ありきたりリリカル   作:所長

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 一体いつから――――はやてちゃんが主役になると錯覚していた?
 あとがきの解説はだいたい独自設定のことだと思います。


私立聖祥大付属小学校・ギスギスの一年生編
アリサVS ――1


 私立聖祥大付属小学校。

 名門として有名な小学校へこの春入学したばかりのアリサ・バニングスにとって、同じクラスに在籍する高町なのはという少女はとにかく気に入らない相手だった。

 頭が良くスポーツ万能。最初のうちこそ超えるべき壁として認識していたが、テストは共に満点か凡ミス込みの高得点。競い合っているうちにライバル心こそ燃え上がったものの、勝ちを拾って満足という段階には至っていない。

 スポーツの方など絶望的だ。どこの世界に『ドッジボール中に、背を向けている相手から足下へ飛んできたボールを足で受け止めつつ宙返りして、空中でひねりを加えながら手から発射する小学生』がいるというのか。……ここにいるが。目を疑う。

 鉄棒でも、サッカーでも、ミニバスケットでも完敗だ。一般的に小中学生の早生まれというのは運動能力に劣ることが多いのだが、高町なのははアリサより4ヶ月も遅く生まれながら上級生でもほとんど勝てないレベルの運動能力を保有している。どうすればいいと言うのか。

 しかも、だ。

 高町なのはには半歩劣るが同じく万能小学生の八神はやてや、運動で高町なのはに並び勉強でもアリサにほとんど並ぶ月村すずかという、いわばアリサのライバルたちと非常に仲の良いのが高町なのはなのだ。

 彼女らは幼なじみだと言う。納得である。だがズルくはないだろうか? というか率直に言って羨ましい。

 社交的な――なれなれしいとも言う――八神はやてとは最近徐々に打ち解けてきていると思っているが、だからこそ、他二名の存在が気に掛かる。

 この内、月村すずかには勉強で勝てるからいい。勉強ではこれからも先を行き、運動では目標に据える。健全なライバルだろう。

 だが高町なのは。てめぇはダメだ。アリサを歯牙にも掛けない余裕の態度。幼い子供だから仕方ないよねという上から目線の落ち着き。いらだちが募る。

 同い年だろうが! 歯牙に、掛けろ! アリサ・バニングスには哀れみも施しも不要である。

 

 だから、その話題が出たとき。

 アリサは負けん気が暴走して、つい張り合ってしまったのだった。

 

 

「先生のオムライスの方が美味しいの!」

「ウチのシェフの方が美味しいって言ってんでしょ! プロなんだから!」

 

 そう、ウチの、プロである。

 アリサ・バニングスはお嬢様であった。世界に名だたる超大型複合企業(コングロマリット)、バニングス・エレクトリックの創業者一族にして、会長の孫、最高経営責任者の一人娘。

 日本有数という豪邸には一流レストランから引き抜いたお抱えの料理人(コック)たちまでいる。料理長(シェフ)は五つ星ホテルの総料理長経験者であった。

 勝てる。高町なのはに勝てる。人の手を借りていることに関しては目を瞑る。

 アリサは確信していた。彼らに勝てる存在など、世界でも指折りのプロだけである。

 

「先生だってプロのシェフだもん!」

 

 現実を知らないお子ちゃまが吠えている姿が、アリサには心地よかった。思わず笑いがこみ上げてくる――が、こらえる。……ダメだ……まだ笑うな……!

 

「二人とも、人をダシにして喧嘩をするのはダメだよ……」

 

 月村すずかとかいう小娘が何かを言っていたが、アリサは無視した。なぜならばこれは仁義なき戦いだからである。……というか、勝てる戦いを降伏以外の言葉で中断するなど愚か者のすることだろう。アリサは手を抜くつもりなど全くないのだ。

 白けるから口を挟むな、という意味の視線を向けると月村すずかも大人しくなる。先程からグチグチと煩かったヤツを一睨みで黙らせたことで、アリサの自尊心が満たされていく。

 アリサは全能感にも似た久々の興奮に酔っていた。

 

 

「あっ、お姉ちゃん! 先生は!?」

「えっ? えっと、おかえり、なのは。先生を呼べばいいの?」

「うん!」

 

 高町なのはの姉か……結構美人ね、と、アリサは思った。あんまり似てないが。

 高町なのははおっとりと優しげな顔立ちをしているが、今はトゲトゲしい気配と表情を纏っている。対する姉は顔立ちが鋭く、表情から柔らかい印象を受ける――のだが、今はその顔も困惑と心配に彩られてしまっている。

 ちょっと待っててね、と言い残して立ち去る姿は、アリサの目にもなかなか洗練されているように思えた。颯爽としている、とでも言うのか。

 

 ――なかなか面白い姉妹のようだ。

 

 アリサが考えている間にも、入り口脇の壁掛け鏡を覗き込んだ高町なのはが制服の皺を伸ばしたりしていた。月村すずかもつられるように制服のリボンを直している。

 

 ――これから会う人物に気を使っているのだろうか? 先生と呼んでいたし。

 

 アリサは思考の片隅でそう考えつつも、その無様を内心で笑う。身だしなみというのは取り繕うものではなく身につけるものだ。移動中はもちろん、店に入る前にもアリサはきちんとチェックを済ませている。

 この金髪お嬢様の場合「敵地へ向かうのに舐められてたまるか!」という意識がだいぶ強かったのだがそれは捨て置く。

 そうこうしているうちに、カウンターの奥から人影が現れた。

 

「はいはい。どうしました、お姫様方?」

「あっ、先生!」

「こんにちは、おじゃましています」

「う、ゎ……ぁ」

 

 ――格好いい……

 

 アリサは日系アメリカ人でエキゾチックな美人である母と、モデルのように格好よくてホワイトブロンドの髪が美しいイギリス系アメリカ人の父親から生まれた日系四世の――まあ一割ちょっと日本人の血が流れるイギリス系アメリカ人だ。

 ちなみに日系三世の母、日系二世の祖母、元日本人の曾祖母は、全員が日本国内で生活中に夫と出会っているのに全員が日本人ではなく金髪碧眼の外国人と結ばれているという一種のジンクスのようなものがあり、ジンクスを破るようなステキな出会いをして欲しい一族の女性陣と自分たちの出会いが運命だったのだと言ってみたい男性陣との間で、日本で暮らすアリサのお相手にも注目が集まっている。まだ小学一年生なのに。いい迷惑である。

 そんな一族の思惑もあってか社交パーティーにも頻繁に引っ張り出されるアリサは、有名俳優や一流モデルと会うことだってよくあるし、幼いながらも著名人や日本国内外の美男美女に見慣れていた。間違いなく。

 そのアリサが、見惚れてしまうほどの美形。

 いや、単純な美形というだけでなく、その素晴らしい体つきと姿勢、表情や声や仕草の端々から感じられる気品と優しさ、帽子を取った際に流れ落ちた細い髪、浮かべた微笑みが露わにした形の良い薄紅の唇と白い歯、服装から全身から感じられる清潔感。にじみ出すカリスマとでも言うべき濃厚な気配。

 有り体に言って――身に纏う空気が、違う。

 年齢にしては高い審美眼を備えていたアリサが故に、その衝撃は大きかった。

 なのはが畳み掛けるように声を上げる。

 

「先生! オムライスを作って欲しいの!」

 

 自己主張が強すぎるその声に、ややうっとりとした気分を味わっていたアリサは「キンキンうるさい」と思った。だが、糾弾するべき場面でないことも自覚していたため、その姿を心中で見下すにとどめ、横目で思い切りにらんだ。

 

 ――消えなさい、タカマチ!

「オムライス? お昼ご飯を食べていくの? えっと、そっちの子も一緒に?」

「えっ、あ、その」

 

 突然かけられた声に、アリサは混乱した。家族からしっかりと躾けられたよそ行きの言葉遣いが思わず口をついて出そうになりながらも、気に入らない高町なのはの仲間なんかに丁寧に接してやるもんかという気持ちが勝って言葉を紡ごうとし、しかし予想外に格好良い相手が出て来たせいで適当な文句を見失って思考は霧の中へと迷い込んだ。

 何より、顔と声と仕草で「疑問です」と表したその姿が、アリサにはあまりに魅力的に映る。

 その様子を横目に、すずかが丁寧に頭を下げる。

 

「お騒がせしてすみません、先生。今日はなのはちゃんがランチに誘ってくれたので、オススメのオムライスをいただこうという話になったんです」

 

 月村すずかが伝えた話は多少ねじ曲げられているが、相手は大人だしナイスフォローだとアリサは思っておくことにした。

 ただし「お騒がせ」の中にアリサが含まれていない場合に限って、だ。

 

「そうなんだ。なのはとすずかの好き嫌いは把握してるけど……そちらの君は、食べられないものとか、特に嫌いなものとかあるかな?」

「あっ、いえ。ない、です……っていうか、月村すずか! 貴女も知り合いだったの!?」

「そうだよ。私の話なんか一度も聞いてくれなかったんだから知らないよね?」

「うっ……! ……わ、悪かったわょ」

 

 いくら気に入らない高町なのはの仲間だからと言って、言い負かすならまだしも話を無視するというのは矜持に反する行いだったと、アリサは反省した。

 同じことをされて嫌な気分になった自分はそんなヤツにはならないと心に決めていたのに、その誓いを自ら破ってしまったのだ。

 悪いと思った時はなるべくすぐに謝っちゃいなさい、それは負けではないわ。という母の教えに従って、すぐに頭を下げる。

 

「うん。でも別にいいかな。どうせ(・・・)月ノ輪先生のお料理を食べたら負けを認めるから」

「……」

 

 意地悪げに眼を細めて笑うすずかは悪の女幹部の風格である。

 コイツこんな性格だったのかっていうか謝らなければ良かった、とアリサは思った。

 すずかとしてもムカッと来てイラッとする展開続きで我慢の限界だったのだ。このあとアリサが美味しさと敗北を認めることは確定的なので、その場でアリサが謝ることも確定していると考えている。謝るだろう彼女にそのとき追い討ちをかけるよりも、今ここで怒りを発散しておいて将来の謝罪は素直に受ける方がすずかもすっきりできるしアリサが受ける印象もいいのではないか――というような計算があった。

 裏社会の重鎮・夜の一族という生い立ちと生まれ持ったその頭脳、社交界で磨かれた対人技能が激しくぶつかり合って火花を散らし、化学反応によって毒物を生成するかのごとく、今のすずかを悪女に仕立て上げていた。

 

「ああ、私のオムライスが美味しいかどうかで争ってるのかな……。ごめんね、すずかもいつもはもっと落ち着いた優しい子なんだけど」

「あ、ああ、アンタのオムライスを食べれば分かる話よっ! どうせ、大したことない以外の感想なんてないでしょうけどね!」

 

 言ってやった、とアリサは思った。

 言ってしまった、とアリサは思った。

 売り言葉に買い言葉というものだが、考えてみれば――いや、考えるまでもなく。この料理人はただの被害者である。

 本人は美味しいオムライスを作ろうとしていただけだろうに、周りが勝手に盛り上がって喧嘩のネタにされ、あまつさえ食べる前から酷い言葉を浴びせかけられるなど、アリサには想像できないが、一体どれほどの不条理で、どれほどの辛さだろうか。

 今のセリフなどアリサの一方的な八つ当たりではないか。

 頭の隅の冷静な部分がささやいた客観的事実に、アリサは後ろめたさから高町なのはの方を見ることも出来ない。ツキノワと言っただろうか。彼には心の中では先に謝っておく。

 だが横目に見た月ノ輪は気にした様子もなく、ニッコリと微笑んでウィンクさえしてみせた。

 

「それなら、きっと美味しいって言わせてみせるよ。待っててね」

 

 とっさに言葉が出てこないほど沸騰した思考から『本気で』アリサに殴りかかろうとしたなのはは、月ノ輪に取り押さえられて母親の元まで連行されていった。

 なのはの小学生離れした運動能力と教えこまれた格闘技術が組み合わさった場合、本気であれば例え相手が成人男性であっても殺害可能であると知っていたのは、遠巻きに見ていたなのはの姉の美由紀と、急いで取り押さえた月ノ輪先生だけである。

 

 

 結論から言おう。

 月ノ輪の作ったオムライスはとてつもなく美味しかった。アリサの、短くも豊かな人生において一番と言っていい。

 香りの良いサラダから始まり、クリーミーながらさっぱりしたスープ、ニンニク風味のソースが掛かった焼き野菜、ドレスを象ったようなオムライス、あっさり甘いベリーを桃のゼリーで包んで更にそれを帯状の柑橘系ゼリーでくるんだデザート。

 アリサは辛口な採点を行うつもりだったのだが、これらの料理は見た目にも美しく、味も香りも素晴らしく、付け合わせどころか飲み物さえ非の打ち所がない完璧な仕事と言えた。あえて難点を挙げるならば質素な食器だが、きちんと清潔感はあったしシンプルと言い換えれば喫茶店のランチには十分だろう。

 勝ち誇ったように目を細める高町なのはと、ニコニコと微笑みながら言外に負けを認めろと迫る月村すずかさえ居なければ、素直に謝って素晴らしい料理を賞賛したいほどに。

 連中からは、失言の代価に二倍三倍と謝らせてやるという意思が透けて見える。

 

 だからアリサは、食後のジュースを持って来た月ノ輪とパティシエールへ素直な賞賛を伝えると共に、高町なのはと月村すずかへは意趣返しをすることに神に誓った。

 複雑な心中を取り繕うように浮かべた笑顔が生来の美貌と合わさり、アリサはわずか六歳にして艶やかさと儚さの混じったようなある種の妖艶さを身にまとう。

 

「――とても素晴らしかったわ……あんなに美味しいオムライスは食べたことがなかったくらい。だから……貴方、私の家の専属コックにならない?」

 

 謝るよりも先に勧誘に走りやがったアリサに、なのはとすずかは危うく体裁とか色々投げ捨てて掴みかかるところであった。

 仕草から、言葉遣いからして完全に「私のものになれ」という意味ではないか。そもそもなんだその演技はっ!? ふざけるなッ!

 手足の届く距離であれば――テーブルの対面でなければ、殴っていただろう。というか、食器が片付けられていなければ、なのはたちはそれを投げつけていたかもしれない。

 かろうじて残った理性がジュースの入ったグラスを投げつけることを躊躇させた程度だ。育ちの良い彼女たちがもしもお冷をぶっかけて相手を罵るような女性像を知っていたら、この日の翠屋で昼ドラが見られたことだろう。主演は小学校新入生の女児たちだが。

 だが、引きつりかけた喉の奥から溢れた口汚い罵りの言葉が形を作る前に、他でもない月ノ輪によってその意思は否定されることになった。

 

「はははっ、光栄だ。でも、桃子以上に――ああ、そこにいる『なのはのお母さん』以上に、私の料理に合うデザートを作れるパティシエールを、私は想像できないからね。謹んで、お断りさせていただきます」

 

 わずかな間があって、アリサの耳に「ふふっ」と鼻で笑うような息づかいが聞こえた。もちろんアイツの、高町なのはの方角からだ。

 ハッとして目を向けたアリサの視界に映ったその光景――ぴくぴくと頬を震わせながらこちらを見る「そら見たことか」と言わんばかりの顔の憎いことと言ったら……アリサがこの世に生を受けてから六年と半年の中でぶっちぎりのインパクトだった。もちろん悪い意味で。

 その隣に座る月村すずかの「笑っては悪いが」といった様子も神経を激しく逆撫でする。

 なんと生意気な子供だろうか。アリサは自分のことなど棚に上げて「このクソガキどもがー!」と内心で吠える。

 それを表にしないのはここが喫茶店で、周囲に客の目があるからだ。

 他人の目のあるところでそんなことを口走るのは、アリサが嫌う『ガキっぽい』行動に当たる。自分からそんなステージに立つことは願い下げであった。

 ただし、相手に喧嘩を売ら()た場合はその限りではない……!

 

「そ、そう。それなら……貴方のお料理を食べる前から悪く言ってしまったことだけでも謝罪したいので、よろしければ我が屋敷に招かせていただけませんか? あの、素晴らしいお料理を作って下さった方を是非、両親にも紹介したいんです」

 

 そう。可能な限りレディに相応しい態度で、クソガキたちの縄張りから引きはがすのだ。そして両親という配役。あの二人など差し置いて親密な関係になりたいという意思表示。

 完璧である。アリサはごく自然な感情から浮かび上がる笑顔を、そのまま利用した。

 見れば、高町なのはは怒りも露わにグラスを握った手を震わせているし、月村すずかも顔を引きつらせている。

 

「ごめんね? さっきも言ったように、なのはのお母さんが作るデザートがなければ、私の料理は完成したとは言えないから、私の一存では決められないよ」

「でしたら、そちらのパティシエールさんもご一緒にどうぞ。我が家で最高のおもてなしをお約束しますわ……バニングスの家の者として」

 

 アリサは挑発の手をゆるめない。否、これこそがアリサの攻撃である。このクソガキが悪であることを知らしめた上で退治するのだ。まさしく正義。最終的に謝るにしても、まずは相手を謝らせてから自分も多少譲るのが合衆国民的に正しい。現実は日本との二重国籍だが。

 実際、アリサの挑発はほぼ完璧であった。なのはにとってはいま最もいけ好かない相手のテリトリーに、大好きな母親と先生を引きずり込まれるようなものだったから。

 アリサの目が「貴方たちには真似できないでしょう?」という笑みを浮かべている時点で業腹であったが、わざわざ「おもてなし」などという小学生らしからぬ言葉を溜めとともに放ってみせたあたりで「それって罠にはめる気だよね」と確信して、「しますわ」の「すわ」で何かに着火する感覚を覚え、言葉を終えた直後に「ちょっとお話しなきゃ」と立ち上がりかけたほどだ。

 おそらくそれを止める存在がこの場に居たことこそ、アリサの最大の幸運だろう。息の根を止められずに済んだのだから。

 月ノ輪からの視線を受けた桃子が優しげな笑顔を浮かべて前へ出たことで、熱せられたなのはの思考に一瞬の空白が生まれ――その思考の隙間に言葉が挟み込まれた。

 

「私たちの料理とデザートを褒めていただけるのでしたら、是非ともご両親と一緒にご来店くださいませ、かわいいお客様。ご満足いただけるように、私たちが精一杯おもてなしいたしますわ」

 

 間があった。

 

 ――しまった。やってしまった――失策だ、やり返された。

 

 みるみるうちにアリサの顔が赤く染まっていく。

 お店に客を呼びもてなしを約束する。ごく自然だ。アリサの家に呼ぶよりアリサの両親をお店に呼ぶ方が料理人の名誉回復にはうってつけ。その通りだ。

 なのはの母親はアリサとなのはたちの確執を知らないのだろうから、アリサの言葉を優しく訂正しただけの言葉なのかもしれない。

 

 実際、桃子は喫茶翠屋のオーナーかつ保護者であったが故に、喫茶店における子供たちの縄張り意識にまで考えが及んでいなかった。

 しかし。

 

 高町なのはと月村すずかの前でなければアリサも笑顔で流せた――いや、喜んで頷いていたかもしれないが、今の自分たちの関係と、よりにもよってこのやりとりの最中では、台詞の価値が逆転してしまう。

 つまり完璧なカウンターに――

 

「そうだよ! アリサちゃんのお父さんとお母さんを呼んだらいいと思うの!」

 

 高町なのはぁぁぁああっ!! なに笑ってんのよ、キラッキラじゃないの! というか馴れ馴れしく名前を呼んでんじゃないわ!

 

「ぐっ、けほっ、けほっ。――うんうん、いいと思うよ! 先生、予約できますか?」

 

 月村すずかぁぁあああ!! むせてんじゃないわよ! そんなに面白いのかコラ!!

 

「――っていうか、勝手に話を進めてるんじゃないわよッ!! ぁ、しまッ」

「そうだね。ご両親と相談してからいらっしゃい。来週のディナータイムなら1、2組空いている日もあるからね」

 

 吠えながら立ち上がったアリサを見たなのはとすずかが「実力テスト(意味深)だね」と言わんばかりにニヤリと笑い、それに気付いたアリサが合衆国式正義執行の機会が失われたことを悟り、しかし同時に月ノ輪から助け船が出されて――アリサは一も二もなくそれに飛びついた。

 

「! ええ、そうさせていただきます! ホホホ……」

 

 アリサの父がこの場にいれば言っただろう。「今のが英国式仲介術だよ」と。アリサにも四分の一ほど流れる血は今回役立たなかったようである。

 アリサの素早い手のひら返しになのはとすずかはムッとした様子だが、黙って見逃すことにしたようだ。大人が仲裁に入った形になってから騒ぐほど愚かではないらしい、と苦々しい思いを噛みしめながらアリサはそう評価した。

 あるいは『先生』の前ではしたない真似をしたくないだけかもしれない。――が。いい子ちゃんぶりやがってクソガキども……!

 社交界で鍛えた完璧な笑顔を大人たちへ向けつつ、アリサは屈辱をかみ殺す。

 

 ――作戦だ。作戦がいる。これは戦争だ……ッ! この落とし前は兆倍にして返すぞッ!

 

 あの生意気な高町なのはと月村すずかに一泡吹かせるようなナニカが、この場での連中の優位が仮初めのものであると証明するような劇的な勝利が必要だ。

 実のところ局地戦闘前に掲げていた勝利条件は達成しつつあったのだが、まだまだお子ちゃまの金髪のご令嬢には戦略的勝利よりも戦術的勝利――目先の戦いの方が重要なのだった。

 

 

 やれやれ。戦闘と戦争の区別もつかない戦術馬鹿にはなりたくないものだな、ジーク。

 




 Sideアリサ的な。ありきたりBilingual!
 アリサが活躍。ありきたり。「意地も張れない学生生活など、こちらから願い下げだわ」
 はやては早期に救済、なのはと同じ小学校へ。ありきたり。
 すずかがちょっと黒い。ありきたり。「あきらめろ、人間」
 イケメンが三人娘の喧嘩に介入。ありきたり。
 ラインハルト様も介入。さすが戦争の天才。金髪の孺子(こぞう)
 縄張り争い。そもそも喫茶翠屋はなのはとすずかの縄張りではない。本当は戦略的勝利というより外交的勝利と言うべきだけど、戦術的勝利との対比にそぐわないので。

 バニングス・エレクトリック。略称はBE。ロゴマークもBE。アメリカに本社を置く巨大複合企業。発電関連事業と軍需産業と投資事業が売上の三本柱。年間売上高一五兆円強。年間利益二兆円弱。アリサの父デビットは現CEO。
 喫茶翠屋。ワンコイン・モーニング始めました。ランチとアフタヌーンティーの時間までは街の喫茶店として営業。ランチは一〇〇〇円から二〇〇〇円。ディナーの時間はテーブルクロスや照明などを交換して高級レストランとして営業。コースは一万円~三万円。要予約。
 夜の一族。吸血鬼や人狼などで構成された人外の裏社会組織。一応は血族だが、安全保障と利害関係で結ばれた関係に近い。月村は日本に置ける夜の一族の顔役。しかし、割りと血を重視しない身内に裏切られて当主や幹部が死にまくっている下克上上等の一族でもある。
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