第二研究室の端で素足で歩く音が静かな空間に響く。身長は2メートルを超え、体もガッチリしている。しかし、目は何処を見ているのか定かではない、更に皮膚は変色していた。辺りに腐敗臭が漂う。彼は既にゾンビとなった元人間だ。ゾンビは、ゆっくりと階段を降り始めた。そう、第二研究室から時雨達の居る第三研究室に向かっている。けれども、ゾンビは特に考えて行動しているわけではない。
時雨達に危険が迫る。
「どうする? 奥に進むか?」
「この資料だけで国は信じてくれるかしら?」
「今、国中がパニックになっている。国も信じざる負えないだろう」
結局、今ある情報だけで問題ないだろうと判断した彼らは戻ることにした。階段付近に着いたとき、時雨は急に足を止めた。上の階、第二研究室から誰かが降りてくる音がしたからである。時雨は小声で一旦第三研究室の奥に戻るとジェスチャーをする。後ろにいた皆が頷きゆっくりと戻り始めた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「誰が第二研究室から降りてくる」
時雨がそう言ったとき、足音が徐々に近づく。
「不味い……。いざとなったら戦って強行突破するぞ」
「わかった」
そして彼らは一度バラバラに別れた。夏奈は一番距離を取り、銃を構えた。ほのかと時雨は刀を抜き構えた。同様に由美とくるみも武器を構えるが、ゾンビの姿を見るなり戦意喪失しかけた。その時、夏奈の持つアサルトライフルが火を吹いた。しかし、ゾンビの体に当たるものの貫通まではいかなかった。夏奈もわかっていたようだが、実際に不可能とわかると少し唖然とした。その様子を見ていたくるみがポツリと言葉を漏らした。
「あれが……。『zero endless』」
くるみの見つけた資料の最後に綴られていたのが『zero endless』という個体名だった。『zero enndles』は爪が長く、右目が無い。左目は何処を見ているのか定かではない。けして走ることはなく、歩いて接近してくる。
「時雨君、今まで通り首を撥ね飛ばせば止まるはずよ」
「わかった!」
時雨は夏奈の方に向かっていっているゾンビを助走をつけて追いかけ後方から斬りかかる。だが、多少出血しただけで首は切り落とせなかった。斬りかかった隙に夏奈は避難したが、その目に希望は映っていなかった。代わりにほのかがゾンビの頭を突き刺すものの、全く動じない。ほのかは時雨と共に距離を取った。由美はメイド服の裾をめくり、ホルダーから自動拳銃を取り出し、ゾンビの頭を狙って発砲する。しかし、照準が合わず、ゾンビの動きが止まる様子はなかった。
「まるで……チートキャラクターと戦っているようだな……」
「兄貴……。私が時間を稼ぐから何か対策法を考えて!」
「おい、待て!」
くるみは待つことなく、ゾンビに接近して近くの机の上にあったノートをゾンビの背後を目掛けて精一杯の力で投げる。ゾンビと時雨達の距離が出来る限り開くように。背後からゾンビの背中をくるみは斬りかかる。斬っている感覚はあるものの、手応えはまるで感じない。くるみは何も考えられなかった。こいつを無視して脱出する方が最善策ではないのか? そう思い始めた。しかし、ではこいつは誰が倒すんだ? 対策法はあるのか? そういう疑問が脳裏を過る。ゾンビも、くるみを認識し始めたようで長い爪で攻撃し始めた。くるみも長めのサバイバルナイフと自動拳銃で攻撃を凌ぎつつ、隙を見計らって反撃している。それも長くはもたないことをくるみも自覚していた。
「兄貴……早く……」
奥で必死になって時間を稼いでくれている、くるみのためにも時雨達は必死になって考えていた。まず、あの皮膚である。あの皮膚の仕組みを解明できない限り、致命傷は与えられないだろう。銃弾が効かず、切り傷も大した痛手を負わせることもできない。
「……おかしいわね。くるみの反撃を受けているわりに傷が蓄積されていない……」
「ほのかさん、まさかと思うんですけど……あのゾンビ、再生していません?」
「まさか、あのテレビゲームの世界じゃ有るまいし。あり得ないでしょう。そもそも、『ゼロ』か『エンドレス』に再生機能が備わっているのかしら?」
その言葉に対し時雨は対策案と共に考えることにした。『ゼロ』に再生機能がないのは正しいだろう。あくまで、筋肉増強剤なのだから。そうなると考えられるのは『エンドレス』の方だった。仮ではなく正式に『エンドレス』と名前が付けられたのならば、エンドレスという意味にループする、つまり体の再生という念も込められた可能性があるかもしれないと時雨は思い始めた。しかし、由美が見つけた日誌の情報によれば『ゼロ』と混ざった際、『エンドレス』の効果が弱まった。と記されている。つまり、再生機能が打ち消された可能性もある。
「ほのか、あの日誌には『エンドレス』はどれくらい弱まったか書いてあったか?」
「無かったわ」
「元々再生機能があったと仮定して弱まっただけなら、攻撃し続ければいずれ再生機能の限界が来るはずだ。この仕組みが正しければ対策案から実行できる……」
だが、時雨には自分が導きだした答えに、まったく自信がなかった。彼は生物が得意というわけではない。絶対的な根拠がないのだ。
「……時雨君。くるみも無限に動ける訳じゃないし、銃弾だって限りがある。しかも完全武装して私達はここに立っている訳でもない。くるみはフリルのトップスにミドル丈のスカートで戦っているのよ? わかるわよね? 戦いに向いていない服でここまで耐えてくれているのよ?」
「……わかった。銃は効かないから近距離武器で……攻める」
「了解」
くるみにも、時雨達の話し合いが終わったのそ確認することができた。そして、時雨達がこちらに近づいてくるのもわかった。
「何か、策があるのかな……?」
この時、彼女は1つのミスを犯した。目の前にいるゾンビとその行動に集中しなかったことである。
「くるみ! 前をしっかり見なさい」
ほのかの指摘を受けて、くるみは我に帰った。だが、もう後の祭りだった。ゾンビの鋭い爪で腹部を刺された。くるみに、今までに受けたことの無い痛みが走る。力なく床に仰向けで倒れたくるみに夏奈が近寄る。
「くるみ!」
夏奈に呼ばれ、返事をしようとするが痛みと出血で言葉が出てこない。止血をしようとする夏奈に最後の力を振り絞って頬に触れる。
「……夏……奈。生きて……あ……と、兄貴……大好きでした……」
そう言ってくるみは目を閉じた。夏奈は、くるみの肩を叩くが反応はない。そんな夏奈の首もとを時雨は涙を浮かべながら掴んで、くるみから引き離した。
「どうして!」
夏奈は泣きながら時雨の頬を叩いた。もう一度叩こうとする夏奈の手を時雨は掴んだ。
「……くるみの母親は外科医だったはずだ。母さんも言っていた」
「……」
夏奈も時雨が何を言いたいのか察した。だから、止血だけはしておくように夏奈に伝えた。同様に、ほのかもゾンビの攻撃を防ぎながら補助をしていた由美に夏奈の補佐をするように指示をだす。由美と入れ替わりで時雨がほのかの隣に立つ。
「……くるみの体重は?」
「……確か50キロよ」
「出血が0.8リットルで出血性ショック、1.2リットルで生命の危機だ。それまでにアイツを倒してここを出る」
ほのかは頷き、再びゾンビ『zero endless』と向き合い爪による攻撃を防ぎ始める。時雨はその隙にゾンビの爪を切り落とした。爪は外環によって変化する。冬が近づく秋の終わりでは爪は硬く脆くなる。そこを突いて時雨は先に爪を切り落とすことにしたのだ。この作戦は正解であった。ゾンビは確かに攻撃手段を失った。次にほのかは、時雨が仮定した再生機能の真相を確かめることにした。切り込み、数秒攻撃を止める。傷口は徐々に塞がっていった。
「やっぱり、再生機能自体は備わっているようね。時雨君、タイミングを合わせて攻撃して」
「わかった」
複数箇所を同時に攻撃されると再生速度が低下した。また攻撃を受け続けると再生が間に合わないことも判明した。
「時雨君、私が再生を集中させるから。その隙にこのゾンビの肢体を切り落としなさい。噛まれる可能性を出来るだけ減らすためにも、右腕、左腕、右足、左足の順番で!」
「わかりましたよっと」
時雨は言われた通りに右腕、左腕と順に切り落とした。皮膚が固いのは衝撃を受ける地点に皮膚を集中させることで一時的に防御力を向上させているだけだった。つまり、ほのかが攻撃している今、ゾンビは時雨の攻撃を防ぐ余裕がない。そのため、比較的簡単に両腕を切り落とすことが可能だったのである。
「ほのか、右足を切り落とす。避けろ!」
避けるように言ったのは、重心のバランスを崩されることによって覆い被され、そのまま噛まれる危険性が潜んでいるからである。ほのかは速やかに横に逃げ、攻撃を続けた。同じく時雨も右足を切り落とした。ゾンビはうつ伏せで倒れこんだ。既に切り落とした肢体から絶え間なく血液が流れ出す。
「これで、最後だ……」
時雨は残された左足を切り落とす。ゾンビは切り落とされた肢体を再生しようとするが、同時に再生しようとするため、ほぼ再生出来ていなかった。
「……こいつは特殊だな」
「『ゼロ』に触れたことによる感染だからね」
そう言って、ほのかは残された首を体から切り離した。ゾンビはしばらく痙攣していたが、完全に動きを止めた。
「終わった……」
気が緩んだからか、時雨は崩れ落ちかけた。その腕をほのかがしっかりと握り、時雨は体勢を立て直した。
「お兄ちゃん、くるみさんの止血は済んでるから運んであげて。いいですよね? ほのかさん」
「なぜ、私の許可がいるのかしら?」
「いえ、何となくです」
ほのかは夏奈を睨み付けるが、反対に夏奈は絶えず笑顔でいた。時雨は止血が済んだくるみを抱え第三研究室をあとにした。
第一研究室から出たとき、入るときは雲の中に身を潜めていた太陽が姿を見せていた。
最終回ぽく今回も終わりましたが、あと少しだけ続きます。