微笑みの戦士-ベルゲは往く- 作:Wojtek
みほは、医師の指導に従い、朝は日の光を浴びるようにしていた。生活リズムの切り替えと、夜の熟睡のためには必要なことだと教えられていた。
少し前から、学校に行く代わりに、社会復帰支援施設でデイケアを受けていた。
ひと頃のようにやつれはてて、目の下にクマを作ってるほどではないにしても、鏡を見るといまだにほほがこけて、顔色も悪い。
「どこで聞いてきたか知らないが、『公式には』F型の試作車は完成してないぞ」
その日、みほが帰ってくると、業者が西住家にパンターFの売り込みに来ていた。
よりによって試験休みで黒森峰から帰っていた、F型が大好きなまほが相手していた。
もっともまほは、黒森峰艦が寄港中は実家から通学している。
「上面装甲が40mmになっているのが操縦席手前までだ、その上転輪が鋼製じゃない。
G型車体だな。ステレオ測距儀も実物は1つしか完成していない。
それにこの小砲塔は正規品じゃないな? うちでは買えない。よそを当たってくれ」
まほは車体に昇って検分している。試作車のみしか存在しない戦車の場合は、連盟と協議を経た上で図面から再現した車両を使うことはできるが、この体たらくでは砲塔もきちんとできているか怪しい。とまほは思っていた。そもそも車検証がなさそうだ。
みほも見てみようと思って、まほの声のする方へ行く。
だがパンターを目にしたその瞬間――
「うっ……!」
激しい動悸がみほを襲う、またフラッシュバックが脳裏に浮かぶ。呼吸は浅く激しい。
パニック発作だった。過呼吸に陥ったみほは、その場に倒れ伏す。
……救急車で搬送されるみほは、もう自分は戦車に接することもできないと理解した。
数日後、病院から戻ってきたみほは、何をする気にもなれないままだったが、とりあえず平服に着替えて、膝を抱えたままフローリングの床に座っていた。
そこに、黒森峰に戻るまでの数日、家で過ごすことにしていたまほが来た。
「みほ、もういいのか?」
「うん、お姉ちゃん。起きていても平気になったよ」
姉は不思議な人間だった。男性的な大人びた口調と裏腹に、私服の趣味はみほと大差なく、フェミニンでどちらかというとかわいいものが好みだった。濃いめの色のものを好んでいるのが妹との違いだった。身につける小物類、持ち歩くものもそうだった。
だから、制服でなく私服の時の方が姉妹らしく見える。戦車に乗らないときは鏡の前で1時間ぐらいメイクしていることもある。
しかし、私生活ではやはり西住常夫の娘と言うべきか、たとえば小学校の時分から読むのは少年漫画誌だった。ある大手出版社の、自分が生まれる遙か以前から数十年にわたって連載されている無茶な漫画が好きで、単行本を探しまくって全部そろえていた。
あとは、やはり古本だが、今は死語となった「劇画」というものが好物だった。当時は写実的表現に徹した漫画をそう呼んだらしい。
高校生同士で抗争して、死人が一杯出るとかどうなんだろうか。
……いや、人のことは言えない。拳骨が砲弾に代わっただけの話だ。
まほは眉目秀麗な男性キャラクターが特徴の劇画家の大御所で、今でも現役のとある人物のファンらしい。時々「ワルシャワ労働歌」なんかを口ずさんでいる。
あと何か「死ぬときは燃え尽きて真っ白な灰になって死にたい」とか言うのは誰の影響だろうか。他に戦車が撃破されるときの表現がど派手な戦記漫画とか、同じ作者で「引きこもり」を予言したような陰鬱な作品とかも読んでいる。最近の漫画ではベストセラーの海賊冒険譚。熊本弁に親近感を感じるのかも知れない。
あとはスペルを逆にすると誰でも知ってる伯爵が出てくる猟奇怪奇戦争漫画。
そういえば、くだんのDVDBOXは、今はまほが見ている……
あと、活字本も結構読んでいる。「カラマーゾフの兄弟」「嵐が丘」「戦争と平和」「九十三年」「赤と黒」「破戒」「夜明け前」「神聖喜劇」「ファウスト」「人間の証明」「野獣死すべし」「さらば愛しき女よ」「長いお別れ」「考へるヒント」「両性具有の美」「プリンシプルのない日本」「自由と人生」「空想から科学へ」「豊饒の海」「収容所群島」「誰がために鐘は鳴る」エトセトラエトセトラ……
書庫と化した家の土蔵に大量に積み上げられている歴史書については、もはや何も言いたくない。正直な話、そこらの歴女では太刀打ちできないだろう。
なにしろトインビーを原書で読んでいるのだ。
ちなみに、みほの愛読書は「赤毛のアン」シリーズ。あとはラノベ少々。愛読書ではないが「どんぐりと山猫」「グスコーブドリの伝記」「銀河鉄道の夜」……
「じゃあ、軽く運動するか? スタッフの人も勧めてるんだろ」
二人でランニング2Km、レッグプレス5セット、腕立て50回、ベンチプレス50Kg3セット、懸垂50回、腹筋50回と言う具合で軽めに済ます。姉がみほの体調を気遣ってごく軽いのにとどめてくれた。みほにとっていい気分転換だった。
その後、まほは自分の日課の修行をする。勉強もする。その上でひたすら硬派な本を読む。いつ寝てるんだろうかとみほは思う。
みほ本人は睡眠習慣の維持のために多少早く寝る。
しかし、いくら疲れて眠ろうが、悪夢はいつも襲ってくる。
そして必ず真夜中に目が覚める。そうするともう眠ることはできない。
あのとき、自分の戦車を捨てて川に飛び込めば良かった。
たとえ自分がおぼれ死んでも、今のように苦しむことはなかったのだから。
みほの通うデイケアは、基本的に気分障害の患者が、スタッフの指導のもと復職を目標としてリハビリをする施設なので、みほ以外の利用者はみな社会人だった。
そんなわけで、元々の回避性パーソナリティもあって、他の通所者と打ち解けると言うこともなかった。
月曜から金曜までの週5日、午前と午後、それぞれが1コマになっていて、座学から軽運動までいくつかの項目からなる時間割がある。
みほは週3コマから始めて、徐々に増やしていくことになっていた。
オフィスワークの時間帯は、皆自由に課題に取り組んでいる。読書しているものから資格取得の勉強をしているものまで。みほの場合は当然教科書の自習だ。やはり頭の動きが鈍いと思う。
心理学的には、人間は誰でもスキーマ(固定観念)を持っており、なにか大変な事態やストレスフルな出来事に遭遇すると、そのスキーマから発生する自動思考に支配される。
ストレスマネジメントの座学で、みほたちの前で作業療法士がそういう解説をしている。
良くない固定観念の例として、全か無か思考、一般化のしすぎ、誤ったレッテル貼り、断定的思考、否定面の拡大解釈(肯定面の過小評価)、「読心術」、否定的予測、破局視というものがあるという。
「全か無か思考」白黒性格、これはとても心当たりがある。自分に完全に胸襟を開いてくれない人には、こちらから話しかけられない。西住流の基本姿勢として「勝たなければすべて無意味」というある意味極端な刷り込みもある。
「一般化のしすぎ」「誤ったレッテル貼り」については、まさに今のみほのとらわれ方そのものだ。自分はもう誰からも許されないかのように思っているのだから。
「否定面の拡大解釈」は確かにあるかも知れない。しかし、彼女は自身の行動の肯定面など見つけようがないと思っている以上、どうにもならない。
「否定的予測」「破局視」など全く今のみほの精神状態そのままだ。まるで自分の人生が何もかも終わってしまったのような考えから抜け出せない。
でもそれが「認知の歪み」とさとされても、納得することはできなかった。事故が起きたことも、自分のよく知っている人たちが死んでしまったことも、全くの事実なのだから。
だからその「自動思考」を打ち消すようなフレーズを考えてみなさい。と言われてもみほにはできなかった。
ただ、たとえば誰かから叱責されたときに、自分と正反対な考え方の持ち主ならどう考えるかシミュレーションすることは意味があった。
母や姉を思い浮かべれば良かったから、あっさり答えが出た。
だから今の自分の認知や思考が極端なものなのだ、ということぐらいは理解できた。
机を並べている人たちが、自動思考を打ち消すフレーズ案を、指された順に発表している。
しかしみほには、「それじゃだめだ」という感じしかしなかった。
おそらくこの人たちだって「特効薬」をあっさり見つけられるのであれば、そもそも病気になっていないだろう……。
現実が存在することを認めた上で、そういう現実を肯定する言葉を考えなければならないと講師は言う。しかしみほには自分の「現実」はどうやっても認められそうもない。
かつてまだ姉妹が黒森峰にいて、みほが機甲科の一年生のなりたてのころだろうか。
まほがみほに、おそらく「将軍学の入り口」としてこんなことを語っている。
徳川家康が隠居して「大御所様」と言われるようになってから、近習の若い武士に「どのように心がければ、あなたのようになれるのか」と問われたとき、彼は「五文字なら『上を見るな』、七文字なら『身のほどを知れ』だよ」と答えたという。
以前みほがその話を聞いたとき、そういう心がけでは天下を取れないだろうと思った。
なぜ彼は、自分の存在意義そのものを否定するようなことを言うのだろうか?
だが今は、なにかしっくりと来るものがある。
そう、家康も自分自身を平凡な武将だと思っていたのだろう。
あの時代、信長、信玄、謙信、今川、毛利、秀吉といったきら星のごとき将星のなかで、自分は天下を望むことはできないと過小評価していたのかも知れない。
そういう凄い戦国武将なら、天下を取らなければ失敗なのだろうが、自分のような凡将であれば、日々の合戦で生き残ることができればそれで成功。勝たなくてもいいから負けなければいい。不敗であればいい。今日を生きているなら、負けてはいないのだ。
「身のほどを知った」と思った彼は「上を見ず」にひたすら生き残り、ついに最後まで生き残った彼が第一人者になった。あくまで結果として。
それは卑下と言うより謙虚なのかも知れない。
自分のできることをひたすらやって、生き残って次の日につなげなければいけない。無理して死んでしまったら元も子もない。それが言いたいのだろう。
彼は「重荷が人を作る」とも言った。三方ヶ原の敗戦では、彼を慕うあまたの将兵が戦死した。
彼らは皆、武田の陣に頭を向けたまま倒れて事切れていたという。死ぬまで決して逃げようとしなかったのだ。家康を逃がすために。
これは彼にとって、まさに重い荷だったに違いない。自分が無理したために起きた、出さなくても良い犠牲だったのだから。それがみほには分かる、でも彼は生き続けた。重荷を背負いながら。
ならば自分も重荷を背負いながら生きなければならないのだろうか?
そして、何をして生きてゆけばいいのだろうか……
みほはある日、母からまほとともに大広間に来るよう言われた。
「みほ、あなたはまだ戦車が恐ろしいですか?」
母が開口一番に問うてきた。みほは何も言えず、うつむくしかなかった。
「明日から家の戦車に乗って、修行を再開しなさい」
「……お母様、できません……」消え入るような声で答えるしかなかった。
「あなたも西住の名を継ぐ者なのですよ。その自覚はあるのですか?西住の後継者たる者が、戦車を見ることもできないとは西住流の名折れ。門人にも示しが付きません」
みほは、無言でうつむいたままだった。
「返事をなさい。いったいどうする気なのですか!?
このままではあなたをこの家においておくことも考え直さねばなりません。
確かにあなたは5人の僚友を救いに行かなかったかも知れません。しかしそれはあの場で勝利するためにはやむを得なかったことなのです。
常々教えてきたことです。西住流の本質は、鉄の掟、鋼の心です。犠牲なくして勝利はあり得ません。
いつまでも些細なことにとらわれていないで前を見なさい!」
「――些細な事なの? お母様にとってはあの人たちも、私もお姉ちゃんも、勝利を得るためのコマに過ぎないの? だったら私が死んだとしても、お母様は前だけ向いて私の屍を踏みつけにして進まれるのね?
……手段を選ばず、作法も心映えもない。そんなものの何が「道」なの。鋼の心? バカなことを言わないでよ。人の心を麻痺させているだけよ、お母様も!」
「みほ! あなたは何て事を!」
しほは手を振り上げ、みほを打とうとする。だが、それはできなかった。いつの間にかしほの後に回り込んだまほがその手を押さえたのだ。
「お母様、みほは病人です。
……私は、今も、これからも西住流そのものとして生きて参ります。しかし、今のみほにはそれは無理です。
みほは地獄を見てしまった……私やお母様なら、一時の感傷として振り捨てることもできましょう。でも、それは本当によいことなのでしょうか?
私は、西住流の名の下に、西住流存続のためにすべてを飲み込んで参りますが、それは私の代では、私一人でも良いような気がします」
「まほ、あなたまで戦車道に懐疑的なことを言うとは、思ってもいませんでした」
「お母様。今はかつてこの流派が戦車流鏑馬をやっていたころとは時代が違うのです」
「まほ、それは違います。戦車道はこの世界に厳然として存在するのです。私は、生涯をかけて、それを追い求めています。まだあなたには、それが見えていないだけです」
「――わかりました、お母様。ならば私はまだ修行が足りません。一生をかけて戦車の道を追い求めて参ります。……では私は、みほを連れて下がります。どのみちこの状態では、頭を冷やして考え直す必要がありましょう……」
無言が母の返答だった。
まほはみほを支えるようにして立ち上がり、2人は広間から出て行った。
広間に一人残されたしほは、拳を握りしめ、うつむき、何かに耐えているように見える。
閉じたふすまが、再び開き、「しほさん、入るよ」と言って常夫が広間に入ってきた。
そしてしほの隣に座る。
「君らしくないよ。……君は少し自分を追い込みすぎている」
しほは常夫の顔を見る。
「私は、男だから戦車道のことは何も言えないし、理解もできない。でも君がいろいろなことに直面して、今苦しんでることだけは分かるつもりだ」
しほの目から涙があふれている。娘たちの前では決して見せない表情だ。
「みほも苦しんでいる、君がみほに対して戦車道の家元としての立場を優先せざるを得ないというなら、みほのことはしばらく私に任せてもらえないかな。しばらく戦車から遠ざかることになっても……」
「わかっています。わかっています、あなた……」
常夫はしほを「彼が理解できる諸々のこと」から守るために西住家に入り、西住宗家が経済的に自立できるよう、さまざまな便宜を図ってきた。だからしほは世俗的なしがらみにとらわれることなく、戦車道の求道者、最大流派の師範という立場を貫いてきた。
だけに常夫は、「日本戦車道という建物から伸びている下水管」とか、戦車道連盟という組織の幹部たちについてもいろいろ知っている。「鉄の掟、鋼の心」にしたところで、しほの先代が彼女をそう教育したまでのことで、そういうドグマがなぜ戦車道に入り込んだのかも、若い頃からいわゆる「偉いさん」とおつきあいしてきた陶芸家兼書画骨董商にとっては先刻承知のことだった。
しかしみほは、私の影響を受けすぎたな。と常夫は思う。今自分の胸で泣いているしほは、かつて戦車道の心映えを疑うことなく信じてきたのだ。そして今でも信じたいのだ。
その日以来、しほはみほと顔を合わせることがなくなった。しほにも葛藤があった。顔を合わせてどんな話をすればよいのかわからなくなってしまったのだ。
まほは考えた。これは通過儀礼だ。あの事故は確実にみほを変えた。何もかも壊れて更地になって、そこに個人としてのみほの明確な自我が芽生えた。果たしてみほは自分のレゾンデートルを見つけることができるのだろうか? 一人の人間として。と。