微笑みの戦士-ベルゲは往く- 作:Wojtek
東京の中心地の一つ、夜のない街銀座の一角に、西住常夫が経営する書画骨董店と自作のアンテナショップを兼ねた店舗がある。
彼がここに来ることは、あってふた月に一回ぐらいだろうか。
というのは、ここでは基本的に買い取りは行わず、書画骨董の仕入れ自体は他の骨董店が融通してくれるものと、常夫自身が熊本で鑑定した、値のつけられないような(つまり個人客が買うことは考えられない)ものに限るからだ。
よその店で客層と会わずにずっと店ざらしになっていたものでも、ものがしっかりしていれば常夫の顔で高価でもすぐ売れるから、常夫はよく同業者から相談を受ける。
結果として陳列品のせいで敷居が高くなってしまうから、売りに来る客はまずいない。
店舗は、西銀座に立ち並ぶとビルディングのひとつの3階にある。店舗に隣接してやはり常夫の持ち物である部屋があり、「如月茶寮」という看板がかかっている。
茶寮と行っても茶室のような和風ではなく、内装や家具類がアンティークでそろえられた、喫茶室といってよい作りだった。
この日、常夫はこの「茶寮」で客人とふたり、窓から向かいのビルを見ていた。
「このあいだ、兄上にあったそうだね。『星稀』先生。
いまでも私は惜しんでいるよ。彼のことは。
まったく、堀といい井上といい、何を考えていたものか」
対面に座る「客人」は、地味だが仕立ての良さがわかる背広を着こんでいる。
しかし、常夫から見れば、自分の洋装同様全く似合っていないように思える。
彼の肌の色はいわゆる「潮焼け」であり、かつて彼が「海の男」だったことを物語る。
「先生は『淹れる』ものなら何でもお上手だな。
ゴールデンルールを完璧にこなす陶芸家など、他にはいないだろう」
「先生はやめてくださいよ。
それに今日は豆がございませんでしたから、少し古い茶葉で申しわけありません」
「いや、良い茶葉でも淹れ方がダメなら、ぶちこわしだ」
常夫が日本茶を置かないのは、鮮度が落ちるのが早いからでもある。
また、日本茶は静岡のような水のいい場所で飲むものと決めている。
東京の水道局をくさすつもりはないが、5分以上煮沸しないといけないのでどうしても白湯になってしまい、味がなくなるのは困りものと思う。
「さて、そろそろ時間のようだ。
みろよ、あの趣味の悪いリムジンを」
彼にはこの鉄道網が発達した東京で、渋滞に巻き込まれながら取り回しの悪い特注リムジンで出歩くことも含めて「悪趣味」としか思えない。
そのリムジンの後ドアを運転手が開けると、羽織袴姿の人物がせかせかと降りて、向かい側のビルの玄関に消えて行く。
「伊津淵理事長。ですね」
「ああ、これから私は自分の共犯者たちと一緒に、あの男と積もる話をいろいろとしなければならない。非公式の会合でね」
客人も公用であれば、やはり運転手付きの黒塗りで移動する立場の人間だ。
だが今日は、同僚たちと同様に平服を着て電車に乗ってここまで来ている。
彼と二人の同僚は、ひよっこだった時の習慣で、電車の座席が空いていても吊革につかまって立っている。またそうしているだけの体力もある。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。『独尊』さん」
となりの席に座っていた二人の男性の片方が、客人に声をかける。
彼ら二人も背広姿が、いかにも板に付いていない。
「そうですな、『動脈』さんに『滅裂』さん。
もうそろそろ重工や製作所のお偉方もお見えになるでしょう。
彼らもたまには社員の苦労を知るために電車に乗った方がいい」
三人の壮年男性は静かに席を立つと、茶寮をあとにする。
そして、『西住星稀』も彼らのあとを追って、ともに階段を降りる。
彼らはせいぜい10階ぐらいの高さでは、エレベーターなど使わない。
『独尊』なる人物に至っては、階段を二段飛びでのぼっていく。
この三人しか知らぬことだったが、向かいの空き家ビルは実は常夫の持ち物なのだ。
人気のないビルの地下に彼らは向かう。そこには高級な調度物が並べられた、ミーティングルームと呼ぶのがはばかられるような部屋がある。
上座でゆったりした椅子にかけているのは、件の客人たち三人。
部屋には装飾の施された会議机がロの字に並べられ、左右にはこの国では著名な大企業の重役様が二人ずつ四人、席に着いている。
そして、入り口側の一つだけの椅子にかけているのは、日本戦車道連盟理事長、伊津淵由隆だった。
ドアが開き、蝶ネクタイにベストとスラックス、さらに黒い色の前掛けをした男が、彼らの後から順繰りにマサラ・チャイの入ったティーカップセットをおき、全員分配膳し終えると一礼して部屋を出ていった。
件の三人は、腹の中だけで「あいかわらず似合わないことだ」と思っている。
その男はこれから隣の控え室で、ここで行われる会話をすべて記録するのだ。
別に司会役をするものはいない。彼らはこれから伊津淵の「報告」を聞くためだけに、この幽霊屋敷のような建物に集まってきたのだ。
伊津淵の「現状説明」が終わるやいなや、重役風の男たちの詰問が始まる。
「伊津淵さん。今年は志望者が減ってしまいましたよ。やめるものも後を絶ちませんな。
やっぱり例の事故の影響なんじゃないですか?」
「我々もそうですが、他の皆さん方もなぜあなた方を支援しているか、今更ご説明する必要はありませんよね。
最近は何か戦車って、野蛮で、不細工で、うるさいって嫌われてるようですよ」
「戦車道の不人気は目も当てられない状態です。
とにかく、戦車道という裾野が広がらなければどうにもならないんです。
だから、戦車道が危険だという印象は払拭して、イメージを向上してもらわなくてはね」
「それどころか、戦車道を正課として取り入れている学校が年々減っていますし、西住流などの大手道場以外は、たたむものが多いですよ。
やはり、あなた方のイメージ戦略が失敗しているんじゃないですか」
伊津淵を除く七人の男のうちで、彼を詰問しているのは、会社役員風の男四人。
件の三人は、ただ黙って成り行きをみている。
伊津淵は内心で、最近は非対称戦ばかりだって事も関係あるだろうにと悪態をつきながら、口に出してはこう言った。
「それは一時的なものに過ぎません。世界大会招聘もすでに決まっております。
本年度からそれに向けて本格的なPRを行っております。さらなるご支援をいただければ、TV局のニュースタイムに割り込ませることができますし、番組改編期の特番だって組めます。
またそれとは別に、小学校期の女子を対象にしたアニメーションが今月中に始動いたします。それに対してもその番組を強力に買い支えていただかなければなりません。
我々は今更手を引くわけには参りません。営々と数十年間投入した金額を考えるなら、戦車道振興なくしてこの国の未来はないのです」
伊津淵が辞去した後、男たちのうち四人の会社役員風の人物たちも勤め先に戻り、肩幅の広い背広を着込んだ、例の三人が残った。
「伊津淵さんは、あいかわらず私たちが彼らを必要としているとお思いのようだ。
さらなる金の無心をしてきましたよ」
「昔はあそこまで愚かではなかったのですが。
でも知ってますか? 『今時、戦車道なんて女子高生のすることじゃない』って普通に思われているということを」
「しかしながら、男は戦車に乗ってはいけないという国際的な潮流と、60年安保の頃のウルトラレフトが暴風を起こしていたハイパーリベラルな時代の元、この国の戦車道連盟を立ち上げた人たちがおりました。
我々の先輩であり、また過激な傾向をお持ちだったその人たちは、一斉に退職するとなにやら運動した後に連盟の理事たちとなって世間に姿を現しました。
そして、消えかかっていた戦車道の火を再びともしました。時代が軍事についてアレルギーすら持っていましたから、戦車道は零細な道場が数えるほどしか残っていなかった。
今は隆盛を誇っている西住流にしてからが、当主が働かなくてはやっていけない有様でした。
国際組織に加入するための連盟を自ら作ることなど不可能でした」
「まあ、この国が真っ二つに分かれて戦っていたような時代でしたから。
より自分たちの地盤を強化したい人たちがいたんでしょうね」
「ええ、十分あり得る、いや事実そのものでしょうね。
そして彼らは持てる力を総動員して、戦車道と女性解放運動とか「乙女のたしなみとして世界に認知されている」とか封建社会否定的なイメージと結びつけました。
戦車道とはラディカルなリベラリズム、女性を強く賢くする武道だと喧伝する一方で、見えない地下水脈を着々と伸ばしました。
そして彼らは当時の我々の先輩にも接触してきました。『東の連中に対するために必要なものがあるだろう』と。要するにお前らもう男どもは諦めろ。そして自分たちのやることに協力しろとね。当時は他に選択肢はなかった」
「そして戦車道連盟は、『なぜか』有り余る資金力を持つようになった。
連盟はその資金で戦車道をてこ入れし、同時に戦車道側から政府に対するロビー活動を展開した。連盟は、家元連中にだけは支援とバーターとなる要望を伝えた。
そして戦車道は保守勢力となり、動脈さんは入り用なものの供給源をあてがってもらった。誰にも彼にも恩を売った。それをいいことに伊津淵の先輩連中は連盟を実質的な利権団体にしていきましたね」
「ええ。戦車道連盟をとおす限り銃刀法の適用除外になる。
それを利用して戦車、弾薬の値をつり上げて各流派や学校その他の団体に補助した金も国庫補助金も自分たちの手に戻ってくるようにした。第二次大戦期の戦車の車体や部品が調達できないといえば、政府もあれやこれやで金を作っては渡してやった。
そればかりかレプリカ品や弾薬を作る業界からも、寄付という名目でリベートを取っているようですよ。定期的に」
「でも動脈さん。それはあなただけの問題でしょ?
私らは今の就職難の時代に畑に生えてるのをよりどりみどりでいくらでも引っこ抜けるんだ。
まして世界的にも騎士道の精華とお墨付きされた滅裂さんはいくらでもハードルを上げられる。
いい時代ですよ」
「いやいや独尊さん、私たちだって桃色を除けばおっしゃるとおりです。
そう、時代は変わりました。我々の献身と、国際情勢の変化によって今や国民の皆さんも我々を子ども番組のヒーローのように思っている。まさに隔世の感です」
「そして『東シナ海をナントカの海にする』と言っていた今の与党も、現実の壁に激突ばかりしてもう息も絶え絶えですね。メンタリティか利害が一致しなければ、相互理解などできませんし、金があまっているのなら、利息付きの金など借りませんよ。
物事を変えたいのなら我々のように数世代にわたって先の見えない果てしない作業を、焦らず地道にコツコツと続けるしかないのです。
理念は遠く現実は近く。――たぶん今年の終わりまでには解散総選挙、そして政権交代ですね」
「そうですね、滅裂さん。
そしてその側面援護をするためにも、総選挙以前にこのブラックホールのような戦車道には、この国から退場してもらいましょう。
リベラルだと思われていた連中が実は前時代の遺醜のような連中で、いろいろ薄汚い利権をあさっていると知れれば、世間の目も一気に厳しいものとなりましょう」
「まあ、うちも女しかパイロットになってはいけないと言う話になっていたら、そもそもできていたかどうかあやしいものですな」
「だいたい、男尊女卑のまかり通る国では、堂々と男が戦車に乗っているんですよ。
アンフェアじゃないですか。そして我が国が講和条約を締結したときに、国連に加盟してなかった国々も。全く忌々しい」
「伊津淵さんは『我々』も一蓮托生。俺が滅びるときは貴様らも道連れだと思っているんでしょうけど、動脈さんは総選挙に花を添える材料も、すでに周到にご用意されているんでしょ? そして哀れな伊津淵が自業自得で滅びるとき、この国はいびつな国でなくなります。それを機に私たちも一気に表舞台に登場するわけですね」
「お巡り上がりの『転倒』の連中はなんて言うかな?」
「蚊帳の外にしますよ。次期与党の首班とつながっていれば、あれに違背しているなんて批判はでてきようがありません。
我々はすでに去年やっているんです、サムおじさんと組んで。
そして国民も皆それを認めました。我々は堂々と民意の指し示すとおりに進むのです。
それが我々の使命というものですから。
転倒の連中は自分たちの仕事を我々の監視だと勘違いしている。
だから転倒なんですけどね」
初老といっていい年代だが、広い肩幅のがっしりした体格を持つ3人の男たちは、さらに話を続けた。
「装甲に守られて戦場に出てよいのは女性だけという今日の常識が、国際法上確立したのはわが国が講和条約を締結して、国際社会に復帰したころだ。
そして国連加盟国は戦車、歩兵戦闘車と装甲自走砲には女性しか乗せることができず、主力である男性の歩兵と砲兵には、小銃弾で撃ち抜かれるトラックしか与えることができなくなった。
結果、『制地権』という新たな概念が登場するにいたった」
「そしてコリアン・ウォーよりも後の戦争では、戦場の様相が一変したんだったね。
動脈さん」
「装甲部隊を持つ側と、持たない側が戦えば、持たない側の裸のトラックに乗せられた男性の歩兵は一方的に蹂躙される。だから戦場に敵の装甲部隊がいるうちは、歩兵は進撃できない。よって、戦いの初手は互いの装甲部隊同士につぶしあいになり、もし制空権が一方にだけあるのなら、持たないほうの装甲部隊が倒される可能性が高くなる。
そして、装甲部隊をつぶされたほうは、もう、別な装甲部隊がいるところまで退却するしかない。もし退却できないときは「生きて虜囚の以下省略」という哲学でも持ってない限り全員で投降するしかない」
「そうだ、我々はずっとそれを見つめてきた。
我々が戦争を望んでいる? 冗談じゃない。飛車や角は動かないことで意義を示す。
戦争になれば我々はこれまで営々と築き上げてきたものをすべて失うんだ。
そしてこの国の機甲部隊や機械化部隊の運命もまた――――」
「そうだよ、独尊さん。
1950年代以降起こったすべての戦争、印パでも、ベトナムでも、中東でも、圧倒的に女性の死傷者が多いんだ。女性を解放するとか、屈強な男が装甲に守られて一方的に戦うのは卑怯とか、そういう考えがもたらしたものは、むしろ戦場を女性にとっての地獄にすることだった。今の女性たちはみな知っている。
鉦や太鼓で「女子のたしなみ」だの「伝統的武芸」だのと盛り上げようと躍起になっている「戦車道」ってものが、実は女性を地獄に導く獄卒だってね。
だから私は、むしろ女性たちのために戦車道などなくしたい。今仮に我々が戦えば、わが国でも機甲師団や機械化歩兵の女性兵士の屍の山を築くことになるだろう」
「伊津淵さんは、戦車道がすたれつつあることを知りながら、あちこちの利権から搾取した金をばらまいて、戦車道を維持している。もちろん余った金は自分たちで山分けするためにね。女性の権利を守ると称しながら」
「それだけじゃないよ、独尊さん。戦車道連盟の持つもう一つの顔。
これが私たちの代わりにいろいろと暗躍している。
表向きは誰とも無関係な組織を装って」
「滅裂さん。ことはこの国の裏側に生息する、我々でさえ日向を歩いているといいそうな連中のことさ。そして我々だって道具に過ぎない。
かつて防衛庁の天皇と呼ばれた男や、ネクタイを締めず、300人倶楽部に挨拶もしないで好き勝手やった男のようにスケープゴートにされたくないから、しばらくは様子を見ようじゃないか」
「そうだね、じゃあ私たちの職場に帰るとしましょうか。皆さん」
そして彼らはこの話題を打ち切って、少しずつ時間をずらして帰途についた。
ただ、彼らの中で唯我独尊呼ばわりされた人物だけは隣の部屋に入っていき、その部屋でDJの使う『卓』のようなミキサーをあやつっていた『星稀先生』と、何かが入った大判封筒を持って、ビルの裏口からいったん外に出た。
「小学生女子向けの戦車道アニメ? たぶん違う連中が喜んで見そうだな。先生はどう思う」
「誰がスポンサーになるんでしょうか。深夜にもう一度放送しないと赤字でしょうね」
そして西住常夫は『独尊』氏を見送るとふたたびビルに戻り、ここに来たときの服装に着替えると、また自分の店に戻っていった。