後漢における名族の序列を付けるなら、という論題は後世でも頻繁に話の種となります。
ですが楊彪が生まれた年代においては論ずるまでもありません。名族の筆頭格といえば、ほとんどの人が始めに汝南袁氏の名を挙げました。それぐらい袁家の影響力の強い年代でした。
常設されている臣下の最高位である三公位。その三席中二席を袁家の一族が締める年もありました。さらに他の高官職にも袁家の縁者が就いたりと、袁家は栄耀栄華の極みの中にいました。
ならその袁家に次ぐ名族は、となると意見は割れます。蜀郡趙氏や汝南張氏を挙げる声もあるでしょうが、直系三代続けて三公位に就いている楊彪の一族である弘農楊氏も外せないでしょう。
楊家は後漢でも指折りの名門です。そんな名家の長子として楊彪は生を受けました。
姓名を楊彪。字を文先。真名を華月。
【四知】楊震の曾孫にして三公は大尉、楊秉の孫。親である楊賜もまた、若くして高官を歴任するバリバリのエリート一族。一族の長子である楊彪には幼き頃より英才教育が課せられました。
「仕官するなら執金吾、か。若き頃の光武帝は働く気がなかったんだろうな。わかるわかる」
教育熱心であった楊賜は息子の楊彪を厳しく指導し、楊彪もそれによく答えました。
時に楊賜の指導は周囲の目に過剰とさえ映りましたが、幼き楊彪は一言も不満を述べることなく粛々とこなしていきました。当の楊彪は別段、親の指導を厳しいと感じたりはしませんでした。
やがて楊彪が才子の片鱗を示し始めると一族の者は大いに喜びました。名家の生まれとあれば相応の責務が伴うものです。息子の将来を考え厳しく指導する方針を固めていた楊賜でありましたが、息子が一族を継ぐに足る能力を兼ね備えているとわかると安堵に胸を撫で下ろします。
「欲しい物ですか? 今は特にないですね」
そうなると今度は息子を甘やかそうという親心も湧いてきますが、楊彪は基本的に無欲でした。
楊彪は非常に手の掛からない子供でした。親の言うことには二つ返事で従い、子供特有の癇癪を起こすこともありません。書物を与えておけば静かに読み耽け、それで楊彪は満足でした。
無欲で勤勉な息子は楊賜の自慢でしたが、手が掛からな過ぎるというのは時に物足りなくもありました。親らしく子供のおねだりを叶えて上げたいという欲求を楊賜は覚えますが、楊彪はそんな仕草を微塵も見せません。嬉しいような残念なような、なんとも複雑な気持ちを覚えます。
「兄姉がいれば、どんなに嬉しかったことか」
ある時、楊彪がそんな言葉を呟きました。
それは蚊の鳴くような小さな声でしたが、楊賜はその言葉を見事に逃しませんでした。名族とは聴覚すらも優れているものです。そして楊賜は息子の内に秘めた孤独を感じ取りました。
仕事に忙殺されていた楊賜は楊彪の他に子を成すことが叶いませんでした。それでいて息子には勉学に励むことを最優先にさせ続けていました。同年代の子供達と遊ぶことが叶わない、一人息子が呟いた言葉は楊賜の心に痛く響きます。
楊賜は自身の不徳を嘆きました。ですがいくら嘆いたところで息子の望みを叶えることはできません。弟や妹ならともかく、兄や姉を産むことは不可能です。ならばせめて同年代の子供と接する機会を設けよう、と楊賜は交友の深い袁家の家長である袁逢に声をかけました。そして…………。
「汝南袁氏の子女と話す席を設ける? とても光栄なことですが、なんというか急ですね」
袁逢とは袁紹や袁術の父親にあたる人物です。
親である楊賜から告げられた言葉に楊彪は疑問符を浮かべます。実際のところ楊彪が呟いた言葉に深い意味はありません。兄姉がいれば家督はそっちに流れたのにな、といった程度です。
こうして楊彪は都にある袁家の屋敷へと向かうことになりました。久しく日光を浴びていなかった楊彪は身が焼ける錯覚に陥ることもありましたが、それでも華の都である洛陽へ向かうというのは嬉しいものです。洛陽での出来事に思いを馳せながら楊彪は弘農郡を後にしました。
楊家と袁家。後漢を代表する名族である両家でありますが、教育方針は対を成します。
幼き頃より英才教育を施す楊家とは違い、袁家は子供に対してかなり寛闊なものでした。勉学に勤しむことも大事だけど子供らしく遊ぶことも重要、といった大らかさがありました。
子供は元気に遊び回るものです。そういった方針だと自ずと勉学が疎かになりますが、袁家はそれでいいと考えていました。血族の優秀さを信じている袁家は少々のことでは動じません。袁逢の子である袁紹は、そんなゆとりのある一族の中で何不自由なくすくすくと育っていきました。
姓名を袁紹。字を本初。真名を麗羽。
袁逢の初子として生まれた袁紹は甘やかされて育ちました。欲しい物はなんでも手に入り、口にしたことは叶いました。初子であったことも甘やかしに拍車をかけたのかもしれません。
甘えたい盛りである袁紹は子供らしく周囲の大人を振り回していきましたが、誰もが笑顔でそれに付き合いました。少々高飛車なところのある袁紹でしたが真っ直ぐに育ちます。
「象という生き物に乗ってみたいですわ!」
それでも袁紹の甘やかされも長続きはしませんでした。ある時を境に勢いが衰えます。
いつまでも甘やかすものではないことや、袁紹のおねだりのレベルが高過ぎるということもありますが、一番の要因は別にありました。
楊彪が後継ぎで確定している楊家と違い、袁家は複雑な御家事情がありました。袁紹は普通の生まれなら袁家の後継ぎで問題ない立場にありましたが、袁紹は本妻の子供ではありません。袁紹は所謂妾腹の生まれでした。
「象は中原にはいませんの? 残念ですわ」
袁紹が生まれた数年後に本妻の子である袁術が生まれたことで状況が変わります。
先に生まれた袁紹と本妻の子である袁術。どちらが家督を継ぐべきかという問題に袁家の意見は割れます。とは言えどちらもまだ子供であることから結論は先延ばしとなりました。
袁紹はそんな諸々の理由から、これまでのような我が儘が通らなくなります。複雑な理由はわからない袁紹でしたが、子供心ながらに大人達の自分への対応が変わっていることを機敏に感じ取ります。そしてどうしてこうなったのだろうと子供ながらに考えるようになりました。
考えても答えを得ることが叶わず、周囲の者に聞いてもはぐらかされる袁紹は一時期塞ぎ込んでしまいました。袁逢が楊賜の要望に答えた背景には、同年代の子供と引き合すことで娘を元気付けようという狙いもありました。袁紹に袁術。袁逢にとっては二人とも可愛い娘です。
「弘農楊氏は楊伯献の嫡子。楊文先です。此度は御招き頂き幸甚の至りに存じます」
袁紹が楊彪と出会ったのは丁度そんな悩みを抱いている最中のことでした。
楊彪の子供らしからぬ堂に入った言葉遣いと礼節を重んじた振る舞いは、袁紹の目に非常に大人びて映りました。事前に同年代の子供と聞かされていたので驚きは倍増します。
屋敷に通され、親同士を交えた雑談の場でも楊彪は普通に大人達の会話に混ざっていましたが、袁紹は内容が難しくてほとんど話に入れません。昨今の上手く行かない現状も相まって徐々に苛立ちが募ります。何に対して苛立ちを覚えているのかもわからぬまま、袁紹は声を荒げました。
「わたくし、お庭で遊んできますわ!」
そう言い残すと袁紹は誰の返事も聞くことなく席を立ち走っていきました。
娘の癇癪に慣れていた袁逢は侍女達に後を追うようにと命じます。他所事を考えながら話をしていた楊彪は突然発せられた袁紹の甲高い声に驚きました。そして楊賜はと言うと…………。
「袁紹殿の後を追って庭で一緒に遊んで来い?」
グッと拳を握って息子の楊彪にそう言いました。気兼ねなく同年代の子と遊んで来なさいと。
そんなこんなで良くわからないまま楊彪は袁紹の後を追って庭へと向かいます。そして楊彪は庭の木陰に座る袁紹を見つけます。袁紹は膝を抱え視線を地へと落としたまま動きません。
(遊んで来いとは言われても、どう声をかけたらいいのかわからないな。どうしたものだろう)
幼き楊彪は早い時期から学問を修めていましたが、対人関係には疎いところがありました。
なので袁紹の前までやってきても中々言葉を紡ぎ出すことができません。「一緒に遊ぼう」と声をかけて良い間柄なのかも不明ですし「なら何をする?」と聞かれたら回答に困ります。
どうしたものかと立ち往生していると、やがて袁紹が楊彪の存在に気づきます。袁紹は困った表情を浮かべる楊彪を見て、普段自分が振り回している大人達の姿を楊彪の中に見ました。そして目の前の少年は自分よりもずっと大人なんだと思いました。
「わたくし、象に乗りたかったのですの……」
「象!?」
袁紹はぽつぽつと自分の内に秘めた迷いや悩みを楊彪へと打ち明けます。
袁紹にとって話す相手は別に誰であろうと構いませんでした。話す相手は誰でも構いませんでしたが、大人びている楊彪はきっと他の者と同様にはぐらかすんだろうと袁紹は思いました。
袁紹の話を聞いた楊彪はここへ来るまでに親から聞かされた言葉を思い出します。婉曲的な表現ではありましたが袁家の問題について聞かされていた楊彪は、これは自分が深入りするべき問題じゃないと瞬時に理解します。他家の問題に他所者が口を挟むべきではありません。
「ああ、うん。そうだね。ちょっとオレには難しくて、話の内容がよくわからないかな……?」
「そう、ですの…………」
楊彪は適当に話をはぐらかそうとしました。
そして話題を他に移そうとした刹那、楊彪は潤んだ袁紹の瞳を見ます。大人であれ子供であれ、男は女の涙というものに弱いものです。これはいけないと楊彪は思い直します。
「で、でもそうだね。解決案に繋がるかはわからないけど、一つオレに腹案がないことも……?」
「っ!? お、教えて下さいまし!」
「お、おう。そうだね。きっと……なんだろう。つまりアレかな。アレがアレになってさ……?」
「お話が難しいですの…………」
袁紹の予想外の食い付きの良さに楊彪は戸惑いますが、左脳を高速回転させて考えます。
パッと明るくなった袁紹を見て楊彪は下手なことは言えないと思います。二重の意味で言葉を選ぶ必要のある楊彪は悩み抜いた末に、一つの答えを導きました。
「要するに周囲の反応が変わっていることは、君の成長を促すという狙いがあると思うんだ」
「つまりはどういうことですの?」
「自立心を養わせるということかな。いつまでも子供のままじゃいられないからね」
咄嗟に考えたにしては悪くない答えだったんじゃないか、と楊彪は心の中で自賛します。
楊彪の言葉を受けた袁紹は思いを巡らせます。そして自分よりも数段大人びている目の前の楊彪を見ます。同年代でありながらこうも違うのは、自分に甘えがあったのではと袁紹は考えます。
「わかりましたわ! つまり名族としての振る舞いが求められているということですわね!」
「そうだね。そんな感じだと思う」
「わたくし頑張りますわ! して楊彪さん。名族の振る舞いとはどのようなものですの?」
「なんだろう。優雅さ……とかかな?」
そして袁紹はこれまでの者と違い、自分の話を親身に聞いてくれた楊彪に好意を抱きました。
「なら今日のお礼を込めまして楊彪さんに優雅な抱擁を致しますわ! 受け取って下さいまし」
「ちょ、飛びついたら危ないよ袁紹殿」
「大丈夫ですわ! それから、わたくしのことはこの先どうか麗羽とお呼び下さいな」
楊家と袁家。両家の未来を担う子息女の仲が友好的であったことは、後の世において絶大な力を発揮することになります。そして袁紹もまたこの日を機に以前の明るさを取り戻しました。
二人の様子を遠くから見ている影が二つ。
影の一つであった楊賜は息子が楽しげに振り回されている姿を見て大いに満足します。そしてもう一つの影である袁逢は、花笑みを浮かべる娘を見て袁家の将来を静かに思案します。
後日、実家のある弘農郡へ戻った楊彪の下に、二通の書簡(手紙)が届けられました。
「麗羽も勉学に励んでるみたいだね」
差出人は先日世話になった袁紹と袁逢。袁紹の書簡を読んだ楊彪は一言そう呟きました。
あれからたくさん遊び、真名を交わし合った楊彪と袁紹。次に会える日が楽しみです、といった旨の内容を見ると自然と頬が緩みます。同年代との交友は楊彪にとっても楽しいものでした。
袁紹の書簡に次いで楊彪は袁逢の書簡に目を通しました。またいつでも遊びに来なさい、といった内容の最後に書き記された一文を見て、楊彪は不味いとばかりに苦笑いを浮かべます。
【娘が優雅だからと高笑いを始め、家の者も困惑している。原因に何か心当たりはないだろうか】
楊彪はいくらか自責の念に駆られるも、まあ大丈夫だろうと楽観視して筆をとりました。
「私の記憶にはございませんが、飽いたら止めるんじゃないかと思います。っと、これでいいや」
楊彪は玉虫色の返事を返し、書簡へ小さく礼をしてからそれを押入れの奥へとしまいました。
子供なのに字があることや他の兄弟がいない設定であることや、生まれた年代や官職の在位期間がおかしいなどの矛盾点はありますが、恋姫なのであまり気にしないで頂けると助かります。
楊彪 文先
先見の明の故事の由来となった人。後漢は袁家に次ぐ名門であろう弘農楊家の出。最高位は三公の太尉。妻は袁術の妹。