螺旋の樹から新たに出現した神機兵達は「百號神機兵」と名付けられた。
神機兵にも様々なタイプが存在する。
最初に開発されたのが、神機兵のプロトタイプである「零號神機兵」。見上げるほどの体躯に苛烈な戦闘力を併せ、「個」としての力なら神機兵の中で紛れもなく頂点に位置するだろう。
次に、人類を守る兵器として生み出されたのが通常の「神機兵」。その無人機が、ジュリウスの教導を受けたのち、「赤い雨」を浴びたことで野生のアラガミ化したものが「暴走神機兵」。現在、極東支部において最も遭遇回数の多い神機兵である。
そして、今回の大規模防衛戦の緒戦で交戦したのが、黒蛛病患者の人格が埋め込まれた「新型神機兵」。ヒトの意志を持ち、互いに通信し、仲間を思い合う「意志」を力に、「群」としての有機的な連携を得意とした。
その全てが、ラケル博士が設計に関り、彼女の駒として扱われた「人形」である。
そして恐らく、彼女の最高傑作、最終進化の神機兵が、新たに出現した「百號神機兵」。
――コウタ達第一部隊は敵の未知数な戦闘力を警戒し、先ずは遠距離からの攪乱を目指した。
今、百號神機兵の群れは極東支部に向かって、廃ビルに囲まれた道を行進している。
一際高いビルの谷間に差し掛かったところで、両脇の屋上からエミールとコウタが銃を放つ。
「いっけええ!」
コウタは叫ぶ。
距離があるため、そこまで命中精度は高くない。
それでも、神機の連射性能を最大まで解放した銃弾の雨は、神機兵の行進を止める。
地上は黒い海。神機兵は巣を襲われたアリの如く群れ惑い、弾の出どころを探している。
地上にはエリナがいる。
こちらの攻撃に気をとられている隙に、彼女が敵を叩き、即離脱するのが次の作戦だ。
――しかし。
中央後方にいた、一際大きな神機兵が剣を頭上に掲げると、すべての神機兵が一斉にこちらに顔を向ける。
(なんだ……)
数十もの髑髏面がこちらを見ている様は、まるで地獄を覗く痴れ者に呪いをかける怨霊のようである。
コウタは一瞬たじろいでしまう。
その隙に、百號神機兵達は粛々と隊列を組み直す。
亀甲隊形。
中世の戦で用いられた、部隊を密集整列させ盾を頭上と正面に掲げる隊形。
神機兵達は展開した装甲を重ね合わせることで、文字通り「鉄壁」の布陣を即座に組み立てた。
何という連携力だろうか。
たかが数個体が力を合わせるだけではない、「軍略」とも呼ぶべき集団戦闘を彼らは可能としていた。
すると、甲羅の隙間から、黒い棒が突き出てくる。
(……!)
コウタは反射的に横に転がる。
すると、コウタがそれまでいた場所に、鋭い曳光が通過する。
(スナイパー!)
転がりながら、そのまま流れるように柱の影に隠れる。
予想はしていた。
通常の神機兵の刀身はバスターとロング、銃身はアサルトとブラストの中間に位置するパーツのみである。
だが、交戦前に百號神機兵を観察した結果、今まで見たことのない神機のパーツも見られた。
遠目ではわからなかったが、これで確定した。
「エミール、そこからすぐ撤退だ。やはり百號神機兵にはスナイパーがいる。フェーズ『3』に移行。エリナはエミールの援護に向かってくれ!」
頭上からの攪乱は得策ではないと判断したコウタは、予定通りゲリラ戦に持ち込むことにした。
柱の影から百號神機兵を注意深く観察しながら、コウタは指示を出す。
しかし、ある違和感を覚える。
(数が少ない……?)
錯覚だろうか。
目を離した隙に、神機兵が少なくなっている気がする。
――カン……カン……カン……
何かが聞こえる。
それは、工事現場でよく聞くような、硬いもの同士がぶつかり合う鋭い音。
何かがぶつかっている?
神機兵がこの建物ごと壊そうとしているのだろうか。
……嫌な予感がする。
照りつける夕陽に目を細めながら、コウタは集合ポイントである、神機兵からは死角となっている後方のビルへと走り出した。
走りながら、オペレーターのテルオミにこれまで得た情報と、敵の様子を探って欲しいことを伝える。
『……レーダーに異常は…………ね……依ぜ……しかし……、ノイズが……何か……し……分に注…………』
「くそ! こんな時に!」
通信機の故障だろうか。ノイズが酷い。
コウタは通信を切る。
渡り廊下は下の階にある。
フロア中央にある動かなくなったエスカレーターに、コウタは向かう。
光の差し込まないビルの内側は、まだ夕方だというのに息苦しい程に暗い。
――ガン……ガン……
音が、少しだけ強くなっている。
急いで走ろうとすると、割れたガラスや散乱する机が邪魔をして、焦燥に神経がささくれ立つ。
足を響かせながら薄暗いエスカレーターを下っていく。
何度も何度も似たような景色を回っていく。
コウタの額には、いつの間にか玉のような脂汗が浮かんでいた。
そしてやっと、目的のフロアに辿り着く。
――ガッ…………
……
……
ガッ……!
(近い……!)
ビルの壁の向こうから鋭い音がした。
しかし、何が起こっているかは分からない。
姿を隠した自分に苛立って、適当に銃でも撃っているのだろうか。
それとも、やはり、このビルそのものを壊そうとしている?
そんなことを考えているうちに、視界の先に、陽の光が見えた。
一刻も早く状況を知りたいコウタは、そこへ全力で駆け出す。
やっと、渡り廊下に到着する。
ほぼ水平から差し込むオレンジ色の夕陽に、一瞬目がくらむ。
光を手で遮ると、必然床しか見えなくなる。
事前に確認した通り、渡り廊下は天井が無くなるほど老朽化していても、床はしっかりと残っており、人が歩くのに問題はなさそうだった。
目が慣れるにつれ、徐々に額から手を離す。
最初に見えたのは、赤く染まった世界と、向かいのビルのひび割れたコンクリート。影を伸ばした鉄骨や折れ曲がったむき出しのネジ。
そして、廊下の先に、当たり前のように立っている百號神機兵。
「は?」
斬られた。
そう気づいた時には既に、コウタの肩に刃が突き刺さっていた。
鮮烈な痛みに、ようやく自分が危機的状況であることを理解する。
だが、それももう遅い。
背後からまた刃が襲う。
「ぐああああ!!」
今度は腰に近い脇腹に突き刺さる。
コウタが振り返ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
コウタに刃を刺した神機兵が一機。
その横にいる二機の神機兵は、ガラスのない窓枠に足をかけながら、壁に神機を突き立て、今まさにその巨体を引き上げているところだった。
ヴァリアントサイズ。
湾曲した三日月状の刃を持つ大鎌の近接武器であり、捕喰口を変形させ 「咬刃」 と称される牙を展開することができる。
その機能によって、間合いの外から一撃を届かせることができるのだが、しかし、百號神機兵はあろうことか、その形態と伸縮性を生かしてピッケルのように壁に突き立て、ビルをよじ登ってきたのだ。
そしてコウタは、近くで見て初めて気付いた。
百業神機兵は神機を「持っていなかった」。
五指があり、一見すると手に神機を持っているように見えるが、実際は掌や腕に癒着していたのだ。
(――こいつらは、神融種……!)
その時、コウタを繋ぐ両端の百業神機兵が、神機を引っぱり始めた。
「ギャアアアアァアアアア!!」
コウタは叫ぶ。
神経が狂わんばかりに痛みを告げ、神機を手放す。
咬刃を抜こうとするも、肉と骨格にしっかりと食い込み、外すことができない。
そればかりか、コウタを引っ張る力は強さを増す。
右肩と腰が対極に引っ張られることで、片足立ちで体を斜めにして立っているという、あられもないポーズをさせられる。
……かつて、コウタは幼い頃、魚を釣る映像を見た。
その中で針にかかった魚が、陸に引き上げられ後も勢い良くビチビチ跳ねているのを見た。
コウタは海も川も見たことはない。食べ物は配給だから、生きている物は人と虫とアラガミしか見たことはなかった。
それでもなぜか、初めて見たビチビチと跳ねる魚が、必死に生き足掻いていることだけはわかった。
そして同時に疑問が沸いた。
もう捕まっているのに、なぜ大人しくしないのだろう、と。
だが、その時の魚の気持ちが、今なら分かる。
――痛い。イタくてイタくて痛すぎるのだ。
魚は口内に針が刺され、そして引っ張り上げられる。
いくらもがいても外れず、気圧差で内臓が風船のように破裂し、血管が沸き立ちぶちぶちと破れる。
今のコウタは、釣り針に引っ掛かった哀れな深海魚と同じだった。
身体に食い込んだ咬刃は、肉や腱を引き裂き、肩甲骨と腸骨を引っこ抜かんとする。
全身をグジュグジュにかき回され、吐くほどの苦しみが襲い……これを何が何でも止めてく欲しくてその思いだけが頭を占めてくるのはさらに怖いし苦しい一生のお願い早く苦痛から開放して本当に痛いの嫌だめ絶対気持ち悪い寒いもうやめて痛いイタイイタイ痛!
「ギャアアアア!!!」
自分の身体が徐々に真っ二つになる痛みに、コウタは思った。
こんなの受け入れられるものじゃない、と。
強者の立場から、弱肉強食の摂理を正当化する自分達がいかに傲慢だったかを。
凍えるほどリアルな死の感触に、コウタは願った。
どうか、この世界の誰もが、この怖れを抱かずにいられるようにと。
酷使した声帯は潰れ、身体に力が入らなくなり、いよいよコウタは項垂れる。
………………
…………
……
ぎち。
腕を伸ばす。
荒れ狂う神経の叫びは、コウタから抵抗などという言葉を剥奪した――はずだった。
……それでもなぜか身体が動いた。
伸ばした手で、身体に刺さる咬刃を掴む
手の平が咬刃に裂き喰われ、サアと血が溢れるが、百號神機兵と綱引きをするように、コウタを裂かんとする力に抵抗する。
力も殆ど入らない。なのに形だけの延命を続ける。
なぜこんなことをやっているのか、自分でもわからない。
コウタに「自意識」というのは最早存在しなかった。
頭は空っぽ。虚ろに真っ白。
もう既に気絶した後の夢なのかと思う。
だが、未だ和らぐことのない苦痛が、まだ意識を手放していないことを証明し続けている。
それでもコウタは抗っていた。
――どうしようもないくらい死に浸っているのに、コウタは生きる続ける選択を取った。
(……………………)
絶頂を迎えた苦痛は、思考を奪う。
しかし、頭のどこかで欠片のように満たされた自分に気付く。
言葉にならない、あどけない感覚。
それは泡のようにすぐに消えてしまいそうで。
その感覚は長くは続かなかった。
痛みによるショックと出血多量により、いよいよ本当に意識が消えかけたしの時、頭上からはち切れんばかりの怒声が聞こえた。
「うおおおおお!」
その男は自由落下の勢いをそのままに、コウタにヴァリアントサイズを突き立てていた百號神機兵の頭にバスターブレードを叩きつける。
そしてそのまま流れるように神機を変形させ、片手でスナイパーを打ちながら、もう片方の手に持ったスタングレネードのピンを口で引き抜き、投げつける。
閃光が広がった瞬間、男はコウタを抱えて走り出す。
コウタは男の姿を何とか認識し、声を漏らす。
「……ハル……さん……」
「しゃべらなくていい。……いや、よく頑張ったな。安全圏に移動したら直ぐに治療する。だからもう少しだけ踏ん張ってくれ」
息を切らしながら、ヘリから救援に駆けつけた男――真壁ハルオミは答える。
コウタは思う。
どうやら自分は助かったらしい。
さっきまであんなにリアルな死が迫っていたのに、――あれだけ「覚悟」していたのに、まだ生きている自分がなんだかおかしくて、コウタは言う。
「……なんか……真面目……な……口調……似合わないですね……」
「助けてやったセリフがそれかよ! だからもうしゃべるなって……いや、そのまま話してろ。意識が飛ぶよりいいかもしれない」
「ハハ……痛……すぎて……意識ない方が……楽なんですけれども……。……あ……でも、一つ……言わせて……下さい」
「なんだ」
「あり……がとうございます……」
「おう」
隊長にもなって誰かに抱えられるなんて情けないな、とコウタは思う。
と同時に、生き残ったという安心感がようやく溢れてくる。
そして死の恐怖から解放された今、思考にも余裕がでてきたようで、先ほど死の縁で身体が勝手に動いたことと、小さな満足感が何だったのか、分かってきた。
「……俺……最後まで……逃げません……でしたよ……」
コウタは呟く。
ハルオミはその意味が分からず一瞬呆気に取られたが、コウタを助けた時の彼の姿を思い出して、頷きながら言った。
「気張ったじゃねえか。――ま、自分で出した命令くらいはちゃんと守らなくちゃな」
いつもは飄々としているのに、大事なことは真剣に話してくれる。
コウタはこの時、そんな先輩神機使いを素直にカッコいいと思えた。
(俺も……まだまだだな……)
隣に立つ仲間に抱く、じりじりと焦がれるような願い。
その想いは「命令」という形で受け継がれる。
暗闇の中であがく誰かを照らす篝火となって。
生きることから逃げないために、二人は走り続けた。