一年物語 其の二   作:りろぶこん

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どうしてこうなった。
いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。


予感の三月

 秋風、と表現するには寒過ぎるだろうか。冬の足音が間近に迫った風は、一段と冷えて昼夜を問わず吹き抜ける。

 まもなく息も白く染まろうかという朝、弥生は寒さに体を縮こまらせる事なく切り揃えられた栗色の髪を揺らしていた。

「今年も色々ありました……」

 ぼんやりと意図の読めない表情からぼそりと呟く。今年も残る所後二ヶ月。まだ一年を振り返るには少々早い気もするが。

 姉である睦月が発端の担当月シャッフルは予想以上に各月娘に影響を与えた。かくいう弥生もその一人で、いつ来るかいつ来るかと待っている内に十一月である。

(やはり仕事を終えないと心が休まらない……です)

 弥生は自宅である小さな神社の境内を掃き清めながら、そろそろ自分の番ではないかと鳥居の方を向く。すると、コツコツと石の階段を誰かが登ってくる音が聞こえた。

 ここは月娘の世界。絶対に人間が迷いこまないとは言い切れないが、その可能性が極めて低い事を鑑みれば、自ずと誰が来たのか答えは出る。

(睦月姉様は動きたがらないから……如月姉様か、あるいは)

 そして予感は的中した。

 キョロキョロと周囲を見回しながら境内へ入って来たのは真っ白な肌に美しい黒髪の少女。弥生は接点がないのでほとんど面識はないに等しいが、元十二月担当、師走である。

 師走は弥生のいる直線上に何かを見つけたらしく、小走りになって駆け寄って来る。

「……さて」

 弥生は箒を持ち変える。

 自分はとにかく影が薄い。存在感がないとか会話から忘れられるといった生易しい感覚ではなく、目の前に居て存在を認知されない、そんなレベルだ。

 恐らく師走もひとつ目標になる神社が見えて駆け出したのだろう。このままでは気付かれずに正面衝突だ。弥生は脇にずれて道を開けてやり……師走は弥生の前で足を止めた。

「やっほ、弥生ちゃんで間違いない?」

「……」

 弥生は一度辺りを見回した。だが周囲にわざわざ声をかける必要のありそうな物はない。

 改めて師走の顔を見る。自分より少し背が高いので、若干見上げる形になりながら、

「私が見えるのですか?」

「ええっと……もしかして私ってば幽霊とか精霊の類いに話しかけちゃったかな」

「……もしや私は心が綺麗な方でないと見えないとかそういう……?いやそれでは如月姉様の心が汚いという事に……」

「あのー……」

 申し訳なさそうに師走が困り顔で笑う。弥生はこほんとひとつ咳払いをすると、姿勢を正して言った。

「はい、私が弥生で間違いありません」

 

 白を基調とした服を纏う師走はさながら冬の妖精だ、とどうでも良い事を考えながら、弥生と師走は客間で暖を取る。

 季節的に下手すれば屋外より屋内の方が寒くなるが、部屋の隅に置かれたストーブがしっかりと部屋を暖めていた。

「緑茶は飲めますか?」

「全然大丈夫だよー」

 弥生は二人分の湯呑みに熱いお茶を注いでお盆に乗せる。それからいくつか茶菓子を添えて、テーブルを挟んで互いにソファへ腰かけた。

「んー、ちょっと驚いた。睦月ちゃんの所はこんなソファとかストーブとかないからさー」

「使える物は使っていった方が楽なので。それより睦月姉様をご存知で?」

「私が十二月担当で睦月ちゃんが一月担当だからね。毎年大晦日は大変なんだ……」

「心中お察しします」

 弥生はずずっと湯呑みの緑茶をすする。対面する師走は作法もへったくれもなく茶菓子を食べては片手で湯呑みを持っているが、下手にこだわって固くなられるよりは全然良い。

「睦月姉様の名前が出ましたのでお話しますが」

「睦月ちゃん?」

「最近、姉様の様子が変なのです」

 弥生の声から真面目なオーラを感じ取ったのか、師走は茶菓子と口を往復していた手を止める。

「変、って」

「はい、多少抜けている面もありますが、私や如月姉様のお話はどんなにくだらない話でも最後まで聞いてくれ、どんなに小さな疑問でも丁寧に答えてくださいました」

 それが、と弥生は間を置く。

「近頃どこか影が出来たというか……何かに悩んでいるようなのです。しかしそれを聞いてもはぐらかされるばかりで……最近睦月姉様の家に出入りしている黒ずくめの方の事もありますし、少し心配で」

「黒ずくめ……?」

 真っ先に師走の頭に浮かんだのは妹である霜月。いつも黒基調のスカートやシャツを着ているのだが、まず睦月との接点が思い付かない。

「まあ、実際に聞いてみれば良いんじゃない?」

「……失礼ですが、私の話を聞いていましたか?睦月姉様にはその事に関しては何を言っても」

「面と向かってじゃなくて」

 師走は悪戯っぽく微笑んで、唇に人差し指を添えた。

 

 半ば師走に引っ張られる形で弥生は睦月の家に来ていた。外観は小綺麗な神社だが、境内に落ち葉が積もっているのがずぼらな睦月の性格を端的に表している。

「それで?その黒ずくめの人と密会はいつ?」

「知りませんが」

「じゃあ来た意味ないじゃん!」

「貴女がとんでもない慌て者という事がわかっただけで良しとします」

 弥生は踵を返して来た道を戻ろうとする。その首根っこを師走が掴まえた。

「ね、ね、もうちょっと待とうよ!私もその黒ずくめの人とか気になるし!」

「いつ来るかもわからないというのに……」

 そんな事をしていると、不意に玄関が開く。別にやましい事をしていた訳ではないのだが、二人は飛び上がって神社の壁に身を隠した。

「……私は隠れる必要はないのですが」

「いや、つい……」

 中から出てきたのは睦月。相変わらず口にした栄養がすべて行ったのではないかと思う胸を揺らしながら、太陽に向かって大きく背伸びをした。

「あり得ません」

 息を殺していた弥生が一人呟く。

「あり得ないって?」

「睦月姉様がまだ寒いこんな時間に、自発的に起きるなんてあり得ないんです」

 師走は思わずズッコケそうになった。そして軽口かツッコミでも入れてやろうかと思った矢先、今度は弥生に引っ張られて再び壁に身を隠す。

「誰か来ました」

 弥生の視線の先、遠目から見れば大きな黒い針金にも見えるそれは、ゆっくりと境内を進んで睦月の元へ歩み寄る。

 この場所からでは睦月の様子は伺い知れないが、少なくともそれに対して拒絶したりする事はない。

「あれって確か六月の……」

 師走は去年の大晦日を思い出していた。

 漆黒のドレスに黒い羽根つき帽子。当人との関わりはないが、今年の始めに親友になった皐月が色々と気にかけていた相手。名は確か、水無月。

「六月、ですか。ある意味睦月姉様とは一番遠い存在と言えなくもないはずですが……どうしてここに」

 悪い事はしていない。決してしていないのだが、完全に出ていくタイミングを逸した二人は息を潜めて続きを見守る。

「いらっしゃい水無月ちゃん」

「……わざわざ出迎えご苦労様……」

 睦月と水無月は二三言交わすと、そのまま家の中へ入っていく。変な緊張から解き放たれた二人は大きく息を吐いた。

「どうやら黒ずくめの方は睦月姉様のご友人だったようですね。では戻りましょう」

「ちょっと~、まだやる事あるでしょ」

「……まだ何か」

「睦月ちゃん最近暗いんでしょ?だったらその理由も調べなきゃ」

 言うが早いか師走は颯爽と物陰から飛び出して玄関へ向かう。渋々といった様子で弥生もその後を追った。

 

「……で、どうしてこそこそするんですか」

「いやぁ……睦月ちゃんはともかくもう一人の方は全然知らないからさ……」

 鍵のかかっていない扉を勝手に開け、忍び足で部屋を進む。足の踏み場もないかと思っていた師走だが、以外にも綺麗に整頓された棚や床を見て、

「睦月ちゃんもちゃんと片付けるようになったんだね」

「これは私がやりました」

「あっ、そう……」

 とにかくいつも睦月がごろごろしている部屋には人影はない。睦月宅の間取りを熟知している二人は、特に何も言い合わせる事なく奥の客間に足を向ける。

 予想通り、締め切られた障子の僅かな隙間から微かに二人分の声が漏れ聞こえていた。

「盗み聞きは良くないです」

「しーっ……」

 トーテムポールのように下が弥生、上が師走で重なりながら、一言たりとも聞き逃すまいと耳をそばだてる。

 もっとも、こうまでしてようやく断片的に声が聞こえるくらいなのだが。

「今日は──」

「……前置きは──」

「そうね──思い通りには──」

「──だから……──」

 しん、と場が静まり返る。

 一瞬存在がバレたのではないかと弥生と師走は縮み上がったが、単に会話の間だったらしい。互いの息づかいさえ煩わしく感じる静寂が訪れ、それを睦月が打ち切った。

「それでね──の話だけど──」

「……やっと本題に──貴女の望む──」

「うん、それじゃあ──私達が人間を支配──」

 ゾクリ。背筋が凍りついた気がした。

 思い通り、望む、人間を支配。

 断片的にしか聞こえなかったが、だからこそ倍増する悪寒。

「……去年までの私だったら……二つ返事で了解していたでしょうね……」

「そうなの。でも、はっきり答えて欲しいわ」

「そうね……ならまず勝手に上がり込んで……その上盗み聞きまで働く誰かさんをどうにかして」

 反応、出来なかった。いや出来たとしても結果は変わらなかっただろう。

 前触れなく身を捻った水無月が、その長い腕を伸ばして障子を開ける。間抜けなトーテムポールと化した弥生と師走は揃って顔面蒼白になった。

「や、やっほー睦月ちゃん」

「睦月姉様、これには……」

「あらあら水無月ちゃんもせっかちね。私も気付いていたのに」

 無表情の水無月とは対照的に、にこやかな笑顔を崩さない睦月。だがそれが返って恐ろしい。

「弥生に師走ちゃんも一緒なのね。今年は十月の担当お疲れ様。弥生は十一月よね。お仕事頑張って。それはそうと、盗み聞きは駄目よ?」

「う……うん……」

「あの、睦月姉様」

「それじゃあ私はこのお姉さんと大事なお話があるから、別の場所で引き継ぎをお願い出来るかしら?」

 やんわりと、遠回しだが、確実にここから出ていけと言われているのは理解出来た。

「睦月姉様、盗み聞きした事は謝ります。ですがどうしても聞きたい事が」

「あらあら何かしら」

「人間を支配、という言葉が聞こえました。これはどういう意味ですか」

 ギロっと水無月が鋭い視線を睦月に送る。対象が自分でないのにひっくり返りそうになっている師走は放置して、弥生は芯の通った声で言う。

「我々の役目は人間界の天候管理。それ以上でもそれ以下でもありません。お話の内容、教えてください」

「うーん、全部話しちゃっても良いけど」

「……睦月」

 水無月が睦月を牽制する。だが当の睦月は変わらずニコニコとしたまま。

「全部聞いたら絶対に協力してもらうけど、良い?」

「む、睦月姉様のためならば……」

「本当に、何でもする?」

 弥生は押し黙る。姉が何か良からぬ事を企んでいるのはわかる。だが全貌がわからない。もしかしたら軽いドッキリかもしれないし、もしかしたら人間界を揺るがす陰謀かもしれない。

 妹である以上、敬愛する姉に協力すべきか、それとも悪い事は悪いと断言してやめさせるべきか。そもそも悪い事をしようとしているのか。

 思考がごちゃ混ぜになり、それが沈黙を生む。数秒間待ってから、睦月はポンと手を叩いた。

「はい、即答出来ないのなら無理しなくてもいいのよ。さ、師走ちゃん、引き継ぎお願いね」

「う、ん。行こう、か」

「睦月姉様……」

 すうっと障子が閉められる。最後の最後まで、睦月は笑顔だった。

 

「師走さん、と言いましたね。気付きましたか?」

「何を?」

 弥生宅に戻り、ある程度緊張から解き放たれた二人は顔を突き合わせていた。

「今年の件は睦月姉様が発端ですが……担当月シャッフルは完全にランダムのはずです」

「はぁ」

「ですが睦月姉様は私達を見ただけで今年の担当月を言い当てました。当てずっぽうで当たるはずがないのに」

「……?よくわかんない」

「つまり」

 弥生はひとつ、間を置いて。

「この一年は全部……睦月姉様が仕組んだ事?」




まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
どうしてこうなったのか……話が不穏な方向へ……個人の趣味に走ってしまっています。さてさて……睦月の目論みは何なのか……。
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。
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