一年物語 其の二   作:りろぶこん

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またやらかした。
いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。


厳冬の十月

 もぞり、と薄手の掛け布団が動く。

 寝起きの目を擦りながら、上体だけ起こした師走はひとつ大きく背伸びをした。

「んん~……」

 九月と聞けばまだ夏場のイメージだが、それも末日となれば秋の足音が聞こえてくる。加えて先日の雨で一気に気温が下がり、朝夕に至っては少し肌寒いくらいの風が吹いている程だ。

 元々一年を締めくくる十二月を担当している師走は他の月娘に比べてある程度は寒さに強いが、それも寒風の中薄着でもへっちゃらという訳ではなく、ただ寒さとの付き合い方が上手というだけである。

 墨を流したような艶のある黒髪の跳ねを直しながら、特に変わらぬ日常の一日をスタートしようとした矢先、ピンポーンと家のインターホンが鳴った。

(んー?そういえば今年はみんなの担当月がずれたんだっけ……私まだやってないからそろそろかな)

 それにしてもどうしてこんな朝っぱらから、と師走は若干愚痴りながら階段を降りて玄関に向かう。

「はいはーい……今開けますよっと」

 ガチャリと無造作にドアを開ける。そこに立っていたのは鏡……で映したように姿形は瓜二つ、ただキラキラと輝く白銀の髪と汚れを知らぬ透き通った白い瞳の少女。

 軽く息を切らせたジャージ姿の彼女は、頬に一筋汗を垂らしながら、

「はぁ……通りかかったから来ちゃった」

 愛すべき妹、霜月だった。

「ごめんね、お風呂まで借りちゃって」

「別に良いけど……」

 ほかほかと全身から湯気を立ち上らせる霜月は、バスタオルで髪の湿気を取りながらニコニコと笑う。

 対する師走は風呂上がりで肌着と薄手のハーフパンツ姿の妹をソファからまじまじと眺めながら、顎に手を当てて唸っていた。

「どうしたの?私……何か変かな?」

「いやそういう訳じゃないんだけど……うーん、本当に霜月?」

「ふぇっ!私の偽者でもいたのっ!?」

「じゃなくて……なーんか、こう、痩せた?」

 以前は全身もっちりとでも言うのだろうか。余計とまでは行かずともある程度脂肪が太腿や腹回りにあったはずだ。

 だが今はそれらが筋肉と入れ替わり、本当に霜月なのかと思わせるくらいにスラリとした体型になっている。同時に腹回りがシャープになったおかげか、ほとんど気にもしていなかった胸の膨らみが妙に自己主張し始めたような……。

「えへへ、そうかな。姉さんはちょっと大きくなったね」

「大きく……?」

「うん、ほら全体的に……あ」

 はにかみながら照れ臭そうに話す霜月に悪気はない。むしろ唯一の家族だからこそ遠慮なく出てしまった一言だろう。

 しまったと気付いた時にはもう遅い。師走はソファに顔を埋めて突っ伏してしまっていた。

「ね、姉さんごめんね!ほら!大きくなったっていうのは身長が」

「良いのよ霜月……姉を越えていきなさい……」

「姉さーーーん!」

 実の妹から遠回しに『太ったね』と言われて、その妹は暫く見ない内にスリムになって……そんなタブルパンチに師走のメンタルは粉々に砕かれた。

 謝られようが揺さぶられようが叩かれようが起きまいと決めた師走の耳に、ピンポーンと本日二度目のインターホンが聞こえる。

「あ、お客さんだね。私いってくるから!」

 この世の終わりのような顔をする姉は役にたたないと判断したのか、霜月が率先して玄関へ向かう。

 妹の背中を見送りながら、こっそり摘まんだお腹の肉が恨めしい。霜月のお腹には摘まめる肉はあるのだろうか……。

「はーい、どちら様……っ」

 少し遠くで聞こえる霜月の声。その語尾が震えた。

 何事かとソファから起き上がってみれば、ドアの向こうにいる『誰か』に怯えているような、強張った表情を浮かべる妹の姿。

「──!霜月!下がってっ!」

 先程までのやり取りはすべて頭から吹き飛んでいた。

 この世界に不審者などいるはずがない。だが万にひとつも人間が迷いこまないとも言いきれない。

 だがそんな事はどうでも良い。妹を怖がらせるもの、傷付けるもの、それらは総じて自分の敵だ。

「誰っ!」

 霜月を庇うように背中に置きながら師走はドアを見据える。

「おっとっと……そんなに怖い顔してたかなあたし」

 紺の七分袖にホットパンツで生足を惜し気もなく晒した文月が、ぽりぽりと顔をかきながら立っていた。

 

 

「妹の人見知りが酷くてごめん……」

「にゃはは、良いって良いって。てっきりとんでもなく怖い顔してたのかと思ったよ」

 師走宅にて。テーブルを挟んで師走と文月は向かい合っていた。キッチンでは霜月がお茶と簡単な茶菓子を用意している。

「お待たせ姉さん……あ、お待たせ、しました」

「ありがとねー。気を使わせて……ん、双子?」

「そうだよ。私が姉で、霜月は大事な妹なの」

 そう言って師走が妹を抱き寄せる。少し慌てながらも、霜月は軽く頬を赤らめた。

「道理で似てると思った。でもやっぱりこうして並ぶと個性があるねえ」

「そうでしょ。私は黒髪で、霜月は綺麗な銀髪なの。それと目の色が……」

「いやそうじゃなくて、こう……妹の方がスラッとしてるね。師走、だっけ。君は若干ふっくらというか」

 ガターン!とテーブルを揺るがして師走が額を派手に打ち付けた。

 師走の名誉のために付け加えるなら、決して彼女は『太っている』訳ではない。平均かそれより若干下まであるが、何より並ぶ霜月が葉月と出会ってトレーニングをするようになってから数ヶ月。どうしても差が出てしまい、それが髪と瞳の色以外に区別がつかない程似ているとあれば余計に目立つのだ。

「姉さん!」

「ありゃ、何か悪い事言ったかな」

「大丈夫です!これはその発作みたいなもので」

「それは大変だ。持病があったなんて知らなかったから」

「違うんです違うんです!姉さんみっともないよ!」

 必死に姉のフォローに回る霜月。だが肝心の姉は暗い笑みを浮かべたまま不定期にふひっ、ひひっと不気味な笑い声を上げている。

「あの、その、文月さんもスタイル良いですよね」

「ははっ、お世辞でも嬉しいね。葉月の方が色々凄いだろ」

「あっ、葉月さんにはお世話になりました」

「おろ?自慢するつもりはないけど葉月があたし以外と仲良くなったの?」

「はい、食事も一緒に行ったりして……」

 必死に話を繋ぎながら、横目で姉を見る。だが状況は数十秒前と何ら変わっていない。

「えっと、文月さんってとってもスリムですよね。何か気にかけている事とかあるんですか?」

「あたしはいくら食べても太らないんだ。むしろどんどん食べないと勝手に痩せちゃうから」

「そ、それは羨ましいですね……ねえ姉さん」

「ね……」

 努力では越えられない体質という壁を突きつけ、余計に師走を沈めてしまった。

「あのっ、あのっ、文月さんの趣味とかはっ」

「んー、そうだね。元々七月担当ってのもあるけど、海水浴かな。海は大好きだからね」

「霜月……海、行こう」

「姉さん!もうすぐ十月だしそのテンションだとそのまま入水自殺しそうで怖いよ!」

「ははは、仲が良いねえ」

 屈託のない笑顔で文月がコップの麦茶を口に運ぶ。

「ま、とりあえずさっさとやる事やろうよ。それと海は無理でも今なら温水プールとかあるし、気になるなら案内するさ」

「……そうだね……」

 よろよろと師走が身体を起こす。

 その後、心配そうに側を離れない霜月を他所に、ぱっぱと引き継ぎを済ませてしまった。一度気持ちがドン底に沈むと何もかもやる気を失ってしまう事が多いだろうが、師走の場合は感情の起伏がなくなって、ある意味で従順になってしまうタイプなのかもしれない。

 

「ほいお疲れ様。んじゃあたしは帰るねー」

 結局最後まで見送ったのは霜月。終始さっぱりとしていた文月とはこれから仲良くなれるかも、と思いつつ姉の元へ。

 師走は不意にパチィンと自らの頬を挟むようにして張ると、濁っていた瞳に力を取り戻す。

「今日は色々ありました」

「そう思ってるのは姉さんだけだよ」

「疲れた時はストレス発散が一番です」

「思い付きで行動するのはよくないよ姉さん」

「という訳で人間界に行ってきます」

「話を聞いてよ姉さん」

「うるさーい!この前皐月に教えてもらったぜんざい屋さんに行ってくるー!」

「ちょっと!また太るよ姉さん!」

 突然考えて突然動く。まるでつむじ風のような姉を追って、霜月は慌てて駆け出した。




まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
基本的には一話に二人というスタンスをあえて崩してみました。メインが霜月師走姉妹になってしまい文月が若干薄まってしまいましたが……まあ先月鮫退治やったから許してください。
さて残る月もあと二つ。一年とは早いものだと痛感させられます。それとも自分が年寄りになってしまったのか……?
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。
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