小鳥の囀りが聴こえる……窓から朝日の光が射し込み何の飾り気のない部屋を照らし出す。
「ん……んぁ?」
そんな場所の隅にある二段ベッドの下段で前髪に黄金色のメッシュが入った黒髪の少年──武内出雲那が目を覚ました。
──知らない……いや、知っている天井だ。 ここは……。
《青竜学園》……通称“青学”の男子学生寮の424号室──出雲那の自室だ。 彼は何時の間に帰っていたのかと心の中で呟きながらウトウトと起き上がる。 すると正面のソファーに座って“刀剣特集”というタイトルの本を読んでいる爽やかな印象の少年が出雲那が目を覚ました事に気が付き、読書を中断して彼に声を掛けた。
「あ、出雲那君? 良かった、目を覚ましたんだね……」
「……
自分を心配するように声を掛けてきた黒髪の少年の名を寝ぼけながら口にする出雲那。 少年の名は《
──何で心配そうにしているんだ? いつもならアイドル顔負けの爽やかさで「おはよう!」って言う奴の筈。
出雲那は一輝の声の掛け方に違和感を感じた、まるで自分に何かがあって眼を覚まさなかったみたいに……。
──………っ! そうだ、オレはアーケード街でシグナム先輩と決闘した後、わけのわからねぇ霊体の化物に襲われて──
出雲那は額に右掌を当てて意識を失う前の出来事を思い出した。
世界の終焉を思わせる朱い世界、悪魔のような化物の大群、そして死にかけの自分の前に現れて助けてくれた青く光るレイピア型の霊装を持った伐刀者の少女……。
「……なあ一輝、オレが気を失った後に何があったんだ? どうしてオレは寮の自室で寝ている?」
「何があったのか聞きたいのはこっちだよ。 昨晩、出雲那君は僕が演習場から帰って来た時に寮の手前にある木の陰に八神さんと一緒に倒れていたんだ。 八神さんはたまたま近くを仕事帰りに通りかかったハラオウンさんに引き取ってもらったけど、あんなところで倒れていたなんて不自然だ。 一体どうしたんだい?」
恐らく自分を自室に運んでベッドに寝かせてくれたのは目の前の親友の少年だろうと思って出雲那は当人に自分に何があったのか聞いてみたのだが、当の一輝は困った顔をして聞き返してきた。 どうやら一輝は何も知らないようだ。
情報を共有する為に出雲那は昨晩の出来事を簡潔に一輝に説明した。
「空間凍結結界のような空間に正体不明の霊体の化物、そして氷結能力を使う伐刀者の少女か……出雲那君、その人の顔は視たの?」
「いや、化物共が正面にいたからずっとこっちに背を向けて戦っていた。 だから見てねぇよ。 それに自分の血で眼がやられていたから特徴とかハッキリと見……え……?」
一輝の問いに対して額に掌を当てながら気怠そうに答えていた出雲那だったが、そこで彼は自分に違和感を感じた。 自分はその戦いの時に重傷を負って額から血を流していた筈だ。 他にも内臓が幾つか潰れたなどの一晩ではとても回復しないような負傷を幾つか負っていた筈だ。 それなのに、今の出雲那の身体にはそんな負傷も手当をした痕すら見当たらない至って健康的な身体だったので異常に感じたのだ。
──どういう事だ? あの時あんなに死にかけた筈だったのにその時の傷が無ぇ……あの女が治したっていうのか? それとも──
夢だったのか? ……少なくともシグナムと決闘をしたところまでは現実である事だけは確かだ。 気になって枕元に置いてあった青い竜が表紙の手帳の様な形状の端末──青竜学園の生徒手帳を開いて決闘の履歴を調べたところ、『本日の0時11分に八神シグナムに勝利した』と表示されたので、それが証拠だ。 となると、その後の出来事は現実だったのか?
「……一輝、お前オレ達が倒れていた辺りでなにか“霊圧”を感じなかったか? もし全部夢じゃねぇんなら、オレとシグナム先輩をこの寮の前に運んだのもオレの傷を治したのもあの時の女だっていう可能性が高けぇ。 奴が伐刀者なら【霊力】を使った形跡がある筈だ」
黒鉄一輝も
「ごめん、僕には何も感知する事はできなかったんだ。 辺りの“気配”も探ってみたけれど、草むらに蛇が潜んでいたくらいだったよ」
「……そうか」
申し訳なさそうに答える一輝。 やはり夢だったのだろうか。 一輝は伐刀者としての能力が限りなく低い為霊圧感知能力に関しては低いがその代わり気配察知能力がズバ抜けて高い、あの少女が近くにいたのならこの親友が見逃すはずがないだろう。
出雲那はどうしようかと思い悩む。 そこに一輝が何かを思い付いたように拳で掌をポンと叩き提案する。
「そうだ出雲那君。 霊力関係なら《伐刀騎士連盟》と《瀞霊護廷隊》に出向して今回の出来事を話してみたらいいんじゃないかな? 仮に君が話した事が事実なら、もしかしたら昨晩の夜に何か不審な霊圧が察知されているかもしれないし、少なくとも伐刀者や霊体の化物の関係で事件の火種があるなら彼等に報告しておいた方がいいと思うんだ」
《伐刀騎士連盟》とは伐刀者のみが所属できる組織であり、外部から求められた戦力を派遣する伐刀者の窓口的な役割を果たしている。 また、世界中の伐刀者に対する取り締まりも行っており、伐刀者が罪を犯した場合その処遇は連盟が決める事となっている。
《瀞霊護廷隊》とは伐刀騎士連盟と同じく人員が伐刀者のみで構成されている組織なのだが、
──確かに伐刀者が何らかの事件に関係しているんなら連盟が黙っちゃいねぇだろうし、霊体の存在が人を襲っているんなら護廷隊がほっとかねぇだろうな……よし!
「分かった。 学校が終わったらその二つの支部に行ってみようぜ。 幸い今日は新入生の入学式だから午前で終わるしな」
「決まりだね。 連盟には僕が連絡して話を通しておくよ」
「そういやこの都市の連盟の支部長はお前の親父だったな。 頼んだぜ」
本日のスケジュールを決めた二人は学園に登校する準備を始める事にした。 時計を見てみると午前七時を周っていたので、急がないと遅刻(青学のホームルーム開始時間は八時)だと判断して二人は慌てて朝食を取り、学生服(青学の学生服は男子が黒の学ラン、女子が紺のセーラー服である)に着替えて急いで寮を出るのだった。
戦島都市スクエア──世界の災厄に対抗する為の戦士達を育成するこの都市には、中等部から高等部までの学生が在籍する学園が東西南北の四つのエリアごとにそれぞれ一校ずつ建っている。
北エリアには名門校である《ナイツニクス学園》、西エリアには実力主義の《ヴァイスファング学園》、南エリアには表向き文武両道を掲げている《聖ルシフェル学園》、そして出雲那達が在籍する東エリアの《青竜学園》。
世界中から戦士を志す少年少女達が集まっているだけあって、どの学園も野球場が十個は造れそうな程広大な敷地の上に建っており、彼等は一人前の戦士になる為にそれぞれの学園で六年間修練と勉学に励んでいくのである。
当然学園には校則が存在し、それは一般的な学園の常識的な決まりから戦島都市スクエア特有の戦闘に関する規制まで様々なルールがある。
「おい、
脚が不自由なお婆さんが歩道橋を渡るのを補助したり、迷子になった子供の親を一緒に探したりしながら、急いで登校して来た出雲那と一輝は竜の頭を模ったモニュメントが出迎える青竜学園の校門前に威風堂々と立つ三人の女子生徒達と揉めていた。
「いいでしょう、もしあなた達が勝ったのなら無条件で通してあげましょう。 しかし、わたくし達が勝ったら、あなた達は半年間毎日放課後に学園中の男子トイレ掃除をしてもらいますわ!」
三人の女子生徒の中央に大将のように陣取るいかにも金髪ドリルのお嬢様という言葉が連想される女子生徒《クレア・ハーヴェイ》が決闘の条件を提示して生徒手帳を開き、ディスプレイからソーサラーキューブが飛び出して宙に浮かんだ。
「どうしてこうなったんだろう……」
一輝が若干困惑気味に呟いている。 事の発端は遅刻三分前に校門前に到着した時、校門前でクレア達が持ち物検査を行っていて出雲那が「遅刻しそうだから見逃してくれ」とクレア達に懇願したところ、それをクレアが「規則は規則です、時間に余裕を持つ事を心掛けていなかったあなた達の落ち度ですわ」と拒否されたので、しびれを切らした出雲那が持ち物検査の免除を賭けて決闘を申し込んだという流れだ。 見事な言葉のドッジボールである。
「覚悟しろ、武内出雲那! 黒鉄一輝!」
「クレア様に楯突く者は、わたし達が許しません!」
ソーサラーフィールドが展開され、クレアの両隣に従者の如く陣取っている褐色肌をしたポニーテールの女子生徒《リディ・スタインバーグ》と眼鏡をしたショートカットの女子生徒《エリカ・キャンドル》も臨戦態勢に入る。
彼女達は右腕に『風紀委員』と書かれた腕章を身に着けていてクレアの右腕には『風紀委員長』と書かれた腕章がある。 持ち物検査をしていたので分かると思うが、彼女達は青学の風紀委員だ。 青学の秩序を護り風紀の乱れを正すのが彼女達の仕事なので、規則を破ろうとする生徒を見逃すわけにはいかないだろう。
『DUEL standby』
「一輝、時間がねぇから速攻でカタを付けるぞ」
「はぁ、わかったよ……来てくれ、《
基本的に真面目な一輝は規則を破る行為をしようとしている為気が引けていたのだが、戦闘を行うと決めた瞬間彼の纏う空気が変わり、表情が引き締まった戦士の顔になっていた。 彼は烏のように黒い日本刀の形をした霊装を顕現して出雲那の隣に並び、風紀委員の三人を射貫くような目線で睨みつけた。 恐るべき気の切り替えの早さである。
一輝が霊装を顕現している間に風紀委員の三人は学生服の内ポケットから何故かひし形の小さなクリスタルのような物体を取り出して上に掲げた。 そして三人同時に高らかにこう叫ぶ──
「「「
解除コードのような言葉が天高く響くと三つのクリスタルが眩しい光を発し、光が消えると三人はそれぞれ異質な武装を展開していた。
40年前の第二次遭遇の時に現れた外来生物の一部に《サベージ》という名の頑丈な鋼殻を持った怪物がいる。 奴等の鋼殻を破るには戦略破壊級の大火力が必要であり通常の兵器では歯が立たない。 当初は魔導士の魔法や伐刀者の伐刀絶技の大火力をもって奴等を殲滅していたのだが、その余波による周囲の被害は凄まじく、人里でサベージと交戦したら必ず町や都市が全壊するという深刻な問題があった。
この問題を解決する打開策として民間軍事会社である《ワルスラーン社》によって戦略破壊級の破壊規模を出さずにサベージを葬れる破壊力を出すことのできる武装兵器“
百武装は一定の気力を媒体にして展開する為、必然的に星脈世代が所有者となる。 何故だか魔術師や魔女は展開する事ができないのだが、これは彼等が持つ魔力が百武装の展開を阻害しているかららしく、どうやら気力以外のチカラは百武装との相性が絶望的に悪いと推測されている。
現在ワルスラーン社は百武装の実用化の為の最終テストとして、この戦島都市スクエアの学園に在籍する適正のある学生達に所有させて戦闘データを取っているようだが、彼女達がそのテスターなのは確実だろう。
因みにワルスラーン社は百武装の所有者の事を【
『3・2・1──LET's GO AHEAD!』
「特別指導ですわ! 覚悟しなさいっ!!」
戦闘開始と同時にクレアが先制を仕掛けてきた。 “ドラグーン型”と呼ばれている武装である六つの浮遊砲台が女王に刃向かう二人の愚者共を殲滅する為、彼等を包囲しようと一斉に飛翔する。 この赤い六つの浮遊砲台の名は《
不規則な軌道で飛翔し包囲する前に撃ち落とされる事のないよう出雲那達に狙いを付けさせない。 彼等は魔術師と伐刀者だとはいえ
「葵柳流
「っ!!?」
クレアは眼を見開いて驚愕の表情を露わにする。 出雲那が鞘から抜き放った剣閃が空を翔け浮遊砲台の一つを両断すると、そこから拡散するように無数の閃光が飛び散り、残りの浮遊砲台が全てそれに撃ち抜かれ誘爆し、経った一瞬にして気高き戦姫が全滅してしまったからだ。
六つの浮遊砲台が爆発した事により爆炎と煙がソーサラーフィールド内を覆い尽くす。 出雲那と一輝は迅速に背中合わせをして互いに視界の悪さをカバーし相手の奇襲に備える。 親友同士なだけあって二人の意思疎通と迅速な連携は見事なものだ。
──《
「うおおおぉおおぉぉおおおっ!!」
「隙ありです!」
一輝の予想は的中した。 辺りを覆う煙に紛れて右側から飛び出して来たリディが突騎槍の形状をした“ファランクス型”の百武装《
「読まれたか……なら、これでどうだぁぁぁああああああっ!!」
「観念しなさい武内出雲那! これで終わりですっ!!」
奇襲に成功した二人は出雲那達を追い込む為、更にダメ押しを掛ける。 リディが漆黒の天槍に気力を流して刀身をドリルのように螺旋回転させて突破力を上昇させ陰鉄を押し込み、エリカが絶対運命の鎖に気力を流し込んで拘束している出雲那をギリギリと締め上げていく。
「くっ!」
「ぐぁぁああああっ!!」
突破力が増大した漆黒の天槍に押し負けそうになる一輝が苦渋の表情を浮かべ、絶対運命の鎖の凄まじいチカラで締め付けられる出雲那は身体の圧迫による苦しみで悲鳴を上げる……それを見た風紀委員の三人は勝利を確信したのだが──
よく見てみると奴等は……苦痛の中でほくそ笑んでいた。
「第六秘剣《毒蛾の太刀》」
「《雷流し》」
「がっ!!?」
「あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″っ!!?」
一輝と出雲那が技名を口にした瞬間、唐突にリディは倒れ、エリカは感電して倒れた。 筋肉の振動による衝撃波を相手の人体に直接叩き込む一輝の妙技がリディに炸裂し、出雲那が自分の異能による電流を絶対運命の鎖に流してそれを伝いエリカが感電したのである。
「リディッ! エリカッ! ……よくも」
倒れ伏した部下達を目の当たりにしてクレアは静かに激昂。 呟きと共に彼女の身体から眩い光が放たれ、光が消えたときクレアの両腕両脚に赤の装甲が纏われ、背中には小型の
百武装には【単純武装】と【全身武装】の二つの形態がある。 使用者の気力の一部を使って行使するのが【単純武装】、反対に使用者の気力を一気に解放して武器武装を作りあげるのが【全身武装】であり今のクレアの形態がそれである。 【全身武装】は単純武装より強大なチカラを発揮できるのだが、その分気力の消耗が激しく、長時間使用する事ができない上に身体への負担も大きく制御が難しいが故、如何に星脈世代といえどもまともに使えるのは一握りの武芸者だけだろう。
「あなた達、もう許しませんわ! ペタルッ!!」
クレアは一直線に向かって来る出雲那と一輝を睨みつけて大声でそう言い放つと、彼女の推進装置の上部が開いて中から複数の“
「わたくしが全身武装を使った以上、あなた達に勝ち目はありません! おとなしく降参しなさい武内出雲那! 黒鉄一k──」
全身武装を展開しドヤ顔で勝利宣言を口にしたその瞬間……まだ15mくらい離れていた筈の出雲那が一瞬にしてクレアの眼前に現れた。 まるで瞬間移動したかのように……
実際にそう錯覚したのは彼女だけで、周りは出雲那が普通にクレアに向かって駆けて近づいたと認識している。 何故なら出雲那は今“抜き足”という特殊な歩法を使ったからだ。 人間の脳には優先度の低い情報の認識を放棄する“覚醒の無意識”というものが存在する。 これは相手に一切悟られないように半歩呼吸と身体をずらす事で自らの存在を相手の“覚醒の無意識”に滑り込ませて誤認させるという体技である。
「……ようっ♪」
「……ごきげんよう」
何故か挨拶を交わす二人……ドヤ顔だったクレアの表情が一瞬にして引き攣った、凶悪な笑みを浮かべる出雲那が刀の鞘に電流を流して抜刀する寸前だったからだ……オワタ。
「雷切ぃぃっ!!!」
「んきゃぁぁあああああっ!!!」
雷 光 一 閃! 瞬くような閃光が煌き、その対処不可の一刀が薔薇の女王を一閃し、大気の爆発が暴風となって周囲の木々を薙ぎ倒す。 成す術なく雷切をモロにくらったクレアは普段の高貴な彼女からは考えられないような猿っぽい叫びを上げて転がるように吹き飛び、校門を通って正面に建っている竜の石像に正面衝突した。 あまりにも強い推進力だった為に竜の石像は粉々に砕け散り──
「きゅぅ~……」
クレアは砕け散った石像の残骸に埋もれて目を回して気絶していた……合掌。
『END OF DUEL! winner 武内出雲那&黒鉄一輝!』
「急げ一輝、時間がねぇぇぇええええっ!!」
機械音が出雲那と一輝の勝利を告げてソーサラーフィールドが解除されると、出雲那と一輝はロケットダッシュと言わんばかりに校門を駆け抜けて校舎に向かって全速力で走る。 ……全壊した石像と無様に目を回して頭の上に黄色い鳥が周っているクレアを横切った時、一輝はこう思った。
──これ……素直に持ち物検査を受けていた方が早かったんじゃないの……。
身も蓋も無い、骨折り損のくたびれ儲けであった。
~おまけ~
~クレア様に【ゴーファイ!】させてみた~
クレア「【ノブレスオブリージュ】。 チカラを持つ者はチカラ無き人々の為にそのチカラを振るう……わたくし達はチカラを持つ故に様々な責任を負わなければなりませんわ」
男子学生「ハーヴェイ先輩、【ノブレス宿題代行】終わりました?」
クレア「ええ、今終わったところですわ♪(色々書いた紙を男子学生に渡す)」
学園職員「おーいクレア君、職員室まで【ノブレス荷物運び】頼むよ」
クレア「お待ちになって、【ノブレストイレ掃除】が先ですわ!(頭に三角巾を巻き、両手にバケツとデッキブラシを持って)」
リディ&エリカ「「クレア様、たぶんそれは違うと思います……」」
ゴーファイ!