタツミさえも救った思い。

悲しいくらいの優しさ。

一方、自分はこうして、自分の意志も不明確なまま、流されるように殺している。

 

 

……

 

 

「ん……おい、ジーナ。どこへ行くんだ」

 

極東支部に到着し、外壁のゲートを抜けたところで、ジーナが突然車を停止させた。

そして何事もないように歩き出し、

 

「ちょっと、高い所に登ってみたい気分なの。付き合ってくれるかしら」

 

ジーナは振り返り、いつもの妖しげ笑みを浮かべて言う。

その場にいた全員が戸惑ったが、断る者はいなかった。

彼らはそのまま、訳も分からずついていく――。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

同じ頃、ラボラトリにて、サカキ博士は目を閉じ考えていた。

するとそこに、意外な人物が現れる。

それは「キグルミ」だった。

つぎはぎだらけで、顔のパーツも大きなボタンを縫い合わせただけの、限りなく「怪しい」風貌。

「彼」あるいは「彼女」は、未だキグルミに気づかないサカキ博士に近づき、自分の手をじたばたさせる。

 

「……うおっ! 来てたのか……。ノックくらい……いや、その手ではできないか……。ああ……しばらくは誰も来ないから、外しても大丈夫だよ」

 

サカキ博士がそう言うと、キグルミは、なんと、その禁断のマスクを外し……、

……さらにその下に被っていたマスクも外し……、

 

「ああ! 良かった! うわースッキリするー」

 

そう言って、安心した笑顔になる。

そして二人は話を始める。

 

まず、サカキ博士はこれまでのキグルミの苦労を労う。

半年ほど前に初めてブラッドが派遣された時から、今のキグルミの仕事は始まった。

キグルミは「極東支部に彼のゴッドイーターあり」とまで言われたその正体を隠し、時にはスパイじみた情報収集、時には危険なアラガミの討伐を秘密裏に行っていた。

終末捕食が再起動した時も、螺旋の樹攻略でも、ブラッドを中心とした作戦が上手くいくように、キグルミは誰よりも多く危険なアラガミを倒し、世界の命運をかけた戦いを、陰からずっと支えてきた。

直近の神機兵との戦いにおいても、サカキ博士の秘蔵部隊として制御装置の掌握に尽力していた。

 

「でも、流石に『あれ』を見つけた時は驚きましたよ……」

 

キグルミは螺旋の樹に取り込まれたフライヤに入った時のことを思い出して言う。

 

「――まさか、『彼』が保存されているなんて……」

 

そう。キグルミは、フライヤ内で、とある人物が入った培養槽を見つけた。

生きているのか死体なのかは判別出来なかったが、その中には、埋葬されたはずの人物――ロミオが入っていたのだ。

サカキ博士は言う。

 

「ロミオ君はラケル博士に回収されて、神機兵の開発に利用されていたのだろう」

 

その成果が終極の神機兵と百號神機兵だった、とサカキ博士はキグルミに資料を見せながら説明する。

そして、ただ、と付け加えて言う。

 

「……フェンリル本部は、ロミオ君がどうして生き返ったのか気にしていてね」

「ブラッドは、『ラケル博士の声』を聞いた、って言ってますけど」

「ラケル博士が返してくれた、ということかね。……うむ。だとするならば、真相は彼女のみぞ知る、か……」

 

そこでキグルミは、部屋の隅にある椅子に座り、テーブルの上に資料を置いて、詳しく読み始める。

そのまま、ついでとばかりにサカキ博士に質問する。

 

「そういえばさっき、何か考えてるようでしたが、そのことですか?」

「いや。それとはまた別件でね……」

 

サカキ博士は少しだけ言い淀む。

そして、椅子に背中を預けて話し始める。

 

「先程、タツミ君と話していたのだが……、あまり良い回答ができなくて……」

 

サカキ博士は、タツミとのやりとりをキグルミに話す。

キグルミは、最初は資料を読みながら聞いていたが、その内容の重要性に気づき、途中からはサカキ博士を見て真剣に聞き始める。

 

「ああ、それでタツミさん、最近元気がなかったんですね……」

 

一連の話を聞いた後、キグルミはそう言う。

そして小さく頷きながら話す。

 

「ああ……でも、私も似たようなことを感じることがあります」

「そうなのかい?」

「ええ。……うまく言えないんですけど、こんな世界で自分だけが幸運に恵まれていることに……引け目……みたいなものを」

「……」

「例えばこれまで、私はアーク計画の阻止など、大きなことをする度に、みんなに讃えられ、時には英雄扱いもされました。けれども、私が神機使いとしていられるのは、全部、誰かから貰ったもののお陰なんですよ。オラクル細胞や、神機、極東の人々や仲間。適合率だって、両親から分けて貰った血によるものですし……」

「それは……、君の努力あってのものじゃないか」

「……そう言って頂けると、ありがたいです。でも、今の世界には、私とは比べものにならないくらいの努力をしても、あっさり死んでしまう人が大勢います。その中で、自分がこうして『たまたま』生き残っていることを、改めて見つめ直すと……なんていうか、切羽詰まった思いがこみ上げてきて……」

「なるほど」

「ああ、でもこれは、タツミさんとは違った感覚かな……うーん……」

 

キグルミはそう言うが、サカキ博士は二人が感じていることは似ていると思った。

タツミは、自分が選べなかった正しさを。

キグルミは、自分が進んできた道の非確定さを。

二人とも、勝利を掴んだ立場にありながら、その途中で見過ごしてきたものに苦悩している。

……一方、それでもキグルミは、悲観的にならず、前を向いて戦っている。

ならば、とサカキ博士はタツミから受けた質問を言う。

 

「君は、どのように折り合いを付けているんだい?」

 

すると、キグルミは、

 

「折り合いはつけません」

 

そう言った。

だが、直ぐに、

 

「ただ、自分の『意志』は見失わないようにしています」

 

そう言って、自分の胸に手を当てて、キグルミは続ける。

 

「……恥ずかしいですけれども、私の『意志』……つまりは欲しいものって『みんなが笑っていられる世界』なんです。その『意志』だけは、どんな風に生きても、どんな人と出会っても、絶対に最後に辿り着く、私の根源のようなものなんです。だから、その道がどれだけ困難であっても……いいえ、実現不可能だとしても、そこに近づけるために私は動くんです。……動いてしまうんです」

 

まっすぐとサカキ博士を見つめる、強い眼差し。

サカキ博士は思わず笑みを浮かべて言う。

 

「……アーク計画に乗る選択も、君にはあった。だが、そうしなかったのは『意志』があったからなんだね。君は、あの計画では、多くの人々が笑っていられるとは思えなかった……」

「ええ。ですから、絶対に変わらない『意志』を見つめ直せば、自ずとやるべきことは見えてきます」

 

そこでサカキ博士は、まるで星を観察する学者ように目を細め、つぶやくように言う。

 

「意志が希望を生み、希望が未来を変えたのか……」

 

だが直ぐに、少年のような悪戯っぽい笑みを浮かべ、

 

「ロマンチストすぎるかな」

 

と言う。

それにキグルミは苦笑しながら答えた。

 

「いいえ、ぴったりです」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ジーナに連れられて、外壁に上がろうとした防衛班だったが、先日の戦いの余波で昇降機が動かなっており、仕方なく、らせん式の非常階段を使うことになった。

鉄とコンクリートで固められた薄暗い空間を、五人は黙々と進む。

数百段に及ぶ長い道のりは、任務後の疲れもある彼らに肩で息をさせるのに十分であった。

長い、長い、道のり。

何度も、何度も、同じ場所を回る。

永遠に続くのかと思われた道程だが、やがて終わりを迎える。

登り切った先には、金網でできた小さな広場があった。

先頭を歩くジーナが、外に出るための扉に手にかける。

タツミは、彼女に続いて外に出る。

 

――風が吹く。

唐突に開けた視界に、極東支部の全てが映る。

どんよりとした灰の雲の下、古びた巨城のように堂々とした風格を見せるアナグラ。

その下でボロボロのバラック小屋が立ち並ぶ外部居住区。

 

――その景色を見て、タツミは思い出す。

終極の神機兵との戦いで、ヘリからこの景色を見た時のことを。

そして、この景色と、ここに生きる人々を最後まで守り通したいという確かな『意志』を。

 

だが……

タツミは振り返る。

そこには、戦いの跡がある。

神機兵が示した、究極の正義の残り香が。

 

――タツミは、ここで漸く、自分の中で燻っていたものを正しく理解した。

それは、『意志』の対立。

必ずしも、自分のやりたいことが一つとは限らない。

あの戦いで、タツミは極東支部の人々を守るために、神機兵を切り捨てた。

だが、今になって思い返せば、「神機兵も守りたかった」のだ。

敵を救うほどの優しさを持った神機兵が、「分かり合えない」という結論を持って死んでいったことが、悲しすぎてならないのだ。

 

一方、タツミは全てを守ることなんてできないことも知っている。

「誰かを守るとは、誰かを守らないこと」

あの状況で、人々を守りつつ、神機兵の味方など出来なかったことは明らかだ。

 

……それでも。

それでも。

タツミは思ってしまうのだ。

守りたいのだ。

この目に映る、全てを。

無垢に生き足掻く全ての命を。

 

――みんなを守りたい――

――けれども敵も守りたい――

――そのために自死するしかない圧倒的な正しさにも、抵抗したい――

同時に叶えられない、幾つもの意志。

そんな子供のような我儘こそが、タツミの根源だったのだ。

 

ふと、タツミは仲間を見る。

皆、これまで守ってきた外部居住区を満足げに見つめているようだった。

この仲間も、それぞれ形は違えど、人々を最後まで守り通すという意志を持っている。

……絶えず熱が冷めていくこの世界で、その意志は、いつか絶対的に閉ざされるものだ。

それでも最後の瞬間まで、自分が信じるものを守り抜く。

「終わりまで極める」

タツミは、そんな茨の道を進む仲間が隣りにいてくれるなら、どこまでも戦えると思った。

 

――冷えた心に火が灯る。

今、彼は境界に立っていた。

荒れ果てた厳しい世界と、生きるために生きる命を隔てる壁。

 

二つに一つ――どちらかしか選べないのが理。

それが世界の法則――神――のようなものとするならば。

この「意志」は、神に唾する大罪であろう。

だが、理をも超え、神をも喰らう者――それこそがGODEATERである。

 

「ああ……いい景色だ」

 

タツミは呟く。

仲間も、同じ景色を見つめる。

依然、空は灰色で、世界は壊れたままで。

 

全てを守ろうとする意志は、これから多くの挫折や絶望にぶつかることだろう。

螺旋のように、同じところで悩み続けるだろう。

だが、この景色を、共に戦う仲間と刻めたなら、きっと、大丈夫。

何度迷っても、この思いに立ち返ることができるはずだから。

 

 

 

神を喰らう者が選んだ道は――

この真っ暗なままの地球で――

永遠に――

罪を重ね続ける、道だったのだ――

 

 

 

――till my life comes to an end




これにて完結です。

ここまで読んでいただいた全ての人に、最大の感謝を。

以下、あとがきです。少し長くなります。
この作品を書き始めたのは、2のレイジバースト編でロミオが復活した理由を、自分なりに想像したことです。
私がゴッドイーターのストーリーで好きな要素として、展開にちゃんとした理由付がされていること、というのがあります。
しかし、ロミオの復活だけは「よくわからないけどこうなった」としか作品中で書かれておらず、どうにも自分の中でもやもやしたものを抱えてしまいました。(まあ、ロミオがいなきゃ、あのスッキリしたハッピーエンドはできなかったと思いますが)
そして、もやもやは止まることを知らず、妄想は膨らみ、
(ロミオはどうやって復活したんだろう?もしかして生かされていたとか?なら誰が生かしていた?ラケル博士?どうして生かしていた?最強とも言えるロミオの血の力‥ならそれを完成させようとしていた?まさか神機兵に「圧殺」の力を‥!?)
という風に、日常のふとした時に、例えばお風呂の中で考えていました。(うん。こいつアホだ)
さらには膨らんだ妄想を形にしたいという衝動に駆られ、当時連載していた前作「防衛班キャラクターエピソード」で扱った防衛班を主人公にした物語を書くこととなりました。(ちなみに、キグルミを主人公にしようかと考えたこともありました)

そして漸く、ここに書き終わりました。
長かったです。ゲームをプレイし終えてから3年もかかりました。
途中一年ほど休載してしまい、読んでくれていた人には申し訳なかったです。
なんかあまり読まれていないみたいだし、もう書くのやめようかな、なんて考えていた時期もありました。
それでも、読んでくれる人が1人でもいるなら、作品を作る意味はあると信じ、ここまできました。(それでも感想頂くとすっごく報われた気分になるので、できれば! お願いします/ / /)

作品には、私がゴッドイーターに触れて思ったことやそれ以外も、持てる「全て」を出し尽くしました。
作品の解釈は読者が全て正解なのですが、私の意図として、この物語は決してハッピーエンドではないです。
終わりのない苦悩、螺旋のように渦巻く事実。
生きるとはそういうことだと私は考えます。
しかし、それでも変わらぬ自分の「意志」を知れたなら‥。あるいは全てを見渡す「境界」に立てたなら‥
そんな希望も、この物語に込めました。

最後に、改めて感謝を。
文章が読みにくいところもあったと思います。それでも最後まで辛抱強く読んでいただいた、あなたに感謝です。もう、同じ部隊で背中を預けられるくらいです。

最近レゾナントオプスがリリースし、次はいよいよ3が待ち受けています。
ゴッドイーターの戦いはまだまだ続きます。またどこかの戦場であったらよろしくお願いします。


「ありがとう。また会おうね」

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