そして少年は世界を救う   作:如月誠

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お久しぶりです!

何か放置してからだいぶ経っちゃったし覚えてる人いないよな~と思いつつの投稿です。

予定通りいのりに王の力を授けてみました。描写事態は短いし拙いですが楽しみにしていてください。
これからもっと精進していきますね。


些細な約束

第四隔離施設。

そこは文字通りアポカリプスウィルスに感染した人達が周りに影響を与えないよう、患者を保護する、という()の役割と、その裏で被験体を集めて観察、もとい実験を行うという表には出せない非人道的な2つの目的がある。

 

普段なら閑散とした雰囲気が漂うこの場所も、今は目と鼻の先に設けられたアンチボティズ東京本部が騒がしい為に中の職員も患者も――ただし意識は無い――慌ただしく動き回っている。

原因は言わずがな、葬儀社の襲撃だ。

 

「お~、やってるやってる。派手に暴れてるな~」

 

そんな様子を自販の珈琲片手に、場違いなほど呑気に眺めている人物がいる。

――そう、集である。

 

彼は出撃拒否を強いてきた軍の命令に仕方なく(・・・・)従いつつ、それでもなんか気になるのでこうして安全圏から見守っているのだ。

例え、その命令を知っているのかそうでないのかは分からないが勝手に出撃(でば)ってる連中が目に入ったとしても、知らないものは知らないのだ。

 

「咲いた野の花よ

 ああ どうか教えておくれ」

 

特にすることもなく暇なので、さっきいのりから聞かせてもらった曲の中から特に好きだったやつを口ずさむ。

明日にでも颯太の奴が喧しく言うだろうがそん時は無視だ無視。

――明日学校に行けるかどうかは分からないが――

 

そうしてまったりしていると、この喧騒の中にも関わらず落ち着きを払ったような足音が集のいる部屋に訪れる。 やはり嘘界少佐である。

 

「この非常事態に鼻歌交じりで珈琲ですか…

しかもそれが今攻撃中のテロリストグループの一員だというのに」

「不謹慎でしたか? 意外ですね、貴方はそういうの気にしないと思ったんですけど」

「いえいえ、私はただそれを人前で行うことを禁避しているだけです」

「ご忠告ありがとござます。以後それなりに気を付けます」

「直す気無いですね。まぁ良いでしょう」

 

言われなくても上司の前ではそんなことしない。といってもアンチボティズ(ここ)で僕より上の立場なんてたった一人しかいないけど。

てか、人に注意しておいて自分は爆破の様子を撮ってるような奴には言われたくないな。

まぁそこはお互い様なので此方からは何も言わない訳だが…

 

「で、何の用ですか?一応ここ僕の部屋なんだけど」

「貴方の部屋では無いでしょう。ただ普段ここで仕事してるってだけで」

「表のプレートに“副局長室”ってちゃんと書いてあんだろうがオイ」

「言葉遣い乱れてますよ」

「おっと、失礼しました」

 

そんな軽口を叩きながらも、眼はしっかりと現在進行形で破壊されている建物に向けられている。

暫くジッと眺めていたが、僕の珈琲が無くなったタイミングで嘘界少佐が話題を吹っ掛けてきた。

 

「ところで…今襲撃されている最中の本部の中に、鮮やかな白銀色の大剣を持った少女がいるらしいですよ?」

「ほ~、そりゃあまた見てみたいものですねぇ。

貴方は行かなくて良いんですか? お好きでしょう、そういうの」

「はい。ですからこれから向かいます。何でも、矢鱈強いらしく、今いる軍だけでは対応しきれていないとか云うらしいですよ?」

「そこは頑張って貰うしか無いですね。何てったって“優秀な軍人(笑)”共が沢山いる訳ですし」

「その内貴方も呼ばれるかもですよ?」

「ちょっと用事あるから途中まで一緒します」

「どうぞお好きに」

 

全く、やはりこの人は好きになれない。楪いのりの事も分かってるのに敢えて突っ掛かって来るし…

 

等と呟きながら前方で爆発を起こす建造物を尻目に、僕は目的の場所まで脚を運んで行く――

 

 

 

※※※

 

葬儀社が襲撃を仕掛けて来たタイミングで、ヴォイドゲノムの力を発揮し牢から飛び出した。

途中気が付いた人達が発砲してきたが、《王の力》を持った今の私にはまるで止まっているようにさえ見え、軽く受け流してから反撃に出ると、皆冗談みたいに弾き飛んでいく。

やっぱり、《王の力》は危ないものだ。どうして集はコレを私に渡そうと思ったのか、理由を聞いた今でもよく分からない。

 

その後、これまた集から得た情報で、城戸研二を回収し、これから集が指定した場所へと赴く。

どうやらGHQからも見つかり辛いルートを教えてくれるらしく、その道ならば直ぐにでも葬儀社と合流出来ると言うのだ。

 

ここまでしてもらって、今更彼に関して警戒などしていない。むしろこれからの彼を思うと何だか無性に胸がズキズキするくらいだ。

 

(何だろう、この感じ……?)

 

よく分からない思いに悩むが、少なくとも敵に向けるモノでは無いという自覚くらいはある。それがいけないという事も……。

だって、涯がそういってたから。

 

 

エンドレイヴすら置き去りにする速度のなかで、いのりは必死に自分の思いが何なのか思考を重ねるが、その答えは見つからない。

初めて使うというのに、《王の力》は彼女によく馴染み、そして敵を制圧する。

それも当然なのかもしれない。何せヴォイドとは自分の心だ。使用者にとって、経験という感じも無くとも親しみぐらいなら持つのだろう。

 

 

 

行く手に4機のエンドレイヴが現れた。

 

 

いのりは思考を切り替えると、即座に手に持った大剣を縦に振って衝撃波を発生させた。

暴力的なまでの威力と速度を兼ねた斬撃は為す術もなく目標物を鉄屑へと還す。

 

2機重なった所を狙ったのだが、破壊できたのは1機だけ。先に来ていたやつは壊れることこそ無かったが回避は間に合わず、体を翻した時に右肩から先の部位を失ったようだ。

 

「惜しい。先に片付ける」

 

操縦者がフィードバックの痛みに耐えられなかったのか、小さく蹲った隙を逃さない。直ぐ様進行方向をそのエンドレイヴに変え、軽くぼやいてから止めを討とうとする。

が、その前にもう1機が間に割って入り、残りの1機が横から牽制の為の銃弾を向けてきた。

 

「邪魔…」

 

皺一つない眉間にソレを寄せて前の2つと横のを見比べる。一瞬で選択を決めると、大剣を横に掲げて今度はそのまま制止する。

切っ先から衝撃波の盾、ヴォイドエフェクトを展開して攻撃を防ぎ、剣の向きは固定したまま横に薙いだ。

それだけで先程のよりも強烈な一撃が全機に繰り出され、唖然としていた横の一体は反応が遅れて両足を切断、庇っていた1機はやむを得ずと跳躍して躱したのだが、後ろで未だに這いつくばっていたのは敢えなく撃沈した。

 

更に攻撃は終わらない。予め躱されることを読んでいたいのりが空中で身動きがとれない状態のエンドレイヴに今度は自分から突っ込んだ。

 

咄嗟に身を翻し回避を試みる、が無駄だ。

その行動すら読んでいたいのりは躱される瞬間に空中でヴォイドエフェクトを足元に展開し、それを蹴って威力そのままに機体のど真ん中に大剣を突き立てた――!

 

突然の行動と痛みに金属特有の不快音を撒き散らす中、刃に意識を集中させ、まるで豆腐を切ったかのような軽い手応えで機体を分断させた。

 

「――ッ!」

 

思わず息が漏れる。

斬った機体の向こう側から銃弾が向かってきたのだ。

突然の事に焦りりが生じ、ついヴォイドエフェクトを展開するのが遅れた。

そのせいで銃弾が何発か防ぎきれず、内側に入ってきてしまう。

必死に身体を反転させて身を守るが、その内の1発が脚に浅くない傷を負わせ、上手く体重を支えきれず倒れた――

 

が、相手もまだ終わらない。

いのりが痛みよりも敵を優先させて顔を上げた先には、既に此方を向いている銃口がある。

 

「クッ‼」

 

直ぐに剣を間に置いて盾を張ろうとする。が――

 

 

 

「ハイそこまでっ、と」

 

 

エンドレイヴに備えられた銃が彼女に火を吹いた瞬間、横から来た何者かがソレを蹴飛ばした――!

 

ズガガガガガ!

 

そのせいで発砲口の向きが逸れ、本来私に向かう筈だった銃弾が自分の頭を射ぬいてしまう。

 

ガガガァ……

 

やがて音は弱まり、そこにいたのは頭部が吹き飛び、完全に機能を停止させられたエンドレイヴだけ――

 

「ぁ……」

「大丈夫? …じゃないかこれは」

「!?」

 

突然の光景に私が呆然としていると、すぐ近くから聞いたことのある声が耳に届いた。

驚いてバッと顔を上げると、そこには目的の人が困った顔をして立っていた。

 

「…集?」

「んっ。お待たせ…ってのも違うか。待ち合わせ場所ここじゃないし」

「…ごめんなさい」

「気にしないでよ。別に待ち合わせなんて会うための手段でしかないんだし。ってか僕も今来たばかりだし」

 

彼は本当に気にしていないようで、それよりもその眼が私の脚に向けられると酷く沈痛な面持ちで顔をしかめた。

 

「取り合えず止血だ。いのり、ヴォイドは仕舞って。

それは目立つから」

「えっ……? ぁ、うん」

 

一瞬何を言われたのか理解できなかったが、言葉を飲み込むと言われた通りヴォイドを仕舞った。

 

その間に集は私の脚の状態を真剣な眼差しで見つめていた。

 

「――ッ,!」///

 

その眼差しと、()ている際に触れる手が、恥ずかしくて、でも何故だか凄く嬉しかった。

 

「傷は深いけど大丈夫だね。暫く休めばすぐ歩けるようになるよ」

「……集」

「ん?」

「ありがとう」

「どう、いたしまして?」

 

テロリストと軍人(GHQ)

今更ながらに思い出したその関係が何だか面白くて、でも凄く切ない気がしたのは、単なる気のせいだろうか…

 

 

 

※※※

 

遡ること一刻、乃ち襲撃開始から30分。ここに来て葬儀社は違和感を感じていた。

 

「計画は順調……いや順調過ぎるな」

 

そう、計画は何の問題も無く(・・・・・・・)進められている。

渋面を作って思わず吐露してしまうくらいに、アッサリ運んでしまっているのだ。

 

「四分儀、どう思う」

「分かりませんね。罠か…あるいは既に持ち去られてしまった後なのか」

「だが事前の調べだと何も異常は無かったのだろう?」

「ええ。『奴』の正体は未だ不明ですが、いのり、研二、そしてヴォイドゲノムが外に持ち去られた様子はありませんでした」

「どちらにせよ、『奴』が動かない理由は不明だ。各自警戒を最大限に保ちながら進めてくれ」

『了解!』

 

四分儀との会話を終えると、溜まっていた二酸化炭素をゆっくり吐き出しながらも次の瞬間には思考を切り替える。

 

1秒先にも戦況が変わってしまうかもしれないこの場で、悠長にしてられる暇は無い。

それは襲撃している向こうに、嘗ての親友が居たとしてもだ。

今まさに己の部隊と戦っているかもしれない。それでも彼――恙神 涯は躊躇わない。自分は彼等の命を背負っているのだ。半端な気持ちなど微塵も無い、許されない。

袂を分かったというのなら、自分は全身全力で彼を越えるしかない。幼い頃の憧れで、彼にとってのヒーローであったとしても。

 

特に『奴』――『神速』がいる現場ではそれが命取りだ。

 

 

神速――世界中の犯罪者の間で怖れられる人物の呼称。何年か前にその名が出されて以来、瞬く間に広がりを見せて世界を駆け巡った。

年齢不明 性別不明 出身地不明のunknown (アンノウン)

黒コートにフードといったおおよそらしからぬ形のため、軍人と云って良いのかすら不明だ。

 

解っている事はたったの2つだけ。

一つ、どんな危険な任務であっても常に単独行動。

一つ、その名の通り、とにかく速く、そして強い。

 

目撃例が非常に少なく、神出鬼没であるがその実力は折り紙つきだ。

曰く、米国一の密輸組織を壊滅に追いやっただとか

曰く、犯罪大国にある違法組織をこれまた壊滅に追いやっただとか。

他にも戦争が激化の一途を辿ろうとしているのをその力を持って治めただとか、数十年続いた紛争を片付けた、なんて事もよく聞く。

 

「奴が動く時こそ物語の終わり」

これは『神速』に滅ぼされたとある組織のボスが吐いた言葉だ。

「奴に目を付けられたら為す術もなく殺られる」と言外に伝えているこの言葉は、確かに世界の悪党共を戦慄させた。

 

たった一人で戦局が変わるかもしれない化け物であり、これに対抗するというなら正にヴォイドの力が必要になってくるのだ。

 

 

(桜満玄周博士が作ったとされるヴォイドゲノムは全部で3つとされている。内2つは行方不明、残りの1つも米軍が所有していて手が出せなかったが…まさかそれを日本に持って来てくれるとはな)

 

そう、葬儀社が今まで計画に踏み込めなかったのは、米国という鉄壁の守りに囲われていたからだ。

だがそれも一つは日本へと移された。『神速』が護衛付きで――

 

(問題は無かった。ツグミがハッキングで奴のいない時間を割り出し、その時間帯に回収できる――筈だった)

 

そう、準備の段階では計画は完璧だった。『神速』は良い意味でも悪い意味でも軍人ではなかったので、隙を逃さなかった。それに皆が従い、成功する筈だったのだ。

 

(俺が甘く考えすぎていた。奴さえ居なければ楽に終われると楽観視していただけだ)

 

 

目を瞑り、息を深く吸い、そして吐く。

 

 

(駄目だな、物思いに耽り過ぎていた。皆に注意したそばから……俺もまだまだだ)

 

集の事で始まった頭の思考を完全に捨て去り自分を戒める。さっき気を抜けていられないと思っていたばかりなので、つい自傷気味に苦笑を溢す。

 

「‼ 涯!レーダーに反応した!これは…白銀の、大剣?」

「何!?」

 

待ち望んでいた“変化”

だがそれは、彼すらも予期せぬ不測の事態であった。

 

 

 

※※※

 

いのりの治療を終えた集達は、集が言っていた『秘密の抜け穴ルート』を使いGHQの目から逃れていた。

 

「そういえば、ヴォイドはどうだった?」

「凄かった…と思う。身体が軽くて、頭も冴えてる感じがした」

「成程ね。確かに凄かったし、なによりいのりのヴォイドは戦闘特化って感じだったね」

「ん。威力もスピードも申し分ない」

「でもそれで油断して負傷したのは頂けないね」

「うっ……ごめんなさぃ」

「……ねぇ」

「まぁでも初めてにしては上出来かな。一応はエンドレイヴ3機倒してるし」

「…本当に?」

「勿論」

「そっか……ふふっ」

「ねぇってば」

「そういえばさ、内のクラスにいのりの大ファンがいるんだけど、今度の新曲楽しみだって言ってたよ」

「…クラス?」ピクッ

「ねぇ!」

「うん。何かデビューした時からのファンだって言ってた」

「……集。私の事は知らなかったのに、同じクラスのファンの人は知ってるんだ」

「えっ…ぃや……ごめん。薦められてたんだけどやることあって…」

「………集、ソイツ女?」

「おい」

「えっ? いや、男子だけど」

「なら…良い」ホッ

「?」

「~~~~~ッ!」

「あっ、でも同じ部活のメンバーは全員いのりの事知ってたな。女子二人と男子一人」

「………同じ部活? 女子二人?」

「うん、名前は祭と花音っていって…」

「オイ! さっきから無視すんなダベフッ!?」

「!?」

「研二、五月蝿い」ガスッ

「」バタンッ

 

城戸研二は楪いのりから脳天キックをお見舞いされた。

(勿論無傷な方の脚で)

 

ちなみに、今いのりは(本人のさりげない言動のお陰で)集におんぶされており、元々身長が低かった研二の頭を攻撃することくらいは容易い。

研二は集の余っている方の手でズリズリと引き摺らされていた。

 

 

「ねぇ…集」

「あっ、ハイ!」ビクッ

「また今度…ううん、言ってくれれば何時でも聞かせてあげる」

「えっ、本当に?」

「勿論」

「やったね! 颯太喜ぶぞ。ついでに祭や花音と谷尋も」

「集一人じゃないとダメ」

「えっ、いやでも今何時でも良いって…」

「定員は一名のみ」

「…僕しか聞けないじゃん」

「………嫌?」ショボン

「まさか。独り占め出来るって考えたら最高だね」

「集…!」///

「じゃあ約束ね。今度いのりの唄をもっと教えてよ」

「うん」

「俺を無視するんじゃねぇーーー!!」

「あっ…」

「研二おはよう」

「『おはよう』じゃねぇよ楪テメェ!

ってかそこのお前!そもそも俺の事忘れてたダベヘッ!?」

「研二、喧しい」

「ゴフッ…楪、テメェ……!」

「静かにしろ城戸研二。いのりは兎も角、お前は送り届ける必要なんて無いんだからな」

「あ”? オ,お前その服、GHQ…か?」

「そうだ」

「ちなみにアンチボディズ副局長」

「なっ!?」

「いのり…それあんまり公表して欲しく無いんだけど」

「…………戦略的情報公開誘導?」

「いや、無いよそんなもの。誘導でも無いし、ただのうっかりだよね」

 

可哀想な研二。

集は《王の力》を持ついのりには優しいが、それ以外の葬儀社に関しては甘さを見せる必要は無いと考えている。

忘れてはならない。彼はこれでも立派な?軍人だ。

 

引き摺られたままは嫌だったので集に解放を求める。

集も重たいのは持ちたくなかったのですぐさま手を離す。

 

何故そんな奴がいのりと親しげに話しているのか、何で自分達を逃がすような真似をしているのか。

研二には聞きたいことが有るが、自分の立場では二人の間に割り込めないと悟り目的地まで黙って着いていくことにした。

 

 

 

そして暫く歩いていくと、人が一人通れそうな程の狭い穴があり、そこを進んでいけば葬儀社のいる地下通路に出られると集は教えてくれた。

 

「…何で葬儀社のいる位置を把握してんだよ。これじゃあ奇襲かけ放題じゃんか」

 

研二の言うことにいのりは同意する。集の能力の高さにはビックリしたし、その気になればここに軍を呼ぶことだって出来る筈だ。色々気になることはあるが、「折角ヴォイドを手に入れたのに使いこなす前にやられちゃったら台無しでしょ?」という言葉で渋々ながら納得するしか無かった。

 

研二はその言葉に呆然としていたが、いのりの右手にある《王の印》を見て愕然とした。

 

微妙な空気が場に流れたが、集は用が済んだとばかりに踵を返して去ろうとするが――

 

「集、待って…!」

「残念だけど時間だ。漸く呼び出しもかけられちゃったしね」

 

いのりが呼び止める。

が、そう言う彼の右手には携帯らしきものが握られて、画面が青白く光っているのが見えた。

 

「でも、まだ私集に何もお礼できてない…」

「……勘違いする前に言っとくけどさ」

「えっ?」

 

それまで何となく優しい雰囲気を放っていた集が目付きを変えていのりを見据える。それに言い様のない恐怖を覚えると共に、ゴクリと唾を飲み込む。

その威圧感をいのりは知っている。初めて会ったときにグエンに向けられていたモノと同じやつだ。ただしその対象は現在いのり(と研二)に向けられている。

 

()は別にいのり達の味方をしてるんじゃない。俺達の関係はあくまで軍人とテロリストだ。そこを履き違えんなよ」

「ぅ、うん。でも集…」

「助けるのは今回だけだ。次に会った時に俺が『軍人として』動いていたなら迷わず殺す」

「 !? 」

 

集の言った事に衝撃を受けた。確かに自分と彼とではそうなる運命にある。忘れていたがこの状況はかなり特殊だ。それこそこうして忠告までしてくれるのだから破格の行動だろう。

 

だが、面として彼から「殺す」と言われたのが胸に刺さる。自分は彼を少なからず思っていたけど、彼からすれば自分はその程度の相手だと無理矢理に思い出させられた。

 

「まっ…あくまでも『軍人としてなら』だけどな」

 

直後、張り詰めていた空気が何事もなかったように霧散する。集が威圧を解いたからだ。いのりと研二は汗を流し、空気が元通りになると同時に研二は四つん這いになって必死に酸素を取り込もうとしていた。牢獄の中で過ごしていた彼にとってこの威圧は耐えられなかったのだろう。

集は構わず視線をいのりに固定したままふっと微笑を浮かべる。

 

「それまでにはきちんとヴォイドを使いこなしておいてよ。今のままじゃ未熟も良いところだ」

 

そう言うと今度こそ踵を返して集は行ってしまった。

後に残った二人は暫しボーと立ち尽くしていたが、やがて会話もなくその穴へと入っていった。

 

しかしいのりは必死に頭を働かせる。

集は何者なのか。どうしてヴォイドを持ち、自分に託したのか。エンドレイヴを生身で倒しえたあの身体能力と全てを見抜いているかのような洞察力は何なのか。

 

考えても分からないことだらけだったが、不思議と気分は上がっていた。

 

彼の言葉を言い換えると「日常的になら接触しても問題ない」だ。

そして彼と取り付けた些細な約束、「今後も集に唄を聞かせる」というのが決め手となって心を落ち着かせた。

 

今はまだ無理かもしれない。だけどこれから知っていけば問題は無いと納得する。

 

 

 

それから数十分後、いのりと研二は無事葬儀社と再開する。




誤解が無いように言っておきますが、集は歴とした軍人(という設定)です。

しかし端から見ればそうは思えないので犯罪者達は集が軍人であるとは知りません。

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