「切れ味は落ちないものだな」
『金月』の切れ味は昔と変わっていなかった。
時雨は、ほのかが手入れしてくれていたのでは無いかと推測した。
朝日が刃に反射し、輝く。
「あら、時雨君、起きていたの?」
「ああ、手入れがあるしな」
ほのかは時雨の隣に座る。
「久しぶりね、こうして隣に座るのも」
「そうだな」
そこから沈黙が続く。
「あれ、夏奈さん? どうし……」
夏奈は、みくの口を自分の手で塞ぐ。
夏奈は2人の過去の関係を知るきっかけを掴めるのではないかと睨んでいた。
しかし、夏奈の読みは無念にも外れることとなった。
「夏奈、そこにいるのはわかってるぞ」
「え、お兄ちゃん気づいていたの」
「わかるさ」
夏奈はスゴスゴと姿を現した。
夏奈の後ろにいた、みくには気づいていないようだった。
「で、なんで隠れて盗み聞きしていたんだ?」
「お兄ちゃんと、ほのかさんは昔からの知っているんじゃないかなって思ったの」
「そうか」
一言だけ返し、時雨は再び刀手入れを続ける。
暫くして、ようやく刀を
「おはょ……」
ふらふらと錬が降りて来た。
髪の毛は普段の美しいミディアムヘアは寝癖だらけの、だらしがない髪型へと変化していた。
時雨は無言でワックスを錬に渡す。
ありがと、とだけ言い錬はフラフラと洗面所に向かう。
洗面所に行った錬だが、あることに気がついていなかった。
この家に電気が通っていないということに。
錬はワックスを付け、普段程ではないがある程度マシになった。
リビングに戻りワックスを時雨に投げて返す。
時雨は片手で受け止め、カバンにしまう。
「由美は?」
「由美さん、でしたら……」
みくは目で時雨に語りかけた。
時雨は暫く考え込んだが思い出したかのように頭を抱えた。
由美は、目覚まし時計が無いと起きれないということを。
本日もため息混じりで由美が寝ている部屋に向かう。
「由美、朝だ。起きろ」
「ん……」
由美は突然目を覚まし、起き上がった。
自分が今まで寝ていたことを思い出したようだった。
「時雨様! す、すみません、私……」
「気にするな、それよりこれからの行動について相談なんだが……」
時雨は由美から目を逸らした。
「む、胸元が……はだけてる……」
「時雨様は変態でしたか」
「気遣ってやっただけだ。話を戻すが由美は車とか運転出来るか?」
「そうですね、一応運転出来ない事は無いですよ」
「もし、これから車が見つかったら運転頼めるか?」
「はい」
確認を終えた時雨は早足に1階に向かった。
部屋に残された由美も後を追うように着替え、リビングに向かった。
リビングに全員集合したので、時雨達は廃墟から出るのことを決意した。
ほのか曰く、この道を進めば国道に出る事が可能らしい。
装備一式を持ち、時雨達は廃墟をあとにした。
昨晩とは打って変わってゾンビの姿はあまり見受けられなかった。
時雨は何故、昨晩だけゾンビの大群が押し寄せたかわからなかった。
ほのかの言う通り、数十分歩いたら大きな道にあたった。
「時雨、あそこに車があるぞ」
錬の指さす方に、黒いミニバンが放置されていた。
新車同様の傷一無い。
車に近づいた時、端の植木に持たれていた男性が声をかけてきた。
「君達は……ゾンビじゃないんだな……」
男性は苦しそうに肩で息をしていた。
見るところ目立った外傷は無い。
「ええ、生存者よ」
「そうか、私は持病の薬が無くなってな、もう長くは持たん。だから、未来ある君達にあの車をあげよう」
男性はゆっくりと腕をあげ、ほのかに車の鍵を渡した。
そして、ほのかの顔を見ると微笑んだ。
「君は若い頃の女房に似て綺麗じゃの、きっといい奥さんになるぞ」
「そうなると、いいです」
男性は苦しそうに、だか愉快そうに笑った。
そして一息つき、早く行きなさいと言った。
時雨達は男性に一礼して車に乗り込んだ。
しかし、ほのかはすぐに乗ろうとはしなかった。
「最後に、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「名乗る程じゃないわい。じゃか、せっかく聞いてくれているからのう。わしは、谷川
「篤紀さん、ありがとうございました」
ほのかは、丁寧にお辞儀をして車に飛び乗った。
「由美、出発だ」
「はい!」
由美はアクセルを踏み込み、車は走り始めた。
「真衣、お前と同じ年頃の子と話せたぞ……。わしも少しは貢献出来たかのう……。真衣……来世でまた、おじいちゃんと遊ぼう……」
谷川篤紀は静かに息を引き取った。
髪の毛は満足に残ってはいないが、表情は十分満足そうだった。
篤紀から貰った車は快適に走っていた。
しかし、時雨達の顔はまるでお通夜の様に沈んでいた。
「危ない!!」
由美は急ブレーキをかける。
ほのかは何事かと車のフロントガラスを見た。
まるでゾンビが行く手を阻むかの如く、徘徊している。
「倒さないと先に進め無さそうですね。時雨さん、ほのか………お願いできます?」
「はいはい、行ってきますよ」
「友達の願いは、答えてあげないとね」
時雨とほのかは、静かにドアを開けて戦場に立つ。
「ここを突破したら私の実家に行きましょう」
「いきなりだな、まぁ、わかったよ」
時雨と、ほのかは戦闘時のゾンビとの距離感を昨日の戦闘のおかげでだいぶ掴んできていた。
時雨は勢い良く駆け出した。
続くように、ほのかも駆け出す。
こいつらは人間では無い、元人間の現在はゾンビだ。
躊躇っては逆に殺されてしまう。
だから、ここでは倒すしかない。
それが生存者としての使命だと時雨は考えていた。
「数はそれ程多くなかったな」
時雨は少し前では、10体くらいで多いと思っていた自分が情けなく思えてきた。
「時雨君、何しているの? 早く車に乗りなさい」
「はいはい」
「由美、私の家に行くわ」
「御意」
由美が言うにはここから、ほのかの実家に行くには1時間はかかるらしい。
「少し明るい話をしません?」
急に、みくが提案した。彼女なりの気遣いだろう。
「普段、皆さんって休みの日、何をやっているのですか?」
「俺は、古本書店行って立ち読みかな」
「俺は、時雨ん家行ってテレビゲームやってるな」
「私は特に無いで。」
「私は読書よ。最近は恋愛ものを中心に読んでいるわ。みくは?」
「私はサイクリングが好きです、勉強の気分転換とかで……」
ここで、皆の視線が由美に集まる。
ほのかと同様、無表情な事が多いため、素顔がよくわからないのだ。
前を見て運転している為、時雨達からでは表情が見えない。
「由美、貴女の趣味を教えなさい?」
躊躇いなく、ほのかは由美に聞いた。
自分が恥ずかしい思いをするとは知らずに。
「はい、お嬢様。私の趣味は掃除の際、
「もういいわ、由美。ありがとう」
「お嬢様のお役に立てれば」
ほのかの実家に着くまでの時間、ほのかは、まともに時雨の顔を見れなかった。
今回ここで区切る訳ですが、サブタイトルの問題なんです。
次の話を今回の範囲に入れてしまうと、色々ごちゃごちゃになってしまうため、今回の更新量は気持ち少ないです。
すみません。
これからも、「日常が崩壊した世界で。」をよろしくお願いします。