いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。
「む……新年だな。今年もよろしく頼む」
腕時計を確認し、四月担当の卯月が年明けを告げた。
隣で未だに頭が真っ白になっている水無月を揺すっていた皐月が振り返って、
「あ、今年もよろしくね、卯月ちゃん」
「ああ、よろしく頼む」
ここだけでなく、親しい月娘同士で新年の挨拶が交わされている。それも一通り落ち着く頃、あの三姉妹が通路の奥から、申し訳なさそうに顔を伏せながらやってきた。その手には年越し蕎麦はなく、代わりにこの場に知らぬ者はいない月娘の仕事の書類が握られている。
その表情から、いの一番に皐月が察した。間違いなく悪い報告であることを。
「あのね……本当に申し訳ないんだけど……」
予感は的中した。睦月が三姉妹を代表して一歩前に出ると、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい!実は……」
睦月は台所で起きた『事件』の顛末、そしてそれにより引き起こされる結果を皆に聞かせた。
しばしの沈黙。怒ったり驚いたりする前に、いまいち実感が湧かないようだ。
「それで、一月の担当を皐月、ちゃん?にお願いしたいんだけど……」
「ふぇ!?」
突然名指しされた皐月はビクッと肩を跳ね上げた。
「わ、私が?」
普段は五月を担当する五月病の権化のような彼女だ。傍目から見ればだらけきっているが、微妙な気温管理で深緑の季節を演出する大役の担い手だ。
「ええ……ごめんなさい。私がこんなヘマをしたばっかりに……」
「あ……いやその……」
ほぼ面識のない相手に下手に出られ、元々優しい性格である皐月はどう出ればよいのかわからなくなってしまった。
そんな彼女を見かねてか、卯月がぽんと頭に手を置きながら言う。
「別に悪気はなかったのだろう?今までやったことのない月の管理か、面白そうじゃないか」
「楽しそうだね。あたしはやってみたいけど」
賛同の意を示したのは長月だ。野暮ったいジャージに身を包みながら、右手を上げる。
「う、うん……やってみる……」
特に反論も出ぬまま、なし崩し的に会は解散となった。
「じゃあねー」
急に一月の担当を任された皐月は、帰路を同じくした卯月に別れを告げた。
夜も更けきった深夜。もう数時間もすれば新たな一日が始まることだろう。家の門扉を開き……と、その瞬間、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「あのー……」
振り返った先には、つい先程見かけた顔があった。
「夜遅くにごめんね……師走、です」
師走曰く、半ば押し付けられた役職ならば、一月前の担当である自分に手伝えることがあれば、とのことだった。
「それはありがとう。いきなりだったものだから……」
「気にしないで。睦月ちゃんはおっちょこちょいだから、とんだハプニングだね」
皐月宅にて談笑する二人。元々ほとんど親交のない二人だが、今ではすっかり気の合う友人だった。
「一月の気温ってどうすればいいの?」
「そうだなあ……とりあえず寒くしとけば、って訳にもいかないし……そうだ、一度人間界に行ってみたら?そこで一月の気候とかを体験してみれば?」
「え?でもその間の仕事は……」
「うーん、二日くらいなら代行してあげる!」
「本当!?」
ガタッと椅子から立ち上がったのは皐月だ。目の前で微笑む師走が女神に見えた。
「ほー……これが人間界……」
若草色のジャンパーを着た皐月は、正月の縁日で賑わう人間界にきていた。早速同年代に見える中学生くらいの集団に声をかけた。
「あのー、すみません」
「……?」
案の定、怪訝な表情で出迎えられた。皐月自身は思ってたもいないが、そこらの女子より数段可愛いのもあるだろう。
「ちょっとお聞きしたいんですけど、こっちの一月ってどんな天気ですか?」
「……は?」
言い終えてから皐月は頭を抱えたくなった。我ながらとんでもない質問を出会い頭にぶつけてしまった。相手からすれば頭のおかしい奴だと思われただろう。
「あの……ごめんなさい」
「あっ……」
さっさと逃げられてしまった。だが仕方ない。気候など数日過ごせば個人的な感覚としてわかるだろうと気持ちを切り替え、辺りを見回した。
左に目を向ければ射的が子供達を集め、右に目を向ければ熱々のたこ焼きが香ばしいソースの香りで客を引き寄せる。そんな中で、一際皐月の興味を引いた屋台があった。濃厚な甘い香りを漂わせ、温かそうな湯気が立ち上っている。誘われるように皐月はそこへ立ち寄った。
「おっ、可愛いお嬢ちゃん!ひとつどうだい?」
「えっと……じゃあひとつください」
予め人間界での通貨は師走から教わって持ってきている。言われた通りの額と引き換えに受け取ったのは、割り箸と紙製の底の深い皿にたっぷり入ったぜんざいだった。
だが皐月はぜんざいを知らない。中に浮かぶ餅のことくらいは知識にあるが、実際に口にするのは初めてだ。
立ち上る湯気からとても熱いということはわかる。割り箸を手に取り、皿の縁に口をつけて小豆を啜る。
「んんっ……!」
想像していたよりずっと熱い。だがそれより驚いたのは、口に広がる濃厚ながらも癖のない、上品な甘さだ。
「おいしい……!」
その後は無言で箸を進めた。あっという間に皿は底をついた。
暖かい。冷えた体が芯から暖まるかのような感覚。自分でも操られるように二杯目をおかわりしていた。
「ただいまー」
誰もいない室内に向けて、両手に大きな手提げ袋を持った皐月はウキウキで帰宅を告げた。
否、誰もいない訳ではなかった。
「おかえり」
やや棘のある、硬い声が出迎えた。
「あれ?誰かいたっけ……」
皐月はリビングへ向かうと、すぐさま椅子に座る人物を認めた。いたのは師走だ。あの年の瀬の集会の後、すぐに仲良くなった
友人だ。
「遊びにきてくれたんだ!今お茶出すね!」
「ねえ、皐月」
「なあに?」
明らかに怒っている。皐月は声の起伏と表情からそう察した。だがその理由がわからない。何か自分は悪いことをしただろうか?
スッと師走が机の端に、皐月に見せつけるように何かを滑らせる。それは、例年ならまずこの時期に見ることはないものだった。
「これ、何かわかるよね」
「……っあ」
すべてが皐月の中で繋がった。
「ちょっと失望しちゃったかな。長い人間界の旅は楽しかった?」
「本当にごめんなさい……」
完璧に忘れていた。普段は五月が担当月がであることと、余りにも人間界が楽しかったこともあり、時を忘れて遊び呆けていたのだ。二日程度という仕事の代行だったはずが、ほぼ一週間も任せっきりにしてしまった。
「あのね、私も暇じゃないの。あなたのせいで霜月との約束をキャンセルしたのよ?どうお詫びしてくれるのかな」
「はうっ……お詫びになるかはわからないけど……」
恐る恐る皐月は手提げ袋から小豆の缶詰めと小袋に分けられた餅を取り出した。
「何これ?」
「人間界で初めて食べたとってもおいしい料理の材料……です」
「ふーん……」
若干興味は引けたようだ。皐月は続ける。
「ぜんざいっていうんだけど……甘くておいしいから、家でも作ろうかなーって」
「甘い……」
「それで……許してくれる、かな」
「本当に美味しいなら、考える」
台所に立った皐月は、早速鍋と耐熱茶碗を持ち出した。小豆を甘く煮詰め、餅が煮崩れせず、かつ芯が残らないようにする。
「どうぞ……」
師走の前に皐月が作ったぜんざいを置く。自分で作るのはこれが初めてであり、上手くできたかどうか試食する暇もなかった。
一口、師走が運ぶ。二口、三口。無言で食べ進めると、数分で茶碗は綺麗に空になった。
「まだある?」
「あ、あるけど……」
「おかわりお願い。それと後でレシピ教えて。それで今回はチャラにしてあげる」
パアッと皐月の顔が輝いた。自分の非を許してくれたことよりも、自分の料理が誰かに認められたことが嬉しかった。
「待ってて!今持ってくる!」
一月の夜はこうして更けていく。
まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を
一月の担当は皐月にお願いしました。一生懸命ではあるものの、どこか抜けてしまう彼女……前作では出番が少なかったのですが、個人的にもっと書きたいキャラでした。とはいえこれでも消化不良。またどこかで……。
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。