「――サテライト拠点『アークト・ディアナ』から……」「――フェンリル本部は……」「――ゴッドイーターの人命を優先するか……」「――極東支部の緊急避難の受け入れ許可が下りました! ヘリの手配と……」「――住民の暴動は収まりましたが……」「――百號神機兵……まだ見つかっていません。レーダーをさらに拡大して……」
叫びのような指令の行き交う作戦室。
職員の顔は疲労に満ち、そして暗い。
それもそのはず、この戦いは「負け戦」と言ってもいい戦況に陥っているからだ。
壁は既に破られ、百號神機兵が極東支部に到着するのは時間の問題。
内部にも2重の隔壁はあるが、気休めにしかならない。
対抗しようにも、残されたのは連戦続きのゴッドイーターのみ。おまけに敵の方が、圧倒的に数が多い。
さらに、偵察と陽動を行っていた第一部隊との通信も途絶えた。
救援は送ったが、未だ連絡はない。
最悪の事態。
――この状況で、極東支部を守り抜くことは不可能と判断するのは当然のことだった。
極東支部を放棄し、サテライト拠点に避難する。誰も口にしてはいないが、有能な職員達はそのような方向で動き始めている。
ここからは、どれだけ時間を稼ぎ、どれだけ多くの人を救えるかの戦いだ。
しかし、全ては救えない。
犠牲は必ず出る。
……人を選ぶ必要もある。
サテライト拠点と行き来できるヘリには限度がある。
外部居住区と合わせて15万人近くいる人々全員の安全な移動手段など存在しない。
誰もが、そんな残酷な選別に怯え、そして、目の前の仕事に集中することで目を逸らしていた。
……どうか状況が好転しますように。或いは、奇跡のような打開策が見つかりますように。
そんなことを願いながら、1秒1秒確実に迫るリアルな死に、じわじわと心が縛られていく。
オペレーターの真壁テルオミもその一人だった。
テルオミは、部屋の中央で各職員に指示を出すサカキ博士に目を向ける。
この泥のような空気を変えるとすれば彼しかいない。
円転滑脱、荒唐無稽の柔軟な発想。過去、極東支部における二度の終末捕食を乗り越えられたのは、サカキ博士がいなければ成しえなかったと、元第一部隊隊長が話していた。
テルオミ以外にも、チラチラと彼に期待の目を向ける職員はいる。
しかし、サカキ博士にしては珍しい、眉間に深い皺を寄せた表情は、彼の頭脳でもこの状況を覆す方法は思いついていない証だった。
そんな時。
テルオミに通信が入る。
『あー。聞こえるか、こちらハルオミ』
テルオミは慌ててマイクを握る。
「にい……ハルオミさん! そちらの状況は?」
『ああ。とりあえずエリナとエミールは無事だ。だがコウタが酷い……』
通信が途絶えた第一部隊の救助に行ったのは、いざという時のために待機していたハルオミだった。
ハルオミは現在、安全な場所まで退避しており、そこでコウタの応急手当をしているという。
『――それで、だ。そこにサカキ博士はいるか? コウタが伝えたい事があるそうだ』
テルオミはサカキのマイクを繋げる。
「こちらサカキ。コウタ君は重傷なのだろう。無理しなくても……」
『いや……サカキ博士。俺は……大丈夫ですから……』
明らかに辛そうなコウタの声。
サカキ博士含め指令室にいた職員は、彼の痛々しい声音に眉をひそめる。
だが、時おり喉を詰まらせながらも、絞り出すように話すコウタの声は、命を賭けて伝えようとする意志が伝わってくる。
彼の声に、指令室にいた職員全員が真剣に耳を傾けた。
――百號神機兵との交戦は次のような内容だった。
百號神機兵は神機のパーツの種類が増えており、しかもその扱いに慣れており、ゴッドイーターには思いつかないような多彩な攻撃手段を取ること。
また、神融種であったこと。通信を妨害する力は、彼らの「血の力」であると予想されること。
高度な連携は新型神機兵に劣っておらず、数が多い分、より軍事的な動きをしていたこと。
……その報告を聞いて、テルオミは眩暈がした。
百號神機兵に隙なんて、ない。
アラガミとして正しく最強に思える。
テルオミは想像する。
数十分後にはその百號神機兵が「ここ」にやってくる。
今座っている椅子や、見つめるモニターが破壊される。
元野戦整備士だったテルオミにとって、極東支部への愛着はまだ少ない方だ。それでも、皆と語り合ったラウンジや、愛すべき神機が踏みつぶされるところを想像すると、ただ、ただ、悲しみで言葉を失う。
そしてさらに……自分と仲間の「死」も、そろそろ受け入れなければならない。
避難用のヘリに自分に割く席はないだろうし、そもそもオペレーターとして、最期までここで戦い抜くつもりだった。
いよいよ告げられた最後通牒。
誰もがこの時息を呑んだ。
しかし、絶望的な状況という雰囲気に飲み込まれず、冷静に、ただ真実を見極めんとする者がいた。
サカキ博士である。
「……ん? コウタ君。その話は本当か?」
自らの思考を確かめながら、呟くようにサカキ博士は話す。
「『百號神機兵』が『神融種』なら、その性質、本能はアラガミのそれに近いはずだ――」
人とアラガミ。被食者と捕食者。
その無慈悲で絶対的な関係を崩すことができる唯一の存在。それがゴッドイーターであるが、アラガミに勝る人の武器は何も神機だけではない。
人と人が繋がり、個を超越した力で圧倒的強者を打破する能力。即ち「連携」。
戦場でゴッドイーター同士が協力し合うのはもちろんのこと、オペレーターや技術班のバックアップにより、人は「個」を超える強大な力を得る。
しかし、アラガミは本能に従い、それぞれの自由意思の下に捕食を行う。強大な力を持つ故に彼らは基本的に孤独なのだ。故に、コンゴウ種のようにで「群れる」ことはあっても「連携する」ことは決してない。
この小さな、しかし決定的な差が、人に与えられた最古で最大の武器ともいえる。
サカキ博士は続ける。
「……だから、『百號神機兵』が、人の人格を得た『新型神機兵』並みの連携力を持っているのはおかしい。制御装置もなしにそんなことは不可能だ……」
アラガミ同士の連携と聞いて、テルオミは疑問を投げかける。
「でも、『感応種』は他のアラガミと連携しますよね?」
それにサカキ博士は頷く。
「確かに、イェン・ツィーやマルドゥークといった『感応種』はアラガミ同士で連携しているようにも見えるだろう。しかし、実際には『感応種』が他のアラガミを操っているに過ぎないんだ。通常のアラガミは『感応種』の強力な偏食場パルスに逆らえない。相互に干渉できない以上、連携とはいえないだろう?」
なるほど、とテルオミは納得した。
感応種が他のアラガミを操るのは、人が武器を使うのと同じことなのだ。
人は武器を自由に扱えるけど、武器は使い手を操れない。
その関係は「連携」ではなく「支配」だ。
なら、百號神機兵同士の「繋がり」とは一体何なのだろう。
「さて、コウタ君。改めて今の話を聞いて、思う所はあるかい?」
『確かに……百號神機兵には人間的な動きはなかったような……。なんていうか……もっと機械的というか、システマティックというか……』
「何か、報告し忘れていることはないかね。もう一度初めから戦いを振り返ってみて欲しい。彼らの隊列、走り方、目線、神機の使い方……。落ち着いて考えてくれ給え」
そう話すサカキ博士の表情は、先ほどまでとは打って変わって、口元が僅かに緩み、溌溂としたオーラに溢れている。
もう既に、確信めいた何かを掴んでいるのだろう。
手元では第二、第三部隊に通信を繋ぐ準備を始めている。
それに気づいた職員達は、途端に慌ただしく動き始める。
防衛班と通信を繋ぎ、サカキ博士の声が全員に届くよう準備をする。
この時、指令室を支配していた陰鬱とした空気はなくなっていた。
そこにいる誰もが、確定した死の恐怖に窮するのではなく、生き残るため、明日を求めて抗い始めた。
『………………そうだ! 一機だけやたら大きい神機兵がいた! そいつが神機を掲げた途端、あいつらは一斉に盾を並べ始めたんだ!』
サカキ博士は大きく頷く。
そして言う。
「今から作戦を伝える。これが……本当に最後の戦いだ……」
外部居住区の外縁。
天高くそびえる鋼の壁の上に、タツミは立っていた。
水平線の彼方から続く雲は、夜の闇に飲まれつつも、残り香のような陽の光に照らされ、深い薔薇色となっている。
そして、点在する廃墟と、荒涼としたむき出しの大地の先に、こちらへ近づく人型――百號神機兵が見える。
「そろそろか……」
タツミが呟く。
距離にして凡そ1500メートル。
まるで黒い波のように進撃する百號神機兵達は、その大木のように膨らんだ両脚を惜しみなく叩き付け、大地の律動をここまで響かせている。
タツミは望遠鏡を覗き、一回りサイズの大きい神機兵を探して言う。
「……あれが、奴らの王か……」
百號神機兵がどうして連携できるのか。
その謎に、サカキ博士は「神機兵自身に制御装置が組み込まれているからだ」と結論付けた。
それが、一機だけサイズの大きい神機兵の正体であり、百號神機兵を指揮するネットワークの核とも言える機体なのだ。
(しかし、ラケル博士は上手いこと考えるよな……)
タツミは素直に感心する。
神機兵の弱点。それは、人工とはいえアラガミである神機兵を意のままに操るには、どうしてもアラガミの本能と偏食傾向を制御する装置が不可欠なことだ。
まだ神機兵が人類の兵器として期待されていたころ、制御装置はラケル博士の部屋に設置されていた。
また、緒戦の新型神機兵はこの制御装置を掌握されたことで、機能停止に至った。
その点、制御装置を神機兵自身に搭載することは、意外性のある隠し場所でありながら、さらに制御装置自身が自分たちの弱点を守り行動できるという利点もある。
しかも彼らは並みのゴッドイーターを凌駕する戦闘力を持ち、数も多い。
極東支部全ての戦力を持ってしても、正面からの討伐は不可能だろう。
「――爆薬の配置は完了したぞ」
後ろから声をかけてきたのはブレンダンだった。
タツミは頷く。
「これで俺たちの役割はタイミングを見計らってスイッチを押すだけだな」
制御装置を搭載した百號神機兵――「終極の神機兵」と名付けられた――を倒せば、彼らは停止する。
だが戦力差は歴然。ならば奇襲で「終極の神機兵」のみ倒す。しかし、優れた軍略をもつ百號神機兵には奇襲すら難しい。
だが、どんなに優秀な部隊でも、敵陣に攻め入る時は一列に並ぶ。
故に、新型神機兵によって破られた防壁の穴を百號神機兵が通過する際、防壁を爆破、崩壊させて「終極の神機兵」を分断させる。そして近くに潜んだ地上部隊が、一気に「終極の神機兵」を攻める。
これが作戦の内容だ。
自陣の損傷を利用して、攻勢に転ずる。
サカキ博士もラケル博士に負けず劣らずの軍略の妙であった。
『こちら、準備完了』
タツミに通信が入る。
相手は、地上にいるカレルからだった。
今回の作戦に当たり、百號神機兵のジャミング能力への対応策として、一台だけ見つかったオラクル技術の用いられていない旧式の無線をタツミとカレルは使っていた。
タツミは言う。
「よし。敵に異常はない。予想通り、こっちに真っ直ぐ進んでいる。このまま予定通りいくぞ」
『――おいおい、命令はよしてくれ。今回の現場の指揮は俺がやる。くれぐれも出しゃばってくれるなよ。ここでがっぽり稼ぎたいんでな……』
「ああ……、わかってる。それじゃあ……後は任せたぞ」
『フン……』
通信が切られ、タツミはブレンダンに話しかける。
「いやあ、あのカレルが隊長代理を任される日が来るなんてなあ!」
「そうだな。まあ、何より、今回は効率的な戦いが求められる。カレル以上の適任者はいないだろう……」
ブレンダンは、タツミの軽口にあくまで冷静に対応する。
地上にいるのはタツミとブレンダン、そして重傷を負ったコウタを除いた第一から第四部隊の全てのゴッドイーター達。
タツミとブレンダンが壁の上にいるのは、ジャミング能力を持つ百號神機兵はレーダーで捉えることができないため、肉眼で監視する役割が必要だったことと、適切なタイミングで爆破する役割のためである。
二人が選ばれたのは、先の戦いでの消耗を考慮してのこと。
前線に出られないことにタツミは少し不満を感じたが、監視の役目も不可欠であるため、自分の仕事を全力でこなすことにした。
すると、また通信が入る。
今度は指令室からだった。
『もうすぐ敵のジャミング能力圏内に入ります。そちらの準備は整いましたか?』
いつも通りの、愛らしくも凛としたヒバリの声。
タツミは「う~ん。ヒバリちゃん、ナイスボイス!」と、いつものように言いたくなったが、今は時間がないため我慢。
状況を端的に伝える。
「ああ。後は爆破するだけだ」
『作戦が済み次第、そちらからの報告をお願い致します。以上で、指令室からの通信は終了となります。えっと……それと……』
「……」
『――どうかご無事で……』
最後の声は、いつもと違っていた。
消え入りそうな、か細い声。
よほど自分達のことが心配なのだろう。
……正直、自分も緊張している。
何せ、これは背水の陣。失敗は許されない。
しかも、百號神機兵にはまだ謎が残されている。
シエルの「直感」に対する「ムクロキュウビ」のように、これまで確認された「神融種」には、その「血の力」に対応するブラッドのメンバーがいるのに対し、百號神機兵の「ジャミング」に対応する能力を持った人物は見つかっていない。
モデルとなった神機使いは誰なのか。
もう既に、亡くなったブラッドか。
未だ見つからない、新たな力を持つブラッドか。
……その真相は、ラケル博士以外知る由もない。
敵の正体がはっきりしないのは、やはり不安だ。
だが、もう戦いは迫っている。あとは地上の仲間を信じるだけだ。
こんな時、ヒバリに何か気の利いたことを言えればいいのだが、あいにく自分はそこまで器用ではない。
だから、ただ、思ったことを伝えた。
「ああ、必ず帰ってくる」
少し間を置いて、返事が返ってくる。
『……はい……。お待ちしております……』
通信が切られる。
通信中も、タツミとブレンダンは眼下の百號神機兵から目を離さなかった。
もう、奴らは目と鼻の先だ。
百號神機兵達が進撃するだけで、地響きのように大地を振動させる。
ドン、ドン、ドン……
すると、集団の先頭にいた百號神機兵が、壁に空いた穴に入っていく。
(……)
タツミは、数十体もの百號神機兵が外部居住区に侵入するのを見つめて思う。
(守り……切れなかったか……)
人々を守り通すと誓った。
外部居住区という、故郷を守り切るために戦った。
だが、守り切れなかった。
こんなに大きな穴が壁に空くのはいつぶりだろう。
まだ、防衛班班長に就任したばかりのころを思い出す。
あの頃は、今ほどアラガミとの戦いに余裕なんてなくて、来る日も来る日も終わらない戦いが続き、何度も壁が破られ、その度に人が死に、仲間が死に、ついには自分の心までも死んでいくようで……。
でも、ある日教えてもらった。
自分達は「希望」なのだと。
アラガミと言う理不尽に轢き殺されるだけの人間にとって、ゴッドイーターが戦い、抗う姿は、諦めかけた誰かの意志を繋ぎとめることを。
今は自分は戦えない。だから、タツミは地上にいる仲間に思いを呟く。
「見せてくれ。覆す、そのときを――」
返事はない。
皆、息をひそめて「その時」を待っている。
百號神機兵は、粛々と歩みを進める。
続々と外部居住区に侵入する。
もう、後戻りはできない。
数分後――いや、一分もかからないだろう。極東支部の命運はここで決まる。
そして一機、一際大きな「終極の神機兵」が壁に入ろうとしたその時……。
「……発破!!」
タツミはスイッチを押すと凄まじい轟音が響く。
この時、運命が動き出した――